その57 〜パルケエスパーニャ〜
「クラぁっ、ええから縄ァほどけやぁアホボケカスゥッ! おどれらぁ、ケツ持ちどこじゃ!? どうせ半グレもどきのハンチクやろ? そいつらに萩之茶屋さんの名前聞かせてみぃ。速攻、座り小便確定やど! ──お?」
(わー。超、ガラ悪ぃ〜)
兵舎控室の片隅に、縄で縛られた丸刈りの男を見て、甘太郎は苦笑した。
***
新たに”異世界人”が来たということで、甘太郎は、急遽ワフルから軍事都市カーチコムまで呼び出されたのだ。
数日がけで、今朝方やっと到着。
噴水前広場に放置されている大型トラックには、朝っぱらから野次馬たちが集っているようだ。
(きたよ、トラック転生。たまたまか、誰かが狙ってやってるのか……。俺が着てたブレザーとか通学バッグ同様、転生もしくは転移時、接触していた無生物は一緒にこっちに来るわけか。次、飛行機とか来たら、もう笑うしかないな)
あんまりひょいひょい”来られる”と、異世界人一人あたりの値打ちが下がってしまう。甘太郎的には、少々面白くない展開ではある。
「異世界人デフレか……量的緩和が必要かな」
「デフ、何ですかそれは。異世界の言葉でしょうか」
一緒についてきたワフルの聖女ラヴィリアが訊ねる。
一応、王室預かりとなっている甘太郎の身分保障を彼女が行なってるため、こういう緊急の呼び出しなどでも、同伴する義務が生じるそうだ。
「そんなところです。えっと、こっちが兵舎?」
(ディーゼルトラックね──菜種油を使え臭が、プンプンしますな。コスパ的には、どれが最適なんだろうか。獣脂とか魚油でもいけるだろうけど、動物性はちょっとイヤな予感するんだよな。アメリカの戦艦のディーゼルエンジンに、確か、牛脂を使ったバイオ混合燃料を使うってニュース、読んだような気もするけど──また、仕組みとか違うだろうし。それに植物性のほうが、意味もなくヘルシーな雰囲気)
そしてご対面。
丸刈り男は、兵士たちによって適度にボコられ、顔に凹凸ができていた。
二十代後半ぐらいに見える。
そして口が悪い。すごく悪い。
小指が脱着式でも、違和感はない。
(その辺の兵隊にやられるということは、このヒトも戦闘系のチート恩恵なし派か。ガブリエラもそうだったし……もしかして俺、わりと恵まれてる系の”世界渡航者”なのかね)
「あ、どうも。俺、神戸で高校生やってた鈴木 甘太郎といいます。免許証を拝見いたしましたが──え、大阪市にお住まいの、奥垣内 学さんで間違いないでしょうか」
「なんやガキ。ここ、まだ神戸け? パルケエスパーニャちゃうんか。あっ、神戸──もしかして、異人館街ってやつ?」
「いえ、北野異人館街は関係ありません。落ち着いて聞いてください、奥垣内さん。俺も、あなたも、何らかの理由で、元いた地球とは別の──異世界ってやつに来てしまったんですよ」
(爆笑、ポカーン、逆ギレ──どう来るかな)
奥垣内は、逆ギレパターンだった。
「アホボケカス」の混じる、非常に早口で聞き取りにくい関西弁を甘太郎は軽く流し、奥垣内の背後にまわって縄を解きにかかる。
「……なんやぁ?」
自由になった手で、もう片方の手首をさすりながら、奥垣内は訝しげに甘太郎を睨む。
(お、ちょっと意外。いきなり殴りかかってくるかと思ったけど、けっこう理性的。話せば分かる型のチンピラさん?)
暴れたところを軽くおさえて再説得の予定を、少しだけ修正する。
「とりあえず、外に出て、状況を確認しませんか? 乗ってこられたトラックもありますよ。さすがにキーは抜いてありますけど」
「──誰かに、そう言え、言われてんのか? まぁええわ。別に、お前にはなんちゅう因果もないしな。ガキも女も、殴るのは趣味ちゃうし。さっきのコスプレのガキどもには、ちょっとお話あるけどな……」
奥垣内は、チラッと甘太郎のそばにいる女神官を見た。
(ラヴィリアさん、あんまり手加減しないタイプだったら、止めないとね)
彼女の”両手”で、普通にやられたら奥垣内さんはかなりのことになりそうだ。
甘太郎の心配をよそに、三人は控室から兵舎外れの外廊下を通って、穏便に噴水前広場へと出た。眼の前に広がるのは、まさに西欧ファンタジーの街並み。
煉瓦敷きの舗装路。
漆喰壁の低層木造建築。
むき出しの地面には、轍の跡が縦横にはしる。
行き交う人々の服装は、皆──
「なんや、やっぱりパルケやんけ!」
奥垣内が叫んだ。
「おぉ〜ぃ、ガキ。なぁにィ〜がぁ〜神戸やねん。伊勢志摩のスペイン村やろ、ここ。俺、中学の修学旅行、行き先ここやったから知ってるんやど。伊勢神宮巡りとセットで、近鉄電車で揺られて行ったっちゅうねん。そこの姉ちゃんも、この辺歩いてるのも、全員外人のエキストラやん」
「奥垣内さん。スペイン村は、こんなに大量のエキストラは置いていないですよ、予算的に考えて。だいたいこんな砂埃、立ち込めてなかったでしょ。ちょっと新今宮駅周辺を彷彿とさせる、なんともいえない異臭といい、明らかにパルケエスパーニャではありませんよ」
「いや。それは、な……スペイン村は興行的に、まぁ、若干アレやって話やし? ガキには分からんやろけど、大人の世界にはな、色々あるんや。あんまりそういう、新今宮駅とか、そんなん言ったるなや」
ポケットに手を入れ、ちょっとうつむき加減に視線をそらす奥垣内。
(このオヤジ、無駄にがんばるなぁ!)
甘太郎は、だんだん面倒くさくなってきた。
「……もういいです。分かった、分かりました。ラヴィリアさん。奥垣内さんを説得する手段として、デモンストレーションで呪文を使うのは、神殿的にまずかったりしますか?」
「自分の目的で使う分には、特に制約はありません。いくつか例外もありますが──今回の使途では、問題にならないでしょう」
ラヴィリアが答えた。
「……なんや?」
「奥垣内さん。ここが”異世界”だということを、これからビジュアルに、簡潔明瞭に証明してあげますよ」




