その76 〜サーララ姫の奸計〜
「なるほどねぇ、あの”異世界人”──ヤマシタが魔王……」
サーララ姫は、私室の肘掛け椅子に腰かけ、ぐんと首を反らした。
ワフルの領事館。
同じゾークヴツォール国内であるのに、領事館というのも妙な話だが、これは王国誕生以前──古の大陸統一国家・ギュジール帝国が崩壊した後の、群雄割拠時代の名残である。
帝政崩壊により、各地で小領主が乱立。
三百年前より続くゾークヴツォール王国は、今でこそ各領地に代官貴族を置く中央集権制だが、興った当初は各地をそれぞれの領主貴族に一任する、緩やかな封建制を敷いていた。
つまり、たとえばワフルの地であっても、王国中央からすれば外国も同じ。ゆえにこうして領事館、迎賓館のようなものが、”国内の”使者に向けても使われ、その習慣が今も残っているわけだ。
「もしかして、あなたも実は魔族だったりするのかしら。カンタロー」
「そうだったら、面白かったんですけどね……」
本当に残念そうに、甘太郎が肩を竦めた。
「俺は人間ですよ。ただ、異世界人は、”世界”を渡る際、何らかの異能を身につけるようになっているっぽいです。俺で言えば、肉体の機能が強化されてますね。魔力の方もたぶんそのオプションだと思うのですが、もしかしたら気づいていなかっただけで、元々持っていた可能性もあります」
「なんや、山下さんとかお前ばっかりズルいよなぁ。俺、そういうの何もないんやけど? その”チート”っていうの、いつになったら俺にも生えてくるん?」
椅子に座った、坊主頭の奥垣内が、不満そうに腕組みする。
「オクガイトの場合、大量に持ってきた異世界の道具が、すでに一つの能力なんじゃない? カンタローが持っていたのは、せいぜいあの”スマホ”ぐらいのものでしょう」
部屋は、王族の人間が普段遣いするだけあって広く、内装にもさりげない気品が漂う。中にいるのはサーララ姫のほか、”異世界人”が二人だけ。甘太郎は、椅子には座らず立っていた。
「そうそ、甘太郎お前、異世界に来てもスマホ自力で充電できるとか、どんなスーパー高校生やねん。……まぁ、おかげで俺のまで充電して貰って、助かってるけどな」
「あー、あれは前にYouTubeで『ダニエル電池でスマホ充電』みたいな動画があったんで、それを丸パクリしただけですよ。材料は全部、姫様に手配して貰えましたし」
サーララは、甘太郎と誼を通じたことで、新規にやってきた奥垣内を含め、異世界人を囲い込むことに成功していた。
兄のレオライド”王”は、口でいうほど異世界人については重視していない。弟……”王弟”サリオンはむしろ──特に甘太郎を──危険視しているので、暗殺をこそ警戒すれども、接近される気遣いは少ない。母、王太后ルベルベラも同様だ。
(充電──”電気”ね。光源になったり、通信の媒体になる。ものすごく魅力的な情報だわ。空の雷が、雲の摩擦によって生じる自然現象という説は昔からあったけれど、それを手近な機械的手法で再現し、しかも蓄えて利用できるなんて──)
この電気、動力としても使えるそうだ。
が、動力用途においては、奥垣内の持ち込んだ”トラック”のディーゼルエンジンの方に、より強くサーララは惹きつけられた。実際に、”それ”で巨大な物体が動いているのは、なかなかのインパクトだ。
しかし、さすがの甘太郎も、エンジンの基本構造を知識として知っているだけで、それを可能とする実用工学には疎いのだそうだ。
(エンジンについては、”トラック”が故障した時に分解、調査。それとは別に、カンタローの知識をもとに小型の試作機を作り、動かし、トライ・アンド・エラーの日々──としておくのが、現状最善かな)
異世界人二人と、異世界の知識。道具。
言うまでもなく、これは大きな武器だが……
現況は、彼女にとって、必ずしも有利とは言い難い。
レオライドが王になった。それはいい。
”失脚”が、国民の目に、より分かりやすくなる。
だが一方、父王があのような死を遂げたことで、弟のサリオンが完全にレオライドの下についてしまった。それどころか、母のルベルベラまでも、そこに合流したではないか。
サリオンとルベルベラ、この一見して合いそうもない二人を仲介したのは、サリオンの意志とも、勇者パーティの魔術師ミューラとも噂されている。団結の理由は──恐らくは、異世界人の出現と、魔王の出現の関連性。
王、王弟、王太后に、勇者の仲間。
それらから取り残されたサーララ、という図式だ。
(甘太郎に接近していたわたしが、”視察”の名目でワフルに遠ざけられたのも、その流れから。でも、それが功を奏して、魔王が王都に現れた時、わたしはその場にいなかった。つまり、兄や弟、母は、ヤマシタが魔王であることを、わたしがまだ知らない──と思っている。さらに、ヤマシタが”戦力的に無能”であることは、王族内でわたしだけしか知らない!)
サーララの持つ手札は多いが、陣営が薄い。
それを承知した上で、どういう手に出るべきか──
安全策で、陣容を厚くするよう動くのか。
ニッチを狙って、更なる特化に走るか。
「それで、『勇者を除く勇者パーティと、魔王軍の”四強”のみで、雌雄を決する妥協案』ですか。通りますかね、そんな話」
甘太郎が、首をひねる仕草をする。
本当にそう思っているかどうかは、不明だ。
「せやなぁ。魔王軍の連中に、それを受ける義理がないっちゅうのが一つ。勇者側──てか、あの勇者の嬢ちゃんが、素直にウンって言うてくれるかっちゅうのが一つ。あとは、どうせケジメっちゅうんやったら、標的はその赤い何とかって奴なんやろ? そいつと、恨み骨髄になっとるっぽい、弓師の嬢ちゃんでタイマンはらせた方が、判り易いで」
(オクガイト──粗暴な顔立ちと振る舞いに似ず、意外と筋道の通ったことを言うわね)
「いえ、だって魔王──”もと人間”で、”基本的に善良”、かつ”今も無力”な……ヤマシタは、和平を望んでいるんでしょう? なんとかその道筋をつけた矢先に、部下がやからしたせいで、今は頭を抱えているはず。力づくで部下を従えるわけにもいかず、困っている魔王陛下に、助け舟を出してあげるのはこちらよ? まだ、和平の望みはあるってね」
「勇者は、どうします?」
面白そうに、甘太郎が尋ねた。
「サリオンにやらせましょう。弟も、今、勇者を向かわせるのには反対でしょう。せいぜいその持ち前の小賢しさで、愛しい勇者ちゃんを説き伏せて貰わないと」
ほか、ミューラもまた、勇者が出るのには反対している。
ゆえに、ここは抑えられると、サーララは感じていた。
「ほな、タイマンは?」
「──そうね、わたし個人ならそれもアリと思うのだけれど、たぶんそれは、勇者パーティのほかの仲間たちが許さないでしょう。罠、伏兵……その”可能性”はむろん事前に排除しておくとしても、万が一は、常にありえるもの。人情としては、少数であっても複数精鋭で臨みたいじゃない」
奥垣内は「なるほどなぁ〜」と感心し、甘太郎は少し考え込んでいる。
(勇者は、あくまで人類の最終兵器。いくらわたしでも、それを”政争の具”に使い捨てることには抵抗があるわ。でも、その仲間たちは別。魔王軍の重鎮とぶつかる形で、せいぜい擦り減りなさい。うまく”四強”を倒せれば、その成功はわたしのものに。やられたら、その失敗はレオライドの責に。そのように運ぶだけの距離的・情報的優位が、今のわたしにはある)
サーララは、肘掛けの端を、指でトントンと叩いた。
上機嫌な時に出る、幼少からの癖だった。




