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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
62/93

その59 〜スイッチオン〜

 正作にスイッチは入った。


 異世界に来てからこちら──

 前の世界にいた時と同様──

 常に、周囲の状況に流され、受け身、受け身で対応してきた彼だった。


 しかし、どうもそういう受動的な態度が、状況の悪化・ジリ貧化をゆっくりと招いている事に、遅まきながら気づいたのだ。


 そして、今まさにその流れを変える”波”が、偶然だか必然だかは不明ながら、とにかく来ていることは感じ取れた。


 幸運の女神には、前髪しかないという。

 熟慮していると、もう手遅れ。

 巧遅(こうち)拙速(せっそく)

 

 一瞬後、前触れもなく、いきなり死神化しそうなビビアンが側にいることが逆に奏功し、正作はこれまでの人生で培ってきた『とりもなおさず慎重』な姿勢を、一時据え置きすることに成功(・・)した。


 どんなに事前に術策を講じても、世の中一寸先は闇。

 刻一刻と変わる状況。変わる対応策。


 そんな高度な展開についていけるほど、高度な脳味噌は持っていない。

 それならば(・・・・・)、ということだ。


「カーチコムの件が、和平の道を決断させた一大事件……?」


 王国側──

 レオライド、サリオン、魔術師ミューラの三者が、揃って首を傾げた。

 ビビアンは、黙ったまま出された茶菓子をポリポリ齧っている。


「ええ、そうです。そもそも、あの事件は、なぜ起こったのでしょう?」


(というかぼく、その事件の内容すら知らないけどな!)


 とりあえず、どさくさで相手に問いかけ、情報を得る方向で。

 そういえば、甘太郎も時々似たようなことをしていたような気もする。


「なぜ? ──ヤマシタ殿、いや魔王よ。あなたのところの”青鬼”ドグが、単騎でカーチコムの我が軍勢を襲撃し、甚大な被害が……。おっと、こちらが軍勢を集結していたこと、それ自体を責めるのはお門違いだぞ。今はさておき、我々は当時、確実に戦争状態にあったのだから」


 レオライドが、努めて理知的に答えた。

 

(あー、ドグさんが攻め込んだのか。すごいなあの人、一人で軍勢に突っ込んだのか……さすが、四天王最強というだけのことはあるなぁ)


「レオライド殿下(・・)、すでにあなたが御自身でお答えになった通りですよ。軍勢を結集していたから(・・)──それは戦争状態にあったから(・・)──」


 正作は、相手の言葉をそのまま並べて、なんとなく会話をつなげた。

 名付けて、『思わせぶり魔王』作戦。

 細かいところは、相手に勝手に補完してもらおうというアレだ。


 どうも一般に”かしこい人間”というやつは、勝手に話の展開を読み、先回りするクセがあるように思われた。頭の回転が早いと、どうしてもそうなるのだろう。表面上の挙動はさておき、本質的に気が短い(・・・・・・・・)


「……あなた、元は人間だって話よね。それで、なりゆき(・・・・)で魔王になって、”青鬼”ドグがカーチコムで大暴れしたことで、罪の意識──が芽生えたってこと?」


 意識してか無意識か、いつの間にか敬語でなくなったミューラが眉をひそめる。それは、ひそめるだろう。今頃、何を言っているのだ、という話ではある。


 正作は、

 ミューラの言葉で、

 自分の立ち位置を明快にする覚悟を決めた。


違います(・・・・)。ぼくは、あくまで魔王。むやみな残虐は好みませんが、基本的に魔族の味方です。ゾークヴツォールの軍勢は、魔族領に攻め込む予定でした。そこには、非戦闘員である魔族も大勢住んでいる。それを事前に察知して叩いたドグさ……ドグの行動は、魔王軍としては正しい。しかし──」


 レオライドが反論しそうなのを手で遮り、正作は続ける。


「──しかし、その姿は、そっくり逆の状況にも当てはまるのです。殺して、殺されて、やってやられて──こんなことを、あと何百年続けるのか。だから今しかない、と考えたのです。ドグさ……ドグが(・・・)あなた方の精強な軍(・・・・・・・・・)勢を単騎で叩いた(・・・・・・・・)今しか(・・・)


 一気にまくしたてた。


 正直、出たトコ勝負だ。

 ──が、けっこう本心でもある。

 言った後(・・・・)で考えたところ、確かに今しかないとも感じた。


「なるほど。負け犬の言葉などには、誰も耳を傾けない。カーチコムの戦局において圧倒的勝利をおさめた魔王軍側だからこそ、今この場での和平の申し出が、意味を持つ。そしてこれ以上戦闘が本格化すれば、もはや後戻りはできない。──確かに、今しかありませんね」


 言って、サリオンが瞑目する。

 女魔術師は、何か考えているような素振り。

 しばしの沈黙の後、レオライドが口を開いた。


「魔王よ、言い分は理解した。そこに一片の()があることも、それなりに飲み込めた。ただ、和平ということなら、一時停戦をまず前提とした上で──カーチコムで発生した当方の被害に対し、なんらかの”調整”を求めたいところだが、その辺はどうだろう」


調整(・・)? 賠償、とかじゃなくて?)


 このレオライドに限らず、王族関係者というのはたまに不思議なことを言う。以前も”感謝”という当たり前の言葉を、わざとぼかすような言い方をしたり、だ。


『王族貴族という生き物は、メンツを立てねば息もできないってハナシ。その、連中としては当然の常識を、まがいものとはいえ”王”である、君にも適用しているのだろうよ』


 ビビアンの”声”が、正作の頭に響いた。

 

 つまり、こちらのメンツを立ててくれているのか。

 カーチコムの一戦での勝者は、あくまで魔王軍。

 勝った側が「賠償」というのも、おかしな話だ。


 しかし、それはそれとして、ゾークヴツォール側にもメンツがあり、被害自体もあったのだから、その辺はなぁなぁ(・・・・)忖度(そんたく)してくれよ、と。要するに、そういうことか。


(日本のサラリーマン社会と、大差ないなぁ)


 しかし、”賠償”として──

 具体的に何をどうできるか、今の正作には判断できない。その辺のナニは、だいたいエクステリア、ナンギシュリシュマが管理しているのだ。


 ここで、迂闊な即答は危険かも知れない。


「……えっと、こちらとしましても、何の”配慮”もなく、というわけにはいかないことは承知しています。細かい部分は後日”調整”ということになるでしょうが、今はそういう心づもりでいるという事だけ、お含みおき下されば……」


 派遣社員時代、果てしなく続く”面談”──という名の面接。

 やんわり苦情を申し立てた正作に対し、さらにやんわりと有耶無耶にしてきた仲介エージェントの言い回しを、ちょっとパクってみた。


 レオライドはやや不満そうに腕組みしたが、それ以上は追求してこない。納得した、というよりは、間合いを計っているという風だ。


「陛下、良いと思いますよ」


 サリオンが言った。

 とても少年とは思えぬ貫禄だ。

 下手をすれば、五十歳の正作より年長っぽい。


「これから先も様々な選択肢がある(・・・・・・・・・)とした上で、その一つに”和平”という方向が加わるのは、決して悪いことではありません」


「よし決定。では握手」


 ビビアンがさっさと正作の手を持って引っ張り、レオライドの前に出す。


「え」

「握手」


 再度言われ、正作はおずおずとその手を、向けるべき相手に向けた。


 レオライドも「え」という顔をしていたが、そこまで固辞する理由はなく、また拒絶するとろくなことになりそうにない──という打算も働き、結果、素直に応じた。


 魔王と、人間の国王との握手。

 なし崩しながらも、歴史的瞬間だ。


「よし。和平成立だ。よくやった山下正作。これでしばらくは安定した状態の中、”世界渡航者”どもの成り行きを観察できるってハナシ。……じゃ、オレは帰るから、君は君で勝手に帰れ」

「え」


 言いたいことだけ言って、ビビアンは一人で扉から退出していった。


「「……え?」」


 ミューラ、サリオン、レオライド。

 三者が同時に、そう呟いた。


(死んだ)


 デッドエンド確定。


 ビビアン自体、正作にとっては歩く死亡フラグのような存在だったが、いなくなったらなったで、やはり大ピンチだ。なんて迷惑な人だろう。


 ”勇者をも打倒した”得体の知れない魔族──が側にいたからこそ、今の今まで正作は、魔王を自称していながらも無事だったのだ。


 こんなもの、即魔王討伐、人類勝利確定ではないか。

 自慢ではないが、その辺の一兵士にも即殺される自信がある。


「ヤマシタさん?」

「ッ」


 ミューラ。勇者パーティの魔術師。

 彼女にかかれば、正作など数秒後に燃えカスだろう。


「な、なんでしょう」

「あの、とりあえず、その”魔力”を抑えてくれるとありがたいのだけれど。いくらあなたに戦意がないと分かっていても、ちょっと……落ち着かないから」


 よく見ると、ミューラの顔には少々の怯えが見え隠れしていた。

 サリオン──はそうでもないが、レオライドもどこか、落ち着きがない。


(そうか。この人達はまだ、ぼくが”ハッタリ魔王”だということは知らないからな)


 正作の魔力量は──魔力量”だけ”は──魔王軍四天王の十倍。

 それが視える(・・・)魔術師ミューラにとって、魔力を隠蔽しない状態の正作は、掛け値なしの怪物といえるだろう。


 そして、ゾークヴツォール王国屈指の実力者である彼女の”そんな反応”を見て、レオライドらも警戒しているに違いない。


 言われた通り、正作は魔力を体内、骨のあたりに引っ込めた。

 部屋に、安堵の気配が漂う。


「ありがとう。あなたは、本当に……その、和平を?」

「あ、はい。ええ、まぁ」


「えー──……それで、ヤマシタ殿。これから、どうするのかな。もし望むなら、夜会など開いて歓待する準備もあるが」


 レオライドが、慎重に言葉を選んでいる。

 

「いえ、帰ります。当初の目的は達成しましたし、あまり長居してはご迷惑かと」

「そ、そうか」

「それで、あのぉ……できれば、その、馬車をお借りできればありがたいかなと」


 言いにくそうに、正作。


 しかし、これは言わねばならない。

 今の正作は無一文。

 これを断られたら、どっちにせよエンドだ。


「馬車?」


 予想外の言葉に反応したのは、サリオン。

 いかにも「空を飛んで帰るのではないのか」といった顔である。


「その、前にワフルからこちらの王都まできた時も馬車で、それが何か、楽しかったので、ちょっと……良ければ、ですけど」


(なんだよ、「楽しかったから」って。小学生か)

 

 正作は内心、つっこんだ。


「魔王らしい諧謔(かいぎゃく)──いえ、単なる酔狂かしら?」


 ミューラが苦笑する。


「いいわぁ。じゃあ魔王陛下。じゃあワフルまで、一緒に馬車で行きましょう」

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