その44 〜土の中にいる〜
正作の背中から左腹部までを貫いていた、リアンの左手が引き抜かれる。
少女の右手は、手首のあたりで千切れかかっていたが、その傷口に直線的な光の筋が幾重にも折り重なり、秒単位で再生していく。
左上腕、右太腿の傷は、もう塞がっていた。
「な──リ、ど……」
大量の血液を傷口から吹き出させ、正作は前のめりに倒れた。
魔王になろうと、血は、やっぱり赤いらしい。
リアンの左胸の服地に、直径五センチほどの穴があき、そこから素肌が見えている。
さっきは閉じていたように思えた右眼だが、今はしっかり開いている。
「--”魔王の生存確認"--
--”損傷復元完了"--
--”自動抹殺モード継続"--」
抑揚のない、機械音声のような声が、少女の口から洩れていた。
(ロボットみたいだ)
それだけで死ぬほどの激痛のはずだが、さっきよりむしろ痛みはない。
刺される前より、他人ごと感が増して、落ち着いている。
どうでもいいことを、無限に考える妙な余裕さえあった。
勇者リアン・スーンに、なにがあったのだろうか。
今、正作からは魔力が隠されていないから、それを探知するのは分かる。
しかし、確か彼女に魔術の才能はなかった筈だ。
それに、正作のことを”魔王”と断定した。
(こんな、操り人形のようなものが、”勇者”か)
もう勇気とか関係ないじゃないか。
どちらかといえば、ターミネーターじゃないか。
ふざけるな。
なにが”法則”だ。
どうしてこの世に、そんなものがあるのか。
弱肉強食も”法則”なのか。
愚かなものは、賢いものの三割引の人生か。
冨める生まれと、貧しい生まれ。
有才と非才。
美と醜。
頑健、病弱。
健常、障害。
性別。
年齢。
人種。
種族。
握り返してきた”手”の感触に、正作は我に返る。
(そうだ、”銀の法則”だ)
正作は、いまだ掴んでいる”手”に目をやった。
地面に埋まっている三人。
おそらく”銀の法則”絡みで弱体化していて、脱出できない。
そう、無力化ではなく”弱体”化。
弱っているだけだ。
(この、使いみちもなく余っている、ぼくの”紫の湯気”のような魔力を、この手の先に送り込めばどうだろう。力が弱っているなら、その上から注いでやればいい。弱るよりも早く、大量に、膨大に。やったことはないけど、魔力を隠蔽する練習の際は、『骨に入れるイメージ』と言われてすぐできた。その要領でやれば──)
正作が今握っている、地面から生える手はエクステリアのものだろうか。ガブリエラのものだろうか。瞬時にその魔力を増幅させ、それで何とか脱出して欲しい。
自分はもう死ぬけど、
それで多少は有意義な人生だったと
思えるなら。
後ろでは、勇者リアン・スーンが、小剣を高々と掲げていた。
***
つい数秒前まで、ガブリエラたち三人は、敵っぽい子供と対峙していた。
それで、いきなり地面が底なし沼のようになって身体が沈み──固まる。
(地面の、中)
視界が塞がれ真っ暗闇。
顔の皮膚ごしに伝わる感覚で、それが土のものだと判る。
当然ながら、息もできない。
生き埋め。
(閉じ込められた!?)
ガブリエラはパニックに陥った。
子供の頃──何のドラマかは忘れたが──テレビを観ていて、棺桶に入れられ、生きたまま埋葬される男の話が出てきた。観ているだけで、息が苦しくなったのを思い出す。
今、実際に苦しい。
(いやだ、こんな死に方はいやだ)
全力でもがこうとするが、なぜか力が出ない。
長距離走を走った直後のように、どうしようもなく脱力していた。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
あの緑のエイリアン、ナンギシュリシュマの声がする。
窒息という、今彼女が一番聞きたくないワードが混じっている。
何分、埋まっているのか。
息苦しいが、意外にもつ。
魔族になったからだろうか。
しかしそれも、時間の問題らしい。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
何度も繰り返される、文言。一種の救援信号らしい。
正直、気が滅入る。
「うるッせぇええ」
声がした。
地面の上。かすかに。
誰かいる。
(た、助けて! 助けて!)
ガブリエラは、懸命にあがいた。
右手まわりの土が、心なし湿り気を帯びてきた気がする。
雨水でも染みたのだろうか。
指先一点に意識を集中し──
ぼこっ
なんとか右手の先だけ空気に触れることに成功した。
ほどなくして、誰かがその彼女の手を掴み、引っ張り出そうとする。
「んぎぃいいいいいいいぃいっ」
(ヤマシタさん!)
そのうめき声(?)で、引っ張っている者の正体も分かった。
結構容赦なく引っ張られ、手首が抜けそうだが、泣き言を言ってもいられない。ガブリエラの方も、その引っ張りに合わせて全身に力をこめ、何とか脱出しようと試みた。
突然、彼女の手を握る力が、弱まった。
(?)
不安になる。
依然、握られたままだが──
力が抜けた。
何故か。
言い知れぬ恐怖におそわれ、ガブリエラは無我夢中のまま、掴まれている右手で握り返した。
その右手から肘、
肩、
頚椎、
脳へと、
白熱したものが
瞬間的に充満し、
そこで、彼女は意識を失った。
***
「--”魔王の座標失認"--
--”現状追跡困難"--
--”自動抹殺モード終了"--」
それだけ言い終え、リアン・スーンの身体はその場に倒れた。
少女の仲間たちが駆けつけたのは、それから数分後。
「リアン!」
真っ先に駆けつけたミューラが、その身体を抱き起こした。
「んー、無事だったか。しかし、これは……ここで、何があった?」
「良かったぁ──ぜったいあれ、死んだと思った」
クルクルは、涙声だ。
パルテオンは、何も言わない。
同じく駆けつけた、貴族たちの反応も様々。
「何が”勇者は死んだ”だ、まったくの無事ではないか。肝を冷やすわ」
「──いや、確かにわたしは、リアン・スーンが肉片同然に砕かれて空中に散るのを見たぞ。夜でも、城内は照明多く、見間違うことは──」
「見間違いだったのだろう。それでなくとも、陛下の殺害に魔族の襲撃と、混乱続きだったしな。それに、勇者の衣服。よくよく見れば、ところどころに穴が空いておる。まったくの無傷でもないらしい」
「巨大な”肉蔦”の魔族は去ったように見えたが──ここでもう一戦あった、ということか」
「倒したのか、痛み分けか……いずれにせよ、激戦の様子がこの痕跡からも如実に伺えるのぅ」
「しかし改めて、勇者というのは凄まじい存在だな」
「間違っても敵には回したくない」
「左様、左様。今後も心して、”支援”していかねばな……」
リアンが横たわっていたすぐ先の地面は、どうやったのか、
一辺二mほどの、直方体型にくり抜いたような穴ができていた。
***
「ぺっ、げはっ、げほっ」
口に入った土を吐きながら、エクステリアは土の塊から起き上がる。
あの『子供の魔族』の奸計にはまり、土中に閉じ込められたところまでは憶えている。
”銀”で力を弱められ、魔術一つ使えぬ中、もはや命運尽きたと思ったが──
突然の衝撃。
土の拘束は解け、今しがたそこから這い上がったところだ。
「こ、こは──」
「なんだなんだ、今のは! エクステリア、お前の新しい魔術か何かか?」
耳慣れた声。
しかし、今聞くのはありえない。
「……ど、ドグ? これは、あなたは──なぜ、王都に」
「いやいや、それはこっちのセリフ! だぞ。いつの間に帰ってきたんだ、お前ら」
エクステリアは、急いで周囲を確認した。
眼の前にいるのは、間違いなく青鬼のドグ。
足元には、山のような土砂をのせた長円卓。
まわりは──壁。
見慣れた壁面装飾。照明器具。
「魔王城の、大会議室」
はるか千数百km離れたゾークヴツォールの王都から、魔族の領域奥底にある魔都アーマーメイデンの魔王城まで、瞬時に移動したことになる。
(……もしや、陛下のお力か)
「そうです、陛下は?」
「ここじゃ、ヒヒヒヒヒ」
背後で、ナンギシュリシュマの声がした。
彼女が振り返ると、いまだ土まみれの緑タコが、今しがた土の中から掘り出したような横たわる二人を、触腕の先で示していた。
ガブリエラと正作は、ともに手を繋いでいた。
ともに、意識はないようだ。
「推測だが、これはガブリエラの能力であろうな。”小部屋”の、異次元につなぐ力──その延長であるように見受けられる。そして、直前に起こった膨大な魔力の流転──これも”おそらく”だが、陛下の魔力の助けを受けて、瞬間的に”銀の法則”の弱体化をも上回っての能力発現、ということかのヒヒヒヒヒ」
「”法則”は絶対。銀の弱体化をも上塗りするなど、一体どれだけの──」
「お、おい! 陛下の着衣が血まみれなのは、どういうことだ!」
ドグが、土砂まみれの正作をすべての手で指し示した。
「案ずるでないドグよ。傷穴はすでに、拙僧が内部から癒着させ塞いだ。意識を失っておられるのは、大量の体液を失ったのと、膨大な魔力を使ったせいであろうヒヒヒヒヒ」
「傷──魔王陛下が、その辺の人間に! 傷つけられるなど、あり得るか」
「勇者が、やったのですね」
エクステリアが苦々しげに言い、ドグは沈黙した。




