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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
64/93

その61 〜戦端〜

「結婚、おめでとー!」


 披露宴、というほど大したものはない。

 田舎村の若い男女が結ばれる、という程のものだ。


 ただ、二人を祝う司祭は国家の英雄、高司祭パルテオン。

 弓師クルクルのゴリ押しが実をつけ、此度(こたび)の義と相成った。


 普段寡黙なパルテオンの、ありがたいよう(・・)に響く詠唱を、神妙に並んで聞き入る新郎と、新婦。うち新婦のほうは、クルクルの幼馴染。

 

 名をハンナといった。


 村にも教会建物はあったが、パルテオンのそれと宗派が微妙に違い──ならいっそ屋外で式を、ということになったようだ。


 村の広場に仮設された木組みの壇上で、おそらく国内一名声のある司祭に祝福されるカップル。見守る村人たちに混じり、セッティングをしたクルクルも、感無量といった風情である。


「おめでとう、ハンナ」


 新婦に花束を渡し、弓師の少女は大はしゃぎだった。


「ありがとう、クルクル。まさか本当に呼んでくれるとは思わなかった」

「パルテオン様も、このたびはこんな田舎の村まで、わざわざありがとうございました」


 ハンナと新郎が、周囲で明らかに一人だけ格違いのオーラを発する老人に、ぺこりと頭を下げた。


「礼には及ばない。未来ある若者の行く末の幸を願うのも、我が信仰のうち。慶事、合切、啓示、喝采」


「しかしハンナも、とうとう奥さんになっちゃったかー」


 ハンナは十六歳で、クルクルの二つ上だ。


 さらに四歳上の新郎は別の村出身だが、ハンナとクルクルは、ともにこの村で育った。二人とも、ありふれた農村の子。子供の頃より親を手伝い、麦畑へ鍬を入れ、桶で水を運び、そして野を駆け回った。


 二年前。

 わずか十二歳のクルクルが、山に潜伏した野良(のら)魔族数体を、一人で仕留めて帰ってきた頃から、運命の歯車が狂っていった。

 

 この村を含め、ベンベン領全体を支配するゲゾス伯爵が、その噂を聞きつけたのだ。伯爵にとっては、たかが農村の子供が、出世の良い材料(・・)に。


 数々の因縁めいた圧力をかけて村の経済活動を貶め、それを救済するという名目で、弓師の少女を勇者パーティにあてがった。突然、日常──故郷から離され、よく分からぬまま戦いの日々に投じられた彼女の心境は、いかばかりか。


 不幸中の幸いにして仲間に恵まれ、こうして今がある。


 それでも、村から離れた二年間を耐え抜けたのは、郷里にハンナがいたから。”日常の象徴”たる幼馴染が結婚するというのは、だからクルクルにとって格段の喜びなのだ。


「まぁさ、せいぜい幸せになってよね。次に会った時、サクッと離婚してるとか、そういうことにならないように」


「そんなこと、あるわけないでしょ。クルクルも気をつけてよね、魔王退治。いくら勇者様や、強い人達と一緒にいるっていっても、危ないことに変わりはないんだから……」


 ハンナが、笑みの中にも不安そうな含みをもたせる。


「あ、それはだいじょぶ、だいじょぶ。だってさぁー」


 パルテオンが大きめに咳払いをしたのを受け、クルクルはそこで言葉を(つぐ)む。


(おっと、まだ秘密なんだっけ)


「? なに」

「なんでもないよーっ、と。──どしたん、おじさん。駆け回って」


 ふとクルクルは、広場を忙しなく駆けている村人を呼び止めた。


「あ、クルクルか。いやな、これからの宴席に出す肉がさ、ちょいと足りなくてよぉ」

「えー、何やってんだよー。そんな準備不足、ありえる?」

「す、すまん。パルテオン様が来られるという話を聞きつけたか、急に来客が増えてよぉ。で、なんとかならねーもんかと、色々当たってるところさ」


 「ったく」と呟くや否や、突然クルクルは背の弓で、矢を空に射った。

 弓を抜いて、矢を構えて、放つまで、(まばた)きほども間もない。

 

 弦の音を間近で聴き、ハンナがビクッとなった。


「あ、ゴメン。びっくりした」


 クルクルが謝った数秒後、上から何かが墜ちる。


 三羽。

 鴨。

 一本の矢(・・・・)で、そろって首を貫かれ果てていた。


 広場の参加者らがざわめく中、弓師の少女は、つい先程まで生きて大空を舞っていた鴨を指し、言った。


「とりま、これ。足し(・・)にしといて」


   ***


 荒野。

 そこは、ゾークヴツォール王国の国境先──

 人外魔境。

 魔族の領域の入り口。


 そこを歩く、人間が二人。


 王国軍・将軍。

 ”秒速の”ヨザウィング。

 ”妖艶”クリシュラティアナ。


 先日、王国軍の上層部……ごく一握りの将官達に向け、新王・レオライド七世みずから通達があった。


「魔王軍と一時停戦、和平交渉に移る」


 即座に、軍の総司令官テトロン・ローグァイをはじめ、生き残りの将軍達……ヤットール、ヨザウィング、クリシュラティアナ、全員が異議を申し立てた。


 いわく、全軍の士気が乱れること。

 敷いては、秩序維持にも差し障ること。

 国民感情のこと。

 王家の名誉失墜。

 東方連合からの侮り。貿易への悪影響。

 これまで魔王軍の犠牲になった、あまたの人民、兵士のこと。

 そもそも魔族の言葉など、信用できないこと──等々。


「その程度のことで揺らぐほど、脆弱な王国軍ではない。ゆえに、それによる秩序の乱れも机上の空論。感情的にしこり(・・・)が残ることはやむを得ないが、その辺りは中長期的に対処するほかない」


「この和平は、いわば魔王からの、暴力を伴わぬ挑戦(・・・・・・・・)。受けて立たぬ方が王家の名誉にかかわる。東方連合でいうなら、魔王軍との戦争に割いていたリソースを南に回せる以上、侮りはむしろ彼らの首を絞める結果にしかならない。貿易面でもしかり」


「民草の慰霊を問うなら、今後の犠牲を出さぬ努力をするほうが慰めとなろう。ただ”信用”については、その通りだ。だからこそ状況は流動的。以後の交渉いかんによって、どう転ぶかは分からない」


 あらかじめ用意してあったかのような答え。

 軍部の誰もが、第二王子サリオンの入れ知恵を疑った。


「ぶざげるな」


 先日の、対”青鬼”ドグ戦で、顔面の鼻から下を剥ぎ落とされたクリシュラティアナは、我慢ならなかった。


 和平など、冗談ではない。

 では、この恨みはどこへぶつければ良いのか。鼻も唇も失った、女として致命的な傷を受けたこの憎しみは、どう昇華すればよいのか。

 包帯で覆われた、顔の半分が激しく疼く。


「ぶざげるな」


 和平など、まったく、冗談ではない。


「──結局、ヤットールは来なかったな」

「あんな腰抜げ、(ばな)がら当てにじでないわ」


 クリシュラティアナは、独断で、魔族領に一撃を加えることに決めた。

 戦略的な理由で、ヨザウィングもそれに同意した。


「腕一本落とされた私怨、というわけでもないが── 一時停戦というのには、やはりわたしも賛同しかねる。この山の先……数ヶ月前、勇者たちが攻め入る予定だった”青竜”の領域。今は魔王軍の傘下にあると聞く。ここへゲリラ的に襲撃を加え、和平交渉を不成立に導くことは、秒速で国益にもかなう、と信じる」


 彼もまた、”ドグ戦”で左腕を失っている。

 クリシュラティアナほど感情的な理由ではないが、ヨザウィングはヨザウィングなりに、考えがあってのことらしい。

 

 最初に気配に気づいたのは、そのヨザウィング。


「……魔力による感知の類は、効かぬ筈だが」


 ”青竜”の支配地より、やや離れた山稜の麓。

 待ち構えるようにして、視界の先に一人の影。


 両将軍とも、魔術師ではなく、魔力も持たない。

 加えて、それぞれに”銀”を含む武装。

 

 ”銀の法則”により、遠距離からの魔術による千里眼、探知の類は無効化される筈だった。


「女? 赤い──もじがじで、あれが”煉獄”のエグズデリア?」


 クリシュラティアナの血走った眼が、大きく見開かれる。


「小柄、赤髪に赤ドレス、三本の角。おそらく、そうだ」


 ヨザウィングは頷き、右の拳を構えた。


「べぇ……丁度いいわ。”青鬼”に復讐ずる前哨戦とじで、まずあの女の顔の皮を剥いでやる」


 その、エクステリアと思われる魔族の女は、二人の方を見つめつつも、なお悠然と佇んでいる。右肩には、小さな──タコのような”モノ”を載せていた。


「……カイアンフェルドだけなら放っておいたのですが、そこに住まう農夫達まで見殺しにするのは、わたくしの本意ではありませんので」


 その両手に、炎の塊が生じた。

 相手にも届くよう、彼女は”声”を発する。


『わたくしの名はエクステリア──魔王軍”四天王”でも最弱。だから安心してかかってきなさい、クズ人間共』


 その口端が、魔に相応しく曲がった。

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