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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
72/93

その69 〜刑〜

 ハンナが結婚して、一週間が経った。


 彼女の夫は朴訥だが、気のいい青年で、よく働く。

 農村に生きる者にとって、それ以上のことはない。


 普段どおり働いて、普段どおり汗をかく。

 昼下がり、空は雲がやや濃くなってきた。

 

(雨は……いや、これなら大丈夫。降らない)


 この二年間は、いろいろな事があった。


 周辺を治める領主、ベンベン伯のいやがらせ──流通の不当妨害、いわれなき課税。水車小屋の利用制限。水利権の不公平な再分配指示──


 それら全てが、クルクルを勇者パーティに向かわせるための策謀と後で知らされ、ハンナはとても複雑な心境となった。もちろん、領主のことは憎くて憎くて今でも呪い殺したいぐらいだが、一方で……


 騒動の中心となった、幼馴染の少女に対しても、複雑(・・)だった。

 (すじ)違いと分かってはいても、つい思ってしまった。


(この村にクルクルがいたから、こんなひどいことになったのか)


 思うたび、自己嫌悪する。

 自分はなんてイヤな人間だろうと。


 どう考えても、彼女は悪くない。


 近場の森に巣食う魔族を、クルクルが退治してくれたのも、ひたすらにありがたい事だ。あれを放置していたら、それこそ村がどうなっていたか分からない。辺鄙な村である。王国軍から派遣される駐屯兵はたいして数がおらず、強くもない。


 勇者パーティに召し上げられたクルクルの活躍を耳にするたび、誇らしくなった。自分たちの身代わり同然に連れて行かれた、幼馴染の少女──当時、まだ十二歳だ──が、思いのほか元気にやっていると聞くたび、ホッと安堵した。


 先日も、自分の結婚のためにいろいろ準備を手伝ってくれた。かの聖人パルテオンを呼んできたと聞いた時は、さすがに冗談だと思ったものだ。


 このまま無事に、時が過ぎてくれたらと願う。


 勇者が、魔王を倒して来た時、クルクルも無事に戻り、それにふさわしい褒美を得られたらと思う。それで、彼女もまた幸せになってくれれば──

 

 そう考えるのは、ある種、贖罪の念からだろうか。


「おーい、ハンナ。なんか、村の皆を広場に集めろって、村長が」


 近所のパン焼き小屋のおじさんが、声をかけてきた。


「え、何で。誰か来るの?」

「あれだ、ちょっと前からうちの村に地質調査に来ているだかの、例の女だよ。ベンベン伯が、迷惑の詫びとかなんとかで寄越したっていう」

「ああ……」


 半月ほど前。


 ハンナ達の村に、その”王都の学者”を名乗る三十代ほどの女が、ゲゾス伯爵の私兵を数人伴い、やってきた。


 過去、伯爵がこの村に行なった各種の不公正(・・・・・・)を、ゾークヴツォール王から諌められたという話は、かなり前に聞いている。


「ゲゾス伯爵は、先の過ちを悔い、反省し、せめてもの罪滅ぼしと、このわたしを派遣されました。地質調査により、新たな水源の探索や、農作に適した地の選別、新たな有望開墾地の見極めなど、先々に繋がる知識を、村の皆様に提供いたしましょう」


 村長によれば、その女が持ってきた伯爵の委任状、依頼状、ともに本物らしい。領主が認めたとなれば、理由(わけ)もなく断るわけにはいかない。


 以降、村の各地で、何やらやっている女の姿が見られた。

 物腰こそ丁寧だが、村人と必要以上に関わることはしない。


 都会では珍しくない人種かも知れないが、「対話をしたがらない」──この一点だけにおいて、田舎村では確実に変人扱いとなり、敬遠される。


 ハンナもまた、なんとなく”不気味な女”という印象を抱いていた。


 容易に差別・弾圧に繋がる、悪しき閉鎖的な村社会──


 そう揶揄されることも多いこの種の『性質』だが、しかし”外敵から身を護る”という点においては、優れた面もあることは否定できない。


 意味不明なやつ(・・)とは、とりあえず距離を置く。 


 それが徹底されていれば、あるいはこの村も無事だったか知れない。


   ***


 村の大広場。

 一週間前、ハンナが結婚式を開いた場所。


 集められた村人、子供もあわせ総勢八百人。

 簡易の木組みの台、その上に立つのは村長と、例の”地質学者”の女。


(何か、演説でも始まるのかな)


 ハンナは、少しげんなりした。

 初老にさしかかる村長。

 悪い人間ではないものの、話が長い。


「それでは、あー……本日で調査を終えられたということで、そのぉ、あー……ゲゾス伯爵様から当村に派遣されていたぁ、おー……エクステリア女史(・・・・・・・・)より、皆にご挨拶が、ぁー、ありますぅ」


(エクステリア?)


 何か、どこかで聞いたことのある名だった。

 それより、あの女の名を、今日はじめて聞いた。


「おい、それって……」

「俺、知ってる。エクステリアって、魔王軍の、ものすごく残虐な──」

「どうして、わざわざ、そんな名前を」

「やはり変人か」

「都会者は、こんなやつばっかりか」


「ごきげんよう、村民諸君。まずは礼を述べさせていただきます。特に警戒されることもなく、半月もかけてじっくりと準備できたからこそ、こたびの仕掛けは完成にまでこぎ着けました。歴史上、これほどの大仕掛けを実際に起動させるに至った者は──」

 

 両手を高らかに広げ上げ、心底嬉しそうに、彼女は言った。


「──歴代の魔王陛下(・・・・・・・)を含めても、屈指といえるでしょう」


 ハンナは、無意識のうち、隣に立つ夫の手を握った。


 皆、動かなかった。

 声もたてなかった。

 なかば冗談のような空気が、周囲を支配していた。


「──」


 女が、短く、何か唱えた(・・・)


 魔術、そういう考えが頭を過る前に、周囲で絶叫が巻き起こる。


「あぎぃいああああああぃいいぃいっ」

「めがぁあ、目ぃっっぐでぇぃいいいッ」

「熱ぃぎいぅうううぇえええ」

「ぎぃいいあああえええええええッ」


 隣で、ハンナの夫の叫び声。

 この世のものとも思えぬ轟き。


 彼女は、ふと自分の右手を見ると、手首から千切れた夫の左手を握ったままだった。


 その傷口は焼け焦げ、血は出ていない。

(なに? これは、なにが。おこって……)


 思考は、遅く。

 視界も(おぼろ)に。

 叫び声までもが、徐々に遠く。


 地獄というなら、今、彼女が立つ、此処(ここ)こそ”それ”だ。

 先程まで立っていた村人が、今や地面をのたうち、苦悶に喘いでいる。

 両手首だけではない、両目も。やはり焼かれていた。


 多くの者が、なくなった両手首で失われた目を押さえているので、その辺りのことは、すぐに分かった。


「専門的な話をしても、仕様(しよう)がないでしょうが──最初の課題は、周囲の微量の魔力をかき集め、村の各地に集積することでした。事象を”自動化”させなければならない都合上、”呪紋”による制御となるわけですが……呪文による魔術の行使に較べ、難度は格段に上昇するうえ、時間も長めにかかります」


 何か、嬉々として話しているのは女。

 台の上に立って。

 その横では、同じく”そういうこと”になった村長がのたうち廻っている。


 あんなに若かったか。

 あんな赤髪だったか。

 角まで生えている。

 まさに悪魔。


 それはそうだろう。明らかに、ヒトの所業ではない。


「それらの準備が整ったところで、各所に蓄積された魔力と、一つの術式との連動作業。この微調整だけで十日もかかりました。今回は排除対象(・・・・)も要設定でしたので、さらに大変に──ここまで苦心して準備しても、これだけの広域適用魔術。通じるのは、無力な人間(・・・・・)のみ」


 赤い女の視線が、ハンナに向けられた気がした。


魔術の素質(・・・・・)を持った人間には、通じません。見渡した限り、無事なのは──大人だけで(・・・・・)──三十人少々といったところですか。まぁ、そんなものでしょうね」


 逃げなければ、ハンナはそう思った。


 周囲には、彼女同様、無事だったらしい村人が何人か見えた。

 それぞれが全力で逃げれば、逃げられるかも知れない。

 そして、外の誰かに、この事を知らさなければ。


(──ッ?)


 しかし、動かない。

 両脚が、微動だにしない。

 そこでハンナは、自分の両足が、地面から生えた触手のようなものに掴まれていることに気づいた。いつ掴まれたのか、それさえ分からない。


 その触手は、何やらタコのそれによく似ていたが、緑色だ。


「うっ、動けないッ」

「たた、助けてくれぇっ」


 ほかの、”まだ”無事な村人も、ハンナと同じ状態のようだ。


「さて、では……おや。意外に早かったですね」


 台上の女が、広場の外を見た。

 蹄の音。

 地面を蹴る、けたたましい馬の蹄の音。


「貴様ァ〜ッ、この、悪魔がぁ〜ッ! 俺の領土でよくも!」


 領主の声だ。

 あの、ゲゾス伯爵。

 

 ハンナは、上半身をねじって何とかその方角を見る。

 馬に乗ったゲゾスは、単騎。

 ほかに兵士は、一人もいない。


(何をしに来たの、あいつは)


 ごく僅かな安堵は、かえって彼女の絶望をかきたてた。

 

   ***


 ゲゾスには、秘策があった。

 この世に数えるほどしかない、古代の遺物。


 魔導品(・・・)


 その一つを、ゲゾスはとある偶然から入手の機会を得た。


 中には、かの王国最強の魔術師ミューラ、その師(・・・)にあたる人物の最強魔術が詰まっているという。いわゆる”補填式”の魔導品であった。


(あの女の師といえば、かつて大陸中でも知らぬ者はいなかったという達人。もはや故人であるのは残念だが、その魔力はいまだこの中に息づいている。事前に魔術師ギルドで鑑定してもらったが……少なくとも(・・・・・)、今のミューラに匹敵するであろう魔力が込められていることは確実! ふひひひひひ、たかが魔王軍の使いっ走り(・・・・・・・・・)程度、一撃でチリと化すは必至よぉおおお〜)


 保身第一のゲゾスが、一人で来たのは、当然理由がある。


 この魔導品に入った魔術は”放射型の広域攻撃魔術”。


 魔族の女を始末するには、どうしても村人を巻き添えにしなければならない。

 そんな場所を見られたら、さすがに言い訳はきかない。

 部下だから口止め可能──といっても限度がある。

 さらなる醜聞の拡散は避けなければならない。

 

(我が領土の収益源が一つ消えてなくなるのは苦しいが……こればかりは仕方がない。代価。やむをえぬ代価……俺が、ほかならぬ俺自身が、皆から罵声を受けるショックに比べれば──これしきのことぉ──泣いて、()ショックを斬る!)


 今、”奴”は油断している。

 無理もない。

 全て計画通り進み、達成され、有頂天──

 ゲゾスにもおぼえがあった。


 問答の余地さえ与えない。

 チャンスはこの瞬間。

 それが今。


「死ね、女狐めがァッ」


 両手で持った”黒曜石”をかざす。

 それが魔導品であり、ゲゾスの切り札だった。 


 決められたワードと動作を受け、石が輝きだす。


 ごう、と。

 とてつもない勢いの炎が、村の大広場──

 ゲゾスの背後に至るまで──

 まるごと包んで吹き上げた。


 囲み。

 高さ十mほどもある、炎の壁。

 それが、広場を囲う形で(・・・・・・・)、大きく円形に展開。


 またたく間に、その術式(・・・・)は完成した。


「……まぁ、わたくしが自分でやっても良かったのですけれど、せっかく来て頂いたのです。伯爵、あなたに使ってもらいました」


「え。え」


 ゲゾスは、呆然と突っ立っていた。

 何が、なんだか分からない。


 おかしい光景だ。

 これはおかしい。

 今、自分が見るべきは、魔族の女が村人ごと吹っ飛び──


(そうじゃ、ないのか?)


「あなたとは十年来の付き合い。当然、その下劣な性格も、疑い深く、用心深いところもよく知っています。あなたが、わたくしに対する切り札を用意しない訳がない。なら、先回りして用意(・・・・・・・)して差し上(・・・・・)げれば良い(・・・・・)。簡単なことでしょう? その黒曜石は、間違いなく古代の遺物、本物の魔導品ですが──魔力を込めたのは、ほかならぬわたくし。魔術師ギルドの鑑定で、ミューラと同程度の魔力がありながら、その師が込めたかどうかは確認できなかったのでしょう? それは当然、わたくしの魔力の波動は、人間どもの魔術師ギルドには登録されておりませんからね……」


(わ、わな? 魔導品が、もう、わな? そ、そんな、わななァッ!) 


「逃げ……」


 もう遅かった。

 周囲は、炎の壁。

 焼け死ぬほどではないが、やや蒸し暑い。


 前では、いぜんとして苦痛の叫びをあげ続ける村人たちがうるさい。

 

(これは、おかしい。俺の『努力』は──こ、こんな、ところで──ゾークヴツォール王国史に燦然と輝き……我が伯爵家にも、偉大な、偉大な、偉大な足跡を、記すことが、確約された、この、ゲゾス──)


 気がつくと、ゲゾスは小声で歌っていた。

 涙と涎を流し、静かに歌っていた。

 

 人間、極限まで追い詰められると、最後は歌うしかなくなるという。

 今の彼は、まさにその状態だった。


   ***


「十五歳に満たない子供は、見逃しました。(めしい)だ大人達を、人里まで先導してもらう為です。ほかにも理由はありますが、それは、お前たちクソ人間の知ったことではありません」


 うめき声は、いまだ止まない。


 周囲を炎の壁で囲まれ、足まで拘束され、ハンナは直後に自分も、周囲の皆と同じ(・・)にされると思い、恐怖と絶望に涙した。


「ハンナ」


 いつの間にか、悪魔、赤い女──エクステリアは、ハンナの前まで来ていた。

 

「ここを狙った理由は単純。勇者一行の一人、クルクルが(・・・・・)ここの出身だから(・・・・・・・・)です。ほかには、ありません。そう、あなたの幼馴染だそうですね、ハンナ」


 エクステリアが、ハンナの両手首を掴んだ。

 ハンナは、「いやだ、いやだ」と虚ろな声をあげるばかり。


「あなたは十六歳、この王国の基準だともう成人ですが、特別に赦してあげましょう。この村の大人で、あなただけ(・・・・・)赦してあげます。ほかの者は駄目です」


 無事だった村人達が、その言葉を聞いて、一斉に哀れな声をあげた。

 怒声、罵声も少し出た。”誰に”向けたものかは、明白だ。


「彼女だけです。理由は──やはり、お前たちクズ人間の知ったことではありません」


 エクステリアはハンナの手を離し、手首と目を失って転がっている村人達を踏みつけにしながら、ほかの──まだ立っている──村人に向かっていった。


 その両手は、炎に包まれていた。

 その背後を、ハンナは呆然と見ていた。

 周囲は炎の壁がじりじりと燃え盛っていた。


 遠くで、ゲゾス伯爵の歌声が聴こえてきた。

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