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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--山下正作 魔王になる編--
8/93

その7 〜決戦〜

「ぬふっ、魔王軍だとぅ? ──援軍? それとも追加の詰みフラグか?」


 青竜カイアンフェルドは、逃げるべきか留まるべきか、決断を迫られていた。

 ものすごく本気で逃げれば、今ならおそらく間に合う。

 しかしそうなると、苦心して開拓したこの地を捨てることになる。


(ここまで育てたマイ荘園+財宝全ブッパというのも、ちょっと……)


 コウモリの翼を持つ魔族が、上空二十mほどに対空し、戦場付近を観察中。

「こちらの集落にではなく、決戦地に向かっているところから、侵略意図によるものではなさそうです。あっ、人間の軍がちょっと炎上した! あれは──」


「エクステリアたんか!?」


 第三の眼、千里眼で、東から来た魔族軍勢の先頭に立つ、赤ドレスの女性を確認する。

「ぬふふふふーんんん、まさか彼女が、俺様のことを助けにきてくれるとはっ! ツン属性しかないと思いきや、ここでまさかのデレ期到来!」

(違うと思う)

 周囲に控えた魔族が、なんともいえない表情をつくってみせた。

「そうとなれば俺様もじっとしてはおられん。このビッグラブ──は縁起が悪いから、ラージラブ! のため、俺様たちも討って出るぞぅっ」


 背中から巨大な皮翼を出したカイアンフェルドは、前足後ろ足全てで地を蹴り、大空へ舞い上がった。


   ***


「熱っ、なんだこの炎は!」

「目が、目がぁッ」

「ひいぃいい、エクステリアが来たぁっ」

 ゾークヴツォール軍の側面にいた者達が、炎の壁に包まれている。

 煉獄のエクステリア──その残忍さから、人間界では恐怖の代名詞となっていた。


「魔王陛下ご降臨の祝い火にして差し上げます、光栄に思いなさいクズ人間ども」

 

 その赤い瞳をらんらんと輝かせ、操作する火炎をさらに強めようと──

「!?」

 したところ、一瞬で鎮火した。


「あつ、あ……」

「助かっ?」

「勇者様!」

 火傷をおった兵士たちをかきわけ、五人の者達が前に出る。

 両手を上げ、火を鎮めたのは”文無し”のミューラ。


「人間の魔術師風情が」

 ギリと奥歯をかみ、エクステリアが右腕を突き出した。


 ぼぅ、とミューラのローブ右袖が燃え上がるが、彼女が両手を伏せるとすぐ消えた。

 魔術の行使に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、”文無し”のミューラの真骨頂だ。


 西から到来した新手の魔族軍──魔王軍は、エクステリアの背後で進軍を止めている。

 勇者パーティが出てきたのにあわせ、残りの”四強”──魔王軍四天王も顔を出した。


 四天王最強、”青鬼”ドグ。

 ”一本角”のヤマト。

 ”深緑の悪魔”ナンギシュリシュマ。

 "煉獄"のエクステリア。


 そして、依然として櫓の上の玉座から動かぬ、仮面の者。


(今代の、魔王)

 

 「ちょっと待った、リアン。あんた、ヤバい顔になっちゃってるよぉ」

 ミューラの言葉に、少女は自身の顔を両手でおさえた。


 おそれるな。にやけるな。

 落ち着け、落ち着け。


「んー、正味のとこ、どう見るパルテオン」

 ゴンドラゴンドは注意深くメイスを構えつつ、横の老人に尋ねる。

「魔力量、ほかの”四強”の約十倍。驚異、当然、害意、必然」

「じゅっ」

 クルクルの顔がひきつった。

「ったく、ふざけた魔力量ね……さすがぁ、魔王サマサマってとこかしらぁ」 

 ひょうけた調子のミューラ、その頬に一筋の汗がしたたる。


 彼女やパルテオンのような魔術の使い手は、魔族に内在する魔力量を『視る』ことができた。

 魔族とは、文字通り『魔の申し子(・・・・・)』。

 人間と違い、その全員が生まれつき魔力を有している。

「大丈夫だよ」

 勇者は、皆を振り返って笑った。

「リアンが勝つから」

 

   ***


(あれが勇者──って、女の子なのぉ!?)

 正作は、櫓の上でカチカチに固まっていた。


 あんな少女が、勇者。

 剣を抜いて、魔物相手に最前線で戦って。

 あげく、魔王倒してこいとか言われて。

 あんな、子供が。


(……ひどい話だ)

 

 正作は自分のあまり芳しくない状況もいっとき忘れ、前に出てきた勇者に同情する。


 出陣するにあたり、仮面が欲しいといったのは正解だった。

 敵に神秘的な印象を与える作戦だとか、人間ごときに軽々しく素顔を晒すのはどうかとか等もっともらしい事を言って、ありあわせの鉄仮面をもらったのだ。


 少し重いが、これで極限の緊張状態による百面相が周囲に漏れることもなく、表面上は『威厳ある魔王』で通せるのではないか、そんな淡い期待であった。おかげで、今浮かんでいるだろう、憐憫の情も隠すことができる。


「勇者が来た!」

「ふっ、いつぞやドグ様を退けたことで調子に乗りおって。今日は魔王様がいるんだぜ!」

「陛下、お願いします!」

「ガツンと、こう、ほら!」


(もぅ〜、無責任なことばっかり言って。困るなぁ)


 仮面の下が、脂汗で蒸れ蒸れだ。

 ピンチになったら、とたんチート能力覚醒! という流れに一縷の望みを託してみたが、やっぱり世の中そう甘くはなかった。

 ここは、とっても強いに違いない四天王の皆さんに期待を……と思いきや、

「勇者よ! ワシが貴様にかなわぬとて、陛下相手ではどうかな?」

「あんたの仲間は、俺らが相手するッス」

「身の程を弁え、()く消えなさい不燃ごみ」

「魔王陛下の闇に沈みながら絶望にのたうち喘げヒヒヒヒヒ」


(なんか、ふんわりと勇者をこっち通すみたいな態勢になりつつあるぅーっ!?)


 ダメ! そんな空気、読んじゃダメ!

 その渾身のメッセージは、しかし四天王に届く気配がない。

 四人の立ち位置が左右に分かれ、その間を勇者がゆっくりと近づいてきた。


(もう、ダメだ……)


 正作が観念しかけたその時、突如上空より巨大な影が飛来した。


「ぬふふふふふふーんッ!」

 盛大な地響きと砂埃をあげ、現れたのは一体の青いドラゴン。


「?」

 リアンが、冷めた目で、眼の前の竜を見上げた。

「あ、バカが来たッス」

「空気読めよバカ」

 ヤマト、ドグの評が容赦ない。


「ぬふっふっふー、お待たせしました真打ちつまり俺様見参! はじめましてクソ人間諸君。マイハニーエクステリアのため、愛と誠のため! スーパーエレガント原形質魔族、カイアンフェルド様の超必殺技を受けて、出オチ気味に死ねィッ」


(え。なに? なに?)

 正作が唖然とする中、大きく開かれたカイアンフェルドの大顎(おおあぎと)に、雷球が生成されていく。


『(一日一回しか吐けないけど)俺様必殺の! ギガンティック・エクストリーム・スペシャライズ・ライオット・サンダーボルト!』


 雷撃の束が指向性を持って、リアンへと襲いかかる。

 一瞬後には少女が飲み込まれて黒焦げ死体と化し、後方の人間たちもただでは済まないだろうカイアンフェルド最強のサンダーブレス。


「ごめんね、リアンにこういうの(・・・・・)効かないんだよ」


 吐き出された膨大な雷は、寸前収縮、リアンの持つ小剣に取り込まれた。

 しかも消し去ったのではない。

 そのままの威力で、剣身に帯電している。


「なん、やて……」

 青竜が、吐息を吐き出した態勢のまま口をあんぐりさせていた。


「んー……魔王には通じそうにないかな。えいっ、アース放電」

 少女は剣先を地面につきたて、ギガンティック・エクストリーム・スペシャライズ・ライオット・サンダーボルトの電流を惜しげもなく破棄した。


「ぬふふぅっ……俺様の完敗だ。殺──さないでくれると大変ありがたいのだけれど、どうしてもっていうのであれば、こちらとしても聞く姿勢はあるぞ?」

 がっくり項垂れているわりに、往生際は悪かった。

「え、殺すけど? だってそもそも、リアンは竜退治に来たわけだし」

「そ、そう?」


(そんな! 四天王の皆さんが余計な空気読んでしまっていた中、一人空気ブレイカーで頑張ってくれたドラゴンさんが……!)

 

 仮面をしていても、正作の動揺は手の動きなどに出てしまっている。

(うん? あれ、魔王──もしかして今、サクッと狙えるんじゃ?)


 ”四強”達は、カイアンフェルドと勇者の動向に目が行っていた。

 目ざとくその動揺を見抜いたクルクルが、誰にも気取られぬ早業で弓を射る。


「バイバイ」

 勇者の剣が、青竜の首へ──

(ああああーッ、ドラゴンさーん!)

 正作は頭を抑え、座ったまま前かがみになった。

 一瞬後、クルクルの放った矢が、その真上、玉座の背もたれに突き刺さる。


「なっ、陛下!」

「おのれ卑劣な!」


 なんとなく勇者と魔王の一騎打ち──的な空気ができつつあった中での奇襲。

 魔族達が色めき立った。


(……ッ!)

 死。

 通過したのは、死。

 頭を抱えたままの姿勢で、正作は、直近で死線が過ったのを感じた。


 異変は、即座に起こった。


「ひぁああああああああああああああっ」

「ひぎぃいいいいいいいいっ」

「あああああああああああああああっ」

「うぎいいいいいぃいいいっ」


 ゾークヴツォール軍のあちこちで、兵の絶叫があがった。


「キアアアァアアアアアアアッ」

「ッ、ミューラ!?」

 リアンが振り返ると、仲間の女魔術師が、両手で頭を押さえ叫んでいた。

 パルテオンは、苦悶の表情で黙したまま膝を屈した。

「おい、どうした」

 ゴンドラゴンドの声に、老人がぼそ、とつぶやいた。

「ばけもの」


「な、なんという! 魔の波動──ッ」

 四天王の皆も、青ざめていた。

「普段は、むしろ抑えてアレ(・・・・・)だったってことッスか」

「……」

 エクステリアは、両手で自らの肩を押し抱いている。

「素晴らしい……! かのアルガスヴェルド陛下をも超える大器──まさにまさにまさに、真の魔王でヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」


 彼らは視ていた。

 正作を中心に、周囲一帯が魔の波動で覆い尽くされている情景を。


 魔族と違い、魔の素質を持つ人間は、全体の七%ほど。

 最初から”ない”者は魔術を習得できないし、魔の波動も感じられない。

 逆に素質があるならば、魔術の修練がなくとも波動は感じられる。

 単純計算で、ゾークヴツォール軍一万の七%として七百の兵が、魔王の底知れぬ波動をモロに受け、恐慌状態に陥っていた。


 魔王軍の魔族らも──あきらかに味方とわかっている魔王本人の波動ではあったが──恐怖に慄えていた。


 手で鷲掴みにされた、小さな昆虫のような心境。

 大海に寄る辺なく浮かぶ小舟。

 理由不明の不安感で押しつぶされそうだ。


「ミューラ、しっかりして!」

 リアンが肩をつかんでミューラを揺さぶる。

「だめよ……だめ……リアン、こんな……勝てるわけない……」

 涙目になり、歯をガチガチ鳴らしている女魔術師に、先程の余裕は残らず消えていた。


(さぁさぁ、盛り上がってまいりました。……ぼく以外が)

 当の魔王、正作はすっかり取り残されていた。


 迫ってきていた勇者がとりあえず退いてくれたらしいのは助かったが、周囲の状況がよく掴めない。一体、何があったのか。

(ドラゴンの人が、なぜかぼくに向かって土下座? してるし……)

 青竜カイアンフェルドは、竜の肉体の可動限界にチャレンジする勢いで正作に向かい、全力でひれ伏していた。小刻みに震えてもいる。


「んー……リアン、撤退しよう」

 ゴンドラゴンドが提言した。

「え、でも」

「ミューラは今、戦えねぇし、兵たちも半狂乱だ。幸い、魔王軍の連中もビビッちまって浮足立っている。この集団のリーダーはお前さんだ、お前が号令をかけろ」

(魔王が見逃してくれたら、だが……)


「わかった──全軍、撤退します!」

 勇者の掛け声は、戦場によく通った。


 恐慌状態の兵はほかの兵に担がれ、ゾークヴツォール軍が整然と退いていく。

「逃がしません」

 特大の火球を頭上に浮かべたエクステリアが、殿(しんがり)に投げつける──も、不可視の壁に遮られ、空中で爆散した。


 人間軍の最後尾には、魔王軍に向きなおり、両手で印を形作るパルテオンの姿があった。

 人類最強の結界師の障壁を破るのは、四天王の力をもってしても困難を極める。


「ッ──これはワシでも──陛下! どうかお出ましを!」

「あ、待って待って! 追わなくていいから」


 ドグの言葉に、正作が「まぁまぁ」といったゼスチャーでこたえる。


「えっ。でもなんか、めっちゃチャンスなんスけど?」

「だめだめ。ほら、えっと、やられちゃったドラゴンの人の軍も助けてあげなきゃいけないし、あと勇者の力? も、なんか良くわかんないし」


 必死になって、それっぽいことを言い並べる正作。

 混乱の要因はいまだ不明だが、ここが正念場らしいことは何となくわかった。


「む! たしかに陛下の仰る通り、あの剣の力は不可解でしたな。ワシが戦った時には! 見せなんだ能力」

「あくまで今回の接触はイレギュラー。情報不足のまま勢いで決戦に臨むべきではない、と……承知いたしました」

 それなりに納得したらしいエクステリアが、手の炎をおさめた。

「やれ、これは──稚戯(ちぎ)を弄ぶもまた、王者の常道というものですかな。困ったものでヒヒヒヒヒ」


(よし! なんとなく、追わなくてもいいっぽい流れになった!)

 正作は、生き延びた喜びに、心の中で万歳三唱していた。



 その足元では、いぜんとしてカイアンフェルドが、ひれ伏したままプルプル慄えていた。


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