その53 〜四人目〜
「そなたらだけでも無事に戻り、幸いだ」
帰還した──生き残った──将軍達に、レオライド”王”が声をかけた。
玉座に腰掛けるのは、新たに即位したレオライド七世。
赤絨毯の左右には近衛兵が並び、玉座の左にはサリオン王子、右にはサーララ王女がそれぞれ控えていた。あくまでレオライドを王とし、残りの王子王女らは補佐。
当面はこの体制でいくことに決まった。
レオライドの前に膝を折り、頭を垂れるのは、四人の将軍。
生き残りの三将の中では比較的軽傷のヤットール。
左腕を失った”秒速”ヨザウィング。
目元から下が、包帯でぐるぐる巻きの”妖艶”クリシュラティアナ。
そして留守を任されていた”七将軍”筆頭。
ゾークヴツォール王国軍総司令テトロン・ローグァイ。
五十代。
亡きブランブランと同系統の、角ばった印象。
顔についた多くの傷跡が、その歴戦を物語る。
「まこと、お恥ずかしい限りにて。”七将”を代表し、このテトロン、陛下に深くお詫び申し上げまする。ことに、このヤットール」
テトロンが、ちらと横のヤットールを睨んだ。
「三万のうち六割が殺され、三将軍が討ち死に。ほか二将軍も重傷という中、一人だけかすり傷にて戻りたるは、武人としてまことに恥。いったい如何様な立ち回りをすれば、かくも無様な”命冥加”と相成るのか──」
「……」
ヤットールは一瞬だけ目線を上げかけたが、かすかに下唇を噛み、頭を深く下げた。ここで反論しても詮無い、という判断だ。
「おそれながら、テトロン様」
そう。
この場なら律儀なヨザウィングが、勝手に弁明してくれる。
だからあえてヤットール自身が反論しなくても良い。
せいぜい殊勝な態度を貫き、好感度を稼いでおく。
「あの時、”青鬼ドグ”が大技に出る直前。ヤットールが危険を冒し、重傷のわたしとクリシュラティアナを抱え秒速で跳んでいなければ、我が王国軍はさらに、二将を失っていたことになります。負け戦ゆえ、功績とまでするには及びませんが、無様というのはいささか──」
「そうよね。将軍達の一斉攻撃が通じない時点で、これは撤退戦。いかに自軍の損害を減らすかという戦い。戦闘報告書も読ませてもらったけど、特にヤットール将軍が及び腰だったわけでもないのだし──」
サーララ王女が、付言した。
「うむ。わたしも、サーララ、ヨザウィング将軍の見識に同意する。テトロンも立場上、締めねばならぬところあり、難しいだろうが、そんな次第であるから、抑えてくれると有り難い」
「勿体なき、お言葉……」
ここで、ヤットールがようやく発言。
(これ以上は、何も言えまい)
テトロンは沈黙のまま、レオライドに頭を下げた。
「──して、総司令。カーチコムの軍勢の再調整は、どのような運びとなっているか」
「はっ。戦死者および戦傷者の慰霊金、戦傷年金の手配は、概ね終わっておりまする。勇者リアン・スーンら一行もすでに現地入りし、かの地に残る兵力は現在三万三千。これに、王都より新たに集めた七千を加え、総勢四万にて”魔王”の領域に攻め入る算段にございます」
「青鬼の奇襲によって、計画に多少の遅れは生じたものの、基本路線は特に変更なし。名だたる勇将を削られたのは痛手ですが、大筋では問題なく進んでいると見て良いでしょう、陛下」
王弟となったサリオン王子が、テトロンの言葉にやんわりと上乗せした。
受けて、レオライド王は鷹揚にうなずく。
「よし。決行はひと月後とする。栄えある人類王国・ゾークヴツォールの名において、西方の悪鬼ども、その首魁に眼のものを見せてやれ」
「「「ハハァッ」」」」
生存戦争。
この世でもっとも正当で凄惨な題目の争いが、火蓋を切ろうとしていた。
***
「エ……ト、タコヤキ、ヒトツ、アー、コレ、クダサーイ」
「毎度!」
奥垣内 学は、慣れた手つきで鉄板からたこ焼き六個をPSP容器によそい、特製ソース、青のり、鰹節をまぶして緑の輪ゴムで閉じ、ビニール袋に入れて差し出した。
相手の若い女性は、ものすごく滑らかな発音で「サンキュー」と言い、奥垣内の屋台から去っていった。
「今の娘、アメリカ人とかか? 結構、かわいかったな」
「萩之茶屋さん、ああいうの、好みなんスか」
「おう、まぁ、わりとな。『ウォーキング・デッド』で、ああいう女、出てへんかった?」
「すんません。海外ドラマ、あんまし観てないんで……前の休みに、『ウシジマくん』の映画、DVDレンタルで全部観ましたけど」
「ああ、あれ、おもろいよな。『ミナミの帝王』とかも観る? 昔の、Vシネ版のやつ。めっちゃええでアレ」
「あっ、昔のはちょっと。新しい方のやつは、テレビで観ましたけど……」
たこ焼き用鉄板に油をさしながら、奥垣内。
朴訥な作業用ジャージに黒エプロン。
赤地のバンダナの下は丸刈り頭。
奥垣内 学。三十歳。
公立高校中退後、新聞配達。
新古本屋。大型トラック運転手。
派遣営業──を経て、脱サラ。
昨年より、大阪の難波駅付近にて、念願のたこ焼き屋台を牽いていた。
隣のノーネクタイ背広男は、萩之茶屋 一郎。
奥垣内の中学時代の先輩で、早い話がヤクザである。
屋台を始めるにあたり、予想外にフリースペースなどの場所代が高くつき困っていた奥垣内に、手を差し伸べたのがこの萩之茶屋。
少々のショバ代と引き換えに、あまり国家権力がうるさくない絶妙なスポットを紹介してくれた。保健所への営業許可を取る技なども(当然有料で)教えてくれ、奥垣内的には、今や頭の上がらない存在となっている。
「この、発泡スチロール? のケース、原価かかりすぎちゃう。屋台のたこ焼き屋らしく、最安の透明プラケースとかでええやろ」
暇を見て、何かと声をかけてくる。
暇を見て、というより、たぶん単にヒマなのだ。
「あ、それね。耐熱PSPなんで、電子レンジにも対応してるんスわ。安いプラ容器でも、平気でレンジにかけるお客が多くて、そらあかんでしょって事で……ちょっと高いんですけど。レンジ対応だけなら紙製でもいいんですけど、保温性とかもあるんで」
「へぇー。いろいろ、考えとるんやな。そのわりに、この手洗い施設、ハンドメイド感ばりばりで貧乏スメル効きすぎ君やん。消毒用アルコールとハンドソープが外付けなんはええとして、ステンレスボウルの下に穴あけて洗面台にするとか、力技すぎるやろ……」
「いや、でも保健所の人、これでいいよって」
屋台の営業許可を得るには、いくらか守るべきルールがある。
手洗い用の水タンク。
排水用タンク。
(必要なら)食材の保冷設備。
(地域によって異なるが)風塵を防ぐ”衝立”の設置。通常、三方向。
食材の下ごしらえが必要なら、その”充分な条件を満たす”調理場。
なお奥垣内の場合、たこ焼きの生地や具の下ごしらえは普通に自宅のキッチンで行なっていたが、公的には、萩之茶屋と付き合いのある、さる中華料理店の厨房を使用──ということになっていた。
仕入先の登録も必要で、奥垣内の場合は、オーソドックスに近所の業務用スーパー。彼のような小規模飲食店経営者は、問屋を通すほどのロットは捌けないため、近所のおばさんに混じっての業務用スーパー利用も、それほど珍しい話ではない。
萩之茶屋とダベっている間も、奥垣内は流れるように生地をたらし、刻んだタコを入れ、天かす、ネギ、生姜──と機械的にまぶしていく。隅っこの二列には、チーズ入りだ。
「で、今日も夜までやんの? 良かったら、夜、付き合えへん? 前のキャバ、ええ子入ってるで」
「あー……行きたいけど、今日は早じまいして、行くトコあるんスわ。まだ今度、お願いします」
「──女か」
萩之茶屋の鼻の下が、ぷくっと膨らんだ。
「違いますよ、ちょっと野暮用があって。神戸まで」




