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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--奥垣内 学と和平編--
57/93

その56 〜脱法魔王〜

 これは夢だ。


 分かっている。

 分かっていても、醒める気にはなれない。


 世界に”幸福”というものがあるとすれば、あれはその一つだろう。


 何も知らないことは、幸福だ。

 仲間がいる。人間もいる。

 小さな諍いもあるが、大したことはない。

 

 麦束をいっぱいにかかえ、歩く自分がいる。

 水桶を抱えて畦道をふらつく自分もいる。

 

 父がいる。母もいる。

 甘美な夢。

 

 ただ満喫し、笑いあい。

 傷つけることも、傷つくこともなく。

 憤怒とも、復讐とも無縁。

 あらゆる残酷も、遠い昔話。お伽噺。


 しかし、これは夢だ。


 知ってしまったものは、忘れられない。

 後戻りは、できない。

 戻らない。

 なおらない。


 (すべ)てが、一瞬後には手遅れ。


 無理に繫いでも、どこか歪んでいる。

 不可逆。

 

 それはきっと。

 この世界で一番最初にできた”法則”。




 そして目がさめた。

 

 深夜。

 エクステリアは独り、寝台で瞼を開く。


 窓外の星光だけが頼りの暗闇。

 人間くさい。


 不快だが、仕方ない。

 ここは人間の街だから。


 彼女は再び、目を閉じた。

 

 もうその夢は結構だ、と念じながら。

 黙れ、観測者。

 黙れ、観測者。

 黙れ、観測者。


   ***


「まぁ、異世界転生といえばトラック。トラックといえば異世界転生。……どうだ、別に笑ってもいいのだぞってハナシだ。我ながら、ナイスユーモアだしな」


「はぁ」


 山下正作は、ビビアンと一緒に、ゾークヴツォール王国の街道を一・五トンの小型ディーゼル・トラックで疾駆していた。


 二人乗りで、後ろは屋根なしの荷台。典型的な軽トラックを彷彿とさせる形状だが、軽自動車ではないようだ。


(というか、軽自動車分類のディーゼル車、あったっけ?)


 街道が適度に整っているおかげもあるが、国境沿いからここまで二日。異世界の感覚でいえば、まさに空を飛ぶかの如きハイペースだ。


「知っているかね、山下正作。カーチコムの街に、四人目(・・・)の世界渡航者が現れたってハナシ。いよいよ、七百年前と同じだ。当初は、生きても死んでもどうでもいいという扱いだった君が、あのクソ憎たらしい鈴木甘太郎と同程度には、残しておく値打ちが出てきたってハナシ。……嬉しいだろう? 少なくともこの世界に来てから、君に自殺願望はなかった筈だしな」


「はぁ」 


 円形闘技場滞在中、ドグ、ヤマト、そしてガブリエラが留守にしたタイミングで、正作は、ビビアンに拉致された。


 その際、現場に居合わせた青竜カイアンフェルドは、ビビアンから適度にボコられた挙げ句、銀の鎖で雁字搦めにして収蔵庫に詰められた。事件の発覚までには多少、時間がかかりそうだ。


(毎度のことながら……このヒトは、いったい何がやりたいのか、サッパリ分からない)


 噂によれば、先の王城での事件の際、勇者に勝ったらしい。



 魔王、いらないじゃん。



 正作は、ものすごく心の底からそう思った。

 彼女は正作のことを、”まがいもの”と称している。

 魔王とは、可能な限り呼びたくないらしい。


 といって、自ら魔王を名乗ることもない。

 魔王になる欲求は、なさそうだ。


 では何を目的に、動いているのか。


 単なる暇潰し──

 では、どうもなさそうだ。

 

 ワフルの街では多少その気配もあったものの、特に王城では、かなり甘太郎に対して怒っていた。経緯は不明ながら、やはりビビアンには、何らかの目的があると考えた方が自然である。


「あ、あのぉ……」


「ディーゼル車である理由ぐらいは、分かるだろう? きっとあのクソ甘太郎も、今回の世界渡航者が持ってきたトラックに、菜種油でもブチ込んで走らせようとする筈だってハナシ。ガソリン車もまぁ、がんばればいけるが、原油の精製が厄介でな」


 中身はもう説明するまでもなく最悪だが──


 外見は、グラマラスな銀髪美女。

 今日の格好は、ラフなTシャツに破れジーンズ。

 尻ポケットに、薔薇の刺繍などが入っている系のやつだ。

 おまけに、いい香りがする。


 この状態で、約二日。もう二日これが続けば、正作は、居心地の悪さが極まって倒れる可能性さえあった。


「あのぉ、そうではなくてですね。結局、あなたの目的は何なんですか?」


「訊いてどうする」


「いや、目的の中身によっては、協力しあえることもあるのかな、と。あなたは、別にぼくの命は狙いじゃないようだし、かといって、人間社会を滅ぼすとか、支配するみたいなことにも興味がないように見えます」


「相互不理解で、振り回されるのはゴメンだと? しかし、君は”魔王”というまがいもの(・・・・・)の看板を、すでに背負っているってハナシ。今更、やめることは難しいだろう。誰が許そうとも、ナンギシュリシュマが許さんはずだ。あれは、魔王の復活に執着しているからな。そしてオレは、”まがいもの”と遊びで馴れ合うことぐらいはできても、認めることはないってハナシ」


 拒絶。


 表面上はフランクに話していても、ビビアンからは断固とした拒絶の感情が伝わってくる。だが、正作とて二十一世紀に生きる、不信時代の住人だ。この程度の隔意(かくい)にへこたれていては、派遣常駐などできない。


「──それは”法則”ですか? ”勇者の法則”があるなら、”魔王の法則(・・・・・)”もあると。リアンさんがそうであるように、ぼくも、そういうこと(・・・・・・)になっていると?」


 ビビアンは、運転しながら、横目で正作を見た。

 今まで、視線さえ向けていなかった。


「ほう。先のセーフティ(・・・・・)ビット(・・・)起動時に、勇者と遭遇していたのか。勇者の口から、”勇者の法則”の言葉を聞き、そこから類推したってハナシだな。思ったより、マヌケではない」


「”法則改変者”というのがいたみたいですが、法則の改変が、それがあなたの目的だったり?」


「違う、とも言い切れないが、それは”目的”ではない。場合によっては”手段”になる可能性は否定できないが──まぁ、いいだろう。まだ王城にはつかないし、暇潰しに教えようかってハナシ。オレの目的は……真の魔王の帰還(・・・・・・・・)だ」


 正作の呼吸が、少し止まった。

 しばらく、トラックのがたがたという振動音だけが続く。


「……確かに、”まがいもの”が消えれば、そこで”法則”はいったん解除され、真の魔王がお戻りになられるのでは、と期待した時期もあった。でもそれは、間違いだったってハナシ。七百年前、有賀(ありが) (すべる)という世界渡航者が来た時、それに気づくべきだった。慎重になるべきだった。しかし、オレには──どうしてもできなかった」


 正作は、ビビアンから視線をそらした。

 シートにふれる背中が、どんどん冷えてきた。


「王は、この世にただ一人。ただの、一人だ。ほかは凡て似非(えせ)擬物(まがいもの)ってハナシ。異界からポッと出てきたような小僧が、真王の後継者ヅラをする? 認められるわけがない! より近くにいて観察を続け、ほかにも来る世界渡航者たちとも引き較べ……それがあの時、できていたならな。というか今でも無理だ。ヤツの顔を今見たら、すぐ攻撃してしまうだろうってハナシ。感情コントロール能力の欠如が、今も昔もオレの弱点。そこへいくと──」


 ビビアンは、息をついてブレーキをかけた。

 原っぱの中央を貫く街道の只中で、トラックが停車した。


「君は、見ていて我慢できる範囲内(・・・・・・・・)の”まがいもの”で、そこが美点だってハナシ。魔力の量こそ魔王級だが、それを一切使いこなせていない珍種だ。ほかの一般世界渡航者に比べても、これはかなり特殊な例と言える。君のような道化が王を称しても、それはお笑いの範疇で流せるってハナシ。また最近、その特殊性がもしかしたら鍵なのではないか、という気もしてきた」


(やっぱり、自分はおかしいのか)


 鈴木甘太郎は、人間だが、異世界転生者らしいチート能力に目覚めている。ガブリエラは魔族で、魔力こそ(正作基準で)控えめだが、やはり特異な力を備えている。


 自分だけ無チートというイジメのような状況に、内心「ねーよ」とは思っていたものだが……今のビビアンの指摘は、正作にある種の啓示をもたらした。


「”魔王の法則”がどんなものかは分かりませんが、それに縛られていながら、ぼくは魔王らしくない。まるで、法則の裏(・・・・)をかこうとしているかのような……」

 

 たとえば、派遣社員が派遣先で受ける”面談”だ。給料も出ないのに、派遣先が変わるたび、正作がさんざん受けさせられ、泣かされたアレ。


 法律で、派遣先が”面接”をすることは禁じられているが、”面談”は問題ない、という不思議な話がある。実質は面接同然で、普通に落としたり(・・・・・)もされるが、元の世界にだってそういうグレーゾーンな判断は山ほどあった。


 ”法則”にも、もしかしたら?


「ふーん。”脱法魔王”か──おもしろい」


 ビビアンが言った。


「それは……実に、たいへんに、おもしろい着眼点だってハナシ」

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