その61 〜戦端〜
「結婚、おめでとー!」
披露宴、というほど大したものはない。
田舎村の若い男女が結ばれる、という程のものだ。
ただ、二人を祝う司祭は国家の英雄、高司祭パルテオン。
弓師クルクルのゴリ押しが実をつけ、此度の義と相成った。
普段寡黙なパルテオンの、ありがたいように響く詠唱を、神妙に並んで聞き入る新郎と、新婦。うち新婦のほうは、クルクルの幼馴染。
名をハンナといった。
村にも教会建物はあったが、パルテオンのそれと宗派が微妙に違い──ならいっそ屋外で式を、ということになったようだ。
村の広場に仮設された木組みの壇上で、おそらく国内一名声のある司祭に祝福されるカップル。見守る村人たちに混じり、セッティングをしたクルクルも、感無量といった風情である。
「おめでとう、ハンナ」
新婦に花束を渡し、弓師の少女は大はしゃぎだった。
「ありがとう、クルクル。まさか本当に呼んでくれるとは思わなかった」
「パルテオン様も、このたびはこんな田舎の村まで、わざわざありがとうございました」
ハンナと新郎が、周囲で明らかに一人だけ格違いのオーラを発する老人に、ぺこりと頭を下げた。
「礼には及ばない。未来ある若者の行く末の幸を願うのも、我が信仰のうち。慶事、合切、啓示、喝采」
「しかしハンナも、とうとう奥さんになっちゃったかー」
ハンナは十六歳で、クルクルの二つ上だ。
さらに四歳上の新郎は別の村出身だが、ハンナとクルクルは、ともにこの村で育った。二人とも、ありふれた農村の子。子供の頃より親を手伝い、麦畑へ鍬を入れ、桶で水を運び、そして野を駆け回った。
二年前。
わずか十二歳のクルクルが、山に潜伏した野良魔族数体を、一人で仕留めて帰ってきた頃から、運命の歯車が狂っていった。
この村を含め、ベンベン領全体を支配するゲゾス伯爵が、その噂を聞きつけたのだ。伯爵にとっては、たかが農村の子供が、出世の良い材料に。
数々の因縁めいた圧力をかけて村の経済活動を貶め、それを救済するという名目で、弓師の少女を勇者パーティにあてがった。突然、日常──故郷から離され、よく分からぬまま戦いの日々に投じられた彼女の心境は、いかばかりか。
不幸中の幸いにして仲間に恵まれ、こうして今がある。
それでも、村から離れた二年間を耐え抜けたのは、郷里にハンナがいたから。”日常の象徴”たる幼馴染が結婚するというのは、だからクルクルにとって格段の喜びなのだ。
「まぁさ、せいぜい幸せになってよね。次に会った時、サクッと離婚してるとか、そういうことにならないように」
「そんなこと、あるわけないでしょ。クルクルも気をつけてよね、魔王退治。いくら勇者様や、強い人達と一緒にいるっていっても、危ないことに変わりはないんだから……」
ハンナが、笑みの中にも不安そうな含みをもたせる。
「あ、それはだいじょぶ、だいじょぶ。だってさぁー」
パルテオンが大きめに咳払いをしたのを受け、クルクルはそこで言葉を噤む。
(おっと、まだ秘密なんだっけ)
「? なに」
「なんでもないよーっ、と。──どしたん、おじさん。駆け回って」
ふとクルクルは、広場を忙しなく駆けている村人を呼び止めた。
「あ、クルクルか。いやな、これからの宴席に出す肉がさ、ちょいと足りなくてよぉ」
「えー、何やってんだよー。そんな準備不足、ありえる?」
「す、すまん。パルテオン様が来られるという話を聞きつけたか、急に来客が増えてよぉ。で、なんとかならねーもんかと、色々当たってるところさ」
「ったく」と呟くや否や、突然クルクルは背の弓で、矢を空に射った。
弓を抜いて、矢を構えて、放つまで、瞬きほども間もない。
弦の音を間近で聴き、ハンナがビクッとなった。
「あ、ゴメン。びっくりした」
クルクルが謝った数秒後、上から何かが墜ちる。
三羽。
鴨。
一本の矢で、そろって首を貫かれ果てていた。
広場の参加者らがざわめく中、弓師の少女は、つい先程まで生きて大空を舞っていた鴨を指し、言った。
「とりま、これ。足しにしといて」
***
荒野。
そこは、ゾークヴツォール王国の国境先──
人外魔境。
魔族の領域の入り口。
そこを歩く、人間が二人。
王国軍・将軍。
”秒速の”ヨザウィング。
”妖艶”クリシュラティアナ。
先日、王国軍の上層部……ごく一握りの将官達に向け、新王・レオライド七世みずから通達があった。
「魔王軍と一時停戦、和平交渉に移る」
即座に、軍の総司令官テトロン・ローグァイをはじめ、生き残りの将軍達……ヤットール、ヨザウィング、クリシュラティアナ、全員が異議を申し立てた。
いわく、全軍の士気が乱れること。
敷いては、秩序維持にも差し障ること。
国民感情のこと。
王家の名誉失墜。
東方連合からの侮り。貿易への悪影響。
これまで魔王軍の犠牲になった、あまたの人民、兵士のこと。
そもそも魔族の言葉など、信用できないこと──等々。
「その程度のことで揺らぐほど、脆弱な王国軍ではない。ゆえに、それによる秩序の乱れも机上の空論。感情的にしこりが残ることはやむを得ないが、その辺りは中長期的に対処するほかない」
「この和平は、いわば魔王からの、暴力を伴わぬ挑戦。受けて立たぬ方が王家の名誉にかかわる。東方連合でいうなら、魔王軍との戦争に割いていたリソースを南に回せる以上、侮りはむしろ彼らの首を絞める結果にしかならない。貿易面でもしかり」
「民草の慰霊を問うなら、今後の犠牲を出さぬ努力をするほうが慰めとなろう。ただ”信用”については、その通りだ。だからこそ状況は流動的。以後の交渉いかんによって、どう転ぶかは分からない」
あらかじめ用意してあったかのような答え。
軍部の誰もが、第二王子サリオンの入れ知恵を疑った。
「ぶざげるな」
先日の、対”青鬼”ドグ戦で、顔面の鼻から下を剥ぎ落とされたクリシュラティアナは、我慢ならなかった。
和平など、冗談ではない。
では、この恨みはどこへぶつければ良いのか。鼻も唇も失った、女として致命的な傷を受けたこの憎しみは、どう昇華すればよいのか。
包帯で覆われた、顔の半分が激しく疼く。
「ぶざげるな」
和平など、まったく、冗談ではない。
「──結局、ヤットールは来なかったな」
「あんな腰抜げ、端がら当てにじでないわ」
クリシュラティアナは、独断で、魔族領に一撃を加えることに決めた。
戦略的な理由で、ヨザウィングもそれに同意した。
「腕一本落とされた私怨、というわけでもないが── 一時停戦というのには、やはりわたしも賛同しかねる。この山の先……数ヶ月前、勇者たちが攻め入る予定だった”青竜”の領域。今は魔王軍の傘下にあると聞く。ここへゲリラ的に襲撃を加え、和平交渉を不成立に導くことは、秒速で国益にもかなう、と信じる」
彼もまた、”ドグ戦”で左腕を失っている。
クリシュラティアナほど感情的な理由ではないが、ヨザウィングはヨザウィングなりに、考えがあってのことらしい。
最初に気配に気づいたのは、そのヨザウィング。
「……魔力による感知の類は、効かぬ筈だが」
”青竜”の支配地より、やや離れた山稜の麓。
待ち構えるようにして、視界の先に一人の影。
両将軍とも、魔術師ではなく、魔力も持たない。
加えて、それぞれに”銀”を含む武装。
”銀の法則”により、遠距離からの魔術による千里眼、探知の類は無効化される筈だった。
「女? 赤い──もじがじで、あれが”煉獄”のエグズデリア?」
クリシュラティアナの血走った眼が、大きく見開かれる。
「小柄、赤髪に赤ドレス、三本の角。おそらく、そうだ」
ヨザウィングは頷き、右の拳を構えた。
「べぇ……丁度いいわ。”青鬼”に復讐ずる前哨戦とじで、まずあの女の顔の皮を剥いでやる」
その、エクステリアと思われる魔族の女は、二人の方を見つめつつも、なお悠然と佇んでいる。右肩には、小さな──タコのような”モノ”を載せていた。
「……カイアンフェルドだけなら放っておいたのですが、そこに住まう農夫達まで見殺しにするのは、わたくしの本意ではありませんので」
その両手に、炎の塊が生じた。
相手にも届くよう、彼女は”声”を発する。
『わたくしの名はエクステリア──魔王軍”四天王”でも最弱。だから安心してかかってきなさい、クズ人間共』
その口端が、魔に相応しく曲がった。




