19.チェタ
『あるじ様、気をつけてっ!そこに、犬の糞が落ちてるよ!!』
おお、本当だ、ありがとう、イムちゃん!
――コソコソと茂みの中を俺とイムちゃんは移動していた。領主になったのになんでこんなことをしないといけないのか疑問しかないが、俺が誰とも話したくないのだから仕方がない。
今俺たちがいるのは、ベイリカソンの村。俺が与えられた領地にある、数少ない村の一つであり、この前スライムたちに教えてもらった人物がいる可能性が、一番高い場所でもあった。そこで様子を調べるために、こうして潜入調査をしていたのだった。
村の風景自体は、どこにでもあるような普通の村。パーティの仕事で、日帰りにできないときに泊めてもらった村と、大差ない雰囲気だ。いくつか家があって、朝早くから農業に精を出して、パンを焼いて食べているような。
『――あるじ様っ!またっ!』
ぼうっと村の雰囲気を見ながら動いていた俺は、イムちゃんの警告に対する反応が一瞬遅れた。気が付くと、俺の足は犬の糞を踏みそうになっている。とっさに体をひねった俺は、大きくバランスを崩した。
「うわっ!」
『あるじ様っ!』
すっ転んだ俺は、藪の中から飛び出してしまう。慌てたイムちゃんも一緒だ。
そして具合が悪いことに、藪からは死角になっていたところには、人がいた。
「きゃっ、なに!?」
女の人か。俺はもんどりうった体を立てそうとする。それにしてもまずい。ただでさえ口下手なうえに、藪の中から突然飛び出たとあっては不審な男と疑われるは必至。新米領主の顔なんて知られているわけでもないし、これはどう切り抜けたら――
「ちょっとなにこの子!めっちゃ可愛い!流れるようなスマートでシャープな身体に、栄養状態のよさそうなキラキラした水色!尊い、めっちゃ尊い!!ああっ、ぷにぷに感もたまらん~!!!!」
『わわっ、な、なにこの人!!』
その人は――その、髪を左右に分けた女の人は――俺のことなんか目もくれずに、一心不乱にイムちゃんに抱き着いていた。
* * * * *
「スライムって本当にきれいよね!このぷるっとした透明感のある色合いと、それでいて感じられる生命としての躍動感。さらには美しいこのフォルム!あぁもうたまんないわ!!まるで流水のようでありながら、それでいて生命を持っているという間さに神が与えた奇跡!純粋にて純真なる至高の生命と言っても過言じゃないよね!まぁうちはスライムだけじゃなくて実は魔物全般が好きなんやけど、でも危険な子もいっぱいいるから結局スライムくらいしかなかなか触れ合えないんよね~あー、マノクマのあの立派な毛並みでモフモフしたい~けど絶対死んじゃうしなー、というわけでうちは美しい水のようなスライムちゃんたちとの触れ合いで日々の疲れを癒すことにしてるんやけどー」
あんたのスライムトークこそ、立て板に水じゃねーか、と言いたいがまあ言えるわけもなし。俺でなくても、この目をぎらぎらさせた女――俺とは、さほど歳が変わらなさそうだ――のスライム愛を止めることはできないだろう。
『あるじ様、なに、この人……』
イムちゃんが戸惑いながら、体をなで回されている。
「あ、その、スラ、俺、かえ、離して」
俺はしどろもどろになりながら、なんとか女に、イムちゃんを離してくれるように頼んだ。ようやく、彼女の興味がこちらに向く。
「まっ、あんたがこのスライムを飼ってるの!!?いくらうちでも、スライムを飼うなんて発想なかったわ!いったいどうやってるのか教えて!そう、とりあえずうち来てよ!」
熱弁をふるう彼女に、何があったのかといつの間にか他の村の人も集まってきていた。
「チェタがまたスライム可愛がってるぜ!!」
「そんなんだから恋人もできねーんだよ」
「うっさいわね!うちの勝手やんほっといてよ!」
冷やかしにぴしゃりと言い返し、イムちゃんの体を掴んで強引に歩き出そうとする、チェタと呼ばれた彼女。しかし、次の声についてはさすがに無視することはできなかった。
なぜなら――
「あ、貴方様は、新しい領主様!?!?!?!?」
そう言ってあんぐりと口を開けているのは、この村の村長だったからなのだから。
今後も一週間以内に更新を続けていく予定です!よろしくお願いします!




