13.ダイオウカミ
なんだなんだ。
わけも分からないが、とりあえず穏やかな雰囲気ではない。俺はイムちゃんやベアルと顔を見合わせると、小さく頷き、悲鳴の聞こえた方へ慎重に歩みを進めた。やがて、問題の現場が視界に入ってくる。
そこは切り立った崖のようになっている場所であり、一人の少女が、二頭の狼に追い詰められているところだった――いや、ただの狼ではない。ダイオウカミと呼ばれる、魔物の一種だ。決して大きな魔物ではなく、性格もそこまで攻撃的ではないはずなのだが、今は怒気を前面にまといながら、荒く呼吸している。小さな女の子では分が悪い。
「いやっ、来ないでっ!!」
手に持った枝を振りながら、怯えたように後ずさる。見た感じは、俺より何歳か年下、十を少し過ぎたくらいだろうか。山奥にはそぐわない、きれいな服を着た利発そうな女の子だが、今は恐怖のためか少し錯乱しているように見える。とにかく、落ち着くんだっ!!
『あるじ様……だから人間相手には、それは使えないんじゃ……』
イムちゃんに指摘され、俺はまた心の中だけで会話しようとしてしまっていたことに気づく。しかし、それに反応する相手が、別にいた。
『何奴っ!人間と――マノクマかっ!!』
『スライムも、邪魔をするな!!』
強く鋭い思念が俺の脳を刺激する。確認するまでもなく、視線をこちらに向けたダイオウカミたちのものだった。ベアルを見ても全くひるまないその気迫は、それだけ彼らを怒らせる何かがあったのだということを伺わせた。
「え?何?こんどはマノクマ!?!?」
女の子はダイオウカミの視線に合わせてこちらを見、混乱に拍車をかけている。この際、彼女のことはひとまず置いておこう。あー、その、ダイオウカミ諸君、なんでそのいたいけな女の子をそんな崖に追い詰めているんで?
『知れたことよ……この女、我らが宝を奪いおった』
宝?
『左様、巣に置いていた、タイヨウソウの花を、この女が盗んだのだ』
『我らが留守にしている間に、巣からなくなったのだ。残された臭いを追って、その女を見つけた』
タイヨウソウの花といえば、俺たちが昨日集めたヒノシやピンリノクサなどとは比べ物にならないくらい、貴重な薬草であり、死者以外は大抵治癒することができる恐るべき草だ。貴重すぎて昨日はイムちゃんと探そうという考えすら浮かばなかったくらいの代物であり、そのような薬草なら、このダイオウカミたちが宝として保管しているのもわかる気がする。そして、タイヨウソウの花は、誰もが思わず手に取ってほれぼれと眺めてしまうほどに鮮やかな黄色い色をしているのである。
女の子の方も、ダイオウカミから盗んだ自覚があるにしては、なぜ自分が狙われているのかわかっていないようだし、教えてあげればなんとかなるのではないか。俺は彼女に花を返すよう、伝えようとした。
「ハっ……ハっ……」
神経が高ぶって口下手に拍車がかかる。言葉がなかなか喉の奥から出てこない。それでも俺は、なんとか最低限の文章を絞り出した。
「ハナををけっ!」
発音も無茶苦茶だったが、少なくとも俺の声は彼女に届いた。恐怖に震える瞳が、ほんの少し冷静さを取り戻す。
「は、花……?もしかして、これのこと……?」
そう言いながら袖の中から取り出した鮮やかな黄色の花を見ると、二頭のダイオウカミがぐるるとうなった。少女はびっくりしてそれを取り落とす。
「きゃっ!!」
瞬く間に彼女の目の前にまでダイオウカミが迫るが、しかし彼女に攻撃することはなく――その花を咥えると、俺の方へ振り返った。
『我らの意思をそいつに伝えたお前に免じて、この場は見逃してやる。だが二度目はない。その女にも、そう伝えておけ』
『森に入るならば、それは人の領域を離れるということ、ここは貴様らが我がもの顔で歩いてよいところでないと――ゆめゆめ忘れるな』
それだけ俺に言い残すと、ダイオウカミたちは風のように駆け、森の奥へと消えていった。




