その47 〜真相の断片〜
「結局さぁ、王様を殺したのは誰だったんだろう」
近衛控室から戻ったクルクルが、リアンのベッドに寝転がった。シーツから半身を起こしたリアンは、沈黙したまま。
ここは城内、貴賓室。
それも、勇者であるリアンにあてがわれた、特別室だ。
「状況的には、あの魔族がだんぜん怪しいけど、でも王様は”銀の凶器”でやられてたんだよね。で、レオライド王子が、その凶器を持ってた……でも王子は、殺してないって言ってる──言ってるだけだよね、コレ」
「レオライド王子に、陛下を殺す理由がないでしょ」
リアンは言った。
彼女なりに、いろいろ考えていたようだ。
「どっちにしても、王子の王位継承は確実。下手なことをして、疑いをかけられるだけ損。むしろリアンは、サーララ姫があやしいと思う」
「え、なんで?」
クルクルが、少し驚いたように訊ねる。
「ミューラの”過去視の呪文”のことに真っ先に触れたのは、サーララ姫。銀の武器での殺害を、印象づけようとしていたっぽくない? ”銀の法則”で物の記憶が消えるなんて、リアンも初めて知ったし、かなりマニアックな知識だと思う。なんか、あやしいよ」
「えー……どーだろう。単純に犯人を探ろうとしただけかも知れないし、物の記憶が消えていたのも、あくまで結果じゃん? それに動機だけど、姫にだって王様を殺す動機、たいしてなくない? それで、姫にも王位継承のチャンスが巡ってくるとかならアレだけど」
リアンは、それをきいて頭をかいた。
そう、サーララ姫にも大した動機はない。
レオライドとサーララが”容疑者”としてあがっているのは、ひとえに犯行可能時間帯にアリバイがない、という点。
それも、あくまであの夜なんとなく話の流れでそういう事になっただけ。ほかの参加者にしても、厳密に調べていけば──現在、近衛兵達が精査しているが──ちらほらボロの出る者もいるだろう。十九時半から二十時半──常に誰からも見られている、なんていう方が不自然だ。
「あやしいって言ったらさー、これも結果的にだけど、今メッチャあやしくなっている人、いるけどね」
寝転がって、足をパタパタさせながら、クルクルが言う。
「だれ?」
「ヤマシタさんだよ、ヤマシタさん。あの夜から、失踪してるらしいじゃん。ミューラによれば、あの人もカンタローと同じ”異世界人”? だったって言うじゃない。”異世界人”て、いまいち意味わからんけど……」
「どうかな。あの人、誰かを殺せるようには見えなかったけど……」
あの日以来、姿を見なくなった中年男のことを、リアンは思い出す。
少し頼りなげだが、善良な人物だった。暴力沙汰はもとより、陰謀めいた事柄から、もっとも縁遠い存在に思われた。
「まぁ──誰でもいいよ。陛下が殺されたのは確かなんだし」
リアンの青い瞳が、儚く翳った。
「それが誰だろうと、リアンが絶対殺す」
***
サーララは夢を見ていた。
父王が、二人、立っている。
二人、同時に立っている。
片方の父王が、もう片方を殺した。
これは、どういう暗喩なのか。
己の影を見たものは死ぬ、という昔話があった。
これは、そういうことか。
そういう類の、不吉か。
ハラニーチ四世。
王であり、父。
別に好きではないが、嫌いでもなかった。
賢王というと贔屓の引き倒しという気もするが、何にせよ、少なくとも暗君ではなかった。勇者という”兵器”を適切に管理し、それなりに国家を運営していた。
王とは言え、しょせんは個人。
その成果は、結局のところ、周囲のリソースに左右される。王国の平和も、経済成長も、元の土台に依るところ大である。
あるいは歴史ある官僚機構。
あるいは豊富な人材プール──それを支える教育制度。
高度な文明。行き届いたインフラ。
祖先が営々と積み重ねてきた、努力の上澄み。
その頂点に、なりゆきで座るのが王。
ならそれが、自分では駄目な理由もない。
ゾークヴツォール王朝以前には、女王の台頭もそれほど珍しくなかったそうだ。
なら自分がなっても、さほど不思議はない。
愚鈍な兄、やる気のない弟。
それなら自分が、もっともふさわしい。
だから、父が今死んだのは、結局”よいこと”なのだ。
意図せぬことではあったが、結果として疑惑の種は蒔かれた。運命の車輪なるものは、このように偶然回り始めるのが常らしい。
その偶然を、必然に変えるのが人の意志。
ここでものにできなければ、ただの道化だ。
周囲の、自分に対する評価はおおむね承知している。
姿形に多少すぐれる程度の、貴種。
せいぜいが、ルベルベラ王妃の劣化コピー。
サリオンあたりにそう言われるのはまだ納得がいくが──あの弟は怪物だ──、その他の有象無象にそう侮られるのは、やはり少々癪に障る。
侮られるのは好都合、と百も承知ながら、やはり癪には障る。
父が二人、立っている。
片方が、もう片方を殺した。
だからわたしは、銀で刺した。
父王の刃物を使った。
夢のような犯人はいらない。
ただ、疑惑が残れば良い。
歴史は、承認された物語という。
なら、わたしが承認してやる。
確定した観測はすべて消し去り、
曖昧な憶測だけが残ればいい。
***
レオライドが、無残に銀の短刀を突き立てられた父王の遺体を見つけたとき、大時計は二十時十分を回っていた。
彼は、迷うことなく短刀を抜き払い、その血をハンカチでふきとり、そして懐に入れた。
そうすると、何事も無かったかのようになった。
暗がりで、服地の血糊はよく見えない。
だから、なにも問題ない。
何も報告の必要はない。
なにしろ、まだ準備ができていない。
継承など早すぎる。
だから、父王は何ともない。
酔っていたのか。そうかも知れない。
現実逃避か。さもありなん。
それを「さも当然」と受け止める、弱冠二十三歳の青年。その心に掛かる重圧の程など、実際のところ、どこの誰にも分からない。
あるいは、祝宴が終わってから──ゲゾスが見つけなければ──ごく普通に伝えるつもりだったのかも知れない。
凶器を抜き取り、ほんの十数分ほど、逡巡していただけかも分からない。
結果は、ゆえなき不合理と、ほのかな嫌疑。
はっきりしない。
サッパリもしない。
まだ、魔族に操られていた云々の「説明」があった方が、納得があるだけマシ──そんな見方もあるだろう。
しかし、不合理な行動、フワフワとした感情が歴史を紡ぐことは、衆人が思うよりずっと多い。四六時中、理路整然と生きている者などまずいない。
鈴木甘太郎さえいなければ、おそらく露見さえしなかった『気まぐれ』。
言語化されない動機。
レオライドの、釈明を潔しとしない性格。
その結果、無益な謎だけが残った。
***
王城敷地内──
第三庭園に一人、静かに腰掛ける男がいた。
男は、王と呼ばれている。
実際にも、王かも知れない。
(王、か)
祝宴場から離れた静かな、お気に入りの庭園で、ハラニーチ四世は一人自問する。自分は単純に、その生まれから王になった。
自分も”そう”だし、先もそうだろう。
あとは、天の命を受ける器の問題だ。
サーララでは足りない。
レオライドは、現状では足りない。
消去法で、サリオンが残る。
ルベルベラや大貴族達の意向など、関係ない。
権力の本質が何か、彼ら彼女らは忘れている。
(これを機に思い出させるのも、国益に通じるか)
つまり、暴力。
あらゆるコネも、財も、利権も、声望も、単純にして究極的な暴れる力の前には、何人たりとも屈服せざるを得ない。
軍部の力すら、物の数ではない。
超常の絶対戦力。
それが勇者。
もちろん「それがため」の勇者ではない。
──ないが、だからといって「そう」使ってはならぬという法もない。むしろ、魔王討伐の役に立つなら、率先して「そう」使うべきだろう。
ふと、王は気配を感じた。
そのほうを覗くと、人影があった。
それは、見慣れた顔──
俗に、ハラニーチ四世と呼ばれている男だ。
王と呼ばれた男た。
それを見て、王は少し笑った。
「なるほど。そなたが、わたしの死か」
「さすが王様、話がはやい」
鈴木甘太郎が言った。
直後、王の頚椎が捻転した。




