その70 〜ケジメ案件〜
知らせを受け、王城は激震した。
「魔王め! やはり騙し討ちか。魔族など、一時でも信用したわたしが愚かだった、ということ──かッ」
レオライド王は激怒した。
先日の、殊勝な態度の”魔王”、その姿を思い返すだけで腹が立つ。
「兄上。落ち着いてください」
あくまで冷静に、その憤激を鎮めるのは第二王子サリオン。
レオライドの私室。
血を分けた兄弟のみだからこそ、吐露できる心情もある。
「あぁ!? 何が落ち着けだサリオン。これを置いて、我が王国の継続はありえん。即刻、勇者達、王国軍に激を発し、侵攻に着手すべきだろう」
「そこが間違いです。兄上は、もっとご自身の直感を信じたほうが良い。かのヤマシタと会って、実際に話して、それで──どうでした?」
少年王子にそう諭され、レオライドも少し息をついた。
「……それは、そう。お前の言いたいことは分かる。見た感じ、平凡な──朴訥、無害な、ただの中年男だった。こういっては何だが、善良……お人好しの相さえ伺えたな。あれの全てが演技だったとは、今でも信じがたい」
レオライドは、ゾークヴツォール王国の第一王子。
生まれた瞬間より、次代の王となることを約束された存在だった。
それ故に、知っている。
人間という生き物が、権勢というものに見せる醜さを。
口にこそ出さないが、実の母親であるルベルベラさえ、醜悪だ。
その言葉、行動、意図──全てに吐き気を憶えた。むしろ、なまじ”それ”に晒され続けたからこそ、その気配に誰より敏感だ。
それに比べ、たとえば勇者パーティの皆の、なんと清廉なことか。
勇者リアン・スーンはもとより、パワーバランスから無理に選ばれたミューラ、クルクル、軍内での出世目当てのゴンドラゴンド、聖者パルテオン……
その全員が、それらに較べ、はるかに潔く、美しく思われた。
そして、魔王を名乗る者、ヤマシタからも同様の気配を感じた。
確かに感じた。
それは、認めざるを得ない。
「しかし、それなら、今回の”これ”は何だと言うのだサリオン。魔王の唾棄すべき裏切り──という以外に、いかなる解釈があると?」
「魔王軍も一枚岩ではない、そのように思います」
サリオンは、すぐに答えた。
あらかじめ、用意されていた文言だろう。
「魔王軍に、魔王の意図を裏切る者がいる、と?」
「むしろ、そう考えるほか、ない状況かと。今のこの展開は、和平を申し出たかの者にとって、あまりにも利益なきもの。また、最初から裏切るつもりだったとすれば──かの魔王が費やした労力に比し、こちらの被害のほどが、戦術的にも戦略的にも軽微すぎます」
それを聞き、レオライドは苦味走った表情を浮かべる。
”軽微”は、さすがに言いすぎだ。
国民数百人を、”ああ”までされておいて──。
(しかし、先日の”青鬼ドグの襲来”では、万を超す国民が犠牲になったのだな)
必要以上に残忍な点に目をつむれば、先日のカーチコムでの被害に較べ、遥かに軽微であることは認めざるを得ない。
サリオンの言い分も、理解できる。
確かに、魔王としてはあまり”利益”のない展開。
「──魔王の意図ではない、と思うか」
「思います」
サリオンが、頷いた。
「なら、これからどうする」
「まず勇者達の一行に『逸らぬよう』と、王直々に命を下すのが肝要かと」
「……”まず”?」
レオライドが、訝しんだ。
「ええ、”まず”です。かの被害地は、弓師クルクルの故郷。これを策謀した魔族、”四強”エクステリアは、よほどの策士と思われます。手順は、慎重に……幸い、現地──ワフルの街には、視察の名目で姉上サーララが駐在している。彼女なら、臨機応変に流れを読み、うまい具合に流してくれるでしょう」
言って、サリオンは人差し指をたてた。
「とにかく、勇者だけは絶対に出撃させてはなりません」
***
(リアンだけは、”侵攻”に参加させてはいけない)
知らせを受け、ミューラがまず考えたのは、そのことだった。
クルクルの郷里がエクステリアに襲われた。
もはや、クルクルは止まらない。
しかし、彼女は勇者パーティの貴重な戦力の一人。
こんなところで無駄死にさせるわけにはいかない。
一方、今は”魔王軍”──
というより、魔王との和平交渉の真っ最中。
向こうが一方的に約束を破棄したように見えるが、マクロで見れば、今回の被害はドグ侵攻時よりはるかに軽微。こんな事を表だって言うと国民感情を逆撫ですること必至であるが──ちょっとした手違い、魔王軍内の連絡不備で収まる範囲内、とも言えなくはない。
何より、実際に魔王ヤマシタと接し、対話した経験から、少なくとも”これ”が、彼の意志によるものとはおよそ思えなかった。
(あの糞女……エクステリア……すべて計算ずくってわけ?)
多くの”被害者”が、ベンベン領主の直轄地になだれ込んだ時点で、事件の隠蔽は不可能。白痴のように放心したゲゾスは捕らえられ、現在王国軍が尋問を行なっている。
無事だった村の子供達や、”被害に遭った”村民たちの証言から、ゲゾス伯爵が以前より魔族と通じていたらしいことや、それを遠因として今回の件が起こったことはほぼ確実。
ゲゾス本人には近いうち──おおいに見せしめとなる形で──公開処刑の命が下るだろうし、家名そのものも歴史から抹消されるだろうが、そんなことはどうでもいい。
問題は、もはやそこではない。
(勇者が出れば、魔王も出ざるを得ない。そうなれば、今回の”和平”は、完全にご破算となる。それは、それだけは防がなければならない──)
魔王・ヤマシタの提案は、戦いに明け暮れる中にさした、一筋の希望だ。
絵空事だろうと願望だろうと、それが魔王本人から出たというのは大きい。
ミューラの読みでは、これはあくまでエクステリア個人の暴走。
なら、まだ治めようがある。
クルクルは報を受け、ベンベン領に単身飛び出した。
ゴンドラゴンドと、小隊を率いたジョッシュがすぐさま後を追う。
***
「わたしもそう思うわ、ミューラ。勇者だけは、出てはいけない」
ワフル領事館。
ゾークヴツォール王国第一王妃サーララを上座として、会議室の円卓に、”関係者”が囲っていた。
魔術師ミューラ。
高司祭パルテオン。
”異世界人”の甘太郎、奥垣内。
ワフル少神殿の管理者ラヴィリア。
そして、勇者リアン・スーン。
「どっ、どうしてリアン”だけ”はって話に?」
リアンが、不満げに口を挟んだ。
「せやな。やられたらやり返さんと、際限なく舐められるど」
奥垣内が、それに同調する。
「──やり返す必要は、もちろんありますよ。ただ、それがリアンちゃんだとまずい、って話です。奥垣内さん」
甘太郎が言った。
「ヤクザ同士の抗争でも、親分同士が出ばってしまったら、もう後戻りできない、行き着くところまで行くしかないってこと、あるでしょ。そうなると、よりたくさんの血が流れる。それは、双方にとっても好ましくない。なら、ほどほどのところで”手打ちを”──そんな感じです」
「あー……なるほどな。けじめ案件か。それなら分かるわ」
あっさり納得する奥垣内。
「ふーん、”けじめ案件”ねぇ──さすが異世界人。絶妙な言い回しをするわね」
妙な風に、サーララ姫が褒めた。
「そう、まさに”けじめ”の問題よ。魔王が持ちかけてきた和平どうこうの話は話として置いておいて──わたしの愛する国民に、害をなしてくれたクソッタレな魔族の女に、それなりのケジメをつけて貰わなくっちゃ、ね」
「血で血を洗う流れだけは、避けるべきと存じます」
「然り」
聖女ラヴィリア、続いてその師パルテオンが、簡潔な持論を述べる。
「そう。それは、そう。大規模な軍勢の衝突などしても、いたずらに国力を損耗させるだけだものね……ということで、こういう案を、魔王軍に打診するのはどうかしら?」
サーララが、手を挙げた。
皆の視線が、王国の姫へと注がれる。
「勇者を除く勇者パーティと、魔王軍の”四強”のみで、今回のケジメ──雌雄を決する妥協案」




