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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
47/93

その46 〜そしてニホンシュへ〜

 ヤットール・デイホンムーア将軍は、屈辱にまみれていた。


 病室で『エブリディ・サンライズ』新聞の見出しを見た時など、周囲の負傷兵達の視線も関係なく、呻いてしまいそうになった。


『──偶々いあわせた勇者リアン・スーンの一団がみごとに撃退。この際、ヤットール・デイホンムーア将軍も名誉の戦傷を負っている──』


 何が”名誉の戦傷”だ!

 ヤットールの手の中で、新聞がひしゃげた。


(わたしの大切な槍を砕いたのも、叩きのめしたのも勇者ではないか)


 長年に渡って鍛え上げられた自負が、あんな小娘によっていいようにあしらわれ、一敗地に塗れる事になろうとは──。


 かつて御前試合において、ゴンドラゴンドに敗北したときも不覚だった。

 屈辱的だった。

 出世をあの手この手で妨害し、それでなんとか溜飲を下げてきたが、あろうことかヤツは、勇者の一団として名を馳せてきた。そして、今度はその勇者自身が……


(黒竜バイエルンホーンの槍──手軽に叩き折りやがって……あれを買い取るのに、一体何百枚もの金貨をオークションでつぎ込んだと思っているのだ)


 鉄で補強修繕するつもりだが、あれは一体素材であるがゆえの強度。部分的にでも鉄材を使えば、重くなるうえ脆くもなる。見栄えも悪い。ヤットールは、唯一無二の名槍を失ったのだ。


 おのれ、おのれ、おのれ。


 ──いや、落ち着け。

 激情に身を委ねるなど、動物の所業。

 自分は人間だ。


 八方丸く、万事ぬかりなく。

 父の遺言を思い出し、クールダウンにつとめるヤットール。


(そうだ、ゲゾスの件だ。王の殺害からの魔族襲来で有耶無耶になってしまっていたが──いや、だからこそ(・・・・・)か……ゲゾス伯爵が、魔族と密通をしていた疑惑。これは重要だ。問題は、わたしの立場から、どうアプローチしていくか、だが)


 ルベルベラ王妃は、ない。

 彼女が、長年ゲゾスを便利に使ってきたのは周知の事実。

 連帯責任は間逃れない。

 必ず、握りつぶしてくる。


 レオライド王子。

 ハラニーチ四世がご崩御され、後を継ぐ大事な時期。


 王位継承のまたとない箔付けとなるやも知れないが、一方でこれは貴族のスキャンダル。政権に何らかの影響が出る危険もある。王子の慎重な性格を考えあわせれば、「時期を見て先送り」──ありそうな流れだ。

 いっそ、それで”投げて”しまっても良いが、ヤットールの目的は「その疑惑からの、勇者糾弾」である。あまり悠長な仕掛けでは、時宜(じぎ)を逸するおそれもある。


 サリオン王子。

 勇者をターゲットに定める限り、彼は論外だ。

 なによりも、勇者大事のサリオン。

 ヤットールが、勇者に内心敵対していると悟られると、かなりまずい。

 元々、ヤットールとサリオンに政治的繋がりはほとんどない。

 触らぬ神に祟りなし。


 サーララ姫。

 姫もあの夜、勧誘に来た魔族の声を聴いている。

 本来なら悪くない相手だが──

 昨今、ゴンドラゴンドと接触がある、というのが少々きつい。自称・異世界人カンタローだかいうペテン師めいた者にも接近していると聞く。

 ……どうも、間が悪い。


 ほかの大貴族らでは、ルベルベラ王妃の目がある以上、ヤットールの意図通りには動いてくれないだろう。


(くっ、手詰まりか──……いや、そうか)


 ふと、己が右手でくしゃくしゃになった『エブリディ・サンライズ』新聞に目を落とした。

 そうだ。マスコミ、という手もあるか。


 昨夜のことでは、大いに書くことが制限され、彼らも不満に思っていることだろう。そこへ、ちょっとしたニュースソースを提供してやることは、むしろ善行でさえある。


(直接はまずいな。何人か代理をはさんで、それとなく接触を試みてみよう)


 展望が開け、ヤットールの機嫌はやや持ち直してきた。


   ***


 女魔術師ミューラは、甘太郎のいる来賓室を後にした。

 サーララ姫と、ゴンドラゴンドは残るようだ。


(ゴンドラゴンド。これを奇貨として、姫に接近しておくつもりね。カンタローを”かすがい”にして……まぁったく、出世の何がそんなに楽しいのだか)


 ゴンドラゴンドの軍内での不遇は、彼女も知っていた。

 仲間ゆえ、同情の気持ちもある。実力以下の評価しかされない事についての、忸怩(じくじ)たる気持ちも、共感はできないが理解はできる。


 しかし、それでも大隊長だ。


 田舎出のお山の大将からすれば、すでに破格の出世である。

 一人前に所帯を構え、使用人つきの家に住め、子に教育を与えることもできる。

 その意味では、ワフルの街で会ったジョッシュは利口だ。

 己の分を弁え、満足することを知っている。


(……まぁ、いいわ。わたしが把握しきれる範囲内でなら、好きにやればいいでしょ。わたしはわたしで、ちょっと忙しくなるから)


 ミューラはその扉の前に来た。

 豪勢な装飾の入った、両開きの扉。

 メイド達のかなり面倒なやり取りを経て、その中に入る。


「ごきげんよう、魔術師」

「おはよう、ミューラ」


 出迎えた二人は、ともに椅子に腰かけていた。

 紫のローブをたぐりよせ、ミューラは深く低身する。


「ルベルベラ王妃、サリオン王子、お呼びに預かり参上いたしました」


 サリオンが、手近な椅子を手で示す。

 ミューラは頷き、腰を落とした。

 

「──こうして見ると、なかなか気品のある顔立ちをしていますね。神官ならずして魔術を嗜む以上は、それなりの財産家の出自でしょうけれど……」

「王妃殿下。ミューラは、手早く本題に入ることを望んでいると思いますよ。僕もそうです」

「やれ、余裕のないこと」


 王妃は悠揚に手の平を泳がせ、品を損なわぬ程度に嘆息をもらす。

「ではまず、情報のすり合わせから」


 サリオンが、二人を見た。


「異世界人カンタローについて」



   ***


 大陸の、ゾークヴツォール王国からはるか離れた西方の果て。

 魔族達の領域──

 クーコロ平野で栄える魔都アーマーメイデン。 

 魔王城。


 大会議室に集まったのは、魔王・山下正作。

 四天王。くわえて幹部一人にガブリエラ。


 先の王都での反省会……

 だった筈が、いつの間にか試飲会になっていた。


 ナンギシュリシュマが、受け取るだけ受け取って、すっかり主に渡すのを忘れていた『ニホンシュ』の大試飲会だ。


「へいかー、どうですかー? おいしいですかー」

 幹部にして、魔王軍最高の料理人コピ・ルアクが、コップを傾ける正作をチラチラとせわしなく見つめている。


「コピ。陛下が落ち着いて飲めないでしょう。気持ちはわかりますが、もう少し離れなさい」

 エクステリアは、ごく小さな器──それこそ”おちょこ”のような──で、ニホンシュの味見をしていた。

 青鬼ドグ、一本角のヤマト、ナンギシュリシュマも、それぞれに。


 ひと飲みし、正作はふぅ、と息をついた。

「これ、おいしいけど、日本酒ではないね」


「あららー、違いましたかー」

 コピ・ルアクは、露骨にがっかりした声を出す。

「だめでしたかー……」

「いや、いや、おいしいよ! 別物だけど、おいしいのは間違いないから!」

 必至にフォローする正作。


「……これが稲酒(いねざけ)ですか。ずいぶん甘いというか、風変わりな口当たりですね」

「これはこれで、ありッス。どんな料理が合うか、夕飯が楽しみッス」

「うむう──強いて言えば量が! 少ないな。もっと飲みたい」

「稲だけではないの。味わいを高めるため、色々混ぜておるようじゃのヒヒヒヒヒ」

「おー。さすがーナンギ様。そうですー、発酵に麦(こうじ)を使って、あと焦糖色(カラメル)も少し添加し、お味を整えましたー」  

「なるほど。甘味料が入っているのですか。道理で……」

 エクステリアが、酒盃に残った液体に鼻を近づけている。


「これ、中国のお酒なんじゃ?」


 唐突にそう言ったのは、ガブリエラだ。

 それを受け、正作も「あっ」という顔をする。


「そうだそうだ、なんか飲んだことがある気はしてたんだよ。中華料理屋で……紹興酒(しょうこうしゅ)? 黄酒(ホアンチュウ)? なんか、そんな感じの」


「名前は覚えてないけど、去年、中国旅行にいって色々飲んだから。確か、こういうやつが飲んだ中にあったと思うの」


(へぇー。いろいろ外国行ってるんだなぁ。そういえば彼女、そもそも日本に旅行に来ていて、あの良くわからないのに巻き込まれたんだっけ)


 パスポートさえ取ったことがない正作の、はじめての外国はいきなり異世界だった。もう少し段階を踏んでも良かったか知れない。


 ガブリエラは、話し合いの結果、魔王軍幹部待遇となった。


 先日の王都戦の折り、危機的状況にあった正作やエクステリア達を”救った”ことが、大いに評価されてのことだ。潜在魔力的にも、ポテンシャルは十分。客観的に、妥当な人事である。


「チューゴク──ふむ、ともあれ! ニホンシュならずとも、”獄界”の酒には変わりない! ということか。やったなコピ」

「わーい」

 ドグに背中を叩かれ、コピ・ルアクが無邪気に笑った。


「ふーん、元の世界の食べ物や飲み物の、再現チャレンジかぁ。カリフォルニア・ロールとかも作れたり?」

「寿司を作るとして、米がねぇ……タイ米はあるけど」


 正作は、心の底からホッとしていた。

 久しぶりの魔王城が、おそるべき実家感を醸していた。


 異世界の人間社会も興味深いものであったが、あくまで「部外者」としてお邪魔しているといった印象が拭えなかった。危機的状況の連続で、少し休みたい気持ちもある。


 勇者。

 魔王級の力を持ち、元の世界の知識をも有する魔族ビビアン。

 王を失い、政変の気配の漂う人間の王国。


 懸念材料は山程あるが、せめて今はゆっくりしよう。

  

 中国酒(?)を飲みながら、正作は久々の平穏を満喫した。

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