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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--山下正作 魔王になる編--
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その6 〜青竜カイアンフェルドの受難〜

 ”多眼の者”──青竜カイアンフェルドの一日は、彼のプライベート洞窟内奥にて、山となった金銀財宝を愛でることからはじまる。


「ぬふふふふーん、まさにグッドモーニング。いや、むしろゴッドモーニング?」


 体高六m、全長十m強もの巨躯からすればオモチャサイズの財物を、前足の鉤爪でクリクリやっているの図は甚だ滑稽だった。

 数日悩みのタネだった便秘も解消し、今朝は気分爽快。

 八十年前、さる人間国の宝物庫からかっぱらってきた黄金製のカップが、洞窟内の松明の弱光をうけ妖しく輝くさまなどを眺め、小一時間うっとりする。


(これあげたら、エクステリアたんも俺様に振り向いてくれるか知らん。いや勿体ない? まずは小物から攻めてみるのが正着?)


 そんなようなことを考えつつ洞窟をあとにする。

 カイアンフェルドの領土は、緑豊かな丘陵地帯。

 朝から多くの魔族が、畑仕事に精を出している。


「あ、カイアンフェルド様、おはようございます」

「おはようございます」

「ぬふん、ゴッドモーニング!」


 やや幅広の畦道を、朝日をあびて青竜がのっしのっし歩いている。

 休眠からさめて百年、コロニーを興してもう百年。

 開拓当時は苦労の連続だったけれど、それが今の繁栄となって結実していた。

 その歴史をざっと振り返るだけで、カイアンフェルドの目頭は熱くなる。


 この世に生を受けてはや千年と少し。


 もっとも八百年前、人間の軍隊にボコボコにされて深い傷を負い、それを癒やすため海底で六百年ほどの休眠を余儀なくされはしたが……


(それでも俺様は、真の伝統形質を受け継ぐ、誇り高き『法則改変前』世代! 迷える現代の子羊的魔族たちを、強いリーダーシップで教え導く天命がある)


 試験的に導入した、水田稲作の収穫も上々だ。


 ただ灌漑用水が前提なので、その分の維持管理コストや拡張コストを考えあわせるに──本格導入に踏み切ってよいかどうかは判断の分かれるところ。この近辺のそれなりに豊かな降雨量なども踏まえ、昔ながらの三圃(さんぽ)式メインで回したほうが、トータルの収支は合うかも分からない。


(こないだも、水利権問題でコレキヨのグループと、チヨコのグループが揉めてたしな……ぬふふふふーん。まぁったく、俺様ほどのグレートガイが仲裁していなければ、大変なことになっているところだ。領地経営、なまなかではなぁ〜い)


「大変だ、大変だぁ!」


 カイアンフェルドの思考が、慌ただしい声に乱された。

「ぬふん? 朝から騒がしい。またケンカか」

「にん、人間どもが、せめ、攻めてきました!」


 畑仕事に従事していた、周囲の魔族達がざわめく。


「ぬぁにぃ」


 青竜はその長首を持ち上げ、いかにも爬虫類然とした顔、その右目の下で、もう一つの眼が見開いた。


 これが”多眼の者”カイアンフェルドの異能。


 その右目の下にある三番目の眼は、千里眼。けっこう疲れるので短時間しか使えないが、居ながらにして、遠方の視覚情報を掴むことができる。


 その眼が、ここから小山を二つ挟んだ向こうで、確かに武装した人間達が隊列をなし、原野を直進している様子を捉える。


「……一万ほどか。ぬふふふふーん、舐めプ? 弱小種族が侮りおって。その傲慢のツケ、このカイアンフェルドが強制取り立てしてくれるわっ。ビッグラブ! ハギー! おるかぁ」


「御前に!」

 農作業着のまま、比較的ごついガタイの男が二人、青竜の前に列した。


「ぬふーん。お前たちは、我がカイアンフェルド領の二枚看板たる猛者。敵が一万ならこちらも一万出す。見事率いて、向こう見ずな弱者を一方的に磨り潰してまいれ!」

「御意!」

 機敏に走り去っていく彼らの後ろ姿を見て、カイアンフェルドは、己が軍の完全勝利を確信していた。


   ***


「ぬ、ふーん……」

 二時間後。

 千年を生きた青竜が、ちょっとおとなしくなっていた。


 純粋な戦闘力では、もしかしたらカイアンフェルド本人をも上回るかも知れない二枚看板が、敵の先鋒に秒殺され、引き連れた一万の魔族軍も片っ端から刈られていくさまを千里眼で一部始終、視てしまったためだ。


(ななななな──なんなんアレ? もしや、又従兄(はとこ)のバイエルンホーンを殺った、”竜殺し”が来てるのか!? やべーよ、やべーよ。こんなん死ぬやん、俺様。ハギーもビッグラブも、もうちょい粘れよ。なに一撃でやられてんねん。諦めんなよ、もっと熱くなれよ! これだから最近の若者は……)


「か、カイアンフェルド様。どうやら敵軍の先陣に立っているのは、噂の”勇者”一味のようです」


 飛行能力を持った斥候魔族が、青ざめた顔で報告。


「ゆゆゆゆ勇者? ゆっ、だ、そっ……あんなもの、人間側がでっち上げた、虚構のプロパガンダとかではなかったのか」

「実在するようです。現に、ハギー将軍とビッグラブ将軍が一撃のもとに」

「ぬぬぬぬぬふーん、信じん信じん! だいたい勇者だとか魔王だとか、俺様見たことないもんね! 千年も生きてる俺様が知らんってことは、つまりおらんということだろう?」


(いや大将、魔王アルガスヴェルドの時代、ずっと寝てたから知らんだけじゃ……)


「たたた、大変です!」

 他方より、また急報。


「こん、今度はなに?!」

 すっかり逃げる態勢に入りつつあった青竜は、立て続けのハプニングに苛立ちを隠せない。


「西より、魔王軍が!」

 

   ***


「意外と弱いね、ドラゴン領の軍隊」

 立て続けに襲い来る魔族の兵を片っ端からなで斬りにしながら、勇者リアン・スーンが言った。


「つっても、しょせんは魔王軍本流からはずれた(はぐ)れコロニーの連中だしねぇ〜、こんなもんじゃ?」

 ミューラはちょいちょいと手を振って、幾重もの光の槍を投げつけている。

 見るからに、やる気なさそうだ。


「んー、そうでなくともこちらは、勇者を冠に頂き、士気高揚のゾークヴツォール王国・正規兵一万。いかな魔族とはいえ、こんな農作業の片手間で出張ってきたような連中ではなぁッと!」

 ゴンドラゴンドが両手に持った特大の鋼鉄メイスを振るうや、前にいた魔族数名の頭がリズミカルに爆ぜた。


「最初の、ちょっとごつい二人組サクッとやっつけたら、もう総崩れだもんね〜」

 こちらもやる気なさそうに、お義理といった風にひょいひょい矢を放っているクルクル。


 魔王が現れたことによる民衆の動揺──

 を治めるための、魔族領への牽制襲撃。


 景気づけのデモンストレーション的側面のある今回の進軍。

 領土的野心のある貴族らと複雑なしがらみを持つ軍属派閥はさておき、勇者一行の士気はおしなべて低い。


 ”竜殺し”の実績を持つパルテオンに至っては、まったく何もせず、ただ状況を静観していた。

 その閉じ気味の瞳が、突如くわっと見開かれる。


「来る。魔王が来る。襲来、迎撃、招来、殲撃」


「え」


 枯れた老人の指が、東方の地平を示す。

 旭光を正面から浴びつつ、山裾より現れた軍勢、およそ五千。

 遠目にも魔族の一団と分かる魔の波動。

 

「仮面?」

 遠目のきくクルクルが、訝しげにつぶやく。


 新たに現れた魔族の軍勢、その中央の櫓台。

 かの”四強”を右方左方に従え、鎮座する黒ローブの人物は、扁平な鋼鉄の仮面をつけていた。


 それを遅れて目視したリアンが、瞬いた。

「あれが、魔王」


 何も感じない。

 何も感じない。


 傍らに控える”四強”より伝わる強者の気配が、あの仮面からはかけらも伝わってこない。

 まるで(なぎ)

 静か。静かすぎる。

 その静かなところが、逆に不気味だ。

 こわい、こわい。

 そこは、さすがに別格か。

 喉が鳴る。一度。

 知らず、リアンの口角が上がっていた。


「とにかくさ」

 目元が、三日月状に歪んだ。


「いきなり最終決戦だね」

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