その60 〜和平 各勢力の反応〜
魔王軍と、ゾークヴツォール王国の停戦協定。
混乱を避けるため、当面、民衆への周知は見送られた。
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〜勇者リアン・スーン一団の反応〜
「うそでしょ」
特使より渡された速達の蝋封書は、しかし間違いなくサリオン王子の印章が捺してあった。これはリアンもよく見知っている形だ。王都から早馬を飛ばしてきた特使の顔も旧知で、よもやこの両方が偽物ということもあるまい。
・魔王と和解の見込みあり。
・当面、一時停戦にむけ国内調整。
・本件は一般には非公開。
・状況は流動的。勇者一団はワフルにて待機せよ。
「んー、マジかよ……これ、万が一偽物だったらシャレにならんが」
後ろからリアンの持つ羊皮紙を覗き込み、大柄の戦士ゴンドラゴンドが唸った。
「筆跡も、間違いなくサリオン殿下のものだよ。でも、えー…」
「て、こたーさ。戦争、なくなンの? へー。……肩透かしだけど、まぁ、いいじゃん」
「いいじゃん?」
弓師の少女クルクルの言葉に、リアンは唖然となる。
「だってさー、あたしはそもそも、あのゲロカス伯爵に、故郷の村を人質に取られたも同然の状態で、リアン達に参加したんだもん。や、別にリアン達のこと今はぜんぜん嫌いじゃないし、仲間と想ってるけど──戦争がなくなるんだったら、反対する理由なくね? あんただって、”勇者”とかいう重しから開放されて、サクッと自由になれるんだしー」
「自由……」
リアンが、ピンとこないという表情を浮かべた。
「んー……──ま、クルクルの言う通りかもな」
「ゴンドラゴンドも?」
「リアン。ミューラにも言ったが、俺はあくまで宮仕えの軍人野郎だ。お上が戦えといえば戦うし、やめろってンならやめる。そりゃ、お前さんは勇者として生まれ、育ったわけだから複雑なものもあるだろうが……これは仮の話、もし魔族が人間の敵じゃなくなったなら、正味のとこ、勇者が魔王を倒す理由もなくなるんじゃないか?」
「あー、そこまでは、ちょっと想像できにくいけどね」
クルクルが、右肩の後ろをぽりぽり掻いた。
「何百年も、お互い殺し合ってきた訳だしぃ?」
「んー、そりゃなぁ。そう簡単にはいかねぇだろうけどな。一時的にでもそうなれば、その時どうするかは考えておいた方が、いいだろう。パルテオン、あんたはどう思う?」
始終無言の老司祭に、話題を振るゴンドラゴンド。
パルテオンは、リアンの持つ羊皮紙の表面、ある文字を指した。
”状況は流動的”──
***
〜魔王軍・四天王たちの反応〜
魔王軍の本拠地、魔都アーマーメイデン。
その南端の大門に、魔族の精兵数千が集い、警戒態勢を取っている。
軍勢の中央には、四天王のドグ、ヤマト、ナンギシュリシュマ。
それに対する形で、街の外からやってきたのは二人。
ビビアンと、その部下ピクロコルだ。
銀髪の女と、衣服の布地が少ない少女──のような少年。
たった二人の魔族を相手に、魔王軍側は、まるで勇者に攻め込まれたかのような緊張感を漂わせていた。
「人間どもとの和解、などと──ふ。さような珍事、魔王軍の歴史はじまって以来だのぉヒヒヒヒヒ」
四天王を代表し、緑色のタコといった外観のナンギシュリシュマが嘲り混じりにそう言った。
「これは単なる善意の報告ってハナシだ、ナンギシュリシュマ。山下正作は、もう少し人間界でゆっくりするとのことだからな。情報は、早いほうが良いだろう?」
「何を言ってるッスか。カイアンフェルドのアホをぼてくらかして縛りつけ、その隙に陛下を言葉巧みに誘い出したお前の言うことなんか、ワインの染みほどにも信用できねッス」
一本角の青年魔族、ヤマトは、普段に似ず怒りの表情を浮かべている。
それに対し、一歩出たのはピクロコル。
「はぁ〜ぁ? あのさ、ビビアン様のご厚意で、わざわざ山下正作をゾークヴツォールの王都まで運んでやったってのに、その喧嘩上等な物言いはないんじゃない? つかオメー、ヤマト、一本角がわたしとキャラ被ってンだよ。来週までにそれ切ってフラットにしとけや」
「だいたい和解などと……つい先日、ワシがカーチコムの軍隊を叩いた直後! だというのに、そんなこと可能なのか? 何より、エクステリアの奴が! 納得するわけがない」
青鬼ドグは、怒りよりも戸惑いが勝っているようだ。
「──そも、”人間どもを絶滅せよ”というのは、先代魔王アルガスヴェルド陛下が唱えられて以来の国是。七百年もの蓄積、魔族達の認識、そう易々と覆せるものではないぞヒヒヒヒヒ」
「たかが七百年ばかりの呪縛ってハナシだ、小僧。先代、有賀 統の私怨──。”法則”でさえ上書きされ得るのだ。魔王軍の使命も、新たな指導者の意志によって上書きされて然るべき。君のその主張、旧主への懐古以上の大義はあるか? ナンギシュリシュマ」
「……お主が、それを言うのかの。ビビアン」
ナンギシュリシュマの語尾から、笑いが消えた。
しばらく、二人の睨み合いが続く。
その危の静寂を破ったのは、ドグ。
「ともかく! 陛下がお戻りにならんことには始まらん」
「その辺りは好きにしろ。では、伝えたぞってハナシ」
張っていた気を緩めたビビアンは、蝙蝠のような翼を背に生やしたピクロコルに抱えられ、そのまま大門の前から飛び去った。
魔王軍の兵達は、それぞれ安堵の息をつく。
四天王の三人は、互いに顔を見合わせた。
「で、どうする」
「そッスね。じゃあ、また俺がちっくら人間界に出向いて、陛下と合流するッス」
「いや待て、ヤマトよ。ちょうど王国に、エクステリアが潜伏しておるところだしの。拙僧とエクステリアの間で、今なら魔術にての簡単な通信が可能。あれに、まず陛下との接触を持ってもらおう。良き方向へ、運べば幸いのだがのヒヒヒヒヒ」
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〜甘太郎たちの反応〜
「これが異世界の食べ物……なかなか、美味しいわ」
「おうっ、どんどん食べてや」
奥垣内の焼いたたこ焼きを、金属製の串のようなものでさして頬張っているのは、王国の王女サーララ。
魔王軍との和平──
ワフルの街に滞在する”異世界転移者”、鈴木 甘太郎と奥垣内 学にその情報を伝えたのは、”視察”の名目でやってきた彼女、サーララ姫だった。
甘太郎たちはワフルの領事館に招かれ、そこの中庭で──なりゆきで──奥垣内が提供するたこ焼きパーティの流れとなった次第だ。この世界に持ち込んだトラックの後部トレーラーには、奥垣内の屋台がそのまま入っていた。
たこ焼きには、屋台に積んであった、奥垣内特製ブレンドの小麦粉、揚げ玉、ダシ汁を使用。鶏卵は、現地調達。ネギは、西洋ネギとも言われるリーキで代用。
タコは、わざわざ北方の海岸から生きたまま取り寄せた贅沢品。
ソース、マヨネーズ、青ノリ、鰹節ともに異世界製である。
プロパンガスもあったが、甘太郎の意見でそれらは温存されたまま取り外され、代わりに木炭が熱源となっていた。焼きの安定性に不安があったものの、やってみたら案外、どうにかなった。
在庫が尽きたら終了の、激貴重たこ焼きである。
「マヨネーズは、高価だけど、この世界にもあるそうですから……あとはソースが残っているうちに分析して、再現の道筋をつけるって感じで。鰹節も──自作、チャレンジしてみましょうか。幸い、カツオ自体は穫れるようです。前にネットで、燻製を作るのと同じ要領で焙乾したら、とりあえずそれっぽいのできるって書いてましたし。荒節って言うんですかね」
「おうっ、鰹節からDIYとか、気合入りまくりやの! あと粉やけど、基本、俺は元々ケーキ用のやつ使っててん。それに近い粉はあったから、あと隠し味の──カレー粉とスキムミルクやな。ミルクはまぁ、あるやろ。カレー粉は、最悪ナシでもええけどな。こっちのハーブ類とか、一通り試したいの」
あれから一週間。
甘太郎の”魔術”を一通り見て、ようやくここが異世界であることを(外国の一種、という程度の認識ながら)了解した奥垣内は、わりあい迅速に馴染みつつあった。
今のところ”チート”はあるのかどうかさえ不明ながら、甘太郎的には、奥垣内が持ち込んだ異世界の膨大な道具類だけで、充分といえた。
(バイオ燃料での駆動も確認済み──ていうか、それでカーチコムからワフルまで戻ってきたんだけど──この馬車時代にトラックは、相当助かるよね。せいぜい、魔族達の襲撃で、破壊されないようにしないと)
そこへ王女サーララ、突然の来訪。
さらに、魔王軍との和平話だ。
甘太郎は、苦笑いを浮かべるほかなかった。
(そう、来たかぁ……)
軍事都市カーチコムへ派手に攻め込んだと聞いたので、てっきりやる気満々なのだとばかり思っていたのに、まんまと裏をかかれた気分だ。
(人間と魔族における感情の衝突は、百も承知。あえて緒戦で徹底的に相手を叩いた上で、一転して講和交渉と。なかなか……異世界マンチキンムーブしてくれるじゃん、正作さん)
「兄様と母様、サリオン、そして勇者パーティの魔術師ミューラの四人で先日、密会を開いていたようなの。そこへ、くだんの”魔王”がやってきて、和平交渉をしかけた訳よ。そんなカジュアルに、魔王がうちの王城に入ってきたこと自体、もう笑い話でしかないけれど──」
卓上の皿に載った、たこ焼きの一つを指でくりくりしながら、サーララは上目遣いに甘太郎を見た。
「”異世界人”的には、どう? 人間と魔族、和解なんて本当に可能かしら」
「無理でしょうね」
甘太郎は、即答する。
「これまでの、この世界での人間と魔族の闘争の歴史──みたいなのを完全に度外視しても、そもそもののっけから無理な相談だと思います」
「おう、なんでじゃ? 仲良くできるなら、しといたらええやんけ。人類みな兄弟、言うしな。その、魔族なんたらも、一応人類みたいなモンやろ?」
テーブル傍の屋台で、鉄板に油をさしていた奥垣内。
なにげに、話は聞いていたようだ。
「その人類同士、しょっちゅう戦争してるじゃないですか。国が違う、人種が違う、文化が違う、宗教が違う、思想が違う──その程度の”違い”を理由にね。ましてや、異種族。ヒトと同じ知性を持ち、文化を持ち、そして数は少ないながら、ヒト以上の潜在戦力を秘めた生物。そんな相手は、怖くて仕方がない。不安で仕方がない。滅ぼさずにはいられない──それは、基本、魔族の側も同じ。個人ごと、個体ごとに度合いの差はあれ、根底にあるのは”恐怖”と”不安”、それからくる”不信”でしょう」
「じゃあ、一時停戦は、本当に”一時”だと?」
サーララが、重ねて問う。
「あるいは、一時、もたないかも」
甘太郎は、眠たげな目でそう答えた。




