その66 〜交差〜
リアン・スーンは勇者として生まれた。
物心ついたころには、王城内が彼女の家。
国王ハラニーチ四世は、彼女の父。
誤解されやすいが、彼女は決して愚かではない。
王家が勇者を預かり育てる、その政治的意図──
ある種の”含み”──についても、熟知している。
王の孤独も、知っていた。
ハラニーチ四世の苦悩を、本人以外でもっとも深く知るのは、あるいはリアン・スーンかも分からない。
王家三兄弟のうち、もっとも四世に目をかけられていたサリオン王子が、リアンと親しくし、また恋慕を抱くに至ったのも、偶然ばかりではないだろう。
ハラニーチ四世の仕掛け。国の行く末と、”魔王討伐後”のリアンの身の上を、王なりに思案してのことだ。
勇者は、王家の道具。
人類を護り、魔王を滅ぼす”兵器”──
そんなことは、百も承知だ。
承知の上で、ゆくのだ。
死地へ。
七百年前、魔王アルガスヴェルドを討つため、三人の勇者が犠牲になったという。三人目は、魔王と相討ちになって死んだ。
リアンが知る限りにおいて、魔王と戦って生き残った勇者の記録は存在しない。
そういうものだ、と、彼女は幼少のうちより知っていた。
覚悟、というほど大したものではない、とリアンは思う。
そうと、知っている。
ただのそれだけだ。
それで十分だ。
(十分、だったのに)
そこへきて、この”和平”である。これまで生きてきた”人生”という名の基盤が、まるごとひっくり返されたかのような心持ち。
ゴンドラゴンド、クルクルは賛成。
パルテオンはいつも通り沈黙。
ミューラは……分からない。
和平の報告が来てから、まだ会っていない。
(賢いミューラなら、何かいい手立てを思いつくかも知れない)
同じぐらい賢そうなサリオン王子が、和平に賛成しているらしいことについては、とりあえず考えないことにする。
王家の支持を受け、魔王を倒す者として存在してきた自分が、いきなりその王家に梯子を外された。宙に浮いた自分は、ふわふわで、どうして良いか分からない。
ワフルの街で待機と言われても、困ってしまう。
自分は何をすればよいのか。
これからどこへ行けば良いのか。
ハラニーチ四世を殺害したものも、いまだ不明だ。
魔族の仕業に違いないが、確証はない。
無力。勇者の力など、どれほどの役にも立たない。
そういえば、クルクルが何か言っていた。
「誰が、あやしいって言ってたんだっけ……」
***
「おっ、こりゃヤマシタさん。また、えらく久しぶりだねぇ。ずっと王都にいたのかい?」
”青竜のいななき亭”──
正作は、甘太郎、奥垣内、そしてミューラと共に、この懐かしの場所へと立ち入った。一階部分の酒場で正作たちを迎えたのは、ワフル駐屯軍の大隊長ジョッシュ。これも懐かしい顔だ。
たまたま今日は非番らしい。
昼間から、ゴンドラゴンドと酒を飲んでいる。
「んー、人前に出て大丈夫なのか、ヤマシタさん。なにか、ビビアンに追われているとか何とかって話を聞いたが……」
「あっあっ、大丈夫よぉ。その件は、一段落したから」
ミューラが、その問いかけにサッと答える。
ジョッシュ、ゴンドラゴンドのほかは、パルテオンがテーブルに腰かけている。弓師クルクルや、勇者リアン・スーンの姿はないようだ。
「で、リアン達はぁ?」
「んー、クルクルは”酒くせー”って言って、さっき出ていったよ。リアンは、昼過ぎから見ねぇな。このごろ、よく一人でフラッと出かけちまうんだよ」
「まぁま、子供が昼間っからこんな酔っぱらい共の相手しとってもつまらんもんなぁ。あ、ネエチャン、俺、ラガーと焼鳥と、あとパンとチーズな」
ゴンドラゴンド、ジョッシュの輪に、すっと入っていく奥垣内。
(奥垣内さん、メチャクチャ馴染んでる……)
聞いた話では、まだこの世界に来て半月も経っていない筈。
環境適応能力でいえば、あるいは甘太郎以上かも知れない。
「しかし、いないんですね。残念だな。ここを出る前に、皆さんにご挨拶したかったのですが……」
正作が、困り顔で呟いた。
「え、また出ていくんスか?」
意外そうな声をあげたのはジョッシュ。それは、そうだろう。彼にしてみれば、久々に会った知人が、いきなりサヨナラなのだから。
「こう見えて、ヤマシタさんは忙しいのよぉ。それでも義理を通して、一応知り合いに挨拶に廻ってるってわけ」
やや早口に、ミューラ。
本人に説明させると、いろいろボロが出る可能性が高い、という判断からだろう。正作的にも、その配慮は非常に助かる。絶対、絶対、絶対ボロが出そうだ。
「んー、そうか。まぁ、いろいろ難しい時期だが、元気でなヤマシタさん」
ゴンドラゴンドがそう言い、パルテオンは無言のまま会釈。
「山下さん、今度、異世界人オフやりましょ! 異世界人オフ」
ラガーの泡を口につけた奥垣内。
「山下さん」
甘太郎。
「君も元気でね、甘太郎くん」
「……また、会いましょう」
少年は、それだけ言って微笑んだ。
***
馬車の中で、ミューラと打ち合わせた結果のことだった。
「なるべく、必要最小限の挨拶だけして、さっと街を出る」
言うまでもなく、イレギュラーを避けるためだ。
正作は魔王。
そして今は、人間側と”魔王軍”で和平を、というデリケートな時期。”ちょっとした事”でも、それをきっかけとして、ご破算となりえる。
あらかじめ手配されていた旅装に身を包んだ正作。
背負い袋には、充分な保存食。
(ワフルから、カイアンフェルドさんの領地までは、前にヤマトさんと来たから道はなんとなく分かるな。まぁ、のんびり歩いていこう。南側、遠目に海岸線を見ながらいくと、確実か)
ごく大雑把ながら、周辺地図も貰ってある。
GPSどころか方位磁針さえないが、方角は、太陽の位置でおおよそ把握できるようになった。我ながら逞しくなったと、正作は思う。考えてみれば、異世界にきて既に、半年近くが経過していた。
途中、所属不明の魔族に遭ったら、魔力を全開にして追っ払おう。
それが魔王軍の所属なら、連絡をつけて迎えをよこして貰うのもいい。
万が一、敵対的な人間──
野盗など──の場合は、素直に逃げるしかない。
そこで殺されたら、この物語は魔王の敗北で幕を閉じる。
(それなら、それでいいかも知れない)
投げやり、ではない。
正作は、徐々に、受け入れつつあったのだ。
自分の運命に。
「あ、──や、ヤマシタさん?」
「リアンさん」
それは、どれほどの確率だろう。
街の出口へ向かって歩いていた正作と、当て所なく街を歩いていたリアンが、たまたま遭遇する確率。
その”運命”は、魔王と勇者を再度、出会わせた。




