9.換金
そんなこんなで大変なことがたくさんあった一日も暮れ、俺とイムちゃんは街に戻ってきていた。訪れたのは冒険者ギルドである。荘厳たる木造三階建ての冒険者ギルドは、ソロ、パーティに限らず、様々な冒険者に依頼を斡旋し、依頼者から報酬を預かる仲介者である。俺もパーティを首になってしばらくはここにきて仕事を探していたのだが、全然仕事をもらえないのにすっかりまいって、近頃はあまり訪れていなかった。
「いらっしゃいませ、何か御用ですか?」
美人で有名な受付嬢が、俺に対応してくれる。俺の顔を覚えているはずなのに、邪険にしないのはさすがだ。そして実際、今日は仕事を頼みに来たわけではない。こんにちは!薬草を売りたいんですけど、買ってもらえませんか?
「――えっと……何か御用ですか?」
しまった、声に出さなかったので、受付嬢に怪訝な顔をされてしまった。
イムちゃんやベアルと喋っていると、ついつい口を使わなくても意思疎通ができる気になってしまう。
「や、薬草、か、買って、ください……」
挨拶も何もなく、かろうじて俺は要点だけ伝えることができた。魔物とはあんなに楽しくコミュニケーションできているのに……人間相手は相変わらずである。
とはいえ受付嬢に意思は伝わり、プロである彼女は俺の持って帰った薬草類の鑑定を始めた。依頼が出ているときの方が金額は高いが、薬草などは常時一定の需要があるため、依頼を受けるという形でなくても、冒険者ギルドは買い取ってくれる。これまでは薬草を探すのが大変過ぎて、これで収入を得ようとは考えもしなかったが、イムちゃんとあのスライムたちのおかげで、今日はコストパフォーマンスのよい仕事ができたと思う。
「すごーい!!ずいぶんな量のヒノシとピンリノクサですね!最近は乱獲気味で、なかなか一人でこんなに取ってくることはないんですよ!!そういえば、最近お見掛けしませんでしたけど、ひょっとしてずっと集めてたんですか!?」
そうなのか。じゃあ今日行ったところのことは、なおさら他の人にばれないようにしないといけないな。ベアルやあのスライムたちみたいに、人間に危害を加えない魔物だってあれらの薬草を利用しているのだ。もし誰かに乱獲でもされたりしたら、みんなに申し訳がない。
「は、はあ……」
まあ、他人にぺらぺら教えるほど舌が回るわけでもなし、こういうときは口下手も気楽なものである。向こうは俺がずっと薬草集めをしていたと勘違いしてくれているみたいだし。
「はい、鑑定終わりました。金貨一枚で買い取ります。安くて申し訳ないですが……これでも多少は値上げしているんで……」
受付嬢は、俺がずっと薬草集めをしていたと誤解しているので、申し訳なさそうな顔をしたが、俺にとっては予想以上にいい値がついた。金貨一枚は銀貨に直せば十枚、銅貨に直せば百枚だ。例の安宿に泊まるだけなら十泊できる計算である。実際は食費などなどがかかるので、十日生きていけるわけではないが、もしも毎日コンスタントにこの仕入れをすることができれば、週休二日でも多少の貯えを貯めながら生活することができるようになる。薬草を取りすぎてしまう心配などあるので、まだまだ安泰とは言えないが、つい今朝までの絶望した状況と比べれば、前途は随分と明るくなった。
『やったね!あるじ様!!』
イムちゃんもぴょこぴょこと飛び跳ねる。それを見て、受付嬢が微笑んだ。
「可愛いスライムちゃんですね」
「あ、ありがとう……」
なんとかそれだけ言い、金貨一枚を受け取ってギルドを出る。こんなにいい気分で、ギルドを後にすることができる日が来るとは思っていなかった。俺はイムちゃんといっしょに、気持ちよくいつもの宿へと帰ることができたのだった。