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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
88/93

その85 〜肉の盾〜

「ぬふゥウウんッ、これはまずい! 全体的に、劣勢ムゥウウードゥッ。特に、これから二人を相手にせねばならぬ気配のエクステリアたんがモースト・デンジャラス! これは陛下、今すぐ助けに行かねば?」


 青竜カイアンフェルドは、慌て気味にお伺いをたてた。

 本心では勝手に一人で飛び出したいのだろうが、この場での決定権を持つのはあくまで”魔王”である山下正作だ。


「う、うん……」


 正作の心は、千々に乱れていた。

 四天王達も、そして”勇者”の仲間たちも、ともに短からぬ期間、ともに過ごした間柄である。それが今、お互いに殺し合っている。


 ドグが傷つき、

 ゴンドラゴンドが傷つき、

 ヤマトが傷つき、

 ナンギシュリシュマが傷つき──


 こんなことは、望んでいなかった。

 止められるものなら、今すぐ止めたい。

 しかしできない。


(ぼくは、無力だから)


 もっと強く言うべきだったか?

 しかし、正作はあくまで”魔王”ということになっているだけの凡夫。

 魔王軍の魔族達は、決して正作に絶対服従(・・・・)ではない。

 それは、先日のエクステリアの行動で、いやというほど思い知らされた。


「いこう、ヤマシタさん」


 ガブリエラが、立ち上がって言った。

 このところ塞ぎがちだった彼女に似ず、力強い声色だ。


「もう勝負はついた、こちらの負け。携帯型の”扉”を、カイアンフェルドさんに担いで貰って、ひとっ飛びして貰えれば、わたしの”小部屋”でドグ達は回収できる」


「ぬ、ぬふんッ、おまかせあれ!」


 カイアンフェルドが、鼻息をあらくする。


「でも、ぼくがいっても……」

「ヤマシタさんも、一緒に現地にいって、エクステリアにしっかり言ってもらわないと。”今回の被害はお前のせいだ(・・・・・・)”って!」


 正作はぎくっとなった。

 こんな怒った顔のガブリエラを見るのは、かつてない事だ。

 カイアンフェルドも、思わぬ会話の流れにドギマギしている。


「──それで、二度と勝手なことをするのは許さないって。だって、そもそも、エクステリアの命令違反が、今回の決闘だかの原因でしょう? でも、それで逆にドグも、ヤマトも、タコもやられちゃって……だから、ヤマシタさんの”和平”の方針に二度と逆らうなって、ちゃんと言って!」


(彼女のいうことは、もっともだ。”和平”云々を抜きにすれば、ガブリエラさんの言は「ただの結果論だろう」って話かも知れないけど……でも、世の中は最終的に結果しかない(・・・・)。エクステリアさんの行動を発端として、まずい自体になったこと、それ自体は完全に揺るぎない事実。ぼくは、その出来事を利用して(・・・・)、自分の意見を押し通さなくてはならない(・・・・・・・・)のか──)


 迷っている時間はもうない。

 即座に行動しないと、状況は更に悪化するおそれがある。


「分かった。いこう」


 正作は、口をへの字に曲げ、小さく、すばやく頷いた。


   ***


(勝った)


 予断は禁物、油断大敵。

 よく聞く言葉ではあるが──それでも、優勢であることは間違いない。


 ミューラは、魔術師としては人類屈指の実力者だが、”戦闘者”としては、ほかのメンバーにやや劣る。それは、彼女も自覚していた。


 この”必至”の局面。

 僅かなり緩みが生じるのも、やむを得ない面はある。


 相手は、”青鬼ドグ”とナンギシュリシュマが、ほぼ戦闘不能。

 ヤマトも、右手破砕の損傷。


 こちらはゴンドラゴンドが左足を失ったが、ほかは健在。


(そして、手負いのドグ、ヤマトをパルテオン達が抑え、残るエクステリアは、わたしとクルクルで仕留める。まだナンギシュリシュマの分身が八体残っているけれど、”本体”が沈黙した今、操作精度は格段に落ちている筈。ものの数じゃない。さぁ、来なさいエクステリア。この”トラック”を破壊したいんでしょう。この道具は”運転手(・・・)がいないと動かない(・・・・・・・・・)って知識(・・・・)、お前が持ってるわけないもんねぇ……)


 このトラックの持ち主、異世界人・奥垣内(おくがいと)と同じ場所からやってきた魔王、山下正作なら知っていただろうが──

 

 彼は、十中八九、この世界に”トラック”が持ち込まれたことを知らない。


 正作が奥垣内と会って話していた時、ミューラはずっと傍で監視(・・)していたが── 結局、一度も話題には上らなかった。


 異世界の知識と一口にいっても、その方向性は、星々の数ほどもあるだろう。正作が、さして必要性もなく偶然、”トラックの知識”をエクステリアに与えていた可能性は、果てしなくゼロだ。


(何も知らないお前は、”青鬼ドグ”に重い一撃を加えたこの道具を、警戒せざるを得ない。それが行動の選択肢を縛り──今の状況を導いた)


 ミューラは、トラックの後方、トレーラーパネル上部に降り立った。

 ”飛行”へのリソース消耗を避け、”障壁”と”攻撃”に集中する構えだ。


 焦らずとも良い。焦るのはあちら。

 こちらは”トラック”を堅守しつつ、クルクルと連携して相手するだけ。

 ナンギシュリシュマの分身を着実に潰し、更に選択肢を奪う。

 

 分身達が、幻術での変身を解き、緑色のタコに戻った。

 それらが囲っているのは、本物のエクステリア。


 この期に及んで、偽エクステリアへの擬態(ぎたい)は無駄。

 そこまでは想定内の行動。


(ッなに?)


 へばりついた。分身が。エクステリアに。

 タコの吸盤。

 複数のタコが、赤ドレスの魔族を、緑色の肉壁で覆い隠す。


 見る間に、緑肉の集合体と化したエクステリアは、ゆっくりと浮かび上がった。

 背中の翼を広げず、あえて魔術での”飛行”。

 ──全身にへばりついた、八体のナンギシュリシュマの分身ごと。


 高度五m。

 十m。


(どういうつもり。クルクルのいい(まと)よ)


 当然、すぐさま、一本の”銀の矢”が、緑の表面に刺さった。

 ”銀の法則”が発動して、飛行の魔術が消え、エクステリアは落下──


「……しない?」


 ミューラが、口に出して言った。


 言ってから、思い出した。

 ”銀の法則”のルール。


 (1)銀と接触することにより発動。”魔力”を無効化する。

 (2)銀と接触せずとも、”装備”の条件を満たせば発動。


(そうか。この場合、銀に”接触”しているのは、あくまでナンギシュリシュマの分身。そして、今のエクステリアの状態は、”同族が覆いかぶさっているだけ”で、”装備”にはカウントされていないってこと?)


 続いて二本目、三本目が刺さるが、やはり変化なし。

 分身達をまとわりつかせたまま、エクステリアはどんどん上昇していく。


(落下速度に上乗せして、加速、突撃するつもり?)


 ”銀の矢”が防げる以上、この上昇は止められない。

 ミューラは、次の相手の一撃が、自分の障壁を破るに足ると確信した。


 かなりの上空で、エクステリアが停止。


(逃げると、トラックが破壊される。防御は不可。攻撃しかない)


 落下、突撃。

 ミューラは障壁をそのままに、残りのリソースを、上方より迫り来る緑の塊へ放った。電撃、次に火球、氷槍、水撃、風斬──


 多少のダメージはあるようだが、決定的ではない。

 途中、銀の矢が追加で七発入る。

 結果として、五体の”分身”が剥げ落ち、砕け、消滅した。


(くそっ、苦手な属性攻撃がないの、このタコは!? 『法則改変前』世代の魔族は、どいつもこいつも無駄にしぶとい……)


 残りの”肉壁”は、ナンギシュリシュマ分身三体。

 まだ、ぎりぎり、露出している部分がない。

 更に速度を増し、迫る。


(少しでも隙間があれば、クルクルの矢が確実に射止めるのに──ッ)


 また一本、”銀の矢”が突き立った。

 今までと違うのは、これがドグに放ったのと同じ、”特別製”だったこと。

 その”シャフト部分まで(・・・・・・・・)金属(・・)の矢”

 ──の尾部を、追加の矢が、精確に穿つ。


 最初に突き立った矢がさらに奥へねじ込まれ、エクステリア本体に到達。

 ”飛行”の魔術が解ける。

 

 なお加速落下しつつも、制御を失って体制を崩し、纏わせていた分身達が僅かに離れていく。

 その隙間に、二本、追加される矢。

 おそらく、いずれもエクステリアの胴部。


(よし、これでとどめ)


 両手に魔力を集中──


 できなかった。


 ミューラは、自分の身体を見下ろすと、

 腹部から”矢の先端”が生えていた。

  

 矢は、血にまみれている。


『──なぜ、エクステリアが”真上”から来たか、ということだのぅヒヒヒヒヒ』


 背後からミューラを──銀の矢で(・・・・)──刺したナンギシュリシュマの分身は、最後にそう笑うと、そのまま砕け散った。


 クルクルにやられて、先に墜落した、ナンギシュリシュマの分身の一体だろう。”真上”から墜ちたのだから、当然、ミューラのいるトラックの付近に転がる。


 その大半は攻撃する余力もなくそのまま消滅したが、一体だけ、ミューラの足元まで這いずり、己に刺さった”銀の矢”を抜き、突き立てることができた。


 ”銀の法則”は魔族を弱体化させるが、完全無力化する訳ではない。

 障壁に守られ、安全と思っている(・・・・・・)無防備な人間の背中に、矢をつきたてることぐらいは、子供にだってできる。

 ”銀の法則”は、人間の魔術に対しても絶対(・・)だ。


「し、しまっ……」


 血を吐き、うずくまった。

 内臓が傷ついている。

 

 下手に動けば死ぬ。

 動かなくても、死ぬかも知れない。


 トレイラー上部の天板に、ドンという音をたて、エクステリアが降り立った。

 赤い翼を広げている。

 刺さった”銀”は、空中で全て抜いたらしい。


 ドレスが赤いので出血が分かりづらいが、かなりの傷らしく、息が荒い。

 赤髪の魔族は、伏したミューラを睨み、細身の剣を構えた。


 ミューラは目を瞑り観念したが、”それ”はやって来ない。


 かわりに、低いうめき声と、カランという金属音。

 見ると、エクステリアの剣が、転がっている。


 エクステリア本人は、顔──両目を両手で押さえ苦しんでいた。

 

 その前に立つ人物を悟り、ミューラは思わず声を上げていた。


「どうしてッ! 出てくるのあんたッ! 台無しでしッげふっごふ」

「──いやいや、さすがに今のは出ないと。死んでましたよマジで」


 エクステリアの両目を抉った指二本で血濡れたピースサインをし、鈴木 甘太郎が、トレイラー天板上で涼しげに佇んでいた。


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