その82 〜先制〜
”決闘”より、一週間前。
ワフルの街。
”青竜のいななき亭”一階酒場に、甘太郎、奥垣内、そして勇者──を除いた勇者の一団が集まっていた。
「俗に”十トントラック”っていうけどな、いわゆる大型トラックの車両総重量は十一トン以上ってなってるんやで。そんなシロモノが、何トンもの荷物を積んで、時速ウン十kmなんて速度でぶつかってきたら、え? そら、タダでは済まんわな」
「それは、あの大きさの物体がぶつかって来るのだから、馬車がぶつかった程度の惨事では済まないぐらいは分かるけどぉ──わたしが知りたいのは、その具体的な威力のことなのよ」
「んー、それなぁ。最高のタイミングで不意打ちできたとしても、二頭立ての馬車がぶつかった程度で、あの”青鬼ドグ”がどうにかなるとは思えねぇもんな」
ミューラ、ゴンドラゴンドが、真剣に思いのところを述べる。
自然と、皆の視線が甘太郎に集中した。
「単純に、運動エネルギーとして考えた場合──重量を十一トン、速度は時速六十kmと仮定して……──あ、ジュールって、伝わらないな。えっと、具体的にいうとですね、」
「簡単やで。時速六十kmの速さでいけば、あのトラックが、高さ十四mから落下、直撃してきたぐらいの衝撃や。時速八十kmやと、二十五mの高さから落ちてくるぐらい。──どや? なかなか、シャレにならんやろ」
「なるほどねぇ。そりゃ、あの青鬼だって、直撃したらタダでは済まなそうねぇ」
ミューラが、うむと頷く。
甘太郎は、やや驚いた顔を奥垣内へ向けた。
奥垣内が言っているのは”衝撃力”のことだろうが、位置エネルギーと速度の関係が、おおよそとはいえ、ほぼ正確だったからだ。
「……なんやねん甘太郎、その失礼な顔は。いっとくけどコレ、大型の免許取った講習のとき、ビデオで観せられた内容やからな。たぶん、あってると思うで。──ただなぁ姉ちゃん、これをなんかにぶつけるとして、トラックの方もノーダメっちゅうわけにはいかんど。ふつーの乗用車みたく、ボンネットの部分が自壊して衝撃吸収っちゅうアレもないし」
「そこは──”バンパー”? あの辺りを中心に上から鋼鉄のカバーで補強したうえ、パルテオンの障壁で防護すれば、どぉ?」
「うむ。いずれにせよ、その異界の乗り物を守る者が必要だろう。その役目、我が承った。了承、警護、了解、堅固」
老司祭パルテオンが快諾する。
「ところで、トラックの運転は誰がやるんです? 良かったら、俺やりましょうか」
甘太郎が手を挙げる。
「アホ。なんでお前やねん、大型の運転舐めんなよ──……ってそれ以前に、普通自動車の免許すらないやんけ。ここは当然、俺しかおらんわな」
奥垣内、得意げに胸を張った。
「──張り切ってるとこ悪いんだけどぉ、”決戦”の参加条件は、勇者の仲間限定なのよねぇ」
「なんでや、そんなん黙っといたら分からへんって。つか、戦争なんやろ? ジュネーブなんちゃらとか、別にないんやし」
「”魔王”にそれが知られるのは、困るってことですか」
甘太郎が言った。
「そう。”和平”を切り出した魔王本人が、こちらのルール違反を察知して和平を諦めるのも、ある意味でこちらの負けよ。そしてたぶん、あのクソ女は、それを狙っているフシがある。あえて勇者を出して、最終決戦の形にしなかったのも、そういう意図からだしねぇ」
「……つってコレ、運転どないすんねん。おたくら、”決闘”で俺のトラック使いたいんやろ? 運転手おらなんだら、どないもならんでコレ」
「んー、消去法で、俺か?」
己を指して、ゴンドラゴンド。
「そうね。オクガイト、決闘までの一週間で、このデカブツに運転の仕方を叩き込んでやって頂戴。トラックを障壁で守る都合上、パルテオンはトラック同乗組。わたしは上空から、全体の戦況確認、報告、ほかの仲間の援護、牽制。クルクルは、後方から”銀の矢”を中心に、牽制、カウンター防御、狙えるようなら”必殺”──」
「当然”必殺”だよ」
今まで口を開かなかった、弓師の少女が呟いた。
儚い目を、あらぬ方向へ漂わせて。
「あいつら、ぶっ殺してやる」
***
(トラックだ! しまった)
青竜カイアンフェルドの”千里眼”を経て、幻影による決闘現場の中継を視ていた正作が、今しがたドグを跳ね飛ばした”何か”の正体を悟った。
そう、確かビビアンに拉致され、王都へ向かった時──
確かに、言っていた。
”今回の世界渡航者が持ってきたトラックに──”
(あの時は意識しなかったけど、それが奥垣内さんだったんだ!)
反射的にフロントガラスの内側に視線をやる。
運転席には、大柄の戦士ゴンドラゴンド。
助手席に、老司祭パルテオン。
(魔法で、トラックの姿と音を消していたのか。ということは、さっき見えていえたゴンドラゴンドさんと、パルテオンさんは幻影?)
***
「ごぶッ」
血反吐を撒き散らし、ドグの巨躯が地面を削りつつ、二十mあまり飛ばされた。
あまりにも突然。
あまりにも意外。
そして、あまりにも──深手。
今の一撃で肋骨が半壊し、内蔵にも多大なる損傷。
ドグは、魔族の中では生命力の高い方だが、さすがにここまでくると、完全回復に一週間はかかる。
(咄嗟に、正面に少し”氷壁”が作れたおかげで、即死だけは間逃れたが……)
上半身を起こしたところで、両手持ちの槌を振りかぶったゴンドラゴンドが殺到。立ち上がることも儘ならぬまま、素手六本でその猛攻を防ぐドグ。
(ッ──イヤなタイミングで)
飛来したのは、一本の矢。
反射的に、ドグは右手の一つでそれを掴み取る。
「な、にっ」
握った瞬間、急激にドグの身を襲う脱力。
この感覚は、すべての魔族が知っている。
(ま、まさか……この矢、鏃だけでなく、箆──シャフトの部分までもが、銀!)
銀の矢とはいえ、通常は先端の部分のみが銀。
ほかは通常の矢と変わらぬ素材。
というより、全体が金属でできた矢など、重心の関係でまともに飛ぶわけがない。まともに飛ぶわけがないのだ。それが常識。
しかし飛んだ。
しかし飛ばせた。
しかも中った。
通常、それでも無意味な曲芸だが、魔族戦でだけは別。
掴んだのは一瞬。
脱力は数瞬。
すぐ離せば復活するが、
その前に、
ゴンドラゴンドの一撃。
防ごうとしたドグの左腕三本をグチャグチャに破砕した挙げ句、その下の顔面左側面をも陥没させた。左眼が潰れ、視野が半減する。
『ドグ、伏せいッ』
ナンギシュリシュマの”声”が響く。
ドグが即座に身を伏せたのと、周囲に緑色の霧が充満したのは、ほぼ同時だった。




