2.イムちゃん
ベッドと小さな箪笥くらいしかないその部屋は、それでも俺にとって大事な居場所だった。木目の一つ一つにまで思い出が詰まっているような気になって、俺は気分を落ち着かせないと涙がこぼれてしまいそうだった。一つ一つの荷物をゆっくりとかき集め、鞄に入れていく。できるならこのまま時間が止まってほしいと思いつつ、そんなことはあり得ないのだとわかっていた。
ぷゆんぷゆん
そんな俺を、心配そうにつつくゼリー状の物質があった。俺がペットとして飼っているスライムのイムちゃんである。
ああ……イムちゃん……心配してくれるのか……ありがとう……
パーティメンバーに裏切られた俺にとって、イムちゃんはもはや最後の癒しの砦と言って過言ではない。そのことがまさかわかっているわけでもないと思うのだが、イムちゃんはよしよしとするかのように水色に光る体の一部を棒状に長くして、俺の頭を撫でてくれたのだった。
俺とイムちゃんの出会いは一年以上前に遡る。“山吹色の黒蜥蜴”が山菜取りの依頼を受けたときに、向かった小山で山菜を探す最中に、ぷよぷよと迷い出てきたのがこのイムちゃんであった。別にスライムの討伐依頼が出ていたわけでもないし、人間に危害を加えられるほど強い種類のスライムでもなさそうだったので、適当に追い払おうかと思ったのだが、触ってみると独特のぷにぷにした感覚がなんだか面白くて、ものは試しと飼ってみることにしたのだ。イムちゃんはうまい具合に俺に懐いてくれ、心がささくれ立ったときのオアシスとして、俺にとって今やかけがえのない家族となっているのである。
パーティメンバーには残念ながら理解してもらえなかったのだが。
彼らは、メンバー同士で話しているほうが楽しいんだろう。あるいは、酒場に行って、おねーさんと話すのが好きな奴もいる。いずれにせよ、人間同士の会話が楽しいんだ。俺だって、もう少し喋ることが上手ければ、日がな一日スライムに心で語り掛けるような奴にはならなかったかもしれないが、現実はある意味非情で、でもおかげでイムちゃんを飼うことができるようになったとも言えるかもしれない。
イムちゃんの可愛いさに気づけたので、それは俺が口下手でよかったことだ。
な、イムちゃん。
俺はイムちゃんのぷるるん、とした体をつまむ。イムちゃんは嬉しそうにぷるる、と震えた。あぁ、癒される~~
そのままぎゅっと抱きしめたり、顎をひんやりとしたイムちゃんの体に乗せたり、しばらくイムちゃんと戯れていたが、いつまでも現実逃避をしていても仕方がないので、とうとう俺は荷物をまとめきることにした。もともと大した稼ぎがあったわけでもないので、ちゃんと作業を始めたらあとはそんなに時間がかからない。最後にイムちゃんを背中に背負った荷物の上に乗せると、イムちゃんは落ちないように俺の首周りに巻き付いた。イムちゃんは賢いのだ。
さぁ、イムちゃん、これからは二人で暮らそうなー
本部を出る。なじんだ木製の扉も今日がくぐり収めだ。当然のように見送りはいない。まあ、盛大に見送られても俺は困る。背中に荷物の袋を抱えた俺は、よたよたと宿のある区画を目指した。人を雇って手伝ってもらったり、人力車などを呼んだりすることもできるが、しがない貧乏冒険者としてはちょっとでも節約しなければならないのだ。
ぷるる、となぜか俺の上でイムちゃんが申し訳なさそうに震える。
何に気を遣ってるんだよ、イムちゃん。俺とお前の仲じゃないか。それに、自分で体を支えてくれてるから、重さは感じないよ。
イムちゃんは球体になれば俺の頭くらいの大きさだ。動きはどうしても遅くなる。だから、一緒に動くときは、俺の体に乗せることにしていたのだった。