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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--山下正作 魔王になる編--
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その4 〜勇者〜

 突然、何の前触れも発生するもの、それが勇者である。


 血統も、身分も、出身地も、人種も、まったく関係しない。

 勇者は、生まれた瞬間から勇者だった。


 どんなに無知な寒村の農夫であろうと、気づく。

 気づかざるを得ない(・・・・・・・・・)

 人の世には魔族なる驚異が存在する手前、それに対抗する切り札となりうる勇者を、時の権力者は手厚く保護・育成するのが通例である。


 七百年ぶりに現れた今代の勇者、リアン・スーンは現在十六歳。


 スーン村の雑貨屋の子として生を受けた彼女は、生まれて三日後には代官領主に保護され、翌週には王都へ移送された。リアンが両親に再会したのは、外での活動を開始した十四歳の時だ。


「こたびの魔族討伐、まことに大儀であった」

 

 ゾークヴツォール王国国王、ハラニーチ四世の低い声が、謁見の間に響く。

 玉座の前では五人の男女が片膝をついて控え、その左右に、長槍を斜めに掲げた近衛兵が居並んでいた。


「勇者リアン、そしてその勇猛なる仲間たちよ。わたしにとって、そなたらはまさに誇りだ。以後、益々の活躍を期待しているぞ」


「もったいなきお言葉」

 夏の鈴飾りを想起させる、可憐な声。


 リアンに続き、ほか四人も続いて頭を下げる。


「報奨の件は、また追って知らせる。リアン、よければ討伐の話など、詳しく聞かせてくれ。──ほか四名は、下がってよい。今宵の祝宴で、また会おう」


 勇者以外の四人が、機敏に立ち上がって踵をかえした。

 近衛兵らも、王の合図を受け、続いて謁見の間をあとにする。


 残ったのは、跪いたままのリアンと、王だけ。

 宮廷外部の人間と、近衛兵抜きで王が面会することは、本来、まずありえない。勇者という特別さに加え、いかに彼女が王に信頼されているかが伺えた。


(……人払い、とは?)


 今回の討伐についての詳報は、すでに文書化して宮廷官僚に渡してある。特にこれといって見どころのない、型通りのルーチンワークだ。あえて直接語るほどの内容はない。

「あの、陛下」

 王は、手でリアンを遮り、即座に本題に入った。


「魔王が、あらわれた」


 少女の蒼い目が、大きく見開かれる。

「いつのことでしょう」

「つい数日前だ。魔族の”四強”どもが、なにやら古代の(まじな)いを用いて、異界より魔の強者を呼び寄せたらしい。出現を探知した宮廷魔術師のうち一人が、その波動を受けて発狂した」


 宮廷魔術師といえば、王家に直接仕えることを許されるほどの力を持つ者。遠方より、勇者リアンの出現を察知したのも彼らだ。リアンの仲間たちに一歩劣るとは申せ、決してそのへんの有象無象ではない。

「そんな。観測しただけで、なんて……」

 リアンは下唇をかんだ。


 かの四強も含め、それほどの魔族が実在するとはおよそ信じがたい。


 勇者の反応を見て、王も渋面をつくってみせた。

「わたしも、耳を疑った。しかし、そなたの対抗馬(・・・)としての魔王──くだんの構図であるならば、むしろそれぐらいは当然、という気分もある」


 勇者と魔王は、軌を一にする存在。


 あくまでも経験則的知見ではあるが、歴史を鑑みるに、どうやら「そう」だろうと多くの知識人が了解していた。七百年前に魔王アルガスヴェルドが出現した時も、やはり人間の中から勇者が現れた。一人が斃されても、また一人。そしてまた一人。


 結局、三人目の勇者が相討ちとなることで、アルガスヴェルドは滅んだ。


「此度こそは、勇者の絶威でもって、人類の脅威たる魔族らの命脈を根絶せしめらるると思っていたのだがな。これも神の計画なのか? 如何ともし難いものだ」

「神の計画があるとすれば、それは勇者が魔を打ち倒すことにあると、リアンは考えます!」

 やや上気した顔で、少女が言い放つ。

「陛下の憂いは、陛下に恩顧を受け陛下に忠を捧げる、このリアンにお任せください」

「おお、リアン。リアンよ」


 ハラニーチ王の双眸より、ツゥと涙がおちた。

 壮年の威厳漂う髭顔が、哀切に歪む。


「まったく情けない……このような年若い乙女に、国家の存亡、人類の命運を押し付けるなど! およそまっとうな判断とは言えぬ。それを選択した、選択するほかなかった我が国は、我らは、わたしは、あまねく愚者として(ふみ)に名を刻むだろう」

「ご安心ください、陛下」

 役割を背負った少女は、王の右手を両手で包み、笑む。


「リアンは、必ずや魔王を下し、おやさしい陛下のお心を──」


   ***


 城下町の高級居酒屋。

 客層は中流以上、席料だけで港湾労働者の一日分の給与が消し飛ぶ。

 小洒落た内装、円卓の1つに集う五人。


「魔王なんて、マジで実在するんだねぇ〜」

 麦芽酒(エール)の入った木製マグを片手に、金髪の若い女がコロコロと笑った。紫のローブに身を包む、ゾークヴツォール王国最高の魔術師、”(もん)無し”のミューラだ。


「んー。正味のとこ、魔王アルガスヴェルドは有名すぎて、逆におとぎ話、フィクションになっちまってる観はあるよな」

 テーブルの向かいで、大柄の鎧男ゴンドラゴンドが、ミューラの言を受けて頷く。


「だいたい、勇者からして伝説の存在だってのに、わりとサクッと爆誕あそばしたもんね」

 一人だけホットミルクなのは、未成年だから。

 パーティ中最年少、弓師の少女クルクル。


「魔王あるところ勇者あり。逆もまた真なり。必然、運命、蓋然、宿命──」

 謹厳実直を具現化したような老人が、僧衣の袖をまくり、両手を組んだ。

 高司祭にして”竜殺し”パルテオン。


 四人は、ゾークヴツォール王国の最大戦力であると同時に、勇者リアン・スーンの仲間であった。無論このチーム構成は、国王をはじめ、文官、軍部、そして民衆──王国全体の意向が強く働いている。


 すでにして国家の英雄たるミューラとパルテオンは、民の声を受けた王の勅命で。

 ゴンドラゴンドは、軍内での出世を餌に。

 クルクルは、出身村の補助金投入を条件に。

 そうした経緯で二年前に結成された勇者パーティは、今の所よく機能していた。


「とにかくさ、魔王は倒さなきゃなんだよ」

 リアンが(まなじり)を固くする。

「すごく手強いと思うけど……それでも、ついてきてくれる?」

「何を今さら、ねぇ?」

「んー、愚問」

「てか、ついてかないと補助金きられるもんね」

「勇者あるところに希望あり。神意に添いて我はゆく。自然(じねん)、結束、自念、結集」


 あえて足並みを乱す者もいなかったが、この安定した現状は、リーダーである勇者リアンの人柄によるところも小さくなかった。いくら利害が一致し、権力者が背後にいるからといっても、ただ強いだけの獣に、強者はなびかない。


「まずは、情報だな。正味のとこ、目算は立ってるのかい?」


 ゴンドラゴンドが、先に振った。

 ミューラが、蕾のような唇を指でさする。


「魔族の本拠地、魔王城へ挑むのはまだ早いよねぇ。おそらく新たな魔王を得て意気軒昂、いろいろ調子に乗ってくるだろうからぁ、奴らの動きを適時探りつつ、”四強”を各個撃破できれば──ってのが、無難なとこじゃぁ?」

「あいつら、チームワークゼロだもんね」


 クルクルが笑う。


「んー。なまじ個として強ェから、そうなっちまうのかもな」

「去年やっつけたあの六本腕のヤツ(・・・・・・)とか、その典型だったかな。あのレベルのやつが三人ぐらいいたら、こっちも犠牲者が出ていたかもだし」

「リアン、”四強”の青鬼ドグよぉ。敵の幹部なんだから、名前ぐらい覚えておきなさい」

「どうせ倒すんだから、一緒じゃない?」


 勇者の頬が、かわいく膨らんだ。


「つかあのドグってさ、確か”四強”で一番強いヤツなんでしょ。それ危なげなく倒せたんだから、魔王はおいといてさ、とりま雑魚散らしはわりかしサクッと?」

「油断するものに災いあり。至弱が至強を制すことあり。自省、警告、反省、啓蒙」


 おどけた調子の弓師へ、パルテオンが厳かに釘を刺す。


「そうねぇ。”一本角”のヤマトはやる気なさそうだからアレだけど……前も遭遇した瞬間、速攻逃げたし……長老格のあの緑タコと、エクステリアの超絶最悪クソ女は、何してくるか知れたものじゃないからねぇ」

「んー? あのタコ、名前なんだっけ?」

「あたし、知らないもんね」

「ごめん。リアンもおぼえてないよ」

「……」


 四人の視線が、ミューラに集まる。


「ナンギ……ナンギ……確か、そう、ナンギシトリマ?」

 やや自信なげに、魔術師が答えた。

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