その52 〜青鬼ドグの実力〜
ゾークヴツォール王国西端。
軍事都市カーチコムの外れ。
その市街壁が遠目に見える場所にぽつんと自立した『扉』。
ガブリエラはそこからチョコンと半分顔を出し……三万もの人間の軍隊が、青鬼ドグただ一人に殺到するさまを、不安げに眺めていた。
事後の検証により、彼女の能力が創造する”小部屋”──に至る扉は、それ単体で持ち運んでも問題ないらしいことが分かった。
また、扉として開閉できさえすれば、さらに折りたたむなどするのもOK(ただし分解は不可)。
これにより、今回の作戦が実行可能となったのだ。
まず、青鬼ドグとガブリエラが、その携帯可能な扉から”小部屋”に入る。
そして外から扉を折りたたみ、大鳥に変身したヤマトが運ぶ。目的地に到着し、ヤマトがその扉をたてて開けば、”小部屋”ごとドグ達も移動完了というわけだ。
幻影でのフォローが比較的容易なエクステリア、小型化し、ほかの生物内に潜伏できるナンギシュリシュマ、変身能力を持つヤマトに比べると、巨躯で腕が六本あるドグが人間世界に近づくのは簡単ではない。
どうしても十分近づく前、接近に気づかれ、対策──
勇者を呼ぶなど──されてしまう。
その問題が、これでクリアされた。
ガブリエラの”小部屋”は、異次元に構築される一辺二mの立方型空間。
巨漢のドグでも、首を屈めれば問題なく入れる。
「しかし、世話になっといてこんなことを言うのも! なんだが……どうもこう、落ち着かん! な……」
”小部屋”での移動中、大きな青鬼は始終、挙動不審だった。
ごついおっさんのモジモジは、率直に気色が悪い。
「まるで、おなごの部屋にでも! いるかのような……」
「いや、わたしの部屋なんだから、それであってるけど」
元は殺風景な白い壁しかない”小部屋”は、ガブリエラの手によって大幅リフォームされていた。小卓、本棚、壁飾り、コピ・ルアクから貰ったぬいぐるみ各種、各種アロマ、化粧鏡──
青鬼ドグ。
魔王軍四天王、最強の男。
ゾークヴツォール王国の西側にあるカーチコムという街に、人間達の軍勢が集いつつあるとの報を受け、急遽出陣と相成った。
「でも、なんで一人? 魔王軍は? いるんでしょ、軍勢」
「大軍を運用するとなると、準備に時間がかかりすぎるッス。人間どものあれは、おそらく魔王陛下討伐のためのもの。つまり、チンタラしてる間に勇者どもも来るって事ッス。それより先に叩かないと、意味ないッス」
”扉”を運ぶ──という大任を終えたヤマトが、ヒト型に戻り、ドグと入れ替わりに”小部屋”内で休憩中だ。
「ガブリエラのおかげで、こういう大駒のフレキシブル運用ができるようになって助かるッス」
「いやいやいや、にしても一人はないでしょ。じ、地響き、してるんだけど!」
三万の軍勢。
古代の戦争を扱った映画などでよく見る風景だが──
実際に現場視点で見ると、凄まじい迫力だ。
ハイスクールの弁論大会で、ガブリエラが壇上に立った時も、視界に広がる大勢の人間に気圧されたものだが、あれでさえ、せいぜい千人と少々。
その五倍で、五千。
それをさらに六倍して、三万。
それが、全員こちらを殺す気で、奇声をあげながら突っ込んでくるのだ。地響き、砂埃、変な臭い──
(もし自分が、今のドグの位置に立っていたなら、確実に下着が悲惨なことに……)
「せせ、せめて、ヤマトも助けに……?」
「真面目にヤバくなったらそうするッスけど、基本的に今日の俺の仕事は、ガブリエラの護衛ッス。流れ矢に当たって怪我しないよう、気をつけるッスよ。銀の矢はそうそう来ないと思うッスけど、”銀の法則”は、”小部屋”も無効化するッスから」
実は、”銀の法則”が及んだ場合のテストも、既に終わっていた。
”小部屋”の中や、”小部屋”につながる扉に”銀”が作用した場合、即座に能力が解除され、中にあったものは全てその場に現れる。中の生き物も、無機物も、全てだ。
先々月の王城の一件で、ガブリエラが”銀の法則”の影響下で能力を使ったらしいことから、もしかしたら──という念のための実験だったが、結果はどこまでも想定内。
”法則”は、やはり絶対だ。
彼女の能力それ自体は消えず、別の扉で即座に”小部屋”は再現可能。
なので、異空間に閉じ込められる的な危機には陥らないが、隠れる用途で使っていた場合などは、けっこう面倒なことになるだろう。
「む、接触するッス」
ガブリエラが”小部屋”の奥に引っ込み、ヤマトは扉を少しだけあけて外の様子を観察。
三万 VS 一人の戦闘が、始まった。
***
戦況は、おおむね”七将軍”らの予想通りに展開した。
王国の精兵が織りなす堅陣を、青鬼ドグが、麻衣を裂くかのように突っ切ってくる。飛来した矢はドグの表皮で弾かれ、打ち込まれた剣の刃は逆に欠けたり、折れたりした。
それでいて、凡庸な攻撃に混ぜて時折放たれる”銀の矢”や、”銀の槍先”などは、確実に見切られ、ただの一撃も当てられない。
六本の腕はそれぞれの可動域が広く、背後の敵であっても問題なく対処していた。
今のところ、特に何がある、というわけでもない。
ただ、強い。
頑強、俊敏、怪力、的確。
攻撃は基本、素手。
とはいえ、相手から奪った槍や剣も、それなり以上に使う。
”銀の攻撃”対策だろうか。
常に六本の腕のどれかに、奪った武器をキープしているようだ。
獰猛そうな外見とは裏腹に、無駄な破壊をしない。
兵士たちは、その殆どが、急所の一撃による即死。
例外は、持ち上げた兵士を飛び道具に使う場合。
投擲された兵も、その軌道上にいた者達も、無残な肉片と化している。
三万の兵数による包囲圧迫も、これでは殆ど意味をなさない。
脆い砂塊に落ちた一滴の水雫が、みるみる内部を穿ち崩すよう。
「よしよし。奴が、陣の中央に至った瞬間、我ら六人で仕留める」
やや歪曲した大剣をシュラリと抜き、”金玉の星”ブランブランが宣言した。ほかの五将軍も、黙ったまま頷く。
(……ヨザウィングあたりは、もしかしたら死ぬかもな)
ヤットールは、青鬼ドグの暴れぶりを見て、冷静にそう判断した。
”四強”の一角、ドグ。
魔王が現れるまでは、魔王軍最強だったとされる者。
なるほど、これは評判に違わぬ強敵だ。
勇者には敗北したとあるが、それは仕方がない。
あれは、正真正銘の怪物である。
ノーカンでいい。
ノーカンだとも。
(青鬼ドグ、か。わたしでも、一対一では危ない。陣の中央──もっとも大軍の”圧”が強い地点に誘い込んでの、六将軍同時攻撃。できれば最後のトドメはいただきたいが……いや、やめておくか。変に色気を出して、それで死んでいては世話はない。万事、抜かりなく。ここは一つ、安全居士を決め込もう)
各人、散る。
合図の必要はない。
”その時”が来たら判る。
全員、その程度のことは判る実力者である。
最初に飛び出したのは、”秒速”のヨザウィング。
武器は、両手に装備した鉄手甲。
拳部分には銀が混ぜられている。
「ケぇっ」
閃。
閃。
閃。
閃。
右の七撃が残らず受けられ躱され、左は掴まれた。
そこに大鎌。
”妖艶”クリシュラティアナの一撃。
ドグ、左腕の一本を犠牲にして貫通、止める。
ブランブランは、逸った。
目先の功に急いたか、ここを好機と見てしまった。
クリシュラティアナが鎌を捨て、跳んだ瞬間、
ブランブランは、その剣を落とすよりも早く、
引きちぎられたヨザウィングの左腕を顔面に喰らう。
脳漿混じりの血飛沫。
小砂利のように散る前歯。
二個の目玉は、視神経つきで飛んだ。
「シッ」
ヤットール、ここで”黒竜槍”の連突。
見舞う。
浅めに、数優先。
切っ先を掴ませない。
ヨザウィングの二の舞は踏まない。
数、とにかく数。
腕で防御させる為に。
(ち、なりゆきでヒーウェイか!)
位置関係、タイミング。
受けも回避も不可能。
おいしい役どころ。
ヒーウェイによる一撃。
これで詰む──筈だった。
「ッにぃ?」
”銀髪の貴公子”ヒーウェイは、会心の笑みを浮かべたまま、固まっていた。
必殺の構えのまま。
白い、彫像のような。
(まずい)
ヤットールが、そう考えるよりも先に後ろへ跳んでいたのは、僥倖というほかなかった。
刹那、遅れた”凶器”コルが喉を、クリシュラティアナが顔面を、それぞれドグに掴まれた。
「撃て!」
兵に紛れ、ヤットールが即座に叫ぶ。
万一のため待機していた銀の矢のみを持つ弓兵小隊が、ドグめがけて銀を放つ。
すぐさま青鬼はコルを盾にして、全弾を受けた。
その拍子に、クリシュラティアナが遠心力で、ドグの手から剥がれた。
ばりぃっ。
いやな音と、鮮血。
「ぎぁああぃいいぎひぃいぇえええいいぎぃっ」
顔面の皮を剥がされた状態で、彼女は獣じみた絶叫をあげた。
その美貌の鼻から下全部は、ドグの上から二番目の左手のひらに貼り付いたままだ。
(凍っ──そういう能力か)
青鬼が、全ての腕を丸めて、力んでいる。
来る。
何か。
距離。
連れて──
「じゃ、そろそろ! はじめるかな」
いち早くその場から離脱していたヤットールが、そのセリフを聞くことはなかった。それを耳にした兵士達数千は全員、氷の彫像と化したヒーウェイと同じ運命を辿ったからだ。
***
『カーチコム街外 青鬼ドグ襲来』
戦闘結果。
ブランブラン将軍:戦死。
ヒーウェイ将軍:戦死。
ヤットール将軍:軽傷。
ヨザウィング将軍:重傷。左腕を上腕部より喪失。
クリシュラティアナ将軍:重傷。顔面下部破損。
コル将軍:戦死。
魔王討伐軍(三万):六割死亡。三割が重軽傷。




