その89 〜魔王の相〜
山下正作──正体を隠すため、鉄仮面と”魔王っぽい黒ローブ”着用中──が、トラックのトレーラー部分から転落した、エクステリアのもとへ駆け寄った。
(あらら、やっぱり基本ウェットだね、正作さん)
ヤマトの猛攻を防ぎつつ、甘太郎は横目でその様子を追う。
眼の前の魔族──
この世界で戦った中ではビビアンの次に強敵だが、手負いであるせいか、動きにやや陰りが見える。いつぞやワフルの街で戦った、”赤鬼”より数段強い程度。こちらの攻撃を当てる前提ならさておき、守りに徹するならさほど問題はなさそうだ。
正作は、エクステリアの首に刺さった矢の鏃部分だけ、手でへし折って捨てた。矢そのものを抜かなかったのは、”蓋”がなくなることで出血がひどくなることを警戒してか。
(ふむ、意外に冷静。人間なら、あんなの食道、気道、頸動静脈、迷走神経破断により即死って感じだけど、そこは魔族だから、まだ 何とかなるって事なんだろうか。──ん)
突きの連撃から間合いを取り、甘太郎は、見当はずれの方向を斬りつけた。
「ぎゃあぁッ」
右手首を切断されたアイゼンバーグが叫んだ。
地面に落ちた右手には、妙な小刀が握られている。
「つまんないこと、しないでくれます?」
正作を背後から狙っていたのは、先ほどガブリエラを刺した、甘太郎の知らない青年。すぐさまヤマトの追撃が来るが、それは余裕を持って受け止める。
「……どういうつもりッスか。人間」
鍔競り合いのさなか、ヤマトが訝しげに訊ねた。
それは、そうだろう。
”人間側”であるはずの甘太郎が、今、明らかに”魔王”である正作を助けた形になったのだから。
「え? だって、つまらないし」
対する甘太郎は、『何を言っているんだ、こいつ』みたいな顔でヤマトを見返した。
(あーんな、姿を隠して女の子を刺してくるような小物臭プンプンの雑魚が、後ろから不意打ちで魔王討伐──とか、さすがに詰まらなすぎるでしょうが。激しくつまんねぇ。つか、ガブリエラはやっぱり魔族だったかぁ。いいなあ、確か魔族って何百年も生きるんでしょ。そうでなくても、この世界観で魔族って、おいしすぎるわぁー。正作さん、俺、ガブリエラ、奥垣内さんの順番で”やって来た”とすれば……魔族、人間、魔族、人間と交代で来てることになるのか。ビビアンは、このことを把握していた?)
それはそれ、トレーラーパネル天板にいる、ミューラから何の援護もない。
傷のせいか、もう魔術で戦う余裕もないようだ。
ヤマトとの戦闘は膠着。
パルテオンも、半死半生の”青鬼”ドグを攻めきれていない。
(手詰まり。そりゃ、また、つまらない)
「奥垣内さん、お願いします!」
甘太郎が、声をはりあげた。
バックします。ピー、ピー。
バックします。ピー、ピー。
女性の声のアナウンスと、甲高い怪音を交互に響かせながら、トラックがゆっくり後退していく。
「うぉっ、……なん、なんスか」
「生きておる、のか。あれは」
ヤマト、ドグが気味悪そうにそう言った。
それを見たパルテオンは、素早くドグから離れ、甘太郎と合流した。
「──”魔王”を狙うのか」
老いた声が、鋭く訊ねる。
「それは、奥垣内さん次第で」
***
「よっしゃ! その仮面のやつが魔王やな。うん、なんかこう、外見的に魔王感あるわ」
運転席に陣取った奥垣内は、手慣れた手つきでトラックを後退させ、”狙い”を定める。魔王の「声」は、なんとなく聞き覚えもあったものの──仮面でくぐもっていたせいもあり、それが山下正作のものであるとは気づかなかった。
「魔王が抱えとるんが、かなりボロボロやけど、例のエクステリアっちゅう奴やな。まぁ、あんだけ鬼畜かましたんや。とどめに魔王ごとトラック轢き逃げアタック喰らってミンチになるのも、因果応報!」
ギアを切り替え、アクセル。
やるときは、やる。
甘太郎ほどではないにせよ、奥垣内もまた、躊躇しないタイプだった。
***
『陛下……お離しを。あの”妙なもの”が、こちらへ迫っています』
”銀”を取り除かれたエクステリアは、再び周囲を”知覚”できるようになっていた。気道を潰され、発声はおろか呼吸さえままならないが──”声”を伝えることはできる。
「逃げよう、”扉”で」
『ガブリエラは──何があったのか、魔力欠乏状態に、なっています。今、”小部屋”の能力は使えないでしょう。わたくしを置いて、お早く』
トラックが前進を開始した。
正作は、ふと、この世界に来る少し前のことを思い出していた。
トラックに轢かれかけた子供を、助けた時のこと。
あの時も、今見ているような大型トラックだった。
(というか、運転席にいるの、奥垣内さん!? 何やって──あ、そうか。仮面してるから、分からないのか……)
さっきのバックは、助走距離を稼ぐ為。
距離が距離なので、それほどは加速しないだろうが、それでもあの質量が時速数十kmで衝突したら、ただでは済まない。
「ぬふぅうううんッ、珍妙なやつ! 大重傷のエクステリアたんを狙うとは不届き千万ッ。陛下が出るまでもありませぬ。この俺様のイナズミック・ブラスターで、痺れサンダァーッ!」
エクステリアと正作をかばうように立ちはだかった青竜カイアンフェルドは、大きく顎を開き、雷撃の吐息を吐きかけようと──するも、すぐ立ち消えた。
甘太郎が、その大きく開いた青竜の口に、持っていた”銀の鏃”を放り込んだのだ。
「あ、んが? 何故ぇぶふほぉッ」
弱体化された一瞬をついて、大型トラックが正面衝突。
カイアンフェルドの巨体ごと、後ろの正作達もふっ飛ばされるかと思われたが、寸前──青竜の背中を巨大な氷柱が立ち、辛くも押し留めた。
「つ、潰、つぶっ」
トラックと氷柱に挟まれた青竜は、かなり無事ではなかったが、あいにくその場の誰も気にしていなかった。
ブフォォオオオンッ
ディーゼルエンジンが唸る。
カイアンフェルドの後ろで、氷柱がひび割れた。
「カンタロー! ドグをやれ!」
パルテオン。
「させるかッス!」
ヤマトが、”氷柱”を維持しているドグへのフォローに入ろうとしたが、それを老司祭パルテオンが妨害。魔族の剣を、障壁で防護した左手でよく防いでいた。
「ドグさん、逃げて!」
正作が声をあげた。
「いや、もう実は、足に力が、入りませなん、でな。ワシはここで、足止めを──今のうちに、御身の、お力で、人間どもを……」
『もう、”和平”などお忘れ、下さい。人間どもを滅ぼす、それで、よいではありませんか』
ドグの言葉、エクステリアの”声”に、正作は苦悩の色を濃くする。
(違うんだ。ぼくは魔王なんかじゃない。ただそういう”役目”を成り行きで背負わされただけの、普通の、いや普通以下のオッサンなんだ! 皆を助ける力もないし、そもそも敵を倒す力もない。そう、ビビアンさんが言う通り、まがい物の──)
正作は、ふと気づいた。
──ガブリエラ──
──王城の時──
──魔力欠乏状態──
(そうだ。あの時みたいに、ガブリエラさんにぼくの”魔力”を渡してあげられれば! 再び”扉”がいい感じに暴走して、みんな逃げられるかも)
逡巡の間はない。
正作は、エクステリアを抱えたまま、うつ向けに倒れたガブリエラに近づく。
そこへ、振り下ろされた。
短刀。
再び、背後から。
「ッ」
正作は、無事だった。
その刃は、彼をかばったエクステリアの背中に埋まっていた。
刺したアイゼンバーグは、半笑いのまま、恐怖に固まっていた。
視界内の全てが、紫色の霧に覆われた。
「魔王陛下ッ! 万歳ッ!」
ドグは雄叫ぶと同時に、甘太郎によって首を刎ねられた。
ガブリエラが、伏せたまま眼を見開いた。
「おぉおっ、なんやなんや?」
運転席で奥垣内は、自分の身体がよく分からなくなっていくのを感じた。
甘太郎も同じだった。
今しがたドグの首を両断した剣が、自分の手から透けていく。
ミューラは、あまりにも巨大な魔力の波動を受け、トレーラー上で失神した。
パルテオンは耐えたが、ヤマトに離脱の隙を与えてしまった。
ヤマトは、血走った眼を甘太郎に向け、剣を一閃。
確実に相手を捉えたその一撃は、甘太郎の身体を空振りした。
そして、風が吹いた。
***
ミューラが目を覚ました。
先程の荒野、地べたに寝転がっているらしい。
傍では、今もパルテオンが彼女の傷口に”癒着”の呪文を施していた。
「んー、目が覚めたか」
パルテオンの横には、ゴンドラゴンドがあぐらをかいていた。
失った左足には、包帯が巻かれている。
「……クルクルは?」
「死んだ」
問いに、パルテオンが端的に答えた。
「──”四強”は?」
「”青鬼”ドグは、カンタローが殺した。死体は向こうに転がってる。エクステリアも殺せたと思うが、正味、こっちはまだ分からねぇ。タコと、ヤマト、ほか”魔王”どもは逃げた──んだろうな、やっぱり」
ゴンドラゴンドの曖昧な言い方に、ミューラは訝しげな表情を浮かべた。
「よく、わからないの?」
「んー……ああ、俺はずっと”正体不明の誰か”と戦ってたからな。ヨザウィング将軍の姿をしていたが、どうもおかしい。あの”風”が吹いた後、さっさと姿を晦ましやがったし──」
「我は、”風”が吹いたと同時に、連中が消えたのを確認した」
パルテオンは静かに述べた。
「風って、何のこと?」
ミューラが質問する。
パルテオンは、数秒だけ考え、答えた。
「風としか、いいようがない。とにかく、吹いた。そこで、あの膨大な魔力の渦は消え、魔王も、エクステリアも、あの青竜も、ヤマトも……更に、カンタローも、オクガイトも──消えた。消失、認知、自失、不知」
「あの”トラック”だけ、残してな」
ゴンドラゴンドが指さした先に、乗り捨て状態の大型トラックが停まっていた。
「消えたって……」
それっきり、ミューラは黙ってしまった。
ゴンドラゴンドも、パルテオンも、それ以上は喋らなかった。
後方の王国軍に連絡を入れようという話が出たのは、それからだいぶん後のことだった。
***
エクステリアは、自分がまだ生きているのを感じた。
相変わらず視力はないが、手に僅かな感覚がある。
魔力の”知覚”を展開した。
喉の傷、身体の刺し傷は”癒着”され、切断された両手首は縫い付けられている。
荒野に、自分は仰向けに寝かされている。
左足の先に、ヤマトが腰かけているのが分かる。
その横には、何故か──
深くひれ伏した姿勢のナンギシュリシュマ。
さらにカイアンフェルド。
ドグは、いない。
「気づいたかね。潰された眼は、自己再生にだいぶんかかるだろうが、辛抱するように。手首は拾っておいたので、一週間もすれば馴染むだろう」
男の声がした。
知らない声。
知らない人物。
彼女のそばに佇んでいた。
エクステリアの”知覚”は、その男の姿を捉えた。
七本の角。蝙蝠のような皮翼。
すなわち、魔王の相。
「……アルガスヴェルド陛下?」
「そうだよ」
男は答えた。




