その58 〜和平への道〜
ゾークヴツォール王国国王レオライド七世。
王弟サリオン。
王太后ルベルベラ。
魔術師ミューラ。
──の四人”だけ”で行われる筈だった密室会談。
そこに、新たに加わったのがもう二名。
ビビアンを名乗る魔族の女。
異世界転移者──だった筈の男、山下正作。
「ビビアンといえば、あの王城を襲った魔物の名前。それに、ま、魔王──だって。こ、これは、どういう種類の、冗談かね」
レオライド王が、その場の皆の心中を代弁した。
「ちょうど一人、魔術師がいて良かったってハナシ。山下正作、見せろ」
「あ、はい」
正作は、隠匿していた自分の魔力……紫色の湯気のようなものを、体外に開放した。それで不思議と視界の邪魔になるということはないが、「今、出ている」というのは感覚で分かる。
とたん、ミューラが椅子から転げ落ちた。
「……本物、のようだね。信じがたいことに」
その怯えた様子の女魔術師を見て、サリオンがうなずく。
「な、なんということだ。わたしは、”魔王”を祝宴の時、激賞してしまったというのか。変身しているのか? それとも幻影? とても、魔族には見えない」
「あ、レオライド殿下。一応、角とか羽はあります。小さくなっていて判りにくいんですけど……」
正作は頭髪をかきわけ、辛うじて見える角の先を皆に向けた。
「カンタローや、新たに来た異世界人との関係は?」
サリオンが問う。
「新しい人のことはまったく分かりませんけど、甘太郎くんは、ともに同じ世界の住人でした。ただし、彼は人間のままこっちに来ましたが、ぼくはどういう訳か、魔王化していました」
「──もと、人間だったと?」
少し驚いた風に、ミューラ。
「そんなものは、このヘタレ具合を見ればだいたい分かるだろうってハナシだがな、おい、椅子を寄越したまえ。あと茶と、茶菓子もな。運転のし通しで、少し疲れた。糖分が欲しいってハナシ」
「おまえは、何様のつもりです!」
むしろ遅かったぐらいであるが──
王太后ルベルベラは、彼女の全人生でも見たことがない水準で無礼な女に対し、その内なる激情を吐き出した。
「いきなりやってきて、好き放題にしゃあしゃあと。下賤の魔族というだけで誅戮に値しますが、交渉の余地ありと見て、あえて下手に出ていれば、驕慢、留まるところを知らずの匹婦。もう赦してはおけません、今すぐこの場から──まぁぐぉ」
語尾がくぐもったのは、ビビアンの右腕が変化した”肉紐”が、ルベルベラの口に突っ込まれた為だ。細めの大根ほどの径をもつそれを咥え、王太后は涙、鼻水、涎が垂れるのを止められない。
「母様!」
レオライドが立ち上がり、腰の剣に手をかけようとしたが、それはサリオンに止められた。ミューラは、その”肉紐”を見て、すわっと身構える。
「……”騙り”とも思ったけれど、どうやら本物のようねぇ」
王城を襲撃し、リアン・スーンを一度倒した魔族。
「茶と、茶菓子を急いでな。あまり時が経つと、この──日頃酷使されているらしい、王妃のタン、そのお味はどんなものか、試してみたくなるかも知れないってハナシ」
***
十五分後、ルベルベラは解放された。
特に傷はないようだが、さすがにこれ以上ビビアンと同室でいるのは耐えられないようで──レオライド王の勧めもあり──侍女に連れられ、一足先に退室した。
「うるさいオバハンがいなくなったところで、本題に入ろうってハナシ」
紅茶のカップを優雅に傾け、ビビアンが”会談”を再開する。
「……では、ゾークヴツォール王国王弟サリオンから、魔族ビビアン、魔王ヤマシタに伺います。あなた方の、短期的目標と、長期的目標。そして、個々について我々人間と折り合えるのかどうか──少なくともその余地はあるか──といった辺りを、お聞かせ願えれば幸いです」
短期と、長期。
正作は、少し焦る。
(えっと、ビビアンさんはビビアンさんで色々言うと思うけど、ぼくも自分の考えを言わないといけないのか……えっと、うーん)
まず、長期的目標──
そりゃ、世界平和っていうか、魔族と人間の共存。
でもこれは、超むずかしいだろう。
あくまで、超・長期的目標ってことになるのかな。
短期的目標は……その場合、どうなる?
「オレの長期的──むしろ最終的な目標は、古の真なる魔王、”四重に偉大な”アーマーメイド様を、この世界に再びお迎えすることだってハナシ」
「アーマーメイド……先々代の、魔王の名前だな」
「記録も殆ど残っていない、完全に神話時代の存在です」
レオライド、サリオンと続けて述べる。
「魔王城と、その魔都アーマーメイデンの設計者とも言われていますが……あれは、先代魔王アルガスヴェルドが、プロパガンダ目的ででっち上げた作り話という説もあります。”魔王の系譜”を自作自演し、自らの権威の補強を謀った、と──」
ミューラが、途中で言葉を止めた。
正作もイヤな予感がし、そっとビビアンの方を見たが、
(……?)
嗤っていた。
声もたてず、しかし明快に。
ミューラを、もとい部屋の人間たちを嘲笑っていた。
「それでいい。お前たちは、それでいい。真王のことなど、お前たちには過分ってハナシ。あの尊貴な面差しも、揺蕩うように儚げな指先も、お前たちが見ることは決して無い。届かない。知らない。縁がない──哀れさも極まると、もはや笑みしかこぼれん」
(先々代魔王、か)
そういえば、正作がこの世界に来た最初期。
全身鏡の縁に”四重に偉大な”というフレーズを見た気がする。
アルガスヴェルド同様、この”人”も、元は地球の住人か。
あるいは、また我々とは別次元の存在なのか。
ビビアンは、明快に元の世界の知識を多く持ち、しかも活用している。ここまで来るのに使ったトラックは、こちらの世界で作ったのか。”あちら”から持ち込まれたものなのか。
「それで、そのアーマーメイドさんを再召喚するのに必要な事柄を調べる、というのが、あなたの短期的目標ですか」
「おい、山下正作。お前ごときが馴れ馴れしく、あのお方の名を呼びつけにするなよってハナシ」
ビビアンの嘲笑が、一瞬で無表情になった。
(なんて難しい子なんだ!)
アップダウンが激しすぎて、なんだか癖になりそうだ。
「えっと、”陛下”の再召喚をするための情報集めが、短期的目標に?」
「正確には、その情報集めを安定して行える土壌作り。これがオレの、目下さっさと果たしたい事柄ってハナシ。そしてそれを満たす為の条件は、これからここの山下正作が述べる目標と合致する」
クッキーのような菓子をかじり、無言で左手を正作の前にかざす。
ここから先はお前が喋れ、ということらしい。
「あっ、えー、と……すみません。山下正作です」
「なぜ、謝る」
レオライドが、すごく真顔で訊ねる。
「あ、いや、なんとなく。すみません──えっとですね。魔族といいますか、魔王軍的にはですね、最終的には、人間世界との戦争をなくしたいと」
「はぁああああぁあぁっ?」
ミューラが、まさに”思わず”といった体で叫んでいた。
「一時停戦、ではなくですか?」
サリオンが、切り込んだ。
「え、はい。ま、最終的にはってことで。長い間、魔族と人間で争い続けてきたってことなので、そう一朝一夕には、それはもちろん無理ですからね。なので、短期的に”お試し”で一時停戦を行なって、そこから徐々に──。あっ、さっき”魔王軍的には”って言ったのは、あくまでもぼくは魔王で、つまり”魔王軍”の長ではあるんですけど……」
正作が、椅子にふんぞり返っているビビアンを見た。
「たとえば、ここのビビアンさんは魔王軍に属さない魔族グループの人ですし、ほかにも魔王軍に属さない魔族はいくらかいます。その辺は保証外ということになってしまいますが──」
「待って欲しい、ヤマシタ殿。それでは、王として応えることは難しい。仮に、魔王軍との”一時停戦”をしたとしても、人間界を襲ってくる魔族は根絶しないうえ、どの魔族が魔王軍か、そうでないかもこちらには分からない。その一方で、人間側は”停戦契約”に縛られ、魔族側のコロニーに攻め込めない──となれば、こんな不平等な約束ごともない。それでは、皆が納得しない」
(あ、そりゃそうだ。レオライドさんの言うことはもっともだ。何かでこちらが譲歩して、落とし所を? いやでも、どこを譲歩すれば……)
魔族が人間界を襲ったら、こちらへの王国軍の調査を容認?
……さらなる火種になりそう。
そのつど、こちらで調査。場合によっては賠償金で決着?
──だめだ、うちには貨幣制度がそもそもない。
(だいたい、魔族が全部、魔王軍でまとまっているならまだしも、結構「非魔王軍」の人達、いるからなぁ。その全員を制御しろとか、どだい無理な相談……)
とここまで考え、正作に新たな閃きが降りた。
そうだ。
それは、向こうも同じじゃないか。
「あー、えっと。でも、人間世界には東方連合もありますよね? 今のお話だと、王国とは関係なく、東方連合の軍が、我が魔王軍領とかに攻め込むこともありえます。我々からすれば、ゾークヴツォール軍かどうかなんて見分けがつかない。そう考えれば、その辺は”お互い様”で、いうほど不平等な約束ではないようにも思えますけど……」
レオライド王が沈黙する。
が、今度はかわりにサリオンが口を開いた。
「和平を望むわりに、先日のカーチコムでの一件は?」
(え、なにそれ。ぼく、そんなの知らない)
ヤマトとドグ、ガブリエラが「出張」といっていた件のことだろうか。王子の口調からすると、なにやら派手にやらかしたような気配だ。
(カーチコムって、確か新たな異世界転移者が来たってとこだよね。何か関係が……?)
「それです、サリオン殿下!」
どれだよ? と思いつつ、正作が力強く言い切った。
異世界に飛ばされ、殆ど無チートのまま数々の難局と生き延びることで、彼なりに悟った一つのやり方だ。
ハッタリは、勢いが全て。
てきとうにかませば、あとは周りが勝手に考える。
真実は、常に後追いのこじつけだ。
ここは踏まこむべき、と、正作の中の誰がが囁いた。
「まさにそのカーチコムの件が、ぼくをして人類、魔族の共存共栄、和平へと向かうべきと決断させた一大事件だったのです!」




