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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
89/93

その86 〜七本の角、漆黒の大翼〜

 潰れた両目から、血液と眼液が漏れるのを両手でおさえ、エクステリアは背中の翼を大きく広げた──が、即座にその左翼を切断され、態勢を崩す。


エクステリアの刑(・・・・・・・・)、だっけ?」

 

 甘太郎は、拾った細剣を更に振るい、エクステリアの両手首をも切り落とす。


「ッあぎィ」

「これで魔術は封印──とッ」


 下段蹴り。

 二発。


 両足の膝関節を破壊され、エクステリアは為す術もなく崩れ落ちた。


「無力化完了。──あ、ミューラさん。その”銀の矢”、抜きます? 後ろの脇腹から貫通してるんで、たぶん贅肉止まりで臓器とかは大丈夫だと思うんですけど。──刺さったままだと、筋肉が締まって後で抜くの大変らしいですし、止血自体は魔術でいけるかと。あ、急性腹膜炎?」


「……、そう、ね。(やじり)だけ取り外して、残りのシャフトを、引き抜いて。止血は、自分でやる。内部組織の”癒着”は、パルテオンでないと、無理」


(どういう人間なの、こいつ(・・・)は)


 鈴木 甘太郎。

 聞けば、”異世界”では普通の学徒だったという。

 それが、この躊躇のなさはどうだろう。


 少なくとも外見上は、人間の女に近いような相手の目。

 あそこまで刹那の迷いもなく、素手で突き潰せる者がどれほどいるだろう。


 特に、戦場の熱気に揉まれ、狂騒状態に入っている──

 わけでもない、ごく平静段階から(・・・・・・・・)


 裏町でゴロ(・・)を巻いているような無法者なら、まだ分かる。

 連中は、その”躊躇ない粗暴さ”が商売道具だ。

 普段から、良識の枷(・・・・)を外すクセをつけている。


 しかし、そんなクセをつけてしまっては、まっとうな日常生活は送れない。

 誰も、そんな危ない人間とは付き合いたがらないからだ。


 組織に所属するのも無理。商売も無理。

 だからこその裏街道。それ故のヤクザ家業。


 甘太郎は、そこがまるで違う。

 普段の彼は、ごく紳士的で、おとなしい。

 やや言動に不穏なものが混じることもあるが、その程度だ。


 それが、いきなり、切り替わる。

 悪鬼もかくや、というほど一瞬で残忍冷酷になれる。


 むろん、無差別にではない。相手は選んでいる。

 今でいえば、実際に甘太郎の助けがなければミューラは死んでいた。


 しかし、それを有り難いと思う前に、不気味さが先に立つ。


(サリオン王子は、”カンタローの危険性”を説いていた。わたしも同意見だったけど──これは、そういうの(・・・・・)とはまた違う危うさ。今、エクステリアに行なった攻撃も、憎いからとか、怖いから、あるいは残虐行為が愉しいから──という理由ではなく、単に必要性があったからやっただけ。逆にいえば、必要性というだけ(・・・・・)で、あそこまで冷徹になれる。こういうのが王になったら、とんでもなく合理的な暴君になるんでしょうね──)


 合理的なのは結構なことなのに、どこか嫌悪がある。割り切れることは美点だが、不条理の世が、(ことわり)だけで割り切れるわけもない。


 そこまで考え、ミューラは苦笑した。


 それは、普段からことあるごとに、ゴンドラゴンドから指摘されていた自分の欠点(・・・・・)ではないか(・・・・・)、と。


(つまるところは、同族嫌悪。自分のそれ(・・)を、より極端化させたカンタローの在り様が、たまらなく気持ち悪い、そういうことか)


 甘太郎は、剣先で”銀の矢”先端を切り離し、ミューラの背から生えている矢の尾を引き抜いた。


「ッぐ」


 一瞬眉をしかめ、痛みに耐えたミューラは、呪文を唱えて傷口を止血する。


「お、珍しい。”呪文”、使ったりもするんですね」

「医療系の術は苦手なのよ。こういうのは、やはり”それ系”に特化した神殿魔術の方に分がある」


 魔術──それ自体は同一のものだが、パルテオンのような司祭が”神殿”で学ぶ魔術は、障壁術や医療魔術など、一分野に特化する傾向にあった。


「それよりカンタロー。あなた、自分がやったことが、分かってる? 魔王軍の”四強”と、勇者の仲間四人だけの決闘って話が、これでご破算よ。勝手に、トラックの──”トレーラー”? 乗ってきたりして……」


「いやぁ、何もなければ潜んで済ますつもりだったんですけどね。まぁ、死にそうだったじゃないですか? そこは、さすがに出ておかないと。あ。奥垣内さんも来てますよ。いざという時、運転できる人がほかにいたら便利かなって」


 朗らかにそう返され、ミューラは溜息をつくしかなかった。


 矢傷はじくじくと痛み、血の気が引き、気分も悪い。

 思考速度も、どんどん鈍っていくのを実感する。


「……カンタロー、その女を殺さなかったのはなぜ?」

「なぜ? あなたが聞くんですか、それを」


 意外そうに、甘太郎が尋ね返す。

 それを聞いて、ミューラは不機嫌そうに黙った。


 ”事件の首謀者、エクステリアの身柄は、政治的に使える(・・・)


 理にかなっていて、反吐が出る。

 そう、これは体調不良による気分の悪化。

 良いことを考えるべきだ。


(これでクルクルと合流した後、”トラック”を走らせ、ゴンドラゴンドとパルテオンを回収。撤退。”和平”はもうどうなるか分からないけれど、幸い”甘太郎がこの場にいる”ことを知るのは、現状、そこで這いつくばっているエクステリアのみ。ナンギシュリシュマの分身は全て倒したし、本体は遠くの地べたで今も動かない。あの位置から、トラックの上部は見えない。ヤマト、ドグも似たような状況。まだ、何とかなる──か)


「あっ、ドラゴン!」


 甘太郎が、なぜか嬉しそうな声をあげた。

 ミューラも視線を上げ、その存在を確認する。


「あの時の、青竜ねぇ」


 数ヶ月前、勇者リアン・スーンとともに攻め込んだ相手。”多眼の者”カイアンフェルドが、その巨躯を舞い上げ、向かいの山から飛来しつつあるのが見えた。


   ***


 ビビアンが、黒い渦の中に消えていくのを、傷ついたピクロコルは、ただ見ていることしかできなかった。


「ビビアン様ッ!」


 ”決闘”の地より、少し離れた荒野。


 敷いていたピクニックシートは跡形もなく千切れ飛び、砕けた荷物がそこかしこに転がっている。大地はところどころが窪み、穴があき、焦げ、あるいはヒビ割れていた。


 消えた”渦”の傍に立っていた男は、落ち着き払った様子で、やはりボロボロになった衣服をパンパンと(はた)いている。


「お、のれ──よくも、ビビアン様を……」

「ああ、君。無理に喋らないほうがいいよ。その麻痺毒、わりと強力なやつだから。というより、むしろよくそこまで喋れるものだ。若いのに、大したもんだ」


 男──青年というほどの年齢に見える──は、無傷ではなかった。


 それはそうだ。王城では勇者をも退けた魔族ビビアンと、つい先程まで真正面から戦っていたのだから。具体的には右肩、左前腕、左脇、右太腿、右脛に裂傷を受け、頭からは血が滴っている。


 そして、七本の角(・・・・)漆黒の大翼(・・・・・)


「悪く思わないでくれ──というのは無理だろうから、思ってくれて良いよ。さすがにビビアン相手だと、わたしも手加減とか、ちょっと無理だからね。まぁ彼女はとにかく生命力があるから、死んではいないだろう、たぶん。きっと。……それより君、よく見たら男の子なのか。ふーん──実写で、っていうと何だけれど、実際にリアルに”男の()”って、なにやら妙な感じがするものだ」


「う、うるさい。魔族が、なんで……何が、目的だ」


(知らない。こんな奴、知らない。この世に、”勇者”以外で、ビビアン様より強い者が存在するなんて……)


「目的は、魔王への意趣返し。分かっていると思うが、山下正作さんの(・・・・・・・)ことじゃないよ(・・・・・・・)。わたしが意趣を返したいと思っている”魔王”は、この世界にもあの世界(・・・・)にも、ただの一人だ」


 男は、青い眼を歪め、微笑んでみせた。


「さて。ヤットール将軍と、アイゼンバーグ君はうまくやっているかな──」

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