その83 〜有利〜
(ゴンドラゴンドが、やられた)
クルクルは一人、主戦場の後方で弓をつがえたまま、歯ぎしりする。
ヤマトが地中から現れた、ということは──
先ほど”一人だけ”、彼女の矢を”避ける”のではなく”弾いた”者は、本物のエクステリアである公算が大。
『クルクル! そっちに偽のエクステリアが六体向かった。左方に迂回して、トラック傍までいったん合流しなさい』
「そんなまどろっこしい事してたら、あいつが逃げちゃうでしょ」
上空めがけて”銀の矢”を七発撃ち、少女は、迷わずまっすぐ駆け出した。
トラックではなく、本命へ向かって。
当然、追いすがる偽エクステリア達。
幻の本性は、おそらく人間大サイズになったナンギシュリシュマ。
いくら”分身”で劣化としているとはいえ、クルクルはあくまで射手。
接近戦で、魔族の幹部に勝てる見込みは薄い。
(残り十六発──大事に使わないとね)
その一本を弓につがえ、全身を使った、異様な捻りを加えて引き絞る。
もはや彼女の顔は、狙う前方を見てすらいない。
そうして放たれた一矢。
唸り、大きく弧を描き、偽物達を真横から襲った。
ちょうど、六体の偽エクステリア全員を貫く軌道。
辛うじて、避ける。
それぞれが。
ギリギリ。
否、あたった。
真上から落ちてきた矢が、六体のエクステリア全員と、透明化していたナンギシュリシュマの脳天を、的確に貫いていた。
偽エクステリア──ナンギシュリシュマの分身達は、幻術が解けた後、その場で弾けて霧散消滅する。
脳天を貫かれたナンギシュリシュマは、その場でぐったりと触腕を弛緩させ、白い泡をブクブクと吹き出していた。
消滅しなかったところを見ると、本体らしい。
緑色の身体が、微弱に震えている。死んではいないようだが、かなりのダメージと、”銀”の作用により、動けないのだろう。
(とどめは、──逆にヤブヘビかも。これでも最古参級の魔族、追い詰めてからが怖い、とかだったら笑えない。それよりあいつだ、あいつ優先)
それは、戦術的には誤った判断だった。
戦場に於いては、まず、弱敵必殺。
倒せる弱い敵は、確実に仕留めていく。
そうやって、徐々に有利な戦局を築いていく。
それが基本。
それがセオリー。
あえて手負いのまま生かして返すのは、広報戦や兵糧攻めなど、間接的な狙いがある時だけ。
しかし、クルクルは手負いのナンギシュリシュマを無視し、”本物”のエクステリアに向けて再び走り出した。
(お前が、これ以上、この世でのさばるのは許さない。息をするのも許さない。わたしの村の人達が何をした、ハンナが何をした──あたしか? 確かにあたしは、お前らの仲間をたくさん殺した。その腹いせに、あたしの戻る場所を壊したのか。ああ、そうかそうか。それは確かに理屈があってる。じゃあ、あたしも、お前を消しただけじゃ、理屈があわないかもね──)
リアンには申し訳なかった。
クルクルは、黒く熱する心の片隅で、そう思った。
”勇者”の在り方に、水を差すようなことを言ってしまった。
和平などと、やはり、あり得ない話だ。
甘太郎のいう通りだ。
人間と魔族は、世界が滅びる日まで、お互いに殺し合うしかないのだ。
たぶん、あのエクステリアを八つ裂きにしたところで自分は満足しない。
魔族を皆殺しにしても、おそらく満足しない。
しかし、皆殺さずにはいられない。
そこに、一切の宥恕はない。
だから、クルクルの足も、止まらない。
止まるわけがない。
***
実のところ、クルクルの判断は結果として正解だった。
ナンギシュリシュマは、すぐさま”銀の矢”を抜くことができた。
クルクルが、もう数秒あの位置で留まっていれば、ナンギシュリシュマは矢を抜いたうえで、自滅覚悟の最大攻撃に移ろうとしていたのだ。
(ぬ、ぅ……距離を離されたか。届かぬ。脳髄は無事だが、脾臓と腎臓に穴があいておるな、追うのは困難。カンが良いのか、単に幸運なのか──)
稲穂を刈り取るような、楕円軌道の矢術も奇異だが、それにも増して凄まじいのは、上方から山なりに射て仕留める位置予測。しかも、そのうちの一体──ナンギシュリシュマ本体──は、透明化と無音化を使っていたのだ。
透明化とはいえ、足跡は残るし、空気の対流も起こる。
もっといえば、ニオイもある。
そこから位置を読み取るのは、熟達した戦士ならまったくの不可能ごとでもないが……その動く相手の座標を予測し、数秒前に射った矢で仕留めるなど、ほとんど魔術的な腕前だった。
皮肉なことに、銀の矢に魔術はかけられない。
”銀”を持たせて、これ以上恐ろしい使い手も、またとないだろう。
(いずれにせよ、拙僧も命を拾ってしまったわけだが、さて──)
残る分身は、八体。
既にヤマトの手札を切り、エクステリア本体の位置も掴まれてしまったらしい事から、これ以上、偽エクステリアに変身させておく意味は薄い。
『拙僧はやられた。”銀の矢”を食らった。死んではおらぬが、これ以上の戦闘は命がけだの。分身八体は動かせるが、しょせんは分身。拙僧としては、ここらで”痛み分け”としてもよかろうと思うが、どうかヒヒヒヒヒ』
ナンギシュリシュマの”声”は四天王全員に届いたが、返答できるのは、同じく”声”の魔術を使えるエクステリアのみ。
返事は、即座にきた。
『ドグは、かなりの重傷です。今の状況では、ドグが逃げ切れません。それに、この戦いは、カイアンフェルドの千里眼を通して、陛下もご覧になっているのですよ』
『──ふむ、左様。ここで退くのも、ちと格好がつかんかのヒヒヒヒヒ』
***
ゴンドラゴンドの左足が斬り飛ばされ、ヤマトが変身を解きつつ地中から姿を出したその顔に、パルテオンの飛び蹴りが炸裂。
咄嗟に左手で受け止めたヤマトだが、それが更なる隙となり、放つことを許してしまった。ゴンドラゴンド渾身の一撃を。
細剣を持っていた右手が、大槌の一撃で砕に潰される。
ヤマトは、パルテオンの追撃を左手、左足でさばきつつ、宙にういた剣を歯で齧りとめ、後方へ跳んだ。老司祭、それを追わず、ゴンドラゴンドの左足切断面に、血止めの魔術を施した。
「んー、助かったぜ。今のは、マジでヤバかった」
ゴンドラゴンドの視線の先。
無防備となった”トラック”をエクステリアが攻撃していたが、それをミューラが空中から防いでいるといった情勢だ。
「上空で戦況を伺っていたミューラによれば、クルクルは、タコ野郎を倒してこちらへ向かっていて……”青鬼”は、あそこから動いてねぇな。あとは、今、右手を潰してやったそこのヤマトと、エクステリアか」
「今からヤマトを倒す。エクステリアは、しばらくミューラに任せよう。クルクルが合流すれば、倒せるはず。手負いのドグを狙えば、必然、ヤマトはこちらへ来よう。魔王軍”四強”、これをもって壊滅、必至、死滅、決死」
老司祭は双眸に、よくない色を浮かべた。
「んー、いやいや、待てよパルテオン。まさか、俺と二人でってこと? 俺、さっきので片足、もげてんだけど……今は麻痺してるが、たぶんどんどん痛くなってくるだろうし……」
「ゴンドラゴンド。肩車、というのを知っているか」
老人と大男の間に、不思議な空気が漂った。
パルテオンは、これまでにただの一度も、冗談を言ったことがない。
「……マジかよ」
ゴンドラゴンドは、泣くと笑うの中間の表情を浮かべた。




