その51 〜王国七将軍〜
円形闘技場の地下にある、閉ざされた収蔵庫。
七百年前の魔王、アルガスヴェルドの遺品。
その背広のポケットには、財布と名刺ケースがあった。
「兵庫県、神戸市、中央区……にある、警備会社の営業課長? 有賀 統……さん。免許証によると……西宮市在住。昭和五十一年四月二十日生まれ。ということは、ぼくより十歳下?──学年は十一年違いか。四十歳──」
(つまり、ぼくと同じ”魔王おじさん”か)
初老に片足をつっこんでいる正作に比べると、かなり正統派なおじさん感がある。
普通の異世界転移・転生ものだと、ベースになるおじさんはゼネコン勤務だったり、ブラック企業勤務だったり色々だけれど──
山下正作。
魔王。
五十歳で無職。
さしたる財産もスキルも、将来もない。
ついでに友達も家族もない、というのはおそらくちょっと珍しいのではないか。
あまつさえ、転生・転移チートも特にない、ときたもんだ。
アルガスヴェルドさんは営業職、対人スキルも高そうだ。
(ナンギさんの話によれば、先代魔王アルガスヴェルドの在位期間は約五十年。四十歳でこちらに来たとして、九十歳まで生きたことになるのか……。人間基準だと十分大往生だけど、でもこのヒト、最終的には勇者に殺されたんだよね)
アルガスヴェルド。有賀 統。
彼と話がしたい。
平和な日本からやってきて、魔族を率い、異世界の人間と戦う。
──それは、どんな気分なのか。
そんなものだと、割り切れるものなのか。
元の、人間的な価値観でいえば、人殺し。
それも、大量虐殺だ。
元の地球でも戦争はあったし、あれも人殺しの大量虐殺だが、そこに実際に自分が参加する、自分の意志が乗るというと、また違った感想になる。
たとえばアメリカなど、わりとしょっちゅう戦争をしている印象だが、軍の最高司令官は確か大統領だ。
細かい作戦やら何やらは、全国から集まった賢い人達が大勢で話し合うのだろうけれど、やはり最後の最後にゴーサインを出さなければならないのは、大統領。
どんな正義、どんな必然性があるのかは知れないが、戦争とは要するに人殺しである。それも、一人や二人では済まない。味方も死ぬ。兵隊以外の一般人もかなり死ぬ。
それは、どれほどの重圧だろう。
一国の指導者に選ばれるような人達は、それだけで歴史級の偉人だ。だから大丈夫なのかも知れない。鋼鉄の精神力で耐えるのかも知れない。
でも、大統領でも総理大臣でもない、どこかの王様でもない、ただの五十歳無職の自分ごときが、それに耐えられるのか。
その挙げ句、勇者に殺されるのか。
そういう”法則”なのか。
同じ運命を辿りそうな自分として、正作は今、アルガスヴェルドと話をしてみたい気持ちでいっぱいになっていた。たぶん、この世界において歴史上、もっとも正作の気持ちを分かってくれる存在である。
「あの、ボボスさん」
「ハッ、陛下」
正作の傍で、直立不動の姿勢をとっていた青年魔族のボボスが、敬礼をとった。
空いた方の手では、しっかりとランタンを握っている。
「アルガスヴェルドさんの書き残した書物とか、そういうのって残ってるのかな?」
「ハッ。我が曽祖父にして偉大なる魔王アルガスヴェルド陛下の書物は、その多くをナンギシュリシュマ様が管理していると聞きました。几帳面な方ですので、保存状態も良好でしょうし、いくらか写本もされているかと──」
「そっか。ありがとう」
(今度ナンギさんが戻ったら、ぜひ読ませてほしいと頼んでみよう)
そこに正作の、これからの”魔王道”があると信じて。
***
六万。
ワフルの街やベンベン伯爵領よりさらに西方──
限りなく魔族の支配領域に近い、ゾークヴツォール王国最西端にある軍事都市カーチコムに集った精兵の総勢が、六万。
ゾークヴツォール王国において、徴兵制はとうに廃止されている。
つまり、その全ては職業軍人だ。
ここ百年、人間国同士の大きな戦争こそないが、魔族との小規模な戦争は頻発。
ほかにも東方連合諸国との、国境付近での小競り合い。
辺境の野盗退治。
人里に出没する”野良”魔族の討伐など、実戦の機会には事欠かない。
そうして鍛えられた王国軍二十万のうち、選別された六万の軍勢。
その全てが、軍事都市とはいえ一つの街に集結するのは尋常ではない。
むろん、これは侵攻の前準備。
魔族の領域への侵攻──
魔王を討伐し、大陸に平和をもたらす、勇者の大侵攻準備だ。
軍勢だけではない。
各地から、糧食も続々と集まってきている。
勇者も、その仲間達も超人的に強いが、あくまでそれは”個”の強さ。
いかな雑魚が相手でも、昼も夜もなく襲われては、いつか疲弊して倒れるだろう。魔王城までの道のりの食料を、全部持って歩くのも大変過ぎる。
そこをフォローするのが、この軍勢だ。
ゾークヴツォール王国軍が誇る”七将軍”を頭に、各地から選ばれた歴戦の猛者たち。その全員が、魔族戦経験者である。
七将軍筆頭にして、王国軍総司令のテトロンを王城の護りに残し、ほか全ての将軍が、このカーチコムに集っていた。
”金玉の星”──ブランブラン。
”銀髪の貴公子”──ヒーウェイ。
”黒竜槍”──ヤットール・デイホンムーア。
”秒速”──ヨザウィング。
”妖艶”──クリシュラティアナ。
”凶器”──コル。
名の並び順が、それぞれの将軍の”格”を示していた。
(ブランブランはさておき、ヒーウェイよりはわたしの方が実力的に上。今回の任務でさっさとこいつを追い越し、調子乗りのブランブランは……その部下たちの不満を吸い上げてやり、徐々に居場所をなくしてやろう)
ハラニーチ四世崩御より二ヶ月。
この頃になると、ヤットールは心身ともに完全復活を果たしていた。
修復された、黒竜バイエルンホーンの槍が思いのほか良い仕上がりであったのに加え、”例の件”でのマスコミとの調整も順調。
ヤットールは、あくまで王国に忠誠を誓う一兵士。
魔王退治の足を引っ張ってまで、勇者を貶める気はなかった。
(だから”やる”のは、魔王討伐後──!)
ゲゾス伯爵が、相手方の魔族と繋がっているところから、一気に勇者の疑惑につなげてやるというのが、ヤットールの基本作戦だった。
一見するに”無理スジ”だが……
(勇者は、あの夜、ゲゾスを始末しようとした”前科”がある)
公的に、あの辺の事柄はすべて無かったことにされていたものの、貴族の多くはあれを目撃していた。口封じのため殺そうとした──うまく物語を作れば、そこまで難解な流れではない。
何より、魔王討伐後の勇者は、基本的に”用なし”である。
それどころか、個人で超武力を有する、国家にとっての厄介者とさえ言えるか知れない。
貴族たちと連携し、包囲網の形成──
マスコミとの連携──
十分可能、それがヤットールの結論だった。
「おやおや? すっかり元気になったようだね、ヤットールくん」
馴れ馴れしく肩を叩いてきたのは、”金玉の星”ブランブラン。四十代の中年男で、全体に角ばった印象だ。
額につけた純金の珠飾りが異名の由来だが──はじめて見た時、ヤットールは真面目に、この将軍の正気と美的センスを疑った。これが、わりと受けているというのだから、世の中は分からない。
「フフフ、勇者は”人間兵器”という話ですからね。我がライバルたるヤットール将軍が、一歩引けをとってしまうのも無理はないでしょう。心配せずとも、皆、すぐ忘れますよ。人の噂も七十五日。あの、醜態は──ね。フフフ」
誰がつけたか”銀髪の貴公子”。
確かにヒーウェイは銀髪だし、貴公子の名にふさわしい血筋である。ついでに目鼻立ちそれ自体も、なかなか整っていたが……あいにく、少し太ってもいた。
その豊かな頬肉がくっきりとほうれい線を刻み、ヤットールと同世代とは、とても思えぬ老けっぷりだ。
本人は、ヤットールと並び『王国の二大美将』などと称しているそうだが、
「頼むから巻き込まないで欲しい」
と、ヤットールは常々思っていた。
「ヒーウェイ、厭味はやめたまえ。我々は将軍、すなわち責任ある立場。口さがない連中が、常に手ぐすねを引いて醜聞を待っているのだ。ヤットールの手落ちは、我々全員の手落ちとなり、ひいては全軍の志気に関わる。秒速でだ」
外見的にはヒーウェイとどっこいだが、言うことはなかなか良識的なヨザウィング。
「うふふふふ。やさしいのね、ヨザウィング将軍。わたしはそのご自慢の黒竜槍が中折れしたって聞いた瞬間、もう”六将軍”にリニューアルしてもいいんじゃないって思ったけれど。ねぇ、あなたもそう思わない? コル将軍」
”妖艶”クリシュラティアナの言葉に、”凶器”コルは沈黙を続けた。
その血走った眼は、しかしヤットールを一点に睨みつけている。
将官とは思えぬほど、肌の露出した、非機能的な鎧をつけたクリシュラティアナは、その二つ名の通り妖しい美貌の女だ。以前ヤットールに迫ったこともあるが、彼がすげなく袖にしたことから、今では犬猿の仲となっている。
(あばずれに、狂犬め。お前ら二人は、誉れ高きゾークヴツォール王国軍の品位を下げるクズだ!)
しかし残念なことに、この五人の将軍は、全員がヤットールに近い実力を持っていた。内心どんなに厄介に思っても、これから先に行われる対魔王軍戦において、欠かすことのできない戦力なのだ。
彼ら六人の将軍が立つのは、市街壁、物見台の頂上。
その下──軍事都市カーチコムの堅牢なる市街壁の外──草木もまばらな平野に全軍の半数、実に三万もの歩兵が整然と方形に陣を組んでいた。
規律よく並ぶ槍先。
最先鋭の正規兵にふさわしい、統一された武装。
将軍としては見慣れた風景だが、それでもやはり圧巻だ。
(歴戦の勇士達よ。このヤットールの指揮のもと、歴史にその名を刻め!)
「おやおや? いったい何かな、あれは」
最初に気づいたのは、”金玉の星”ブランブラン。
つられて、ヤットールもその指の先に目を細める。
軍勢が集う平野の少し先──
地平線にほど近い地点に、『扉』が見えた。
片開きの、何の変哲もない木製扉。
奇妙なのは、扉しかないということ。
建物がない。まさに扉だけ。
いつの間に。
いったい誰が、何のために。
その理由は、直後、扉が開くことで判明した。
”中”から、のそりと現れたのは──
「あれは……知っていますよ。フフフ。以前、勇者と交戦したという」
「青鬼ドグ」
”銀髪の貴公子”ヒーウェイの言葉を、”凶器”コルが、短く受けた。
「……魔族の魔術? というか、ドグしかいないの? うふふふふふ、勇敢ね」
「魔王軍”四強”でも最強というが、勇者がおらぬと見て侮ったな。秒速で思い知らせねば」
クリシュラティアナとヨザウィングが、それぞれ大鎌と、鉄手甲を構える。
ヤットールもまた、無言で”黒竜槍”をかざした。
「よしよし。では前哨戦だ。我ら王国七将軍の威を、魔族どもの眼に焼き付けてやろうぞ。──全軍! 回れ右! 西方に敵あり、これは演習ではない。戦闘態勢!」
ブランブランのよく通る声が、周囲に響き渡る。
三万もの兵士が、寸毫の乱れもなく一斉に方向転換。
その先には、六本の腕を持つ、青い大鬼。
魔王軍”四強”のドグ。
その口が、動く。
「……まぁ、たまには! 仕事もせんとな」




