その49 〜ワフルの街の聖女〜
(なんで呪文書が、JAVA言語なんだよ。舐めてんのか)
鈴木 甘太郎が、ワフルの街の”小神殿”にて、はじめて見せてもらった呪文書。
その内容を見て、真っ先に思ったことがそれだった。
厳密には、JAVAではない。
C系統のオブジェクト指向プログラミング言語に類する構造だった。
──もっとも、異世界人である甘太郎には、この世界のあらゆる言語が”翻訳”されて伝わる。彼に通じる、もっとも理の通った”翻訳”の形が、コレなのかも知れない。
(基本的な挙動は、標準ライブラリにまとめてある。もろもろプラグインで読み込んで、最終的にメインメソッドで処理と。異世界にも、MVCとかあるのか……”魔力”の内部処理をModelでやって、ということはControllerが呪文? 実際の魔術効果がViewに相当するってか。ふーん)
「来て早々、初級呪文をいくつかマスターしたそうですね。さすが、高司祭様がこれと認められたお方」
勇者パーティの一員、”竜殺し”のパルテオン。
その唯一の直弟子、聖女ラヴェリアと甘太郎が知り合ったのは、ゾークヴツォール国王ハラニーチ四世殺害から一月後。
厳密には、さらに過日のヤマト襲撃事件のおり、ほんの短い時間のみ彼女と甘太郎は会っていたが、それと認めあって互いに名乗りあったのは、つい三日前のことだ。
「何度も言いますけど、認められたとか、そんな大層なものじゃないですよ。ラヴィリアさん。パルテオンさんは、”王室預かり”ってことになっている俺へのお義理で、小神殿に話をつけてくれたってだけなんで」
これは半分、嘘だ。
王室の──正しくは第一王女サーララの意向があれば、わざわざ神殿関係の施設で魔術を習うまでもない。魔術師ギルドに正式登録し、莫大な金子を払って、制限なく魔導を修められたはずだ。
甘太郎が態々小神殿で、やや範囲を制限された魔術を習うことにしたのは、前々から話を持ってきてくれていたパルテオンへの義理を通すことが一つ。
もう一つは、なるべく王国の西側──
つまり、魔族の領域からほど近い場所にいる理由を作る為だ。
ワフルは、彼が異世界で最初に訪れた馴染みのある場所。
それなりに縁があり、ある程度の勝手も判る。
自分のことを探っているらしいルベルベラ王妃たちから、物理的な距離も取れる。
「パルテオンとの義理を通す」という前段を踏んでいる以上、横槍が入る心配も少ない。世の中、たとえ異世界だろうと、どこまでいっても義理人情の世界というわけだ。
「ご謙遜を、カンタロー様。高司祭様は、そのような俗世の倣いに従い、行いを左右されるような御方ではありませんよ。拙弟子たるわたしにも、それ程のことは判ります」
聖女ラヴィリア。
別称、エクステリアの刑に処された聖女。
初日、その理由を目の当たりにし、さすがの甘太郎も絶句したものだ。
その両手はともに手首から失われ、かわりに銀色の鈎がはめこまれている。
そしてヴェールで常に隠された顔──
鼻から上、両目のあたりが横一文字に焼き潰されていた。
当然、視力もない。
魔術の行使には、効果を発揮する空間の認識と、指先による指向誘導が必須。つまり、これによりラヴィリアは、呪文の行使を永遠に封じられた。
(残忍なだけでなく、合理的だ)
甘太郎が絶句した理由は、主にそこだった。
あのパルテオンの弟子というのだから、さぞや才望高き聖女だったのだろう。単純に、その魔術の才能を一つ潰したというのが一つ。
それを、ゾークヴツォールの王国民にあえて見える形で示したのが一つ。
この若さで既に聖女などと呼ばれている人物だ。
ここまで無残な状態にされても、周りの皆が手厚く生かし続ける。つまり、ラヴィリアが生きている限り、民衆は延々と、その残忍と喪失を認識し続けることとなるのだ。
加えて、生かして返した意図。
魔王軍の四天王、”煉獄”のエクステリアは、可能な限り犠牲者を殺さないという。それはつまり、どういうことか。
その、これ以上ないほどに分かりやすい”標本”。
ラヴィリアは、格好のディスプレイとして機能する。
軍人の戦意喪失、世論の厭戦ムード。
早急な魔王軍解体を行わない”勇者”への不満──
その全てを、沈黙のまま煽り続ける象徴。
苛烈なまでの悪意。
猛火のような嗜虐心と、冷血な心算が同居している。
魔王軍ということは、つまり山下正作の部下ということだ。
もしエクステリアの所業が、正作の知るところとなったなら──確実に、今は知るまい──はたして”どう”なるのか。
それを想像するだけで、甘太郎はもう堪らない。
「? 何を、笑っておられるのでしょう」
天井のガラス窓から降り注ぐ陽光を浴び、聖女が、笑みのような顔をした。
「あ、わかりますか?」
「ええ。気配で」
「すごいですね。”あの日”も──”四強”のヤマトでしたっけ? 魔王軍の、かなり強い魔族を撃退したと聞きました。その両手の鈎は、もしかして、銀ですか?」
「はい。正確には、銀と銅の合金です。純銀の方が効果は高いのですが、どうしても強度的な問題が発生しますので……」
ラヴィリアが、長い裾から”右手”を出した。
いわゆるフック船長の義手のようなものが、外光を受け輝いている。
「それに、あの日のヤマトは相応に弱っておりましたから。万全の状態の”四強”相手に、今のわたしでは到底歯が立たないでしょう」
甘太郎は、実際にその”魔王軍の四強”は見ていない。
しかし、おそらくビビアンより強いということはないだろう。
彼は見た。
かの魔族は、勇者リアン・スーンすら打ち負かしたのを。
(勇者が”死ななかった”のは、何らかの法則の為せる技か。”銀の法則”とやらのメチャクチャさを見るに、そう考えるのが妥当かな。つーか、ビビアンってあれでも”魔王”じゃないんだよなぁ。勇者と魔王は、単に強いというだけでない、特別な役割ということなのか──)
ビビアンは、甘太郎たちを”世界渡航者”と表現した。
しかし魔王なのは正作だけ。甘太郎も、ガブリエラも違う。
いや、ガブリエラはどうだろう?
あの日以来、正作とともに姿を消したガブリエラ。
正作とガブリエラに共通するのは、”戦闘力がない”点か。
甘太郎はあくまで人間だが、肉体的には強化されている。
(”世界渡航者”は、この三人で打ち止めか。もう少し来るのか。既にもう来ているのか。何のために呼ばれるのか。どういう役割があるのか。宇宙の存在同様、特に理由はないのか。自分は、どう動くのが最適か。果たすべき役割があるとして、どうすれば裏をかけるか……)
「迷いは甘美なる暇潰しに過ぎません。あなたのような御方にこそ、信仰はその門戸を大きく開いているのですよ、カンタロー様」
甘太郎はびくりと、眼の前の聖女を見た。
やはり、笑っているように見える。
「……もしかして、心を読めたりします?」
ラヴィリアは、それには答えなかった。
***
所領に戻ったゲゾス・ベンベンは、頭を抱えていた。
報道こそされなかったが、ハラニーチ四世が殺害された夜、王城での祝宴において、ゲゾスが演じた数々の醜態は、今やほぼ全ての貴族らの周知するところである。
王妃の腰巾着として蔑まれることはあっても、それを理由に侮られることはなかった。それが今や……
「うぉおおお、ちくしょーッ!」
贅を凝らした自室で、金のかかった装飾品が、また幾つか壊れる。
先日は、お付の侍女を一人壊してしまった。
そのせいで、ベンベン伯爵屋敷の使用人達は、いまや戦々恐々だ。
しかし、もっとも恐怖していたのは、やはりゲゾス本人である。
なにしろ、貴族たる者、舐められたら仕舞い。
名誉を失うということは、すなわちすべてを失うのと同義。
それが、貴族という生き物の本質だ。
王妃からは暗に遠ざけられ、従前より親しくしていた貴族たちは、露骨に距離をおいてきた。そして政敵達は、ここぞ好機とばかりに、あらゆる搦め手でゲゾスを毟ってくる。
(なんで俺が、こんな目に!? ぶっ殺してやった兄上達の呪いか何かが、今頃になって発動? ひどい、こんなひどい話がありますか? この歳まで、いったい俺がどれだけ『努力』してきたことか! 許されない、こんな理不尽、断じて許されません。残酷物語なんて、今日び流行らねーんだよッ。細かいところはなぁなぁで流して、ハーレムエンドのハッピーエンドがステキやん?)
涙目で、半笑いと激怒を繰り返すゲゾス。
これでも、あの夜に比べれば格段に症状は緩和していた。
その頃合いを見計らうように、黒ローブの”魔族の女”が、ゲゾスの自室に現れる。
「荒れているようですね、伯爵」
「ききき貴様っ、肝心なときに連絡がつかず、今頃──」
半狂乱で、黒ローブに詰め寄るゲゾス。
それを軽々とかわし、
「それはこちらのセリフです、伯爵。予定ではもう数ヶ月は王都の屋敷にいるという話でしたのに、なぜか本領の館に戻られているのですから。こちらも、捕捉するのにずいぶんを手間を取りました」
「ぬ、むぅ……それは……」
ゲゾスは口淀んだ。
ほとんど左遷一歩手前の処理などと知られたら、この策謀家の魔族のこと、どんな手のひら返しをしてくるか知れたものではない。
「──王がご崩御されたことは、お前も知っていよう。その事後処理で、そ、だ、い……いろいろあったのだ」
「そうですか。まぁ、人間社会のことは、わたしではよく分かりませんからね。それより……勇者達に一泡吹かせる企画があるといえば、あなたは乗りますか?」
ゲゾスは、知らず跳ね上がりそうになった。
(勇者に、一泡!)
それは今の伯爵にとって、何より極上なる美酒。
今や彼の脳内で、すべての災禍が勇者のせいになっていた。
その、またとない正当なる復讐の機会。
「にゃ、にゃんだそりは? 俺は勇者とか興味ないが、い、言うだけ、言ってみるが良いぞぉ?」
ゲゾスは、なるべく興味がないよう、苦心して訊ねた。
黒ローブの女は、それを受けて残忍に微笑んだ。




