その86 〜七本の角、漆黒の大翼〜
潰れた両目から、血液と眼液が漏れるのを両手でおさえ、エクステリアは背中の翼を大きく広げた──が、即座にその左翼を切断され、態勢を崩す。
「エクステリアの刑、だっけ?」
甘太郎は、拾った細剣を更に振るい、エクステリアの両手首をも切り落とす。
「ッあぎィ」
「これで魔術は封印──とッ」
下段蹴り。
二発。
両足の膝関節を破壊され、エクステリアは為す術もなく崩れ落ちた。
「無力化完了。──あ、ミューラさん。その”銀の矢”、抜きます? 後ろの脇腹から貫通してるんで、たぶん贅肉止まりで臓器とかは大丈夫だと思うんですけど。──刺さったままだと、筋肉が締まって後で抜くの大変らしいですし、止血自体は魔術でいけるかと。あ、急性腹膜炎?」
「……、そう、ね。鏃だけ取り外して、残りのシャフトを、引き抜いて。止血は、自分でやる。内部組織の”癒着”は、パルテオンでないと、無理」
(どういう人間なの、こいつは)
鈴木 甘太郎。
聞けば、”異世界”では普通の学徒だったという。
それが、この躊躇のなさはどうだろう。
少なくとも外見上は、人間の女に近いような相手の目。
あそこまで刹那の迷いもなく、素手で突き潰せる者がどれほどいるだろう。
特に、戦場の熱気に揉まれ、狂騒状態に入っている──
わけでもない、ごく平静段階から。
裏町でゴロを巻いているような無法者なら、まだ分かる。
連中は、その”躊躇ない粗暴さ”が商売道具だ。
普段から、良識の枷を外すクセをつけている。
しかし、そんなクセをつけてしまっては、まっとうな日常生活は送れない。
誰も、そんな危ない人間とは付き合いたがらないからだ。
組織に所属するのも無理。商売も無理。
だからこその裏街道。それ故のヤクザ家業。
甘太郎は、そこがまるで違う。
普段の彼は、ごく紳士的で、おとなしい。
やや言動に不穏なものが混じることもあるが、その程度だ。
それが、いきなり、切り替わる。
悪鬼もかくや、というほど一瞬で残忍冷酷になれる。
むろん、無差別にではない。相手は選んでいる。
今でいえば、実際に甘太郎の助けがなければミューラは死んでいた。
しかし、それを有り難いと思う前に、不気味さが先に立つ。
(サリオン王子は、”カンタローの危険性”を説いていた。わたしも同意見だったけど──これは、そういうのとはまた違う危うさ。今、エクステリアに行なった攻撃も、憎いからとか、怖いから、あるいは残虐行為が愉しいから──という理由ではなく、単に必要性があったからやっただけ。逆にいえば、必要性というだけで、あそこまで冷徹になれる。こういうのが王になったら、とんでもなく合理的な暴君になるんでしょうね──)
合理的なのは結構なことなのに、どこか嫌悪がある。割り切れることは美点だが、不条理の世が、理だけで割り切れるわけもない。
そこまで考え、ミューラは苦笑した。
それは、普段からことあるごとに、ゴンドラゴンドから指摘されていた自分の欠点ではないか、と。
(つまるところは、同族嫌悪。自分のそれを、より極端化させたカンタローの在り様が、たまらなく気持ち悪い、そういうことか)
甘太郎は、剣先で”銀の矢”先端を切り離し、ミューラの背から生えている矢の尾を引き抜いた。
「ッぐ」
一瞬眉をしかめ、痛みに耐えたミューラは、呪文を唱えて傷口を止血する。
「お、珍しい。”呪文”、使ったりもするんですね」
「医療系の術は苦手なのよ。こういうのは、やはり”それ系”に特化した神殿魔術の方に分がある」
魔術──それ自体は同一のものだが、パルテオンのような司祭が”神殿”で学ぶ魔術は、障壁術や医療魔術など、一分野に特化する傾向にあった。
「それよりカンタロー。あなた、自分がやったことが、分かってる? 魔王軍の”四強”と、勇者の仲間四人だけの決闘って話が、これでご破算よ。勝手に、トラックの──”トレーラー”? 乗ってきたりして……」
「いやぁ、何もなければ潜んで済ますつもりだったんですけどね。まぁ、死にそうだったじゃないですか? そこは、さすがに出ておかないと。あ。奥垣内さんも来てますよ。いざという時、運転できる人がほかにいたら便利かなって」
朗らかにそう返され、ミューラは溜息をつくしかなかった。
矢傷はじくじくと痛み、血の気が引き、気分も悪い。
思考速度も、どんどん鈍っていくのを実感する。
「……カンタロー、その女を殺さなかったのはなぜ?」
「なぜ? あなたが聞くんですか、それを」
意外そうに、甘太郎が尋ね返す。
それを聞いて、ミューラは不機嫌そうに黙った。
”事件の首謀者、エクステリアの身柄は、政治的に使える”
理にかなっていて、反吐が出る。
そう、これは体調不良による気分の悪化。
良いことを考えるべきだ。
(これでクルクルと合流した後、”トラック”を走らせ、ゴンドラゴンドとパルテオンを回収。撤退。”和平”はもうどうなるか分からないけれど、幸い”甘太郎がこの場にいる”ことを知るのは、現状、そこで這いつくばっているエクステリアのみ。ナンギシュリシュマの分身は全て倒したし、本体は遠くの地べたで今も動かない。あの位置から、トラックの上部は見えない。ヤマト、ドグも似たような状況。まだ、何とかなる──か)
「あっ、ドラゴン!」
甘太郎が、なぜか嬉しそうな声をあげた。
ミューラも視線を上げ、その存在を確認する。
「あの時の、青竜ねぇ」
数ヶ月前、勇者リアン・スーンとともに攻め込んだ相手。”多眼の者”カイアンフェルドが、その巨躯を舞い上げ、向かいの山から飛来しつつあるのが見えた。
***
ビビアンが、黒い渦の中に消えていくのを、傷ついたピクロコルは、ただ見ていることしかできなかった。
「ビビアン様ッ!」
”決闘”の地より、少し離れた荒野。
敷いていたピクニックシートは跡形もなく千切れ飛び、砕けた荷物がそこかしこに転がっている。大地はところどころが窪み、穴があき、焦げ、あるいはヒビ割れていた。
消えた”渦”の傍に立っていた男は、落ち着き払った様子で、やはりボロボロになった衣服をパンパンと叩いている。
「お、のれ──よくも、ビビアン様を……」
「ああ、君。無理に喋らないほうがいいよ。その麻痺毒、わりと強力なやつだから。というより、むしろよくそこまで喋れるものだ。若いのに、大したもんだ」
男──青年というほどの年齢に見える──は、無傷ではなかった。
それはそうだ。王城では勇者をも退けた魔族ビビアンと、つい先程まで真正面から戦っていたのだから。具体的には右肩、左前腕、左脇、右太腿、右脛に裂傷を受け、頭からは血が滴っている。
そして、七本の角。漆黒の大翼。
「悪く思わないでくれ──というのは無理だろうから、思ってくれて良いよ。さすがにビビアン相手だと、わたしも手加減とか、ちょっと無理だからね。まぁ彼女はとにかく生命力があるから、死んではいないだろう、たぶん。きっと。……それより君、よく見たら男の子なのか。ふーん──実写で、っていうと何だけれど、実際にリアルに”男の娘”って、なにやら妙な感じがするものだ」
「う、うるさい。魔族が、なんで……何が、目的だ」
(知らない。こんな奴、知らない。この世に、”勇者”以外で、ビビアン様より強い者が存在するなんて……)
「目的は、魔王への意趣返し。分かっていると思うが、山下正作さんのことじゃないよ。わたしが意趣を返したいと思っている”魔王”は、この世界にもあの世界にも、ただの一人だ」
男は、青い眼を歪め、微笑んでみせた。
「さて。ヤットール将軍と、アイゼンバーグ君はうまくやっているかな──」




