8.ベアル
いったい何で、お前みたいな恐ろしい魔物が、そんな恐怖を俺たちに感じているんだよ。
『それは――って、え?人間なのに意思疎通できてる!なにこれ怖い!』
俺はスキルってやつで魔物と意思疎通できるんだ。
『そ、そうなのか……、そ、それなら説明できるけど。ぼ、僕は恐ろしい魔物じゃないよ』
いやその巨体で何を言ってるんだよ。どう見ても恐ろしいんだけど……
『そういう意味じゃなくて、あなたを襲ったりしないってこと!!僕は、魚しか食べないから!!』
……へ?そうなのか?
『そうだよ……僕は人間と争うのが嫌いなんだ……そのせいで意気地なしってマノクマの群れから追い出されて……それなのに、人間は僕を見ると、こうやって矢を射かけてくるんだ……』
マノクマはそう言って、俺に背中を見せた。そこには一本の矢が刺さり、見るからに痛そうである。
だから鎮痛効果のあるピンリノクサの群生地にやってきて、草の汁を塗り付けようとしたそうだ。
イムちゃん、あの矢、取れるかい?
『やってみるよ!!』
そう言うと、イムちゃんはまず付近に生えているピンリノクサをいくつか体の中に取り込んだ。そして、体をボールのようにはずませると、マノクマの背中にぴょんと乗った。
そのまま体に力を籠めると、矢をベアルの背中から取り外す。一瞬、マノクマの血がイムちゃんの中に広がったが、すぐにそれは拡散されイムちゃんは元の水色に戻った。さらに何やらしばらくマノクマの背中でしたのちに、ぴょこんと飛び降りて俺の下へと戻ってくる。
『ただいま、あるじ様!!矢は抜けたし、ピンリノクサの汁を塗ったし粘液で止血もしといたよ!!』
おお、そんなことまでできるのか、さすがはイムちゃんである、偉い偉い。
『すごい!!痛みが取れた!!ありがとう!!』
マノクマも喜んで飛び跳ねている。どしん、どしんと着地するたびに、地面が地震のように揺れた。
『僕の名前はベアル。人間さんの名前は?』
俺はポルク。こっちは相棒のイムちゃんだ。
『よろしくね、ベアル!!』
『うわわっ、スライムと話したの初めてだよ、よろしくね、イムちゃん!さっきは背中を治してくれてありがとう!!』
どうやら、俺が間に介在していると、もともと意思疎通のできない同士だった魔物も意思疎通ができるのかもしれない。
このまましばらく喋っていたかったが、気づけば夕日が真っ赤に染まる時間だった。完全に日が暮れる前に下山しないと、何かと危ない。
じゃあ、ベアルも大変だとは思うけど、これからは人間にも仲間にも見つからないように静かに暮ら――
『決めた!僕、ポルクについて行くよ!!』
何でそうなる!!
『だって、このまま山にいてもいつか誰かに殺されちゃいそうだし、それに、一人は寂しいから――』
一人は寂しい。その言葉は、俺の心を動かした。俺だって、イムちゃんがいたとは言え、パーティを追放されてからスキルを獲得するまでは随分心細い日々を送っていたのだ。その記憶が蘇り、ベアルのことが他人事だと割り切れなくなってしまった。
とはいえ、この巨大なマノクマと、どう過ごすかだよなぁ……ちなみに、ここで過ごすんじゃだめなのか?
『だめだよ、ここには薬草しかないし、いずれは人に見つかっちゃう』
確かに、その通りだ。
わかった、だけど、いきなりお前を連れて街に出たら、どうなるかわからない。しばらくの間は、日中だけ行動を共にして、俺がその間、人間の街にベアルが受け入れられる方法を考えるっていうことでいいか?
『わかった、ポルクを信じるよ。ありがとう、ポルク』
どういたしましてだ。