その64 〜再びワフルへ〜
(ワフルの街かぁ。ずいぶんと、久しぶりに感じるなぁ)
山下 正作は、馬車の窓から、なつかしい外壁が、ゆっくりと近づいてくるのを眺めていた。
彼が乗っているのは、四頭曳きの高級馬車。
この世界に来てから乗った、あらゆる馬車よりも振動が気にならない。
さらに、供回りの騎馬兵、十数名の護衛付き。
兵達は、王室の名のもとに下された、要人警護の任務としか聞いていない。
もっとも、警護対象の一人が、勇者パーティの魔術師”文無し”のミューラであることから、一緒に乗る中年男がそうとうなVIPであることは、うっすらと察していた。
その推測は、おおむね正しい。
この世界に、”魔王”を上回る要人など、本当に数えるほどだろう。
宿営時、兵達と正作は、食事を囲み多少の会話も交わした。正作の態度は、権威者としてはいささか頼りなげだが、偉ぶらないところは好評だった。
「ワフルに到着する前に、ヤマシタさん。もう一度、念を押しておくとぉ──」
馬車内。
外同様、内装も凝っている。
向かい側の席で、ミューラが口を開く。
「まず、ヤマシタさんが”魔王”であることは絶対秘密。今のところ、王国でもわたしと陛下、王太后殿下、サリオン殿下の四人しか知らない。このラインは当面死守。ワフルにはリアン達はもちろん、カンタロー、ほか新しく来たっていう”異世界人”がいるけれど、当然、彼らにも秘密ねぇ」
「は、はい。それはもう」
というより、頼まれても、伝える気はない。
特に、”勇者”であるリアンに伝えた場合、下手をすると、自動的に例の”勇者の法則”が発動することさえ考えられる。
「にしても、和平。和平、和平ねぇ」
正作を見つめながら、女魔術師がぶつぶつと繰り返す。
「……えっと、何か」
「ぶっちゃけ、あなたはどこまで本気なのぉ? たぶん王国の上層部──特にサリオン殿下なんかは、できて数年の停戦ぐらいにしか考えていない筈。そういう時間稼ぎを目的とする場合は、現在やや態勢を崩している人間側に利するって構造よぉ。”あなた方”に、得はない」
(それは、そうだよなぁ。でも、そういう”エサ”があったからこそ、王国側も和平話──いや、当面の『停戦』に賛同してくれたわけだし)
「交渉を申し出た時点で、基本、こちらが”下手”ですからね。誠意ある協定を交わしたければ、まずこちらから誠意を見せるってところですか」
もっともらしいことを言って、茶を濁しておく。
数日馬車の旅をして分った。
こういう、フワフワっとした言葉を時々混ぜれば、あとはミューラが勝手に内容を補完したうえで、繋げてくれる。深読み体質なのだ。
「つまり、あなた自身は長期的な──欲を言えば”恒久的な”人間と魔族の和平を望んでいるってこと?」
「それは、はい。もちろんそうです」
ミューラは、右手で紫ローブの裾を正した。
この”和平”については、始終、疑いの色を隠さない。
「難しいことは、分かっています。これまでにも似たような試みが人間、魔族両方の陣営でなされ、そのたび失敗してきたことも知っています。ただ、”魔王”みずから、そうした事柄に関与するというのは、ぼくが知る限り、歴史上初のはず」
こんな美人と何日も同じ馬車の中で旅──
はじめの数日は、精神衰弱で魔王討伐完了するのではないか、というぐらい追い詰められた正作だったが、一週間も経つ頃にはすっかり慣れた。
美人は三日で飽きる……とは言わないが、幸い、慣れる。
しょせん、お互い、同じニンゲンということか。
一皮むけば、どちらも血と骨、肉と臓器の集合体。
「前例のないことは、いつだって突然の横紙破りから? 意外に、青臭いことを仰るのね、魔王陛下。……そうか、あなたはエクステリアの上司ですものねぇ。似たような試み──それは、知っていて当然かぁ」
正作は、軽く頷いた。
もちろん、完全な知ったかぶりだ。
まさか”知らない”とも言えないような空気。
その辺は、敏感に拾っておこう。
部外者の、魔族でもないミューラが知っているのに、魔王であり魔族であり、しかも直属の上司である正作が知らないというのは、かなり情けないが……
とはいえ、何か、引っかかる。
今の”話”──
(そうだ。かなり前……はじめてこの世界の人間社会、ワフルの街に来たとき。一緒だったヤマトさんから聞いたアレだ)
かつてあったという、人間と魔族の和解を目指したコロニー。
──そのコロニーの、唯一の生き残りがエクステリアッス──
確かに、ヤマトはそう言っていた。
生き残り。
それの、意味するところは?
「七百年前の魔王アルガスヴェルドは、激しく人間を憎んでいたと言い伝えられているから──それからすれば、今の魔王であるあなたは、我々人間にとり、非常に得難い存在といえるのかもねぇ。そうとなれば……会わせてみる価値があるかも」
「? 会わせる、とは」
正作が尋ねた。
「パルテオンの弟子、ワフル小神殿の管理者ラヴィリア」
ミューラは答えてから、少し目を伏せた。
***
ワフル小神殿。
数ヶ月前。
正作がこの街にいたとき、遠目に何度か見かけたことがある宗教施設。
その入り口に佇む、二人──
鈴木 甘太郎と、もう一人。
新たな、四人目の異世界転移者。
(あれ、この人、どこかで……)
「あれぇー。ひょっとして……山下さん?」
丸刈りのまだ若い男が、妙に人懐っこい笑顔で言った。
「え」
「ほらほら、俺ですやん。俺。奥垣内。山下さんがITの派遣やってはった頃に、営業でお世話させていただいた……株式会社コキツカWow!-Zの」
「ああーっ、あの奥垣内さん? ええ……なんだか、イメージ変わりましたね」
正作が、派遣社員をやっていた時期。
彼、奥垣内とは三年前に数ヶ月ほど、派遣先の『面談』やらに絡み、仲介、経過報告、現場案内などで世話になった。
初見、『ヤ』のつく自由業関係者を連想する大胆な着崩しのスーツ姿と、やや珍しい名字のせいで、正作にしては、わりとよく覚えている人物だ。
「いやいやいやー、あの頃は、髪のばしてた上、染めてましたからね自分。そら、分からんかなー。こんなところで再会するとは、まぁ、奇縁っちゅうやつですな」
「山下さんと、知り合いだったんですか」
さすがの甘太郎も、これには驚きを隠せないようだ。
口を半開きにして、両者を交互に見つめる。
「おう。俺が人材派遣会社で営業やっとった頃に、ちょっとな。もっとも、山下さんの担当外れてすぐ、俺、脱サラしてもぉたけど」
「あ、辞められていたんですか」
会話を続けながら、正作はチラ、と横を見た。
先程からほったらかしになっているミューラが、無表情で突っ立っている。
(ちょ、ちょっと気まずい。早く、神殿の中へ入るよう促すべきか……でも、なんかタイミングが難しいな……変に盛り上がりだしたし……)
「そらね、安月給で──つうか、フツーにブラック企業でしたやん? 何ヶ月かやって『こらアカンな』と。前にトラック転がしてた頃の貯金もあったんで、じゃあそろそろ満を持して、前からやりたかった”たこ焼き屋台”でも牽いといたろか、と」
「へー、たこ焼き屋さんを」
正作は目を丸くした。
たこ焼き屋。
当時の、派遣会社の営業マンをやっていた頃の奥垣内のイメージとは、にわかに結びつかない仕事である。もっとも、”今”の彼なら──衣服こそ既に異世界風だが──かなりそれっぽくはある。
「あ、そっそっ。山下さん、これ知ってはります? そのコキツカWow!-Z、半月前に多重派遣がどうたらで、半年の業務停止処分になったっちゅう話なんすわ。ホンマね、こう言うたらほかの従業員さんには悪いけどザマー味噌汁イイきび団子ちゅうか……」
「あ、あー。奥垣内さん。改めて、こちら山下正作さんと、”勇者”一行のお一人、魔術師のミューラさんです。正作さん、こちら、新しくこっちへやって来られた、大阪にお住まいの奥垣内さん」
甘太郎が、正作たちを紹介する体で、強引に話を打ち切った。
奥垣内は眉をひそめ不機嫌そうにするも、ミューラの顔を見るや、一瞬で持ち直した。
「おっ、おお。なんや、べっぴんやん。誰?」
「いや、だからミューラさんと……」
「何やら、楽しそうにしておられますね」
甘太郎、奥垣内の背後から……
つまり小教会出入り口から、一人の女性があらわれた。
頭部はすっぽりヴェールで覆われ、顔の前半分も鼻のあたりまで薄布で隠れていた。服裾は長く、手は袖に隠れて見えない。
対面した正作。
隣のミューラが、新たに姿を見せた女性を紹介する。
「彼女の名はラヴィリア。かのパルテオンの唯一の直弟子にして、ワフルの小神殿の管理者」
正作は、ぎくりとした。
まくれた袖。
両方とも手首がない。
かわりに付いた金属製の鈎が、顔を覆っていた薄布をめくる。
鼻から上、両目のあたりが横一文字に焼き潰されていた。
「──別称、エクステリアの刑に処された聖女」




