その80 〜アイゼンバーグの野望〜
「ごちそうさま。いつもありがとう、コピ」
魔王城内の執務室で、軽い朝食を終えたエクステリア。ナプキンで口を拭いつつ、わざわざ盆をもって待機していた料理人コピ・ルアクに礼を述べる。
「いいえー、これからー、エクステリア様はお出かけでしょうー? 勇者の仲間と”決闘”とかー、こわいですねー」
コピは、ふくよかな顔に、やや不安げな表情を浮かべていた。
「……そういえばコピ。あなたには、まだ聞いていませんでしたね。人間どもと”和平”を結ぶ、そう陛下から知らされた時、どういう感想を持ちましたか?」
食器を片付けながら、コピはしばし「うーんー」と唸った後、
「わたしはー、お母さんを人間に殺されてますからねー。仲良くするまではー、ちょっとむずかしいかもですねー。でもー、わたしってお料理以外は役立たずでー、ぜんぜん戦えないからー……まぁ、平和になるなら、それが一番ですー」
「和平でなく、”平和”──なるほど」
ヒトと和することなく、”魔族の平和”を。
エクステリアほど人間に対し憎しみを抱いていない魔族であっても、おおよそは、このコピのような考え方だろう。アルガスヴェルドの思想に染まったナンギシュリシュマはさておき、ヤマト、ドグあたりも、似たようなものだ。
「ありがとう、コピ。参考になりました」
「いいえー」
エクステリアは身支度を整え、執務室を出た。
(ナンギシュリシュマによれば、先代魔王アルガスヴェルド陛下も、召喚されてしばらくは、それほど強硬には人間殲滅を唱えていなかったという。”獄界”出身者共通の、メンタリズムということ? ならば、今の陛下も、この先お心を変えられる余地は、充分あるはず──)
その為にもまず、この”決闘”で機先を制す。
赤髪の魔族は、闘志に燃えていた。
***
「ビビアン様、なんだかピクニックみたいで楽しいですね」
「あまり浮かれるなよ、ピクロコル。あるいは本当に物見遊山で終わるかも知れんが、偏った事態になれば、それを適度に修正してやらねばならんってハナシだ」
軍事都市カーチコムから、やや離れた荒野──
これから始まるであろう、魔王軍”四天王”と、勇者の仲間たちとの決闘が行われる場所から、ちょうど二km離れた場所で、ビビアンとピクロコルは、ピクニックシートを敷き、座っていた。
お付きの青年魔族アイゼンバーグは、簡単な幻影を使い、ビビアン達の姿を荒野の風景へ溶け込むよう細工しつつ──双眼鏡を構え、”決戦”の地を立哨監視している。
「まったく、ビビアン様にこんなご足労をかけさせるなんて、ホントに山下正作、いろいろとなってませんね」
「……まぁ、仕方がないってハナシだ。山下正作は、基本、無能力。ごく微弱な魔族としての形質変化と、ただ持っているだけの膨大な魔力を除けば、ただの五十歳無職だからな。跳ねっ返りの部下が、指示を聞かず暴走しても、それを制御し得る暴力がない。”四天王”と”勇者の仲間”の小規模戦で落とし前がつくのなら、まずまずの流れってハナシ」
サンドウィッチを齧りながら、ビビアンが嘆息する。
「なるほどなるほど。とにかくわたし達は、どちらかの陣営が勝ちすぎそうになったら、さっと介入して”両者、痛み分け”みたいにすればいいんですよね。出来レース、出来レースと……おいアイゼンバーグ、喉かわいた。袋から、麦茶の入ったほうのマグボトル出して」
「はい、ピクロコル様」
(すぐそばに袋あるじゃないか! 自分で取れ、自分で!)
慣れたもの──とは申せ、アイゼンバーグは日々不満を募らせていた。
主のビビアンも大概であるけれど、少しばかり自分より強いからといって、百歳も年下の”小僧”にあれやこれやと指図されるのは、なかなか精神的にこたえる。
(ただ、魔王軍にいたままでは、芽が出なかったのも事実。相対的にみれば、ビビアン陣営に移ってからの方が、地位は高い。移籍の条件として約束された通り、ビビアンしか知らない古代魔術や、”異世界の知識”の断片も教えて貰えた。基本的に、我が選択は間違ってはいない。……いない、のだが……)
アイゼンバーグは自らの魔術の師でもある、ナンギシュリシュマのことを思い出した。思えば、千年を生きる”法則改変前”世代にしては、穏やかな性格だった。魔王軍の幹部連の中では、依然、もっとも好感度が高い。
ドグは、ただ強いだけの脳筋。あの体育会系のノリがニガテだった。ヤマトは幼馴染だが、アイゼンバーグよりはるかに強くなり出世した時点で、もう仲良くやれる気がしない。
エクステリア──あれは、一種の狂人だろう。
人間どもに人生を狂わされ、復讐に取り憑かれた鬼。
(若くして”四天王”の一角に上り詰めたのも、その狂気の情念がなせる業か?)
確かに、自分に”それ”はない。
強くなりたい気持ちは人一倍という自負はあるが、狂気に走るほどではなかった。
そもそも──ヤマトもだが──アイゼンバーグが強くなりたいと思ったのは、貧しかった暮らしから脱したかった、その一念からだ。
その意味では、当初の目的はとうに達せられている。
これより先の出世欲は、ただの付録でしかない。
足るを知る。
現状満足。
何度、そう吹っ切ろうとしたか知れない。
(それでも……どうしても我慢ならない。自分より強い者が、こんなにたくさん存在するという事実に。聞けば、山下正作は史上最弱の魔王と聞く。それでも”魔王”と呼ばれているのは、”魔王の法則”の加護下にあるせいだ。その座──役割の位置さえ交換できれば、わたしが魔王となることも──)
《その女が”心を読む”となかば承知しているにも関わらず、なかなか大胆なことを考える坊やだ》
アイゼンバーグは、あやうく双眼鏡を取り落としそうになった。
(魔術の”声”──ではない!)
《ああ、”声”を飛ばすと、ビビアンに気づかれるからね。あれの読心術は、”声”を飛ばす魔術を応用し、対象の言語化レベルの表層思考を、断片的にすくい取る。それを組み立て、相手の思考を”推測”しているだけだ。君が考えているほど、万能の読心術ではない。今、このように似たような魔術で干渉してやるだけで、無効化できる程度のものだよ。先程からの、君の思考も、彼女には漏れていない》
(何者だ)
アイゼバーグは双眼鏡で覗くフリをしながらも、手の平が汗でベタつくのを感じた。
《老婆心から言っておくと、魔王なんて碌なものじゃない。そういうのは──そもそも不可能だろうけれど──やめておいた方が良い。そも、君は魔王になりたいのではなく、”強く”なりたいのではないか?》
(……ビビアンが、またわたしをおちょくっているのか? いや、違う。この感じは、ビビアンではない。ピクロコルである筈もない。本当に、何者だ?)
《名乗るほどの者ではないが、目的は教えよう。魔王への意趣返しだ。君、アイゼンバーグだったか? わたしが、君を、強くしてやれるとしたら、どうするね》
(は?)
アイゼンバーグは混乱した。
まるっきり、昔話に出てくる、”唆す”系統の悪霊じゃないか。
こんな誘いに乗った者の末路など、古今、決まりきっている。
《そうでもないぞ? 悪魔の誘いを逆手にとって、まんまと”しあわせ”になるパターンもある。あれは、藤子・F・不二雄のSF短編だったかな……まぁいい。答えなくても、答えは分かっている。だから、後の段取りだけ、伝えておこう──》
首筋の奥から、こみ上げてくる。
歓喜だろうか、恐怖だろうか。
ともあれ、アイゼンバーグは一つの選択を行なった。




