その73 〜正作の決意〜
”ガブリエラの小部屋”の出入り口は、折りたたむと、百科事典ほどのサイズにまで縮まる。ただ『開閉する薄板』というだけの、玩具のようなものだ。
そこを通して出入りできる一辺二mの空間で、正作は──
ガブリエラから、一通りの経緯を聞いた。
正作は、しばらく何も言えなかった。
「わた、わたしも、実際に見たわけじゃないから、アレだけど──」
ガブリエラが、ぽつぽつと喋りだす。
「戦争で、人間を殺すっていうのは、正直、ある程度”折り合い”をつけたつもりだったんだ。ドグの時は、相手は軍人だったし、それに今はもう、わたしは人間じゃないしって」
正作は、あいまいに頷いて、先を促した。
「元の世界──というか、まぁアメリカなんだけど。父方の知り合いで、農業やってる若い男の人がいて、七面鳥とかの世話もしてたんだけど……ああ、ヤマシタさん。”州兵”って、通じる?」
「……あー、なんか、海外ドラマでちらほら耳にするあれだね。あの、悪役っぽい州知事が『州兵を動員するぞ』とかいうやつ」
かなり昔、アメリカの大統領を主人公にしたドラマがあり、それで観たような、観なかったような、うすらぼんやりとした記憶が正作にあった。
「だいたい、そんな感じ。で、基本は農家やってて、州兵としては月一回の週末と、年で二週間の訓練に参加すれば、そこそこ給料が貰えます的な──基本はそういうやつ」
(日本の自衛隊の、予備自衛官みたいなものか)
正作の最初の職場、米飯工場に務めていた先輩が元自衛官で、工員になってからも予備自衛官というものを継続しており、定期的に連休をとって訓練に出かけていた──その空いたシフトに入らされた──のを思い出す。
「で、これは十年前の話だけど、当時はイラクで戦争やってたでしょ。戦争っていうか、治安維持活動? それに参加しなきゃいけなくなって」
「え? 行きたくなかったの、その人。じゃあ、どうして州兵に……」
「お金が欲しかったって。もちろん個人差はあるけど、少なくともわたしの周りに、農家でリッチって人は知らないし。……でまぁイラクいって、両腕ふっ飛ばされて帰ってきて」
両腕、のところで正作はびくりとなる。
「わたしはその時、十二歳だったけど、お見舞いにいった夜は寝られなかった。知っているお兄さんで、小さい頃に遊んでくれたような人が、というのもそうだけど、何より……ほかにも”そう”なっているような人がいっぱいいるって、テレビでも観て知っていた筈なのに、やっぱりそれは他人事で、どこかで切り離して、国防がどうのとか、したり顔で言ってた自分がすごい、なんていうのか、穢らわしく思えて」
(十二歳で国防とか、そういう話が普通に出るのか)
正作は重い気持ちながらも、妙なところで感心した。
「──それで、今の、”こちらの世界”の話になるんだけど。ヤマシタさんの”和平”の話は、もちろん大賛成。その一方で、エクステリアとかタコが言ってることも……つまり、いまさら和平は納得がいかないとか、そもそも不可能だろうみたいな話も、理屈としては理解できる。だから、その辺をきちんと話し合って、折り合いをつけていければって、思ってたのに……」
声に、嗚咽が混じる。
押し殺すように、ガブリエラは泣いていた。
「あ、あんな無茶苦茶するなんて。もともと、エクステリアとはあんまり仲がアレだったけど、でも”仲間”なわけだし……そのへんの不一致はさ、含んだ上で一緒に問題を乗り越えていければいいなって、思ってたのに……もう無理。わたし、一緒にやるのは、無理」
正作は、ただ黙ったままだった。
彼女の肩に手を置いてやるべきかとも思ったが、どうも、そういう安易な慰めはすべきない、そんな抑制が働いた。
ガブリエラの言い分は──お世辞にも整理されていたとは言えないが──少なくとも心情的な部分で、正作は大いに共感できた。
もとより、難しい戦略や作戦など、自分程度には分からない。
魔族と人間の軋轢の”本当のところ”を論じられるほど賢くもない。
が、エクステリアのやったことは、自分には受け入れられない。
単純に、それだけだ。
(浅慮、なのかも知れない。いや、きっとぼくのことだから、浅い考えなんだろう。甘太郎くんあたりなら、もう少し気の利いた理屈が出てきたりするのかもだけど──そんなことは関係ない。ぼくは、ぼくなりで、魔王をやろうと決めたんだ)
顔を伏せ、すっかり丸まってしまったガブリエラを見て、正作は意を決する。
(エクステリアさんと、今回の件で、しっかりと話し合う──いや、対決する)
ここ数日、やや文字数控えめです(´・ω・`;)




