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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--ガブリエラと王都騒乱編--
45/93

その44 〜土の中にいる〜

 正作の背中から左腹部までを貫いていた、リアンの左手が引き抜かれる。


 少女の右手は、手首のあたりで千切れかかっていたが、その傷口に直線的な光の筋が幾重にも折り重なり、秒単位で再生していく。

 左上腕、右太腿の傷は、もう塞がっていた。

 

「な──リ、ど……」


 大量の血液を傷口から吹き出させ、正作は前のめりに倒れた。

 魔王になろうと、血は、やっぱり赤いらしい。

 

 リアンの左胸の服地に、直径五センチほどの穴があき、そこから素肌が見えている。

 さっきは閉じていたように思えた右眼だが、今はしっかり開いている。 


「--”魔王の生存確認"--

 --”損傷復元完了"--

 --”自動抹殺モード継続"--」


 抑揚のない、機械音声のような声が、少女の口から洩れていた。


(ロボットみたいだ)


 それだけで死ぬほどの激痛のはずだが、さっきよりむしろ痛みはない。

 刺される前より、他人ごと感が増して、落ち着いている。

 どうでもいいことを、無限に考える妙な余裕さえあった。


 勇者リアン・スーンに、なにがあったのだろうか。


 今、正作からは魔力が隠されていないから、それを探知するのは分かる。

 しかし、確か彼女に魔術の才能はなかった筈だ。

 それに、正作のことを”魔王”と断定(・・)した。

 

(こんな、操り人形のようなものが、”勇者”か) 


 もう勇気とか関係ないじゃないか。

 どちらかといえば、ターミネーターじゃないか。

 ふざけるな。

 なにが”法則”だ。


 どうしてこの世に、そんなものがあるのか。


 弱肉強食も”法則”なのか。


 愚かなものは、賢いものの三割引の人生か。

 冨める生まれと、貧しい生まれ。

 有才と非才。

 美と醜。

 頑健、病弱。

 健常、障害。

 性別。

 年齢。

 人種。

 種族。


 握り返してきた”手”の感触に、正作は我に返る。

 

(そうだ、”銀の法則”だ)


 正作は、いまだ掴んでいる”手”に目をやった。

 地面に埋まっている三人。

 おそらく”銀の法則”絡みで弱体化していて、脱出できない。


 そう、無力化ではなく”弱体”化。

 弱っているだけだ。

 

(この、使いみちもなく余っている、ぼくの”紫の湯気”のような魔力を、この手の先に送り込めばどうだろう。力が弱っているなら、その上から注いでやればいい。弱るよりも早く、大量に、膨大に。やったことはないけど、魔力を隠蔽する練習の際は、『骨に入れるイメージ』と言われてすぐできた。その要領でやれば──)


 正作が今握っている、地面から生える手はエクステリアのものだろうか。ガブリエラのものだろうか。瞬時にその魔力を増幅させ、それで何とか脱出して欲しい。


 自分はもう死ぬけど、

 それで多少は有意義な人生だったと

 思えるなら。


 後ろでは、勇者リアン・スーンが、小剣を高々と掲げていた。


   ***


 つい数秒前まで、ガブリエラたち三人は、敵っぽい子供と対峙していた。


 それで、いきなり地面が底なし沼のようになって身体が沈み──固まる。

(地面の、中)

 視界が塞がれ真っ暗闇。

 顔の皮膚ごしに伝わる感覚で、それが土のものだと判る。

 当然ながら、息もできない。


 生き埋め。

(閉じ込められた!?)


 ガブリエラはパニックに陥った。


 子供の頃──何のドラマかは忘れたが──テレビを観ていて、棺桶に入れられ、生きたまま埋葬される男の話が出てきた。観ているだけで、息が苦しくなったのを思い出す。

 今、実際に苦しい。


(いやだ、こんな死に方はいやだ)


 全力でもがこうとするが、なぜか力が出ない。

 長距離走を走った直後のように、どうしようもなく脱力していた。


「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」


 あの緑のエイリアン、ナンギシュリシュマの声がする。

 窒息という、今彼女が一番聞きたくないワードが混じっている。


 何分、埋まっているのか。

 息苦しいが、意外にもつ(・・)

 魔族になったからだろうか。


 しかしそれも、時間の問題らしい。


「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」


 何度も繰り返される、文言。一種の救援信号らしい。

 正直、気が滅入る。


「うるッせぇええ」


 声がした。

 地面の上。かすかに。

 誰かいる。


(た、助けて! 助けて!)


 ガブリエラは、懸命にあがいた。


 右手まわりの土が、心なし湿り気(・・・)を帯びてきた気がする。

 雨水でも染みたのだろうか。

 指先一点に意識を集中し──

 

 ぼこっ

 

 なんとか右手の先だけ空気に触れることに成功した。

 ほどなくして、誰かがその彼女の手を掴み、引っ張り出そうとする。


「んぎぃいいいいいいいぃいっ」


(ヤマシタさん!)


 そのうめき声(?)で、引っ張っている者の正体も分かった。

 結構容赦なく引っ張られ、手首が抜けそうだが、泣き言を言ってもいられない。ガブリエラの方も、その引っ張りに合わせて全身に力をこめ、何とか脱出しようと試みた。


 突然、彼女の手を握る力が、弱まった。


(?)


 不安になる。

 依然、握られたままだが──

 力が抜けた。

 何故か。

 

 言い知れぬ恐怖におそわれ、ガブリエラは無我夢中のまま、掴まれている右手で握り返した。

 その右手から肘、

 肩、

 頚椎、

 脳へと、

 白熱したものが

 瞬間的に充満し、


 そこで、彼女は意識を失った。


   ***


「--”魔王の座標失認"--

 --”現状追跡困難"--

 --”自動抹殺モード終了"--」


 それだけ言い終え、リアン・スーンの身体はその場に倒れた。

 


 少女の仲間たちが駆けつけたのは、それから数分後。


「リアン!」

 真っ先に駆けつけたミューラが、その身体を抱き起こした。


「んー、無事だったか。しかし、これは……ここで、何があった?」

「良かったぁ──ぜったいあれ、死んだと思った」

 クルクルは、涙声だ。

 パルテオンは、何も言わない。


 同じく駆けつけた、貴族たちの反応も様々。


「何が”勇者は死んだ”だ、まったくの無事(・・・・・・・)ではないか。肝を冷やすわ」

「──いや、確かにわたしは、リアン・スーンが肉片同然に砕かれて空中に散るのを見たぞ。夜でも、城内は照明多く、見間違うことは──」

「見間違いだったのだろう。それでなくとも、陛下の殺害に魔族の襲撃と、混乱続きだったしな。それに、勇者の衣服。よくよく見れば、ところどころに穴が空いておる。まったくの無傷でもないらしい」

「巨大な”肉蔦”の魔族は去ったように見えたが──ここでもう一戦(・・・・・・・)あった(・・・)、ということか」

「倒したのか、痛み分けか……いずれにせよ、激戦の様子がこの痕跡からも(・・・・・・・)如実に伺えるのぅ」

「しかし改めて、勇者というのは凄まじい存在だな」

「間違っても敵には回したくない」

「左様、左様。今後も心して、”支援”していかねばな……」


 リアンが横たわっていたすぐ先の地面は、どうやったのか、

 一辺二mほどの、直方体型にくり抜いたような穴ができていた。


   ***


「ぺっ、げはっ、げほっ」


 口に入った土を吐きながら、エクステリアは土の塊から起き上がる。

 あの『子供の魔族』の奸計にはまり、土中に閉じ込められたところまでは憶えている。

 ”銀”で力を弱められ、魔術一つ使えぬ中、もはや命運尽きたと思ったが──


 突然の衝撃。

 土の拘束は解け、今しがたそこから這い上がったところだ。


「こ、こは──」

「なんだなんだ、今のは! エクステリア、お前の新しい魔術か何かか?」


 耳慣れた声。

 しかし、今聞くのは(・・・・・)ありえない(・・・・・)


「……ど、ドグ? これは、あなたは──なぜ、王都(ここ)に」

「いやいや、それはこっちのセリフ! だぞ。いつの間に帰ってきたんだ、お前ら」


 エクステリアは、急いで周囲を確認した。


 眼の前にいるのは、間違いなく青鬼のドグ。

 足元には、山のような土砂をのせた長円卓。

 まわりは──壁。

 見慣れた壁面装飾。照明器具。

 

「魔王城の、大会議室」


 はるか千数百km離れたゾークヴツォールの王都から、魔族の領域奥底にある魔都アーマーメイデンの魔王城まで、瞬時に移動したことになる。


(……もしや、陛下のお力か)


「そうです、陛下は?」

「ここじゃ、ヒヒヒヒヒ」


 背後で、ナンギシュリシュマの声がした。

 彼女が振り返ると、いまだ土まみれの緑タコが、今しがた土の中から掘り出したような横たわる二人を、触腕の先で示していた。

 ガブリエラと正作は、ともに手を繋いでいた。

 ともに、意識はないようだ。


「推測だが、これはガブリエラの能力(・・・・・・・・)であろうな。”小部屋”の、異次元につなぐ力──その延長であるように見受けられる。そして、直前に起こった膨大な魔力の流転──これも”おそらく”だが、陛下の魔力の助けを受けて、瞬間的に”銀の法則”の弱体化をも上回っての能力発現、ということかのヒヒヒヒヒ」

「”法則”は絶対。銀の弱体化をも上塗りするなど、一体どれだけの──」

「お、おい! 陛下の着衣が血まみれなのは、どういうことだ!」


 ドグが、土砂まみれの正作をすべての手で指し示した。

「案ずるでないドグよ。傷穴はすでに、拙僧が内部から癒着させ塞いだ。意識を失っておられるのは、大量の体液を失ったのと、膨大な魔力を使ったせいであろうヒヒヒヒヒ」

「傷──魔王陛下が、その辺の人間に! 傷つけられるなど、あり得るか」


「勇者が、やったのですね」


 エクステリアが苦々しげに言い、ドグは沈黙した。 

 

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