その67 〜魔王と勇者〜
正作とリアンは、連れ立って歩きだした。
行き先は、ワフルの街の外門。
そこまで送る、とリアンが言い出した為だ。
それで、歩いている。
二人で歩いている。町中を。
勇者と、魔王が、歩いている。
それは、とても奇妙で滑稽な状況である。
魔王・正作はそれを知っている。
勇者・リアン・スーンは知らない。
彼女が、その岩をも砕く手を軽く振れば……魔王は爆裂四散し、それでおおよそが終わってしまうことも。
「ヤマシタさんは、”和平”についてどう思います」
当然、その話になる。
正作は、
「いいことだと思うよ」
思うことを、そのまま告げた。
良いか悪いかで言い出せば、それは良いことだろう。
「そうですね、”いいこと”ですよね」
しかし、溜息をつく少女。
「これで、このまま……”魔王”もそのままで、”勇者”もそのままで、今までのことも、全部なかったことになっちゃうんですかね。陛下の仇も分からないまま、全てがあやふやで、ぼやけていて、決着がつかないまんま、なんとなくで、年をとって死んでいくだけの……それって、もう、なんだか、厭ですね」
「そうだね、割り切れないね」
これが物語なら、なんという尻切れトンボだという話になる。
世界には、何らかの区切りがあり、起承転結があり、魔王と勇者ならやはり”決着”があり、伏線の回収があり、謎は解消され──
さらに欲を言えばスペクタクル。
感動。
スッキリ、後味さわやか。コカ・コーラ。
そんなようなものが必要だろう。
(しかし、世の中は”そう”じゃない)
政治だって、経済だって、スッキリしないことばかりだ。
人間関係もそう。職場だってそう。
意味ありげな”ふり”が、全て無意味だったりなんてザラだ。
そもそも、人生に意味などあるのか。
自分や甘太郎、ガブリエラ、奥垣内──
有賀 統が異世界にやってきた”意味”は。
勇者や魔王、銀の”法則”?
それら全てに、納得する理由などあるのか。
あるとして、誰が”納得”するのか。
少なくとも正作は納得していない。
半世紀ばかりの、これまでの人生にも。
ここへ来たことも、魔王になったことも。
こんな小さな子が、勇者なんて役割を押し付けられていることも。挙げ句、意味もなく殺し合いをさせられ、それが”なくなる”と聞かされて、逆に納得がいかないという気分にさせられていることも──。
今まで特に信心などなかった彼だが、もしこの世に”神”がいるとすれば、それはとんでもないサド野郎のクズ野郎だろうという事にはならないか。
「割り切れなくて、当然だ」
「え」
リアンが、きょとんとした。
今まで穏やかな紳士という印象しかなかった中年男の口から、珍しく、荒々しい声が発せられたからだ。
「決着? そんなもの、なくていい。なかったこと? いいじゃないか、最初からふざけた話だ。茶番だ。そもそもぼくらの世界はあやふやだ。なんとなくで、年をとるのが”悪い”なんて誰が決めた? どうせ大半の人間は、頭がよくないし、才能もない、喧嘩も強くない、何の取り柄もない──ついでにいえば根性もない。臆病だし、意識も高くない。凡庸。平凡。平坦。意義のある人生を送っている、送れている、ごく一握りの人間からすれば退屈極まりないんだろう」
正作は、自分でも何を言っているのだろうと思った。
こんなことを、”勇者”にぶつけてどうしたいのか。
”魔王”だから、できる範囲で攻撃しているのか。
そんなつもりは毛頭ない。
ただ、彼女に、言わずには居られなくなった。
「リアンさん、君や、君の仲間は強いし”特別”だけど、世界の大半はそうじゃない。君は物事を割り切れるほど力を持っているのかも知れないけど、大半の人はそうじゃない。納得の行かない現実、腑に落ちない顛末、不透明な流れ、ぐだぐだと終わりのない退屈の中、ただ生きて、ただ死んでいる。そこに意味も、意義もない。きっと彼ら、彼女らがいなくても世界は問題なく動くだろう。必須不可欠の歯車でさえない。しかし、それは”悪く”ない。割り切れなくていい、決着なんてなくていい。謎も、もやもやも、ほったらかしでいい。使命も、役割も、投げてしまっていい。文句を言うやつがいるなら、そいつに全部やってもらうといい」
「や、ヤマシタさん」
「強くて”特別”といっても、結局──”法則”? 神だかなんだか知らないけど、そんなようなふざけた誰かの敷いたレールの上を走るしかない。哀れさ加減で言えば、弱くて無力なぼくと一緒だよ。同じ弱者だ。力があるから、役割があるから、定めがあるから、そんなものは関係ない。和平は、そんなに”退屈”で、”納得がいかない”かい?」
「り、リアンは、そんなこと」
「なら”良い”じゃないか。和平──割り切れない、スッキリしない気分を抱え込むことになるかも知れないが、弱い人達はそれで救われる可能性がある。人間だけじゃないよ、魔族だって、弱いものはたくさんいるだろう。それは、努力する価値のあることだ。たとえ一部の”強者”や”権力者”──あるいは”世間を上から見渡せる知恵”を持った人が『腑に落ちない』『これは決着ではない』とかいっても、知るもんか」
無意識に、正作は、リアンの両肩を掴んでいた。
彼女は、ただ、されるがままになっていた。
「勇者が魔王を倒すべき──それは、王様が言ったから? 周りの人たちが言っているから? それとも、そういう”法則”だから? ”勇者の法則”だっけ。君の今の納得のいかない心境も、その”法則”やらが働きかけているせいなの?」
正作は、心の片隅で、「うかつな事を言うと、またあの状態のリアン・スーンになって、自分を襲うかも」と思ったが、どうでもよいとも思った。
捨て鉢、なのではない。
ただ、どうでもよいと感じたのだ。
心底から。
そんな些末なことより、今のこの言葉を、目の前の少女に伝えきる方が、今の正作にとっては百倍も、千倍も重要なことに思えた。
「い、いえ。たぶん、そうじゃない、と思うよ」
絞り出すように、リアンが答えた。
「そりゃ、魔王がどう考えても邪悪とか、倒すべき人類の敵というなら別だよ。勇者だからとか関係なく、ヒトである以上、それは敵だし、倒せばいい。そんな相手に、和平なんて馬鹿げてるよってなる。でも、今回の和平の話はその魔王が持ってきたもので、それは、歴史上初めてのことらしい。罠かも知れない。罠だったら潰せばいいけど、そうじゃなかったら──もしかしたら、唯一この世界が平和になったかも知れないチャンスを、みすみすフイにする事になるよ。それは、リアンさん。たぶん、君も”いや”だろう」
リアンは、無言だった。
ただ、ほんのかすかに、うなずく。
「この先、どうなるかはぼくにも、君にも、誰にも分からない。でも、もし君が和平という流れに反対し、和平が破れる方向に動くとしても、それは──どこかの誰かが言ったからとか、使命だとか、勇者だからではない、君自身の意志としてやって欲しい」
「はい」
今度は、声を出して答えた。
正作は手を離し、少し気まずそうに苦笑する。
リアン・スーンも、つられて笑った。
「ヤマシタさんが街を出る前に、話ができてよかった」
***
ワフルの街が、だいぶん遠くなった。
陽が少し傾いてきた。
(そろそろ、野営の準備をしようかな)
枯れ枝を集め、携帯用の火口箱──火種を保存してある──で火をつけるのにも、だいぶん慣れたものだ。それで湯をわかして食料を胃に入れ、早めに寝る。ごく簡易のテントの下で、毛布にくるまって眠る。
水源は、ヤマトと一緒に来たルートを辿れば、心配ない。旅が可能なルートとは、水源が確保できるルートのことだ。
まだ、しばらくは”人間が造った”街道だ。
だから、正作の視線の先に人影があってもおかしくはない。
(いや、おかしい)
二人いた。
赤いドレスを着た小柄な女性と、もう一人。
正作と同じ”世界渡航者”にして魔族、ガブリエラだ。
「陛下、お迎えにあがりました」
エクステリアが、そういって深く頭を垂れる。
「もう少し人里を離れてから”お飛び”になるお心積もりだったのでしょうが、その必要はございません。ガブリエラを連れてきましたので、彼女の”小部屋”にお入りいただければ、あとはわたくしがお運びいたします」
そう、おかしいのはガブリエラだ。
なぜか、少し青ざめて見える。
(……おびえて、いる?)
「そ、それはありがたいんだけど──その、何か、あったの?」
探り探り、そう尋ねてみた。
「いえ、大したことは」
エクステリアは薄く笑った。
「ひとつ、仕事を終えただけです」




