その50 〜魔王アルガスヴェルドの遺物〜
飛行。
かつて人類の夢、とされてきたもの。
レオナルド・ダ・ヴィンチなどが本気で取り組んでいたらしいもの。
自力飛行という意味では、今でもそうかも知れない。
その中間ぐらいの夢──
つまり、空を飛ぶ生物に乗ること。
異世界ファンタジーなら、とりあえず押さえておく部分だろう。
それが、成り行きで達成された瞬間、まずガブリエラが思ったこと。
それは、
(怖ぇッ)
シンプルに怖い。
ハワイの海上で、パラセーリング──パラシュートの類似品を装備し、クルーザーで凧のように引っ張り揚げられるという娯楽──をやった時もまぁまぁ怖かったが、今回はその比ではない。
何しろ下は、海面ならぬ地面。
魔族になってこちら、多少は頑丈になった気もするが、それでも高さが高さだ。墜ちたら、間違いなくただでは済まないだろう。
ハーネスのようなもので一応軽く固定はしているものの、その気になればすぐにはずせる非安全設計。加えて、そもそも彼女がその首にまたがっている生物が、あまり安心ではなかった。
「ぬふふふふーん、いかがかな、小娘! これが、空中散歩というものだぁっ」
青竜カイアンフェルドが、とてもごきげんな声を晴天に響かせた。
風切り音に混じり、ガブリエラの下で、青くて巨大なトカゲが、娯楽的飛行のなんたるかを滔々と語ってくれている。
いわく、高度は百フィートほどをキープするのがおしゃれだの、風にあわせ、なるべくゆっくり目に旋回するのがマナーだの──
(しかし……ドラゴンが空を飛ぶのはいいとして、具体的にこれは、どうやって飛んでいるんだろう)
カイアンフェルドの飛翼は、その図体に比例してかなり巨大ではあったが、航空力学に疎いガブリエラからしても、これは自重を支えられるデザインではないことが伺えた。
それを言い出せば、以前に見たエクステリアの翼も、どうやって揚力を得ているのか謎だ。魔族だから、そういうややこしい部分は魔力でなんとなくカバーしているのだろうか。
視界のはるか下方に見えるのは、ローマのコロッセウムを連想させる円形闘技場。
現在、彼女は、魔王軍の仲間たちとともに──軍事演習という名目で──この地に遊びに来ていた。いや、ドグやヤマトは訓練と言い張っていたが、内容は明らかに遊びメインである。
何かと口やかましい赤女エクステリアや、”緑のエイリアン”ナンギシュリシュマが人間界へ出張している隙に、羽根を伸ばそうという算段である。もちろん、ガブリエラに反対する理由はまったくない。
同じ四天王でも、最初に会った二人に比べ、残りの二人とはすこぶる気が合う。このてきとうな連中を見て、ガブリエラは、この組織でも何とかやっていけそうだと希望が持てた。
ちょうど、来季の食料輸送関係の話で魔王軍領にやってきていた青竜カイアンフェルドとも合流し、なんやかんやで空を飛ぶことになったのだ。
(本当に”一応”、訓練らしきこともやってはいるけど)
円形闘技場の中央では、木の杭に縄をわたした簡単なリングが作られ、そこで魔王軍の幹部達が、勝ち抜きのトーナメント戦を行なっている。力の差がありすぎて勝負にならない為、ヤマトは審判役、ドグが総合判定と採点を行なっていた。
基本的に勝ったほうが上に進むが、それとは別に点数がつけられるのは、今後の軍内での考査に多少の影響がある為だ。
あくあで名目上は軍事演習。
こうやって、何らかの記録を残さないと、ナンギシュリシュマあたりがうるさい──と、ドグがこぼしていた。
周囲で見守る一般魔族達は、それぞれ酒や食料を持ち込んでおり、賭けの対象となっていることが如実に窺えた。
「ファイ──ッス!」
審判の掛け声で、基本、一対一の素手格闘。
場合によって違うそうだが、今回は武器や魔術、固有能力の使用禁止、純粋に格闘能力が問われるのだそうだ。
それでも、さすがは魔族。
幹部級というのもあるのだろうが、動きがいちいち超人的である。
三十フィートぐらいジャンプしているが、あのへんは”固有能力”の範疇に入らないのか。さしあたり、翼で飛ぶのは反則らしいことが、試合運びで何となく察せられた。
「ぬふーん、ところで小娘よ。貴様をわざわざ空中散歩の名目で連れ出したのには少々理由があってだな……ヤマトやドグの耳が届かぬところで、こう、その、なんだ。折り入って──」
「エクステリアのことが聞きたいんでしょ」
ガブリエラが、ずばりと言った。
ぬふぅううッなどと呻いているが、カイアンフェルドがあの赤い女に懸想していることは、ここに来る途中、正作やドグ、ヤマトから再三聞いていたのだ。
体長三十フィート強のドラゴンを初めて見た時、
(……そもそも、サイズ的に合わんでしょ)
と、まず機能的な部分でツッコミを入れたくなった。
ファンタジー世界のドラゴンがよくやるように、ヒト的なものに変身できるならワンチャン──とも思えたが、変身能力というのは、魔族が持つ力の中でも、かなり希少なものらしい。
実際、魔王軍の中でも、幹部級以上で変身できるのはヤマトただ一人。
後に、身体のサイズは人間大ほどにまで縮小できることが判明するも、どっちにせよトカゲ形態であることに変わりはなく──絵面というか、ガブリエラの価値観的に、かなりの抵抗があった。
「というかあなた、カイアンフェルドさん? 千歳なんだっけ。緑たk……ナンギさんと同世代で、もうおじいちゃんなんだから、あんまり無理しない方が?」
もしカイアンフェルドがその手の”仲立ち”を頼んできたら、遠慮なく心を折りにかかって良い──とヤマトが言っていたので、ガブリエラはその路線に乗ることにした。
「ぬふぅうっん、さてはヤマトとかに何か吹き込まれたか? だが違う、違うぞ小娘。ナンギシュリシュマは、俺様より三百歳”も”年上。”も”だ。つまり奴は枯れ果てたジジィか知らんけれども、俺様は依然としてヤングメェーん! さらに途中、六百年ほど爆睡していたせいで、アンチエイジング的なアレも万全よぉ〜」
へこたれない。
この折れない精神が、千年の刻を永らえさせたのか。
「その、なんだっけ。『法則改変前』世代? と後の世代だと、いろいろ違うって聞くし? そういう意味でも……」
「ぬふんっ?! せ、世代間差別は良くない! 良くないぞ小娘。いやまぁ確かにアレだ、『法則改変前』世代には、性格的にヤバい奴が結構いるのも事実。特にビビアンとか、マッシュマロンあたりな。弱者をいびり倒すのが三度のメシより好きとかいう鬼畜外道どもであるがぁ〜……俺様は、そんな連中の弾圧を受けながら想った! 魔族たちが笑って過ごせる温かいコロニーを築こうと! そのために新天地を開拓し、水利権問題などを解決し! 稲の作付けなどを試しつつ、明るい未来へ向けて努力を続けてきたのだ……ッ!」
どうも途中から、選挙演説のようになってきた。
過去にイジメを受けていたことなどがサラッとカミングアウトされていたり、どうにもリアクションに困るドラゴンではあったが、基本的に悪人(人?)でないらしいことは伝わってくる。
(……つか、いいかァ? あの女)
四天王エクステリア。
まぁ客観的にいって、美人ではある。
しかし、どうもガブリエラは、エクステリアに対し、苦手意識があった。
杓子定規で細かいし、ユーモアの一つもない。
第一、動作がいちいちかわいくない。
日本の学園アニメでいうなら、さしづめ悪役として登場するタイプの生徒会長だ。
「ヤマシタさんは、校長先生かな」
「ぬふううん? こ、コウチョ……な、なんだそれは。それより俺様の話を聞くのだ小娘。そんな次第であるから、次にくるのは幸せ大家族──」
カイアンフェルドの演説をうわの空で聞き流しつつ、ガブリエラは眼下で行われているトーナメントの様子を何とはなしに眺めていた。
いつの間にか、飛ぶ恐怖感はどこかへ消えていた。
***
山下正作は、魔王城の門番の一人ボボスの案内で、円形闘技場施設内、その地下へやって来ていた。
ボボスは角が四本。
ガブリエラよりやや長めの尻尾。
外見はかなり人間っぽく、四天王の中ではヤマト寄りの姿をしている。
「陛下。この扉の先が、収蔵庫になります」
「あ、はい。ありがとう」
マントをそれっぽく揺らし、精一杯魔王のように振る舞う正作。
彼が、この世界に召喚されたはじまりの場所、円形闘技場。
それは”なんとなく”で選ばれた場所ではない。
先代魔王アルガスヴェルドもまた、七百年前、同じ場所で喚ばれたという経緯がある。細かいことは不明だが、魔術的に、ここがもっとも召喚に適した条件を備えているらしい。
この収蔵庫には、アルガスヴェルドの品が遺されている。
扉は長年に渡って堅く閉ざされ、その鍵は代々、魔王の血に連なる者が管理していた。そして今、魔王アルガスヴェルドの曾孫であるボボスの手によって、封印の扉が開かれたのだ。
軋みをあげ、鉄製の両扉がゆっくりと開く。
中の玄室は、想像よりも狭い。
ボボスが、手に持ったランタンの灯りで中を照らした。
「……あー。やっぱり、そうか」
正作は、なかば観念したような声を漏らす。
部屋の中央には、アルガスヴェルドが”獄界”よりこちらへ来た時、着ていたと思われる衣服が、人形の台座にかけられていた。
白いワイシャツ。
ダークブルーのスーツ。
一見革靴の、撥水加工シューズ。
「アルガスヴェルドさんも、異世界人だったんだね」




