その65 〜ラヴィリアの信仰〜
「エク……刑、なん、そっ──」
出ない。
言葉が出ない。
うまく、言葉が出ない。
正作は、動悸が激しくなっているのを自覚した。
女神官ラヴィリア。
今は、再び薄布で顔の上を隠し、両腕も長袖に包まれている。
「あなたが、カンタロー様のおっしゃっていた異世界人、ヤマシタ様ですね。ミューラから話は聞いています。どうぞ、こちらへ。続きは、中で伺いましょう」
すい、と踵を返し、彼女は小神殿の建物奥へと歩を進めた。
盲人とは思えないほど、自然な動きだ。
甘太郎や、奥垣内が何やら言っているが、耳に入らない。
正作は、ただ無言で、そのあとを追った。
ミューラ、甘太郎、奥垣内と、続く。
”神殿”。
具体的に、どんな神を祀っているのか、そういったことは知らない。
ただ一般に”宗教建築”というのは、神社仏閣でも、キリスト教の教会でも、モスクでも──前知識がなくとも、なんとなく神聖であるかのような気配を醸しているものだ。
ワフル小神殿内も、ご多分に洩れず、静謐な雰囲気である。
入り口側から奥にかけて、段々に並んだ長椅子。
中央には、祭壇。
祝祭日には、ここに信者達が集まり、ラヴィリアが説教の一つもぶつのだろうか。
正作達は、まばらに着座した。
女神官は、立ったまま。
「ラヴィリア。ここにいる者は全員、例の”和平”については知っているのよ」
最初に口を開いたのは、女魔術師ミューラ。
(つまり彼女、ラヴィリアも知っている──聞かされるだけの立場にある、ということか)
正作は、この女神官が、彼の想像よりもかなり──王国基準で──”偉い”らしいことを、なんとはなしに把握する。
「それで……まぁ、”人間と魔族の和平なんて、本当にできるのか”、”できたら良いけれど、可能なのか”って話に、当然なるでしょう。そこで、あなたの意見が聞きたいのよ、ラヴィリア。魔王軍の明快な被害者であるあなたは、この和平について、どう考えているのか──」
正作は、酸素が足りない感じがしてきた。
刑。
エクステリアの刑。
……つまり故意。
(見せしめ? 復讐? 趣味だったら、最悪だ)
これは、ミューラに、問われているのだ。
和平と軽々しく言うが、どこまで本気なのかと。
戦闘の結果、偶々。
事故で。なりゆきで。
そんな言い訳が一切通らない領域の、悪辣。残忍。
元の世界にも、戦争犯罪という言葉があった。難しいことは分からないが、何を意図したものであっても、許されない領域はある。正作はそう思っていた。
(エクステリアさんは、度を越して事務的なところはあるけれど、基本的には、仲間思いの”いい人”だ。それが──対象が”異種族”となるだけで、ここまで残虐になれるものなのか。その憎しみは、いったいどこから湧いてくるのだろう……)
和平。
これ以上、残酷が続かないための努力。
可能か。
自分にできるのか。
ここまでするエクステリアを、納得させられるのか。
「ミューラが何を意図しているのかは分かりませんけれど、わたしは、ヒトと魔族の融和に賛成です」
ごく穏やかな口調で、ラヴィリアが言った。
正作は、顔をあげた。
「えっと……──ラヴィリアさん?」
と甘太郎。
「俺、前から聞こうと思っていたんですが……あなたに、”許せない”って気持ちは、ないんですか? いや、魔族全体にはないとしても、その──エクステリアでしたっけ? あなたの身体をそんなにした魔族。もし個人的に復讐したいって考えがあるなら、和平みたいな流れは、不都合かなって思うんですけど」
「せやな。つか、えげつないわー。本職でも、なかなかここまではやらんよ。こんなんされて『仲良くしましょ』とか、普通に無理やろ」
奥垣内の言葉が、正作の心を着実に抉る。
「わたしが不都合に思っていることがあるとすれば、それは、わたしのこの状態が、人々の無為な恐怖と憎しみを煽り、さらなる悲劇を再生産させていることです。それは、これをした魔族──エクステリアの思う壺。我が信仰に悖る流れであると考えます」
「つまり、その、”水に流す”と?」
念を押すかのように、甘太郎が問いただした。
「もとより、流し去るようなものはございません。この”手”は──」
ラヴィリアは両袖をまくり、再度、その金属製の鈎を、皆に掲げて見せる。
「この”銀の鈎”は、もちろん魔族との交戦を前提に造っていただいたものですが、それも力なき人々を護るため。同じく人々を護るため、人魔の和平に賛じ、期待するのは、まったく無理のない道ではないでしょうか」
「……わたしも前から聞きたかったんだけど、それは本心なの? ラヴィリア」
今度は、ミューラが訊ねる。
女神官は、口端を動かし、笑みのように象ってみせた。
「嘘をつくのは、我が信仰に反します。あなたには、おそらく解らないでしょう。あなたは、万事を”理”で捉え、考える。理を解するだけでは届かない心の境地こそが、信仰。ミューラ、あえて”あなた流”に言うのであれば、そう──”神”という抽象を準拠枠に、己を縛り、自由を得る。それがわたしの信仰」
正作には、ラヴィリアの言っていることが理解できなかった。
特に後半は、真剣にチンプンカンプンだ。
(もしかしたら、彼女は少し狂っているのかな)
などと、失礼なことさえ少し考えた。
しかし、楽にはなった。
楽になる資格が自分にあるのか、とも思えたが、とにかく──
少しだけ、正作の心は軽くなった。
ただ悩み、苦しむだけなど、自己満足でしかない。
正作が人の百倍苦悩したところで、問題は解決しない。
やはり、和平の方向は正しい。
大事なのは、これからのこと。
それを言葉だけでなく、実行してみせなければ。
(ぼくにそんな”力”はないけど、それを可能にするかも知れない”立場”や”状況”ならあるんだ。なら、それに向けて、せいぜい頑張らないと──)
「楽に、なりましたか?」
いきなり声をかけられ、正作は飛び上がりそうになった。
すぐ眼の前には、いつの間にやらラヴィリアが佇んでいた。
「あっ、は、いや……」
「ここの中に入る前から、どうも苦しそうにされていたので、少し心配しました。あなた様の心の澱が、いくらかなり拂われたなら、幸いです」
(なるほど、”聖女”か──)
正作は、ただ、そう思った。
***
(……マジモンだな、彼女)
小神殿内。
聖女ラヴィリアの話を聴いて、甘太郎は実感した。
真実狂っているかどうかは知らないが、この振る舞いは、狂人のそれと変わらない。やはり、宗教とは”ある程度”の狂気を前提としたメソッドなのか。そう思った。
(正作さんも、相変わらずナイーブだよね。和平は和平で”おもしろい”んだから、いいかげんウジウジモードから転換して、魔王らしく、エゴ全開で突っぱしりゃあいいのに)
甘太郎は、正作が魔王であることを知っている。
ミューラは今回、どういう意図で、あの信仰星人と、正作を引き合わせたのか。単なる紹介? いやいや──
(あれは、彼女も知っているな。正作さんの正体)
王都から、一緒に馬車でワフルまで戻った時点で奇妙だったが、そう考えれば疑問は消える。和平の話が出た頃とも、時期が符合する。
王国と”魔王”との和平。
どういう状況で行われたのかはいまだ不明ながら、少なくともミューラはその場にいた。でないと、勇者本人含め、ほかの勇者パーティが知らない情報を、彼女だけ知っているのは辻褄が合わない。
その前提で考えると、ミューラの狙いは、魔王への牽制? 後押し?
──”どちらも”かも知れない。
彼女も、和平についての判断に迷っているのだろう。
(考えるまでも、ないと思うけどね)
甘太郎の意見は、変わらない。
和平は成らない。
一時停戦さえ、あやうい。
その”動き”が、そろそろ出るのではないか、と。




