その5 〜仲間を求めて〜
「うンまっ」
知らず、正作の口から率直な感想がこぼれた。
大食堂。長円卓。
テーブル上や壁に設置された多くの燭台が、室内を茜色に照らしつけている。
現代地球の電気照明になれきった正作からすればそれでも薄暗いが、なんだか暖かな、少しわくわくするような懐かしさもある。
料理。料理。料理。
大きな鳥脚の香味焼き。
白身魚のソテー。
分厚いステーキ。
牡蠣のワイン蒸し。
チーズと生ハムが載ったクラッカーのようなもの。
山積みにされた塩パンは焼き立てで、手前のレンズ豆入りのスープに浸して食べるようだ。
(うまい。すごくうまい。魔族の料理とかイヤな予感しかなかったけど、普通においしい。いや普通以上だ。イタリア料理とかフランス料理の、わりと高いやつっぽい味。というか、あの魚料理にかかってるのって、マヨネーズじゃない? マヨネーズあるんだ……定番の『マヨネーズで異世界知識無双』できないんだなぁ)
箸はおろか、フォークもない。
スープ類にはスプーンが添えられていたが、多くの者はそのまま器からすすっている。
長円卓に集まった四天王や、ほかの魔族の幹部らしき者達が二十名ほど、めいめい手づかみで食事を楽しんでいた。肉の切り分けは、各自手持ちのナイフでやっているようだ。
汚れた指(あるいは触腕の先端、指のような何か)は、手近にある水の入った幅広の杯で洗っている。
そして酒。
ワインは赤だけでなく、ちゃんと白もある。
貴重な果実蒸留酒としてすすめられたものは、ほの甘く濃厚なブランデー。
ファンタジー世界定番のエール酒は、出てこないようだ。
「陛下。麦芽酒など下賤。高貴なお方の口にするものではございませんよ」
隣席のエクステリアが、装飾の入った金属のコップをゆっくり揺らしながら言った。
「やだなー、そりゃ偏見ッス。前にも、人間どもの街で、すげーうまいエール飲んだッス。エールっつーか、ビール? わざわざ洞窟で熟成させるとかなんとかっていう──」
(へへー。ラガービールあるんだ。飲んでみたいなぁ)
ワインからのブランデーちゃんぽんで、すっかり赤ら顔の正作は、幸せな気分でそんなことを考えた。話を聞いた限り、どうやらヤマトは人間社会への知見も広いらしい。
「そこを勇者どもに見つかり、一目散! どうにも、格好悪いのう」
小樽に入った赤ワインを、そのままガブ飲みしているのは、青鬼ドグ。
「腕全部とられるよりはマシッス。つか、あれとはまた別の街の話ッス」
「こっちでは、エールは作ってないの?」
ふと、思いついたことを訊ねてみる。
「……魔族秘伝の醸造法をもって生み出されるワイン、果実酒、蒸留酒だけでは不足でしょうか」
キョトンとした顔で、エクステリアが言った。
「いやぁ。ワインもブランデーもおいしかったけど、もっと色々あると楽しいなって」
「さすが陛下、さすがッス! 麦芽酒最高!」
にわかに盛り上がるヤマト。
「──陛下。ありていに申しますると、大麦は酒造りに回せるほど、生産量が十分ではないのでヒヒヒヒヒ」
緑のタコことナンギシュリシュマが、触腕でサラダをつつきながら答える。
「なんといっても、魔族はヒト共にくらべ少数。おまけに個人主義的傾向が強く、貨幣の概念もないため、物流も未発達でヒヒヒヒヒ」
「陛下がお声がけくだされば、あるいは多少の改善は」
(お金の概念が、ない?)
さらに話を聞くに、魔族中の最大派閥であるこの魔王軍は、四天王の指導力──主にエクステリアとナンギシュリシュマの内政能力により、平均的な魔族のコロニーとしては異例なほど結束力・集団力を誇るらしい。
考えてみれば、この食卓に揃った食材の調達も、ある程度以上の組織力がないと難しいものばかりだ。狩猟、加工、生産、飼育、保管、運搬……具体的にそれらの行程、一つ一つを想像するだけで、飲酒とは別由来の頭痛がしてきた。
ナンギシュリシュマの言葉からたぐるに、この世界の人間社会には、一定以上の物流、貨幣制度が機能している様子である。
(勇者と殺し合いなんてしたくないけど、勢力として少なくとも対等でいようと思えば、こういうところも見直していかないと、将来ジリ貧な気はするなぁ)
異世界転生(正作自身が現状、転生なのか移転なのかは不定であるが)の大王道、それが内政チートだ。
主人公が必要以上に賢かったり妙にツイていたり、不気味なほど有能なブレインが傍にいることで成立する、とにかく無敵オレTUEEEEとは別方向のチートムーブ。
おそらくは、現実の政治行政などに対する潜在的不満と義憤。
『自分ならきっとこうするのに。そうすれば皆が幸せになるのに!』
──そんな類の、善良(少なくとも自分ではそう思っている)かつやや控えめな、妄想達成幻想か。
(でもぼく、そんなん無理なんだよね。低偏差値の公立高校卒だし。いや学歴関係なく賢い人もいっぱいいるけど、ぼくは学歴相応もしくはそれ以下の以下だし。だいたいコミュ力ないし……。四天王の中では頭脳担当っぽいエクステリアさん、ナンギさんに頼るって手もあるけど、問題点はすでに把握しているっぽい。解決できるものなら、とっくに解決しているだろう。リソースとか、人間社会との兼ね合いとか、細々とした障害があるんだろうね。きっと)
「……あ、そういえば。うちの、魔王軍の勢力って、魔族の中ではどれぐらいのものなのかな。規模感っていうか」
こちらに呼ばれた当初は、いきなり溢れんばかりの魔族を目にしたこともあり、魔王軍=魔族全部とばかり思っていた。しかし「最大派閥」というからには、どうもそうではないらしい。
人間社会についても詳しく知る必要はあるが、まずは自陣まわりの情報だ。
「基本、魔王陛下抜きで考えても、数・質ともにうちが最強ッス。ほかの勢力が全部集まっても、うちの七分の一にも満たない感じッスよ」
「我が魔王軍は総勢! 非戦闘員も含め約百万。魔族領内でもっとも肥沃なクーコロ平野全域が! 我らの支配下となり申す」
「魔王軍に従わないのは、たいていは『法則改変前』世代の跳ね返りどもです」
エクステリアの言葉に、正作が「うん?」となる。
「法則、改変前って?」
「この場合でいえば、『形態の法則』のことですな。陛下、陛下もまたヒト型であるように、ここに居並ぶ魔族の幹部達も、皆、基本的にヒト型がベースになってございましょう。──拙僧を除いてヒヒヒヒヒ」
ナンギシュリシュマが、ことさら触腕をうねらせる。
「千年前まで、魔族はそこのナンギシュリシュマのように、割合、自由な姿をしていたのです」
「どこの誰の仕業かはいまだに不明ッスけど、千年前に突然、その『法則』が上書きされたッス。それ以降に生まれた魔族は、みんなヒト型に準拠した形態を持つようになっちまったんスわ」
「法則って──世界の法則ってこと?」
「左様!」
正作は、手にあったワイングラスをぐいと飲み干した。
(この世の法則の書き換えって──そんなの、ほとんど神じゃないか)
魔王対勇者なんてもともと茶番くさいけれど、法則が書き換えられるならまさに茶番だ。「みんななかよく」とか「さしあたり世界平和で」みたいな新法則導入で、誰もがニコニコやさしい世界。
「……法則の改変は、歴代の魔王陛下でさえ実行できませんでした」
主の顔色を察して、エクステリアが付言する。
「もちろん勇者どももです」
「拙僧が知る限り、記録に残った確かな法則改変者は──ただ一人。太古に存在したとされる、名も知れぬ伝説的な魔術師。性別はおろか、人間か魔族か、それさえ不明ですがの……とにかくその者が、命を犠牲になしえた奇跡が『銀の法則』とされておりますでヒヒヒヒヒ」
銀の法則。
魔族の中には、様々の理由で不死身に近い特性を持つ者がいくらか存在する。
また人間の魔術師の中には、障壁の呪文で身を守る者もいる。
それらの魔力的な効果を帳消しにする物質、それを銀とする法則だった。
「そうなんだぁ。……でもアレだよね。話を戻すけど、やっぱり人間の集団とそういうことになっているんだとすれば、魔族で一致団結? しといたほうが良さそうってのはあるよね。その、なんていうんだっけ、各個撃破? の対象にされたら、少数派の人たちかわいそうだし」
正作が、なんとなく感想を述べたところ、四天王もほかの幹部たちもいっせいに居並びを整えた。
「それは、下知ということで?」
「え。あ、はい」
反射的にうなずいてしまう。
自分の一言で、事態が動きつつあるのは何となく察せられたが、下手に口を出すと、さらにおかしな事になるかも知れない──そんな免罪符を胸に、正作は流される決意を固めた。
「であるならば──さしあたり! カイアンフェルドの一派ですかな。吸収対象」
「あいつ嫌いッス。弱いしうざいし」
ヤマトが鼻白んだ。
「”多眼の者”カイアンフェルドは、魔族の法則改変前グループとしてはメジャーな”竜族”のものです。バカで勘違いが鬱陶しく、つい反射的に殺したくなりますが、その異能は、今後の勇者戦に役立つこともあるかと愚察いたします」
エクステリアが、正作に向けて説明する。
「カイアンフェルドの勢力は、ざっと二万。うち以外の魔族集団としては、ビビアン、マッシュマロンのところについで、三番手といったところですかなヒヒヒヒヒ」
(三番手で二万かぁ。百万プラス二万と考えると誤差って気もするけど、それ以上の勢力が二つあるってことだから──うまくすれば、全部で戦力十%アップぐらいはできるのかな? そう考えると、合併を目指さない理由はないよね)
ヤマトやエクステリアの反応から、これまで魔王軍に吸収しなかったのは、性格的対立といった側面が小さくないようだ。一応、魔王ということになっている正作が間に入ることで、そのあたりの障壁はクリアできるかも知れない。
(気の合う仲間だけで組めたらそれが一番だけど……なかなか世の中、そうもいかないものね。ちょっと怖いけど、ここで一つぼくなりの存在価値みたいなのを示しておかないと、いつ『いらない魔王』扱いされて消されるか、分かったもんじゃないし)
使えない、そんなお決まりのフレーズで現場をたらい回しにされた派遣社員時代の苦い記憶がよみがえる。この世界で”それ”は、ヘタをすると死ぬ。
当面の目標は、生き延びること。
そして、自分なりの居場所を作ること。
「急報! 急報!」
食堂の出入口で、槍を持ったトカゲ人間のような魔族が声をはった。
皆の視線が、その者に注がれる。
「何事だ!」
とドグ。
「カイアンフェルドの領内に、人間どもの軍勢が攻め入りました!」