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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
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その75 〜エクステリアの過去〜

 その時、魔王城全体を、紫色のオーラが覆った。


 突然のことで、城内に居た多くの魔族が、怯え、その場でへたりこんだ。

 ”それ”は──常識では考えられないことだが──誰か(・・)の魔力だった。


 魔族は生まれつき魔力を持つので、誰もがそれを感知できる。魔力の大きさは、おおむね実力に比例する。魔王軍の高位戦力である”四天王”は、体表より五十センチもの厚さの魔力を纏っている。


 数ヶ月前、カイアンフェルド領付近で”勇者”の軍勢と戦ったことのある者は、その魔力の主が誰か、すぐに分かった。


「陛下──か!? これは」


 大会議室に待機していたドグが、まずそう言った。

 横には、ヤマトとナンギシュリシュマ。


「そうッス。これは、陛下がマジの時のやつッス。前に勇者と対面した時、見せたっきりの……」


 いつもどこか一本抜けたような調子のヤマトも、さすがに険しい顔つきになっている。無理もない。今、その状態の魔王が、自分の同僚と二人でいる筈なのだ。


「──あの温厚な陛下が、ここまで激情を(あらわ)にされるとはの……こ、これは、本当にまずいかも知れんの」


 常に絶やさなかった笑い声を引っ込め、やや震えながらナンギシュリシュマ。


「幸い、といっては何だが、先の作戦には拙僧も……分身の貸出という形ながら、一枚噛んでおった。さすがに今、すぐに処刑ということはあるまい。拙僧の指示だったということにして、この老耄(おいぼれ)の命一つで、なんとかご容赦戴くほか、なかろうな……ヒヒヒヒヒ」


「何言ってんスか。じいさん今くたばったら、魔王軍が組織として機能しなくなるッス。それはエクステリアにしても同じッス。つーか、ここで俺らが仲間割れみたいなことやってたら、それこそ人間どもの思う壺ッス。”和平”とかいってる場合じゃないッス」


「うかつに様子を見に行く! わけにも──いかんだろうな。ここは待つほかない、か」


 ドグが深い息をつき、俯いた。


   ***


 エクステリアの裸身には、全体に傷跡があった。


 魔族の傷は、たとえ四肢欠損の状態でも再生はするが、その傷跡は残る。以前、正作が受けた腹部の傷も、治癒した後まで癒着(こん)が残っている。


 彼女の傷跡は、余白(・・)を埋め尽くさんばかりに存在し、それらは、文字、マークを意図したように刻まれていた。とても、下卑た内容の。


 正作はそれを理解し、知らず我を忘れた。


 すでに普段の抑制を解いていたはずの魔力が、さらに大きく周囲を飲み込んでいくのを感じる。エクステリアは、少しビクッとなって一歩退いたが──やがて力なく微笑み、下に落としたドレスを、再び身にまとった。


「見苦しいものを、お見せいたしました。昔話……ヤマトから、以前お聞きになった通り、わたくしは魔族と人間の共存、それを目指す、というようなコロニーのもとで育ちました」


 椅子を勧めてみたが、彼女は首を横に振ったので、正作も、そのまま立って聞くことにした。


「しばらくは順調なようでしたが、まぁ、人間の住人に裏切り者が出て、ゾークヴツォール王国側の融和反対派にコロニーの情報を売り、あとは襲撃、殲滅……と、なんの珍しいオチもございません。わたくしの父母も、その時に殺されましたが──わたくしは当時まだ子供でしたので、生け捕りにする余地がありました」


 エクステリアの両手首に、溶接したような痕があることを初めて知った正作は、気づかないでも良いことに気づいてしまった。


「もしかして、前の村とか、ラヴェリアさんにやったあれって──」


「はい。全て(・・)わたくしがされた(・・・・・・・・)ことです(・・・・)。子供とはいえ、魔族は魔術を使いますからね。視覚と両手を潰すことは、”飼う”にあたっては必須の処理といえます。わたくしの場合は、そこから更に両足首の(けん)も焼き潰されましたが……。


「それから二年ほど、わたくしは人間どもに囚われていました。それがどういうことかは、先程お見せした落書き(・・・)で、おおよそ察しはつくかと存じます。異種交配──ヒト共と魔族で子はできないのは、連中にとって便利だった一方、わたくしにとっても幸いでした」


 正作は呼吸を落ち着け、魔力を引っ込めようとした。


 これは恐らく、城全体に広がっている。

 城内の魔族達は、ひどく怯えていることだろう。

 すぐに引っ込めなければならない。


 しかし、できなかった。


 骨の中に紫色の湯気を引っ込める──どころか、その骨芯より、後から後から新たな魔力が吹き上げてくるような始末だ。


「──最終的に、とある偶然の発見(・・・・・)から、わたくしは人間どもの檻より脱出し、人里の外まで這って出たところで、ナンギシュリシュマに救われました。彼は、先のコロニー建設の指導者と、知り合いだったようですね。連絡が途絶え、コロニーのあった場所が焼け崩れていた為、個人的に捜索していたとか」


「エクステリアさん、ぼくは……」


 正作は何か言おうとした。

 しかし、言えなかった。


 いや、言葉はいくらも思いついたが、それは──

 ”和平”とは程遠い、ある感情によるものだ。

 深く、熱く、黒い。


「”法則”のお話は、大変興味深くはありましたけれど──以前もお伝えいたしました通り、勇者共はもとより、歴代魔王陛下の中にさえ、”法則”の書き換えに成功した者はいない、とされております。できないことを基準に、全体の計画を立てるのは不確定要素が多すぎ、危険過ぎます。わたくし個人としましては、賛同いたしかねます」


 エクステリアは、一歩退いた足を、また前に進めた。


「陛下。わたしくは”和平”のための活動に参加できません。それが陛下の意に沿わぬと仰せでしたら、わたくしをここで処断して下さい」


「……エクステリアさん。何はともあれ、あなたは命令違反を冒した。これについて何もしないというのは、上司として好ましくないと思う。なので、あなたに、しばらくの謹慎処分を下します。魔王城と、魔都アーマーメイデンから外に出ることは、しばらく禁止です。厳密な期間は、またあとで知らせるから」


 エクステリアは、無言のまま頭を深々と下げた。

 そして退室(ぎわ)


「先程は、ありがとうございました」


 それだけ残し、彼女は正作の寝室をあとにした。 

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