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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
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その68 〜ゲゾス五秒前〜

 ゲゾス・ベンベン伯爵は絶好調だった。


 私室にて、軽く小躍りしてしまっても、仕方のない事といえよう。


(これで、俺を貶めてくれた借りを、千倍にして返すぞぉおおおうぅお、勇者ぁああぁああああああんんンギィイイイイイイィイィィィイイイィイイイィモヂィッ)


 これまでの清く正しい『努力』により、ほぼほぼ順風満帆だったゲゾスの栄光は、”あの日”を境にしてケチがつきはじめた。


 つまり、要するに、だいたい勇者のせい(・・)だ。


 おかしい。

 こんなことは許されない。

 ゲゾスというブランドを、ここで終わらせていいのか。


 あの王城での事件の夜──。


(だいたい、王も王だ。俺に無断で、勝手に死んでくれおって……。いや王妃派としては、むしろ喜ばしい事態だったのは間違いないものの、それはあくまで『俺が、王妃(・・)の側近でいる状況』でのこと。もはやルベルベラの奴(・・・・・・・)は俺を、この俺を、このゲゾス・ベンベンともあろう御方を、お払い箱に等しい扱い……ッ! 許せぬ! ショックで震えることって、あるんですね。一体、一体、一体どこの誰が、お前の邪魔者だった、ほかの王妃たちの消す段取りをつけてやったと思っているんだぁあああ……)


 とは申せ。

 その辺り強くも出られないのは、ゲゾスの泣き所でもある。

 相手はあくまで王妃──今は、王太后か。


 下手に”過去のネタ”でゆする素振り(・・・)でも見せたが最後、小一時間後には、どこかの用水路にゲゾスの変死体が浮かんでいるのは必定。であるので、恩知らずにもほどがあるルベルエラ王妃のことは、いったん脇に置く。


 それよりも、なによりも、勇者だ。


(あの糞小娘。この俺を、俺様を、天下のベンベン領の領主様であらせられるゲゾス伯爵様の命を! ひとつしかない、かけがえのない命! あらぬ冤罪をかけて奪おうとするなど……)


「目にモノ、見せてくれるわ。俺を舐めるなよぉ、テメェ……このやろう……こんちくしょう……」


 そこで、あの魔族の女である。


 半月前より、我がベンベン領──

 弓師クルクルの出身村で準備してもらっていた。


 将を欲するなら、まず馬を射よ。


 本命である勇者へ仕掛けるよりも先に、まず”取り巻き”から攻めるべき。いかにも理にかなっているようにゲゾスには思えた。

 詳細は知らない。知らない方が良いこともある。


 十年来の付き合いだが、あの魔族の女は、本当に役に立つ。

 ”魔”の名を冠する一族の者に、こんなことを言うのもなんだが──

 ゲゾスにとっては、祝福を運んできた天使にも等しい。


(あれで、二目(ふため)と見れぬ醜女(しこめ)でなければ、愛妾にでもしてやったものを)


 惜しいことだが、まぁそれは仕方がない。

 無為に欲をかいても、ロクなことはない。


 ゲゾスの兄二人を事故に見せかけて殺し、ゾークヴツォールの王妃二人を事故に見せかけて殺したその手管、今回の件でも大いに奮ってくれることは疑いない。


 これで、全てうまくいく。


 ゲゾスに現在かかっている──まったく身に覚えのない──不名誉な噂の多くも、これでなりをひそめるだろう。ルベルベラ王妃のやつは有能ゲゾスを見直し、その貢献をたたえて更なる要職を与えてくれるに違いない。


 努力は、花開く。

 努力すれば、夢は必ず叶う!

 このままでは来年、がんばれません!


「そう、後進に夢を与えるためにも、俺の努力は報われて当然。それを邪魔した勇者は、痛い目を見て当然。これ全ては、天然自然の”法則”だ!」


 ごどん、と音がした。


 ゲゾスは、びくっとなって部屋の扉を見た。

 音はそこから。

 ノックにしては、不躾な響き。


「誰だ?」

「さ、だ、は、伯爵ざまぁ……」


 長年、ゲゾスに仕えている老執事の声だ。祖父、父、そして彼の三代に奉仕してきた古参で、それなりに忠実。優秀。

 

「今の音はなんだ?」

「お、おだ、お助けください、ぐだざい、お助け……」


 扉の向こうでは、うわ言が返ってくるのみ。

 業を煮やしたゲゾスは、やや手荒にその扉を開いた。


「まったく、なんだと──……ッ」

 

 絶句、とは、こういう時に使う言葉だったのか。開いた扉へ、もたれかかるように倒れた老執事は、息も絶え絶えの有り様。


 それも、無理はない。


 その両手首は焼き(・・・・・・・・)千切られたよ(・・・・・・)うに喪失し(・・・・)両目も同様に焦げ(・・・・・・・・)潰されていた(・・・・・・)。まだかすかに煙がたち、肉の焼ける異臭が漂う。


 ついさっき、そうなったようだ。


「何があった!」


 ゲゾスの皮膚が粟立つ。

 

「分が、分がりま、ぜぇん……いぎぎぎ、いきなりこ、こお、なって」


 聞き終える前に彼は転がった老執事を蹴り飛ばし、廊下へ躍り出た。


 予想通り──

 そこへ累々と転がる、ゲゾスの使用人達。

 

 メイドも、下男も、皆”そう”なって呻いている。


 とても人間業とは思えなかった。

 技術的にもそうだし、何より……正気の者が、正常の人間が、いったいどうのような理由で、こんなことをするのだろう。


(物取りではない。我が屋敷の金目の装飾品は、一切失われていない。だいたい物取りなら、ここまでやる(・・・・・・)意味がない。復讐? 確かに、俺を見当違いの逆恨みで狙う者は少なくないが──であるなら、どうして俺は無事なんだ。こんなシチ面倒なことをやる余裕があれば、俺の命を取るぐらい容易いだろうに……)


 館を出るまでに、中を護る屈強な私設護衛兵も残らず”そう”されていたのを確認した。大して抵抗の跡はない。つまり、単純な暴力によるものではない公算が大きい。


 曇りがちの空。

 控えめに輝く太陽が、ゲゾスに真昼の時を教えていた。


 どうやら、屋敷の外──

 ゲゾスが直轄統治する街の皆は、無事のようだ。

 町民は、何事もなく日常を営んでいる。


 それを知り、軽く溜息をつき、ゲゾスは考える。

 この、異常事態について。


「魔術か?」


 そんな魔術は知らない。

 しかし、それならゲゾスが無事である説明はついた。


 ”銀の法則”──


 ご多分に漏れず、ゲゾスもまた貴人の嗜みとして銀製品を常時、身につけていた。たとえ”これ”が、昔語りの魔王アルガスヴェルドの大魔術であったとしても、ゲゾスはその効果から外れることができる。


(ん? 魔王──魔族──)


「魔族……魔族の魔術(・・・・・)……ままっまままっ、まさっ、かっ」

「今頃、お気づきになったのですか、伯爵」


 ゲゾス屋敷前の、舗装路。

 いつも”奴”と会う時は、屋内の、薄暗い場所。


 思えば、昼日中に”これ”と会うのは、彼としても初めてだ。


 小柄な黒ローブが、陽光に照らされ、妙に浮いて見えた。


「きさま! 貴様がぁっ──」

「失礼ながら、伯爵。あなたの屋敷の者たちは、”実験”に使わせていただきました。うまく機能したようで、わたくし(・・・・)も喜ばしい。といって、あなた達クズ人間の使途など、せいぜいがこのぐらいのものですからね。光栄に想い、ワンとでも鳴いてご覧なさい」


 ゲゾスが逆上し、飛びかかろうとしたのと、

 魔族の前に猛火の壁が立ったのは、

 ほぼ同時だった。


「わんっ」


 衣服の裾を少し焦がし、ペタッと腰を落としたゲゾス。

 彼のズボン、股のあたりが、じんわりと湿り気を帯びた。

 

「では、これで失礼しましょう。ここから南西に二十km。勇者パーティの、弓師の故郷で一仕事ありますから──あなたも、明日は忙しくなる(・・・・・・・・)でしょう。今のうちにしっかり休んでおくことです」


「なん? そ、待っ──!」


 黒い魔族は真紅の大翼を広げたかと思うと、ものすごい速度で飛び去った。


「な、今のは?」


 脂汗にまみれたゲゾスが、既に空回り気味の頭脳を懸命に働かせる。


(まずいぞぉうう、これは、まずゥい。なんだか分からないが、これから奴は、さらにとんでもないことをするつもりに違いないぞぅ。屋敷のことだけなら何とかもみ消せても、それ以上となると……確実に王国政府の介入を招く! に、逃げるか? いや、でもどこへ?! ”明日は忙しくなる”……これも、ど、どどど、どういう意味だろう)


「ともあれ、俺に残された手は、ヒトツしかないィひッ!」


 跳ね上がるように飛び起きたゲゾスは、濡れたズボンもそのままに、屋敷横に併設してある馬舎へと急いだ。


 あの魔族を殺す。


 何かしでかす前に殺す。

 自分とあいつ──魔族と繋がりがあることを。

 第三者に知られる前に殺す。

 殺す。

 

(そう、これは想定内(・・・)


 簡単な荷物だけまとめ、愛馬にまたがる。

 南西の村までなら、これで充分だ。


「そうだ、魔族め。俺を、俺を、甘く見るなよぉおお」  


 魔族と結ぶと決めた十年前から。

 こんな日が来るだろうことは予測していた。

 それに対し、準備もなくのうのうと過ごすほど、ゲゾスはマヌケではない。


 万が一、向こうが裏切った時。

 また、こちらから裏切りたくなった時。


 魔族という強力な種族に対抗する手段、それは準備済。

 ”それ”は、肌身離さず持っている。


(さっき、俺を殺さなかったのは失策だったなぁ──)


 伯爵は、鬼気迫る笑みを見せた。


 ゲゾス最後の戦いが今、始まる。

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