その77 〜意趣返し〜
「……で、ここが決戦の地に選ばれたと」
「はい、そうですわ。お父さん」
事件記者アイリーンと見知らぬ青年が、カーチコムの町外れの荒野に並んで佇んでいるのをヤットールは見つけた。
くだんの記者が、次の待ち合わせ場所を、よりにもよってここに設定した為だ。
「あら、遅かったですわね、将軍」
アイリーンがヤットールの姿を認め、声をかけてきた。
「すまん、少し軍議が長引いてな。──そちらの彼は?」
ヤットールは、少しく気分を害していた。
一応”同盟関係”のようにはなっているものの、彼女との会合は、基本的には内密に行いたい、というのが本音だったからだ。
(こちらに断りもなく、第三者を引き合わせるなど、配慮に欠くだろう)
それでなくとも、利用する筈だったゲゾスの件が、思わぬ形で表出し、使えなくなってしまった。これからどう攻めるべきか、考えただけで頭痛がする。
「──あ、こちらは、あちしのお父さんですわ」
「よろしく。君が、ヤットール・デイホンムーア将軍だね。噂はかねがね」
アイリーンの紹介を受け、その青年は、ゆるやかに一礼してみせた。
「お、父さん?」
見た感じ、アイリーンの父親というほど老けては見えない。
いうほど若くもないが──おおよそ、ヤットールと同じぐらいの歳か。
立ち居振る舞いはそれなりに洗練されている一方で、貴人というには服装が奇妙過ぎた。明らかに、王国の風俗ではない。顔つきは細面で、整っている方だが、やはり違和感がある。
(外国人、東方連合出身か)
「──遠国の方かな?」
(名乗りをあげないのは無礼だが、こちらから訊ねるのも癪に障る。態度、物腰、ここで引き合わされる事実から推察するに……彼女の情報網、その一旦を担う、遠国の貴族か富商。もしくはその関係者)
「うん、遠い国だね。おそらく、君は知るまい」
ヤットールの探り入れを、穏やかな笑みで受け流す”お父さん”。
「お父さんは、時々、お役立ち情報を教えに来てくれるのですわ」
(……”和平”のことを知っていたのも、この情報源から?)
それなら、他国のスパイということになる。
そのあたりを踏まえ、本来なら真っ先にそれを取り締まるべき立場のヤットールに、この場この時に引き合わせるとは、なんとも底意地が悪い。
「心配ご無用。わたしは、君の国の宰相や外務大臣とも、王族とも、そしてもちろん魔王軍とも何の繋がりもないよ。少し、ゲゾス伯爵の二の舞を踏むのではないかと、心配しなかったかね?」
ごく誠実そうに語りかけてくる青年の言葉。
ヤットールは、背筋に怖気がはしるのを感じた。
(アイリーンとは違い、立ち居振る舞いに隙がないな。武の心得はある、ということか)
ただ、この程度の振る舞いは、王国軍でも大隊長クラスになれば身につく水準であるし、実力者であればあるほど、それを隠すのにも長ける。この程度では、『少なくとも雑魚ではない』という判断しかできない。
何にせよ、油断しないほうが良いだろう。
一瞬後に戦闘、ということさえありえる。
「──話の通り、慎重派だな。いかにも、危なげなく出世しそうだ。君なら当然、この地にて”決闘”が行なわれるに至った経緯なども、知っているのだろうね?」
ヤットールは否定も肯定もしなかったが、もちろん知っていた。
勇者を除く勇者パーティと、魔王を除く魔王軍”四強”の決闘。
彼が知る限り、最初にこの話を持ち出したのは王国側らしい。
発案者は王弟サリオンであるとも、王妹サーララであるとも言われているが、その辺りは噂の域を出ない。
それを受け、魔王軍側は当初、魔族領内にある”円形闘技場”なる地で、問題となっている”煉獄の”エクステリアと、勇者パーティの誰か一名で決闘させてはどうか? と打診してきたものの、さすがにそれを飲むわけには行かない。
幾多もの交渉を経て、参加者は勇者と魔王を除いた双方同数の精鋭。
場所は、人間領と魔族領の中間──
王国側でいえば、軍事都市カーチコムから少し離れた荒野に決まった。
先日、ヤットール達の軍が、”青鬼”ドグとぶつかった場所よりも、ずっと街から離れたところにある。見渡す限りの平野部で、見晴らしが良い。草木はろくに生えず荒涼としており、野生動物も殆ど見かけない。
魔王軍、王国軍ともに、決戦地より二km以内の接近が禁じられている。
今、ヤットール達がいるのも、正確にはだから決戦地そのものではない。
王国側では、その二kmぎりぎりの場所に現在、二万の兵士が野営地を構えていた。恐らく、魔王軍側でも同様の動きを見せていることだろう。
当日まで、そして決戦時にも余計な茶々入れや、罠の敷設などをさせないよう、こうして双方で見張っているというわけだ。
「将軍、君としては、今回の”決闘”──判断の難しいところだろうね。いかに勇者の名を貶めたいと願ってはいても、ボロ負けされては国家の存亡に関わる。といって、ここで鮮やかに魔王軍の”四天王”を倒し尽くしてしまっても、それは勇者の名声の後押しとなり、やはり好ましくない」
「何が、言いたいのかな」
この持って回って言い方が、なんとも気に食わない。
アイリーンもアイリーンだ。
どういう了見で、こんな得体の知れない不敬者を連れてきたのか。
「独断で魔族領に踏み込んだ将軍二人が、行方不明だそうですわね」
その彼女が、話の間に割って入った。
「もう出立してだいぶん経つのに、いまだ帰還していないとか──」
「それがどうした」
ヤットールの苛立ちが、いよいよ加速した。
ヨザウィングと、クリシュラティアナについては、内心、すでに死亡していると考えている。魔族領内で、魔族──間違いなく”四強”の誰か──とぶつかり、返り討ちにあったのだろう。
(あのクソ女はさておき、ヨザウィングの、王国に対する忠誠心は高い。生きていれば、果ては処刑と分かっていても、必ず帰還するはずだからな)
「敏いようで、鈍いな君も。つまりだ、その死者が”決戦”に乱入可能ということだよ。将軍」
その言葉を聞いて、ヤットールの脳髄に痺れが放たれた。
刺激が、後頭部から頚椎、心臓、周辺神経へ、ジワッと伝わっていく。
幻術? 変装?
クリシュラティアナか、ヨザウィングに?
その姿で介入──
こちらの意に沿う形に、戦局を適時コントロール?
カーチコム郊外軍の指揮は?
──前線における最高軍権者は、今や、自分一人。
短時間、口実を作って抜け出すのは造作もない。
(”青鬼”ドグとの戦闘で、”四強”の戦闘力水準はだいたい把握した。勇者パーティほどの強者達が相手をしている間なら、かならず隙をつける!)
「よろしければ、足のつかない魔術師を用意しましょうか?」
「……話を勝手に進めるな」
不機嫌そうに、アイリーンの言葉を遮って、ヤットール。
(待て待て。こいつらが、こんな話を持ち込む目的は何だ? 遠回しな表現に始終して、言質を取らせないところなど、非常に怪しい。わたしを貶めようという企みか?)
「仮に、幻影の魔術でどこかの誰かに変装したとすれば、魔術の痕跡が残る。それを、どこかの魔術師に鑑定されたら、そこで”その人物”はおしまいだ」
「君、”銀の法則”を忘れていないかな?」
青年が、やれやれといった様子で言った。
(銀……? ぬ、そうか。幻術を使って変装し、目的を果たした後、”銀”を装備すれば、その魔術の痕跡を洗い流せる──)
現場を押さえられず、事後検証されなければ、いくらでも言い抜けは利く。
考慮する価値のある作戦、ではある。
(あとは、こいつらか)
アイリーンといい、この胡散臭い男といい、のこのこ前に出てくる以上、更に”背景”が──ほかの仲間がいることを示唆していた。
ヤットールの本能が「さっさとこの二人を始末しろ」といい、
理性は、「少し待て」と言っている。
結果、判断保留。
保身に長けるとは、つまり、そういう決断が常ということでもある。
「何が目的だ」
いっそ、単刀直入に訊いてみた。
「あちしは、記者ですわ。読者を惹き付ける、魅力的な特ダネを拾うのが目的。それからすれば、今回の”決闘”は、ネタとしては難しいですわね。どうせ決戦当日は、この周辺一帯、軍関係者以外立ち入り禁止でしょうし、巻き込まれて死んだら、スクープどころではありませんもの」
アイリーンが、両手を軽く上に開いて答える。
「つまり、彼女はただの仲介者だよ。で、わたしの目的? ふむ……──まぁ、一種の意趣返しだよ。魔王に対するね」
青年は、そういってヤットールを見つめた。
ヤットールは、ゾッとした。
その青い瞳は、うつろで、何も映してはいなかった。




