その55 〜会談〜
「で、その”異世界人”の男はどうなった?」
座臥に腰かけ、楽な姿勢でレオライド王が訊ねた。
「先々のこともあるので、カーチコム兵舎の詰め所で軟禁中だそうです。ワフルから呼び寄せたカンタローが、一週間もすれば到着するでしょうから、まぁ、それ次第ですね。男が乗っていた”巨大な馬車のような箱”は、重すぎて動かせない為、噴水前広場に置きっぱなしですが」
同じく手近な椅子に座り、少しくだけた風のサリオン。
十二歳にしては、やや大人びてはいるが。
かつてハラニーチ四世が使っていた私室はそのままにして置かれ、レオライドの王子時代から使っていた私室が、そのまま新王のそれ、ということになっていた。
「なるほど。察するに、異世界の輸送道具かな。もしこちらでも普通に使えるのであれば、”魔族領”侵攻に際し、役立つかも知れんな」
「さ、あまり期待しないほうが良いかも知れませんよ。カンタローの話では、異世界の道具の多くは、異世界独特の動力源を消費して動く、と言っていましたから。その代替物をこちらで用意できるかどかは──」
サリオンがそこまで言いかけた時、いきなり扉が開いた。
私室の扉──
私室とはいっても、いまや”王の”私室だ。
外には近衛兵もいる。
仲介を通さず、ノックもせず、入ってくる大無礼。
それは、入室者が誰かを明快に示していた。
「……母様。ノックを忘れていますよ」
やんわりと、レオライドが釘を刺す。
「今はまさに国家の一大事。気を急き、あたら無造作に来室した母を、どうか許してくださいね。……”魔術師”も連れてきました。さっそく、始めるとしましょう」
勇者パーティの一員、”文無し”のミューラを伴い、王太后ルベルベラが悠揚に一礼した。以前より、やや落ち着いた色調の衣服。王の后から、王の母へ。立場が変わり、それなりに演出を考えてのことだろう。
ゾークヴツォール王国国王レオライド七世。
王弟サリオン。
王太后ルベルベラ。
魔術師ミューラ。
密室に、ただの四人。
つまりこれは、公式の記録に残らぬ秘密会談。
提唱者は、第二王子サリオン。
目下最前線であるカーチコムより、勇者パーティの一人を、わざわざ王都まで呼び戻しての会談である。その主題は一切伏せられたが、参加者の名だけは伝えられていた。
「では、発起人たるサリオンから、頼む」
「はい、陛下」
ルベルベラとミューラにそれぞれ着座を勧めてから、サリオンは立ち上がった。
「まず、ミューラ。この喫緊時に呼び戻すようなことをして済まなかった。ただ、従前よりの話と大いに絡むことだし、何より勇者リアン・スーンの先にも関わる。勇者パーティの頭脳たる君には、ぜひ参加してもらいたかったんだ」
「”新たな”異世界人の来訪もあり、ただならぬ事態となっているらしいことは薄々察しておりました。わたし一人なら飛んで来られますので、殿下、そのあたりはどうぞお気遣いなきよう」
殊勝な調子で、ミューラが目を伏せる。
普段の彼女を知る者なら、妙なものを食べたのかと疑うところだろう。
「ありがとう。では早速本題に入ります。先日の、”青鬼”ドグの襲来について──」
「あれは、出鼻をくじかれたな。戦略的には修正可能範囲とはいえ、表看板たる将軍を、三人も失ったのは痛い」
レオライドが、こめかみに指をあて、鹿爪らしい面をする。
純粋に戦力的な意味でもそうだが、なにより外聞の悪い一報だった。
(あまり”対魔族”戦で遅れを取ると、今度は南方の蛮族達がどう出るか、知れたものではない)
人間世界も、一枚岩ではないのだ。
表面上は穏健な関係にある東方連合だが、油断は禁物である。
「魔王軍の最高幹部”四強”……その中でも最強とされる”青鬼”ドグですが、今回のように、単騎で突然、人間世界の領域に出現したことはありませんでした。昨年の勇者リアンとの遭遇も、あくまで戦地──軍対軍の状況下でのこと」
「それは当然ですね。ドグには、飛行能力がない。変身もできない。巨躯ゆえ、幻術でごまかすのにも限界がある──それと察知されることなく、我が国に近寄ることは至難でしょう」
魔術師ミューラが、確認の意味も込めてそう告げた。
「──たとえば”青鬼”を幌馬車などに隠し、それを人間に変装した魔族が馬に牽かせていた場合、今回のように露見せず人里まで近づけるのではないのですか?」
素朴な疑問点を、ルベルベラが挙げた。
「ドグは、”四強”でもっとも強力な個体ゆえか、ほかの三者に較べ、魔力の隠蔽技術に劣る一面があります。王太后殿下もご存知の通り、各街には魔術師ギルドの支部があり、そこの術者は定期的に広域な魔力探知を行なっております」
魔族が跋扈する世界において、これは絶対的に必要な措置である。
ヤマトのように、高度に魔力を遮蔽することのできる魔族もいるので万全とはいえないものの、これにより、たまに人間世界に紛れ出る”野良”魔族の適時発見・討伐が可能となるのだ。
「それゆえ、馬車などの手段で”ゆっくり”接近すると、たちまちその存在が露見するのです。まして、今のカーチコムは準戦時体制──」
「そこが、さきの話のポイントともなります」
ミューラの解説を、サリオンが引き継ぐ。
「つまり”青鬼”は、今までできなかった人間界への接近を、可能とする手段を得た、ということです。魔王が出現し、ハラニーチ四世が殺害され、”異世界人”が出現をはじめた──ちょうど、この時期にです」
「偶然では、ないと?」
レオライド。
「異世界”人”だけでなく、異世界”魔族”もまた出現していると考えれば、一連の事象に一応の説明はつくと思いませんか、陛下。そもそも魔王は、”獄界”なる異世界より召喚されたるものと聞き及びます。あるいは──」
「蓋然性の高い推論というのは、理解しました」
サリオンの言を途中で遮り、ルベルベラが居勢を正す。
「こういう事でしょう? ”青鬼ドグ”は勇者にはかなわないが、それ以外の相手には絶大な威を発揮する”駒”であり──それを魔族どもは、好きな時に、好きな場所に出現させることができる。極端な話をすれば、ここにでも」
王太后の言葉で、場が静寂に包まれた。
レオライドの喉が、少し鳴る。
「サリオン、確かにそれは大きな問題だ。こたびの会談では、その対策を?」
「いえ、違います。陛下」
心配顔のレオライドを見て、サリオンは首を振る。
ほかの皆は──ミューラを含め──目を瞬かせた。
「魔族は、はっきりいって人間世界の王族というものに、あまり興味がないようです。これは、ある意味で正しい。魔族達は我々”人間”と戦っているのであって、ゾークヴツォール王国と対している訳ではないのですから。ゾークヴツォールの王家に連なる者を皆殺しにすれば、”人間”の世界に少なからぬ混乱が生じ、それだけ有利になる──ということは理解しているでしょう。しかし一方、魔族という”天敵”がこの世に存在する以上、すぐさま新しい”枠組”を再生し、人間たちが団結することも理解しています」
ルベルベラが不快そうに何か言いかけたのを片手で静止し、サリオンが続ける。
「あとは、それを行うだけの”労力”に対し、どれだけの”成果”があるか、という損得の問題だけです。彼ら魔族視点で考えれば、”四強”最強のドグは、そう簡単には失えない大駒でしょう。少なくとも僕には、彼らがそこまでして狙うだけの値打ちが、王家という看板にあるとは思えないのです」
「なるほど、噂に違わず、聡明な子供だってハナシ」
女の声がした。
ルベルベラでも、ミューラでもない。
部屋の扉を見ると、それは開いていた。
開いた先で、数名の近衛兵が転がっている。
その女の後ろには、もう一人の影があった。
「はぁああ?」
ミューラが、素っ頓狂な声を出す。
「声を上げて、さらなる近衛兵を呼ぶかね、王妃?」
「無礼者、悪漢とて名乗るほどの礼儀は心得なさい」
ルベルベラが、まっすぐに侵入者を睨みつけた。
ゲゾス伯爵あたりなら、これだけで面白いことになっていたことだろう。
「……魔族か」
レオライド王が、静かに問うた。
「いかにも。名ばかりの、ニンゲンの王よ。オレの名はビビアン。今日は、面白い客を連れてきたってハナシ──全員、ご存知だろう」
「ヤマシタ、さん……?」
「あ、ど、どうも。お久しぶりですミューラさん」
やや場違いな感のある中年男が、おっかなびっくり頭を下げる。
「行方不明の、”異世界人”──」
サリオンが呟く。
ビビアンは皮肉げに片眉をあげ、わらった。
「君たちが”魔王”と呼ぶまがいもの、山下正作だよ」




