その85 〜肉の盾〜
「ぬふゥウウんッ、これはまずい! 全体的に、劣勢ムゥウウードゥッ。特に、これから二人を相手にせねばならぬ気配のエクステリアたんがモースト・デンジャラス! これは陛下、今すぐ助けに行かねば?」
青竜カイアンフェルドは、慌て気味にお伺いをたてた。
本心では勝手に一人で飛び出したいのだろうが、この場での決定権を持つのはあくまで”魔王”である山下正作だ。
「う、うん……」
正作の心は、千々に乱れていた。
四天王達も、そして”勇者”の仲間たちも、ともに短からぬ期間、ともに過ごした間柄である。それが今、お互いに殺し合っている。
ドグが傷つき、
ゴンドラゴンドが傷つき、
ヤマトが傷つき、
ナンギシュリシュマが傷つき──
こんなことは、望んでいなかった。
止められるものなら、今すぐ止めたい。
しかしできない。
(ぼくは、無力だから)
もっと強く言うべきだったか?
しかし、正作はあくまで”魔王”ということになっているだけの凡夫。
魔王軍の魔族達は、決して正作に絶対服従ではない。
それは、先日のエクステリアの行動で、いやというほど思い知らされた。
「いこう、ヤマシタさん」
ガブリエラが、立ち上がって言った。
このところ塞ぎがちだった彼女に似ず、力強い声色だ。
「もう勝負はついた、こちらの負け。携帯型の”扉”を、カイアンフェルドさんに担いで貰って、ひとっ飛びして貰えれば、わたしの”小部屋”でドグ達は回収できる」
「ぬ、ぬふんッ、おまかせあれ!」
カイアンフェルドが、鼻息をあらくする。
「でも、ぼくがいっても……」
「ヤマシタさんも、一緒に現地にいって、エクステリアにしっかり言ってもらわないと。”今回の被害はお前のせいだ”って!」
正作はぎくっとなった。
こんな怒った顔のガブリエラを見るのは、かつてない事だ。
カイアンフェルドも、思わぬ会話の流れにドギマギしている。
「──それで、二度と勝手なことをするのは許さないって。だって、そもそも、エクステリアの命令違反が、今回の決闘だかの原因でしょう? でも、それで逆にドグも、ヤマトも、タコもやられちゃって……だから、ヤマシタさんの”和平”の方針に二度と逆らうなって、ちゃんと言って!」
(彼女のいうことは、もっともだ。”和平”云々を抜きにすれば、ガブリエラさんの言は「ただの結果論だろう」って話かも知れないけど……でも、世の中は最終的に結果しかない。エクステリアさんの行動を発端として、まずい自体になったこと、それ自体は完全に揺るぎない事実。ぼくは、その出来事を利用して、自分の意見を押し通さなくてはならないのか──)
迷っている時間はもうない。
即座に行動しないと、状況は更に悪化するおそれがある。
「分かった。いこう」
正作は、口をへの字に曲げ、小さく、すばやく頷いた。
***
(勝った)
予断は禁物、油断大敵。
よく聞く言葉ではあるが──それでも、優勢であることは間違いない。
ミューラは、魔術師としては人類屈指の実力者だが、”戦闘者”としては、ほかのメンバーにやや劣る。それは、彼女も自覚していた。
この”必至”の局面。
僅かなり緩みが生じるのも、やむを得ない面はある。
相手は、”青鬼ドグ”とナンギシュリシュマが、ほぼ戦闘不能。
ヤマトも、右手破砕の損傷。
こちらはゴンドラゴンドが左足を失ったが、ほかは健在。
(そして、手負いのドグ、ヤマトをパルテオン達が抑え、残るエクステリアは、わたしとクルクルで仕留める。まだナンギシュリシュマの分身が八体残っているけれど、”本体”が沈黙した今、操作精度は格段に落ちている筈。ものの数じゃない。さぁ、来なさいエクステリア。この”トラック”を破壊したいんでしょう。この道具は”運転手”がいないと動かないって知識、お前が持ってるわけないもんねぇ……)
このトラックの持ち主、異世界人・奥垣内と同じ場所からやってきた魔王、山下正作なら知っていただろうが──
彼は、十中八九、この世界に”トラック”が持ち込まれたことを知らない。
正作が奥垣内と会って話していた時、ミューラはずっと傍で監視していたが── 結局、一度も話題には上らなかった。
異世界の知識と一口にいっても、その方向性は、星々の数ほどもあるだろう。正作が、さして必要性もなく偶然、”トラックの知識”をエクステリアに与えていた可能性は、果てしなくゼロだ。
(何も知らないお前は、”青鬼ドグ”に重い一撃を加えたこの道具を、警戒せざるを得ない。それが行動の選択肢を縛り──今の状況を導いた)
ミューラは、トラックの後方、トレーラーパネル上部に降り立った。
”飛行”へのリソース消耗を避け、”障壁”と”攻撃”に集中する構えだ。
焦らずとも良い。焦るのはあちら。
こちらは”トラック”を堅守しつつ、クルクルと連携して相手するだけ。
ナンギシュリシュマの分身を着実に潰し、更に選択肢を奪う。
分身達が、幻術での変身を解き、緑色のタコに戻った。
それらが囲っているのは、本物のエクステリア。
この期に及んで、偽エクステリアへの擬態は無駄。
そこまでは想定内の行動。
(ッなに?)
へばりついた。分身が。エクステリアに。
タコの吸盤。
複数のタコが、赤ドレスの魔族を、緑色の肉壁で覆い隠す。
見る間に、緑肉の集合体と化したエクステリアは、ゆっくりと浮かび上がった。
背中の翼を広げず、あえて魔術での”飛行”。
──全身にへばりついた、八体のナンギシュリシュマの分身ごと。
高度五m。
十m。
(どういうつもり。クルクルのいい的よ)
当然、すぐさま、一本の”銀の矢”が、緑の表面に刺さった。
”銀の法則”が発動して、飛行の魔術が消え、エクステリアは落下──
「……しない?」
ミューラが、口に出して言った。
言ってから、思い出した。
”銀の法則”のルール。
(1)銀と接触することにより発動。”魔力”を無効化する。
(2)銀と接触せずとも、”装備”の条件を満たせば発動。
(そうか。この場合、銀に”接触”しているのは、あくまでナンギシュリシュマの分身。そして、今のエクステリアの状態は、”同族が覆いかぶさっているだけ”で、”装備”にはカウントされていないってこと?)
続いて二本目、三本目が刺さるが、やはり変化なし。
分身達をまとわりつかせたまま、エクステリアはどんどん上昇していく。
(落下速度に上乗せして、加速、突撃するつもり?)
”銀の矢”が防げる以上、この上昇は止められない。
ミューラは、次の相手の一撃が、自分の障壁を破るに足ると確信した。
かなりの上空で、エクステリアが停止。
(逃げると、トラックが破壊される。防御は不可。攻撃しかない)
落下、突撃。
ミューラは障壁をそのままに、残りのリソースを、上方より迫り来る緑の塊へ放った。電撃、次に火球、氷槍、水撃、風斬──
多少のダメージはあるようだが、決定的ではない。
途中、銀の矢が追加で七発入る。
結果として、五体の”分身”が剥げ落ち、砕け、消滅した。
(くそっ、苦手な属性攻撃がないの、このタコは!? 『法則改変前』世代の魔族は、どいつもこいつも無駄にしぶとい……)
残りの”肉壁”は、ナンギシュリシュマ分身三体。
まだ、ぎりぎり、露出している部分がない。
更に速度を増し、迫る。
(少しでも隙間があれば、クルクルの矢が確実に射止めるのに──ッ)
また一本、”銀の矢”が突き立った。
今までと違うのは、これがドグに放ったのと同じ、”特別製”だったこと。
その”シャフト部分まで金属の矢”
──の尾部を、追加の矢が、精確に穿つ。
最初に突き立った矢がさらに奥へねじ込まれ、エクステリア本体に到達。
”飛行”の魔術が解ける。
なお加速落下しつつも、制御を失って体制を崩し、纏わせていた分身達が僅かに離れていく。
その隙間に、二本、追加される矢。
おそらく、いずれもエクステリアの胴部。
(よし、これでとどめ)
両手に魔力を集中──
できなかった。
ミューラは、自分の身体を見下ろすと、
腹部から”矢の先端”が生えていた。
矢は、血にまみれている。
『──なぜ、エクステリアが”真上”から来たか、ということだのぅヒヒヒヒヒ』
背後からミューラを──銀の矢で──刺したナンギシュリシュマの分身は、最後にそう笑うと、そのまま砕け散った。
クルクルにやられて、先に墜落した、ナンギシュリシュマの分身の一体だろう。”真上”から墜ちたのだから、当然、ミューラのいるトラックの付近に転がる。
その大半は攻撃する余力もなくそのまま消滅したが、一体だけ、ミューラの足元まで這いずり、己に刺さった”銀の矢”を抜き、突き立てることができた。
”銀の法則”は魔族を弱体化させるが、完全無力化する訳ではない。
障壁に守られ、安全と思っている無防備な人間の背中に、矢をつきたてることぐらいは、子供にだってできる。
”銀の法則”は、人間の魔術に対しても絶対だ。
「し、しまっ……」
血を吐き、うずくまった。
内臓が傷ついている。
下手に動けば死ぬ。
動かなくても、死ぬかも知れない。
トレイラー上部の天板に、ドンという音をたて、エクステリアが降り立った。
赤い翼を広げている。
刺さった”銀”は、空中で全て抜いたらしい。
ドレスが赤いので出血が分かりづらいが、かなりの傷らしく、息が荒い。
赤髪の魔族は、伏したミューラを睨み、細身の剣を構えた。
ミューラは目を瞑り観念したが、”それ”はやって来ない。
かわりに、低いうめき声と、カランという金属音。
見ると、エクステリアの剣が、転がっている。
エクステリア本人は、顔──両目を両手で押さえ苦しんでいた。
その前に立つ人物を悟り、ミューラは思わず声を上げていた。
「どうしてッ! 出てくるのあんたッ! 台無しでしッげふっごふ」
「──いやいや、さすがに今のは出ないと。死んでましたよマジで」
エクステリアの両目を抉った指二本で血濡れたピースサインをし、鈴木 甘太郎が、トレイラー天板上で涼しげに佇んでいた。




