その81 〜激突〜
山下正作は、カイアンフェルド領に仮設された”魔王軍前線基地”、その中央天幕の中で、本を読んでいた。A3版ほどの分厚い書物なので、手に持っては読めない。必然、持ち込んだ卓上に載せて、である。
その付近では、ガブリエラが敷布に寝転がって所在無げにしている一方、青竜カイアンフェルドは、虚空をジィーっと睨んでいた。”千里眼”で、すでに決戦地へ向かった”四天王”の映像を追っているのだ。
(ページがごつくて分厚い……これが”羊皮紙”ってやつかな?)
本の表題は”アルガスヴェルド抄録”。
ナンギシュリシュマから借りた、先代魔王の手記であった。
彼──アルガスヴェルドこと有賀 統が、この世界に来た当初の記録。その内容は、正作の興味を引いた。
(……なるほど。やっぱり有賀さんは、ぼくと違って最初から魔王っぽい”チート”持ちだったんだね。というか、今の魔王軍の制度の半分ぐらいは、この人が考えていたのか。チート以前に、もともとのスペック──人間力で、勝てる気がしないや)
今、正作が手にしているのはオリジナルを元にした写本だが、ところどころ、ナンギシュリシュマが追記したと思われる注釈があった。半分研究、半分崇拝といったような風情だ。
少なくとも前半部は、あまり人間との戦争といった描写はない。
むしろ、魔族のコロニーを発展させていくのに没頭しているように読めた。
一人目の勇者を仕留めたあたりから、少しずつおかしくなっていく。
(詳しくは、書いていないけど──この辺で、たぶん何かあったんだろうな)
「ぬふふん、陛下! エクステリア達が、現場に到着したそうですぞ!」
カイアンフェルドの言葉に、ガブリエラの身体が少しだけ震えた。
「あ、はい。じゃあ、カイアンフェルドさん。映像、出してくれますか?」
***
六本腕に巨躯、二本角。
四天王最強、”青鬼”ドグ。
変幻自在の青年剣士。
”一本角”のヤマト。
ひときわの異形。四天王の最長老。
”深緑の悪魔”ナンギシュリシュマ。
──そして赤髪赤眼に赤ドレス、三本の角。
”煉獄の”エクステリア。
魔王軍の四天王が、決闘の地に居並んでいた。
「勇者の仲間どもは、まだ! 来ておらんようだな」
上から二つ目の右手で顎をさすり、ドグが不敵に笑った。
「真っ先に警戒すべきは、”銀の矢”──卓越した弓師が扱う”銀”は、下手な魔術より百倍厄介ッス」
ヤマトが、腰の細剣をすらり抜き払う。
「左様。銀は人間世界でも貴重な金属ゆえ、通常はそれほどの乱発はできぬものだがの──勇者の一味は、ゾークヴツォール王国を後ろ盾をしておる。予算的制約なく”乱発できる”……そう決めてかかった方が良かろうヒヒヒヒヒ」
緑色のタコ、ナンギシュリシュマが片眼鏡に触腕をそえる。
「人間どもは、正面からは来ないでしょう。必ず、奸策を仕掛けてきます」
エクステリアは、静かに言った。
「”勇者パーティ以外の人間が混じっていた時点で、即時撤退”ッスね?」
「……ええ。あくまでこの”決闘”とやらは、制約戦。約束破りの卑劣は、それだけ陛下のお心を揺さぶることでしょう。わたくしとしては、それはそれで悪くない展開です」
昨夜、カイアンフェルド領に到着したエクステリアとほかの三人は、話し合いの末、いくつかの”勝利条件”を設定した。
一つは、言うまでもなく”決闘”での勝利。
一つは、外交的勝利。
”四天王と、勇者の仲間のみで戦う”──
それが反故にされた時点で、継戦するメリットが魔王軍側にはあまりない。
相手の不正が発覚したら、その場で退却し、戦力温存。
外交的勝利とはいっても、別に、人間達に何を望むというわけでもない。
エクステリアが望むのは、己が主の心変わりだ。
「陛下と同じ”獄界”からやってきたという”人間”スズキ カンタロー。さらに増えたという、もう一人。王国軍の将軍級──あるいは、パルテオンの弟子? それらが、伏兵として潜んでいる可能性は低くありません。その場合は、戦術的にいっても、退いたほうが賢明です」
「その不正に参加した人間が”勇者”! としたら、ワシら、いきなり詰むがな」
「それゆえのカイアンフェルドよ。出かける時にも”確認”してもらったが、勇者リアン・スーンは、現在も王都の城内にいるようだの。今からでは、たとえ魔術で飛行したとしても絶対に間に合わんわヒヒヒヒヒ」
「おっと、お出ましのようッスよ」
ヤマトの言葉に、ほかの三人がすっと口を閉ざす。
彼らの正面から向かって三百mほど。
向かって右側。
すでに矢を構えた弓師クルクル。
向かって左側。
メイスを構えた戦士ゴンドラゴンド、老司祭パルテオン。
中央で、やや宙に浮かんでいるのは魔術師ミューラだった。
(……わたくしと、空中戦をするとでも?)
エクステリアは、牽制の火球をいくつか投げつける。
それを避け、戦士と司祭は右翼側へ、クルクルは左翼後方へ移動。
ミューラは、障壁で火炎を防ぎ、そのままの高度で飛来した。
「? なんか、地面、震えてないッスか」
「う、むぅ! 地震──いや、おかしいぞ、これは」
ドグは、首をかしげる。
『カイアンフェルド! そちらからは、何かおかしなものは見えますか。何か、地響きのような感覚があるのですが』
即座に、エクステリアは”声”を、後方の青竜へ飛ばした。
今の状況は、カイアンフェルドも”千里眼”で眺めている。
彼女達とは違った視点から、得られることもあるか知れない。
『ぬふん、無論だともマイ・ラヴ! 今まさに、勇者のオマケ共が突っ込んできておるな──いや、地中も今ざっと”視た”ものの、何かが潜んでいる、埋まっているというようなことはないぞ』
向こうから”声”が、四天王全員に返ってきた。
「何もないわけはないッス。音こそしないものの、この身体に伝わる振動は、むしろどんどん強くなってるッスよ!」
そう言って、ヤマトはほかの仲間たちから距離を取る。
「幻術? いえ、音と光以外の幻術など、聞いたこともない。対象に擬似的な”触覚”を与える術、そんなものは存在しません。ミューラが、何らかの大魔術を行おうとしている、その予兆でしょうか」
「ううむ、分からん。ともあれ、連中も近づいてきた。打ち合わせ通り、散るぞいヒヒヒヒヒ」
ヤマトに遅れ、ほか三名もまた、左右に散開する。
振動は、さらに大きく──
ある程度近づいた地点で、ミューラの高度が上昇した。
それを狙ったエクステリアの火炎は、すばやくクルクルが放った”矢”で、即座に無効化される。
ナンギシュリシュマは立ち止まり、何かしている。
ヤマトが、剣を構えつつ”変身”の予備動作。
「ごぶッ」
突然。
ものすごい音とともに、”青鬼”ドグの巨躯が後方にフッ飛ばされた。
衝突する瞬間、それは、音と姿をあらわした。
異世界人・奥垣内が持ち込んだ、10トントラックだった。




