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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
68/93

その65 〜ラヴィリアの信仰〜

「エク……刑、なん、そっ──」


 出ない。

 言葉が出ない。

 うまく、言葉が出ない。


 正作は、動悸が激しくなっているのを自覚した。


 女神官ラヴィリア。

 今は、再び薄布で顔の上を隠し、両腕も長袖に包まれている。


「あなたが、カンタロー様のおっしゃっていた異世界人、ヤマシタ様ですね。ミューラから話は聞いています。どうぞ、こちらへ。続きは、中で伺いましょう」


 すい、と踵を返し、彼女は小神殿の建物奥へと歩を進めた。

 盲人(・・)とは思えないほど、自然な動きだ。


 甘太郎や、奥垣内が何やら言っているが、耳に入らない。


 正作は、ただ無言で、そのあとを追った。

 ミューラ、甘太郎、奥垣内と、続く。


 ”神殿”。


 具体的に、どんな神を祀っているのか、そういったことは知らない。


 ただ一般に”宗教建築”というのは、神社仏閣でも、キリスト教の教会でも、モスクでも──前知識がなくとも、なんとなく神聖であるかのような(・・・・・・・・)気配を醸しているものだ。


 ワフル小神殿内も、ご多分に洩れず、静謐な雰囲気である。


 入り口側から奥にかけて、段々に並んだ長椅子。

 中央には、祭壇。


 祝祭日には、ここに信者達が集まり、ラヴィリアが説教の一つもぶつ(・・)のだろうか。

 正作達は、まばらに着座した。

 女神官は、立ったまま。


「ラヴィリア。ここにいる者は全員、例の”和平”については知っているのよ」


 最初に口を開いたのは、女魔術師ミューラ。


(つまり彼女、ラヴィリアも知っている(・・・・・)──聞かされるだけの立場にある、ということか)


 正作は、この女神官が、彼の想像よりもかなり──王国基準で──”偉い”らしいことを、なんとはなしに把握する。


「それで……まぁ、”人間と魔族の和平なんて、本当にできるのか”、”できたら良いけれど、可能なのか”って話に、当然なるでしょう。そこで、あなたの意見が聞きたいのよ、ラヴィリア。魔王軍の明快な(・・・・・・・)被害者(・・・)であるあなたは、この和平について、どう考えているのか──」


 正作は、酸素が足りない感じがしてきた。


 刑。

 エクステリアの刑。


 ……つまり故意。


(見せしめ? 復讐? 趣味だったら、最悪だ)

 

 これは、ミューラに、問われているのだ。

 和平と軽々しく言うが、どこまで本気なのかと。


 戦闘の結果、偶々(たまたま)

 事故で。なりゆきで。


 そんな言い訳が一切通らない領域の、悪辣。残忍。


 元の世界にも、戦争犯罪という言葉があった。難しいことは分からないが、何を意図したものであっても、許されない領域はある。正作はそう思っていた。


(エクステリアさんは、度を越して事務的なところはあるけれど、基本的には、仲間思いの”いい人”だ。それが──対象が”異種族”となるだけで、ここまで残虐になれるものなのか。その憎しみは、いったいどこから湧いてくるのだろう……)


 和平。


 これ以上、残酷が続かないための努力。

 可能か。


 自分にできるのか。

 ここまで(・・・・)するエクステリアを、納得させられるのか。


「ミューラが何を意図しているのかは分かりませんけれど、わたしは、ヒトと魔族の融和に賛成です」


 ごく穏やかな口調で、ラヴィリアが言った。

 正作は、顔をあげた。


「えっと……──ラヴィリアさん?」


 と甘太郎。


「俺、前から聞こうと思っていたんですが……あなたに、”許せない”って気持ちは、ないんですか? いや、魔族全体にはないとしても、その──エクステリアでしたっけ? あなたの身体をそんな(・・・)にした魔族。もし個人的に復讐したいって考えがあるなら、和平みたいな流れは、不都合かなって思うんですけど」


「せやな。つか、えげつないわー。本職(・・)でも、なかなかここまではやらんよ。こんなんされて『仲良くしましょ』とか、普通に無理やろ」


 奥垣内の言葉が、正作の心を着実に抉る。


「わたしが不都合に思っていることがあるとすれば、それは、わたしのこの状態(・・・・)が、人々の無為な恐怖と憎しみを煽り、さらなる悲劇を再生産させていることです。それは、これ(・・)をした魔族──エクステリアの思う壺。我が信仰に(もと)る流れであると考えます」


「つまり、その、”水に流す”と?」


 念を押すかのように、甘太郎が問いただした。


「もとより、流し去るようなものはございません。この”手”は──」


 ラヴィリアは両袖をまくり、再度、その金属製の(かぎ)を、皆に掲げて見せる。


「この”銀の鈎”は、もちろん魔族との交戦(・・・・・)を前提に造っていただいたものですが、それも力なき人々を護るため。同じく人々を護るため、人魔の和平に賛じ、期待するのは、まったく無理のない道ではないでしょうか」


「……わたしも前から聞きたかったんだけど、それは本心なの? ラヴィリア」


 今度は、ミューラが訊ねる。

 女神官は、口端を動かし、笑みのように(かたど)ってみせた。


「嘘をつくのは、我が信仰に反します。あなたには、おそらく解らないでしょう。あなたは、万事を”理”で捉え、考える。(ことわり)を解するだけでは届かない心の境地こそが、信仰。ミューラ、あえて”あなた流”に言うのであれば、そう──”神”という抽象を準拠枠(じゅんきょわく)に、己を縛り、自由を得る。それがわたしの(・・・・)信仰」


 正作には、ラヴィリアの言っていることが理解できなかった。

 特に後半は、真剣にチンプンカンプンだ。


(もしかしたら、彼女は少し狂っているのかな)


 などと、失礼なことさえ少し考えた。

 

 しかし、楽にはなった。


 楽になる資格が自分にあるのか、とも思えたが、とにかく──

 少しだけ、正作の心は軽くなった。


 ただ悩み、苦しむだけ(・・)など、自己満足でしかない。

 正作が人の百倍苦悩したところで、問題は解決しない。


 やはり、和平の方向は正しい。


 大事なのは、これからのこと。

 それを言葉だけでなく、実行してみせなければ。


(ぼくにそんな”力”はないけど、それを可能にするかも知れない”立場”や”状況”ならあるんだ。なら、それに向けて、せいぜい頑張らないと──)


「楽に、なりましたか?」


 いきなり声をかけられ、正作は飛び上がりそうになった。

 すぐ眼の前には、いつの間にやらラヴィリアが佇んでいた。


「あっ、は、いや……」

「ここの中に入る前から、どうも苦しそうにされていたので、少し心配しました。あなた様の心の(おり)が、いくらかなり(はら)われたなら、幸いです」


(なるほど、”聖女”か──)


 正作は、ただ、そう思った。


   ***


(……マジモン(・・・・)だな、彼女)

 

 小神殿内。

 聖女ラヴィリアの話を聴いて、甘太郎は実感した。


 真実狂っているかどうかは知らないが、この振る舞い(・・・・)は、狂人のそれと変わらない。やはり、宗教とは”ある程度”の狂気を前提としたメソッドなのか。そう思った。


(正作さんも、相変わらずナイーブだよね。和平は和平で”おもしろい”んだから、いいかげんウジウジモードから転換して、魔王(・・)らしく、エゴ全開で突っぱしりゃあいいのに)


 甘太郎は、正作が魔王であることを知っている。


 ミューラは今回、どういう意図で、あの信仰星人(・・・・)と、正作を引き合わせたのか。単なる紹介? いやいや──


(あれは、彼女も知っているな。正作さんの正体)


 王都から、一緒に馬車でワフルまで戻った時点で奇妙だったが、そう考えれば疑問は消える。和平の話が出た頃とも、時期が符合する。


 王国と”魔王”との和平。


 どういう状況で行われたのかはいまだ不明ながら、少なくともミューラはその場にいた(・・・・・・)。でないと、勇者本人含め、ほかの勇者パーティが知らない情報を、彼女だけ知っているのは辻褄が合わない。


 その前提で考えると、ミューラの狙いは、魔王への牽制? 後押し?

 ──”どちらも”かも知れない。

 

 彼女も、和平についての判断に迷っているのだろう。


(考えるまでも、ないと思うけどね)


 甘太郎の意見は、変わらない。


 和平は成らない。

 一時停戦さえ、あやうい。


 その”動き”が、そろそろ出るのではないか、と。

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