その87 〜篠突〜
(いかん、どうも”勇者側”が勝ちすぎる展開になりつつあるようだ、な)
王国七将軍のうち、失踪したとされている”秒速”のヨザウィング──の姿となったヤットールは、さらに重ねがけした幻術の偽装により、荒野の大地と一体化。
四天王と、勇者の仲間の戦い、その成り行きを見つめていた。
数日前。ヤットールは、旧知の伝を頼り、なんとか東方連合所属の……つまりアシのつきにくい魔術師を紹介してもらった。
軍事都市カーチコム方面──”決闘地”から二km離れた王国軍の陣地内、ヤットール専用天幕の内側で、その魔術師から極秘裏に「2つ」の呪文をかけてもらう。
ひとつは、幻装によるヨザウィングへの変装。
もう一つは、”透明”ではない。
あくまで、背景に溶け込む”保護色”の幻術だ。
立っていると露見しやすいので、必然的に這って二kmも進むことになったが、長年に渡って鍛えあげた身には、さほどの苦行でもない。
ただし、時間がかかり過ぎたのも間違いない。
到着したとほぼ同時に、”決闘”が始まった。
目まぐるしい展開だったが、時間にするとごく僅か。
あの、凄まじい強さだった”青鬼”が、のっけから半死半生。
魔王軍側も攻撃に転じ、ゴンドラゴンドが足をやられたが、その折、ヤマトも負傷。ナンギシュリシュマがクルクルの矢に仕留められ、そして今、巷間で”元凶”とされている”煉獄の”エクステリアまでもが倒された。
(ミューラの横にいるのは、”異世界人”だとか世迷い言をぬかしている小僧だ。名は、何だったか……勇者の仲間になっていたのか。これは、決闘の条件に反するのでは?)
これはこれで、悪くない情報だ。
少なくとも王室は、まだ”和平”に望みを託している部分を残した段階。
ここでのルール違反は、間違いなく失点になる。
あとは、この”勝ちすぎ”の状況をどう修正するかであるが──
(やはり、ゴンドラゴンド狙いか。奴は、左足を失っている。今なら倒せる!)
少なからず遺恨のある相手。
ヤットールとしては、願ってもない展開だった。
しかし、それにはパルテオンが邪魔だ。
残念なことに、この老司祭は目下、手傷らしい手傷も負っていない。
右腕は以前に失っていたが、それでも甘く見て良い相手ではない。
(何か、きっかけがあれば)
その時、上空から一体の青竜が、戦場に降下してきた。
折り畳まれた携帯式の”扉”を、右前足に持っている。
「あっ、アホが飛んできたッス」
ドグに近づいていたヤマトが、青竜カイアンフェルドの姿を認めた。
「──いや、やつが持っているのは、ガブリエラの”小部屋の扉”。おそらく、陛下も一緒に……」
地面に腰を落としたドグは、ひどい有り様だった。
左腕三本が原型を留めず肉片と化し、顔面も左側が陥没崩壊している。
潰れた左眼からは、血液のほか眼球の残骸らしき汁が滴っていた。
生命力の低い魔族なら、これだけで死んでいたかも知れない重傷だ。
「合流できれば何とか逃げられるッスけど、パルテオンの奴、あのゴンドラゴンド担いて、こっちに近づいてきたッス」
そういうヤマトも、無傷ではない。
ゴンドラゴンドの一撃で、右手が破砕している。
ドグは、脂汗を垂らし、苦しそうに息をついた後、
「よし。ヤマト、──に変身しろ。ワシが道を、つくる」
「えっ。大丈夫ッスか?」
外見上はかなり大丈夫じゃなさそうなドグに、ヤマトが気遣わしげに訊ねた。
「まかせろ、くるぞ」
その前方では、巨漢のゴンドラゴンドを肩車しているとは思えぬ健脚で、駆け寄ってくるパルテオン。
「んー、ヤマトの野郎、鳥に変身するつもりか?」
「考えにくい。ドグの身体は重すぎる。飛べまい」
しかし、ヤマトは”鳥”に変身した。
パルテオンは、十mの距離を大地の一蹴りで詰めた。
あわせて放ったゴンドラゴンドの大槌が、空を切った。
「ッにっ!」
人間サイズの巨大なペンギンが、
”青鬼”の巨体を背に、
地面を滑っていく。
前方まで”凍結”した、氷の筋を。
たっぷりした腹の皮下脂肪を、氷面に密着させて。
巨鳥に乗ったドグは、残った右手三本から魔力を振り絞って凍気を発し、滑る先、滑る先を、どんどん凍らせていく。
その”道”の先は、今、青竜が着地した地点へと向かっている。
「パルテオン、追え! 俺を背負ってちゃ、無理だ」
頷くと同時。
老司祭は、肩上のゴンドラゴンドを振り落としざまに駆け出した。
片足で器用に着地した大男は、そのまま再度、へたり込む。
(んー……パルテオンに止血してもらうまでに、けっこう失血してたんだろうな。今頃、頭がクラクラきやが──ッ)
それを躱せたのは、殆ど天佑といってよかった。
周囲から敵が離れた一瞬の隙をついて、死角より放たれた拳が、ゴンドラゴンドの右こめかみを僅かに削った。皮膚が切れ、頬に血が滴る。
それは、魔族ではない。
ゴンドラゴンドの、知っている人間。
「んー、あんた──ヨザウィング将軍か?! 失踪したとは聞いていたが、なん……」
その問いに答えるべく、ヨザウィングは──無言のまま──
連打の雨が、篠を突いた。




