その71 〜被害者〜
弓師クルクルの故郷──
ハンナのいた村から、北東へ二十km。
ゲゾス・ベンベンの直轄地。
その外れ、王国軍により設置された仮設キャンプ前に、クルクルはやって来た。戦士ゴンドラゴンド、ワフルの大隊長ジョッシュも一緒だ。
「んー……なんだ、あのガキどもは」
テントの中やその陰から、多数の視線を受け、ゴンドラゴンドは眉をひそめた。
「ハンナの村の、子どもたちだよ」
クルクルが言った。
刺すような目線。
まるで、親の仇でも見るかのような。
「──ちっ、逆恨みもたいがいにしろっつぅの」
ジョッシュが吐き捨てた。
これだけあからさまに睨まれたら、誰でも分かる。
今回の事件が、クルクルのせいで起こったと思っているのだ。
「それは、しかたないよ。実際、ここに来るまでの街でも言われたじゃん。あたし達が、もっと早く魔王を倒していれば、とか」
「それは正味、無茶言うなって感じだけどな。無責任に煽るのも、庶民の特権か。新聞も、好き勝手、書いてくれるしな。そんなに言うなら、お前らが行けっつーの」
愚痴りつつも、クルクル達は、駐屯地の兵士に案内され、ハンナがいるというテントへ歩いていった。”被害者”の村人は、大半がテントの中に入っているようだが、時折、外で座り込んでいる姿も見かけた。
目や両手首には包帯が巻かれ、ほぼ例外なく放心している。
「……クルクルが?」
駐屯兵の取り次ぎを経て、テントの中からハンナが出てきた。
「──ッ」
クルクルは、言葉を失った。
最初にかけようと思っていた声が、どこかへ消えたようになる。
彼女の顔は痣だからで、切れた唇から今もかすかに血が滲んでいた。
「エクステリアに、じゃねぇな。その傷は新しい」
低い声で、そう言ったのはゴンドラゴンド。
「ち、違います、そうじゃないんです。これは、ちょっと──転んで」
「は、ハンナ……わ、ワフルに来なよ。ここは、辛いよ」
絞り出すような声で、クルクルが言う。
先程から俯いて、ハンナの顔を見れないようだ。
「う、うん。ありがとう。でも、夫の世話をしないといけない、から」
「じゃあ、その旦那さんも一緒に連れてきたらいいや、姉ちゃん。あんまり依怙贔屓するのも何だけどよぉ、俺、ワフルじゃそこそこ顔が利くから、仕事先ぐらい紹介できるぜ」
とジョッシュ。
「ありがとうございます。そうですね、先のことも、考えないといけない……」
ハンナの目が、どこか遠いところを見ていた。
「そ、そうしなよハンナ。あ、あたしも、その、いろいろ助けられると思うから」
「何が助けるだ、この疫病神め!」
近くに座っていた、村民──大人の男が、突然叫んだ。
「そうだ、お前がいたから、こんなことになったんだ!」
「わかっているのか!」
「俺たちの手を返せ! 目を返せ!」
「あなた、勇者の仲間なんでしょ! 勇者の力でわたしを治してもらえないの?」
「助けてくれよぉっ、できるもんならな!」
「じゃなきゃ、詫びにお前も俺たちと同じになってみろ」
「き、貴様ら! 静まれっ」
道案内の駐屯兵が、槍を構えて威嚇するが、まったく効果がない。
いつしか、テント陰にいた子供達も、罵声に混じっている。
ハンナは自分の両肩を抱えて蹲り、クルクルは顔を青くしてぶるぶる震えていた。
「んー。自分じゃなにもしないくせに、言うことだけは立派ってやつだな」
ことさら聞こえよがしに、ゴンドラゴンドが言う。
ごく平静な口調で
「な、なんだと!」
「わたっ、わたし達は、被害者なのよ!」
「だーから何だっていうんだ。んー? 有史以来、魔族との戦いでの犠牲者が、いったいどれだけいると思ってんだよ。自分たちだけが”特別”とか思ってるのか。つい最近でも、カーチコムのほうでは万単位で、死んだり、手足なくしたりしてるっつーの。だいたいよぉー」
大男が、あくび混じりに伸びをする。
「クルクルの奴は、わずか十二歳の頃に、故郷の村を出されて、魔族との戦いの中に巻き込まれた──それは、何でだ? ゲゾス伯爵の野郎が、おめーらの村に難癖つけてきて、それをやめてもらう身代わりとして、じゃなかったか。いわばこいつは、おめーらの”恩人”ってわけだな」
「ゴンドラゴンド、やめて、よ」
苦しそうにクルクルが言うも、ゴンドラゴンドは止まらない。
「んー。そんなガキンチョを人身御供に出しておいて、だ。殺し合いの渦に叩き込んでおいてだ。おめーらは、のうのうと、平和な日常を享受してきたんだろ? でぇ、たまたま魔族の襲撃を受けて、それでも命は助かって──勇者パーティの後援者である王国、その軍に保護されて、その王国軍が用意した糧食を食んで、王国軍が仮設したテントで雨露をしのいでいるわけだ。良かったな、勇者を絶大に支持しているゾークヴツォール王国が、文明的かつ豊かな国で。これが東方連合の片隅にあるような貧乏国なら、速攻で見捨てられてたかも、だ」
ジョッシュは、思わず口笛を吹く。
ゴンドラゴンドとの付き合いは長いほうだが、かつてこの大男が──ジョッシュの知る限り──ここまで饒舌に、何かを語ったことはなかった。
「……んー、ミューラの”理屈病”が、感染っちまったかな。まぁいいか。で、改めて聞くけどよぉ。そんな慈悲深く素晴らしい王国、に支持された勇者──の仲間として、日夜、命を危険に晒しながらも魔族を狩り、世界平和に大貢献している英雄で、しかも! 元はと言えば、おめーらの恩人でもあるクルクルに対して、えっとぉ──何だって?」
「だ、だって、あの魔族が」
「そう、そうだ。村を襲ったのは、クルクルの出身地だからって……」
「狙われたのは、そのせいだって」
黙ってしまった大人達にかわり、今度は子どもたちが口々に言いだした。
「お前ら、ほんと、ガキな。村をメチャクチャにした悪魔みてーな奴の言うことを、どうして鵜呑みにしちまうんだ?」
呆れたように、ジョッシュ。
「だれの”せい”かって言ったら、その魔族の”せい”に決まってるじゃねーか。それこそ、ガキでも分かる理屈だぜ、そんなの」
「んー。それぐらいは分かってるんだろうさ。でも、怖くて口に出せないんだな。ビビっちまって。だから、その鬱憤を、ぶつけやすい、言いやすい相手にぶつけて、憂さを晴らしているだけの卑怯者……」
「もうやめて!」
弾けるような、クルクルの絶叫。
ゴンドラゴンドが口をつぐむと、周囲は極端な静寂に包まれた。
「もう、やめて……」
繰り返す。
そして、嗚咽をあげるハンナに背を向け、クルクルはその場から歩き去った。




