3.求職
一刻ほどして。街で一二を争う安宿に俺は辿り着いた。ぼろっちい階段を上がって、蝶番が壊れかけた扉を開けると、禿頭の亭主が俺のことをぎろり、と睨んだ。
「一泊は銅貨十枚か銀貨一枚。飯は別料金だよ」
安宿の亭主は不愛想だが、口下手な俺にとってはその方がありがたい。スライムを連れていても何も言われないのも好印象だ。
その役割を保っているのか保っていないのかわからないような鍵を渡され、割り当てられた部屋に行くと(荷物を持ってくれる従業員などいるはずもない)、総本部にあった自室がマシに思えるほどのぼろっちい部屋が出迎えてくれた。窓はガタガタで隙間風が入るし、ベッドはボロボロでシーツは汚らしく、そのまま寝るとダニに体をかじられそうだったので、俺はひとまず、自分でシーツを洗いに行くことにした。まだまだ冷えるこの季節、かじかむ指先を冷たい水に濡らしながらシーツを洗うと、涙がこぼれてくる。
そんな部屋だが、雨風をしのげるだけでもありがたい。とりあえず、しばらくの間はこの安宿に泊まることにする。とはいえ、いつまでも路銀が続くわけではないので、仕事を探さないといけないのだが、パーティを組んでいた頃と違って、一人だと受けられる仕事も限られてくる。俺はスキルを一つも獲得していない三流の冒険者であることに加え、口下手でもあるので果たして仕事を見つけられるか不安だったが、どうにか見つけないと生きていけないのもまた確かだった。
とりあえず、ソロでも受けられそうな仕事を探すことにしよう。ギルドに行けば、何か仕事は転がっているだろう……
――宿に泊まって五日目。
「イムちゃん……」
今日も仕事見つからなかったよ……
俺は暗い部屋の中、イムちゃんにすがって涙をこらえていた。その気持ちを察してくれたのか、体を伸ばしてイムちゃんが俺の頭をよしよしと撫でてくれる。イムちゃんは本当に賢くていい子やー
――十日目、初めて、外に出なかった。
「イムちゃん……」
本当にイムちゃんはぷるぷるしてて可愛いなぁ……
今日は充電日。仕事が取れなくて沈んだ気分は、イムちゃんと遊ぶことでリフレッシュさせて、明日からまた頑張ろう。そうしよう、あーイムちゃんマジで最高に可愛いわあーぷるぷるー
――二十日目、外出しない日の方が多くなっていた。
「イムちゃん……」
俺だって、好きで口下手なわけじゃないんだよ……わかってくれる?うぅ……イムちゃんは優しいねぇ……
外に出てもどうせ仕事が取れないのだと思うと、出ること自体が億劫になる。朝起きて、イムちゃんのぷるぷるを楽しんで、昼食を亭主に注文して、イムちゃんに枕になってもらいながら昼寝して、目が覚めたらイムちゃんに頭を撫でてもらいながら愚痴を垂れて、夕食を亭主に注文して、イムちゃんと遊んで、寝る。そんな日が多くなっていた。これじゃいけないとわかっていても、体が外に出ようとしてくれない。
――百日目、とうとう手持ちの底が見えてきた。
「イムちゃん……」
俺、もうだめかもしれない……
俺はイムちゃんをぎゅっと抱きしめる。イムちゃんはそれに対して体を伸ばし、俺を抱き返してくれた。
――可愛い。こんなイムちゃんを俺の巻き添えで死なせるわけにはいかない。
とりあえず、イムちゃんを野生に戻そう。離れ離れになってしまうのは悲しいが、俺は遅かれ早かれ野垂れ死にだ。そうなっては街の人間がイムちゃんをどう扱うか、予想がまったくできない。
――イムちゃん、行こうか。
イムちゃんは俺がやろうとしていることを察したのか、寂しげにぷるり、と震える。それを感じて、俺は泣きそうになったが、俺のせいでイムちゃんをひどい目に遭わせてしまうわけにはいかない。俺の勝手で人の世界に連れてきて、また勝手で山に返すことを、どうかイムちゃん、許してくれ――
思わず、一粒の涙がこぼれ、イムちゃんの体に落ちてぴちゃり、と跳ねた――
その瞬間、俺の頭の中に、一つの声が響いた。