その43 〜再起動〜
(これは、まずい。拙僧はともかく、ほかの二人は呼吸ができんヒヒヒヒヒ)
ナンギシュリシュマは焦った。
あの時。
”小部屋”から出た瞬間、彼らがいた建物ごとビビアンにぶん投げられ、挙げ句、勇者に粉砕された際──ガブリエラの身を守るため、ナンギシュリシュマは分身を結集して全力で衝撃からガードしたが、そのせいで外に分身を置く余地もなく、地面に封印されてしまった。
土砂に混じった銀粉。
”銀の法則”により、今のナンギシュリシュマ達は、魔術が使えないし、力が出ない。つまり自力で脱出できない。さらに差し迫った問題として、『法則改変後』世代の魔族は、ヒト寄りの造形を取る都合上、呼吸が必要。
このままでは、窒息してエクステリアとガブリエラが死ぬ。
(”声”も飛ばせぬが──もし近くに陛下がおられるなら、物理的な声が届くやも知れぬ。土中の振動は、大気中よりも伝わりやすい。賭けるしかないかヒヒヒヒヒ)
ほかの──呼吸が必要な──二人に、声を出す余裕はない。
ナンギシュリシュマは、土中でその全身を震わせ、『音声』を作り出す。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
第三者に聞かれてもいい抜けできるギリギリの文言。
なんとか状況を正作に伝えられるよう、即興で考えた。
何度も、繰り返す。
何度も。
***
「あー……スッキリしたってハナシ」
勇者の肉片が虚宙に散ったのを確認した後、ビビアンはすべての”肉紐”をおさめ、人間大の姿に戻った。巨大化していた都合上、当然衣服はない。自身が巻き起こした粉塵により、周囲の視界は悪い。
少し離れた場所で、王国の貴族たちが騒いでいるのが聴こえた。
勇者リアン・スーンがやられた姿を目撃したのだろう、中に悲壮なものが混じっている。
「ビビアン様! お言いつけ通り、タコを地面に埋めてきました」
向こうから、部下の少年ピクロコルと、小間使いのアイゼンバーグが駆けてきた。
「うむ、ご苦労。まぁ奴は『法則改変前』世代だから、窒息では死ぬまい。”休眠”に切り替えれば、飢餓で死ぬこともない。いい機会だから、数年ぐらいほったらかしにしてやろうってハナシ。赤い方は、別に死んでも良い。……あ、ちょっと待てよピクロコル。埋めたって、あのアメリカ人も?」
ピクロコルが、かすかに首を横に傾斜させた。
「アメ……? よく分かりませんが、埋めたのはタコ、赤い女。あと短髪の、黒髪の女です。黒髪のほうは一見人間っぽかったですが、魔力は完全に魔族でしたので……」
「んー、しまった。頭に血が上りすぎて、指示が雑になってしまったな。これはオレの失策ってハナシ。あの娘も”世界渡航者”。性格も無難そうだし、できればキープしておきたかったが……まぁよい。仕方がないってハナシだ。切り替えていく」
ピクロコルが恭しく、ビビアンにメイド服を着せていく。
アイゼンバーグが、周囲を伺いつつ訊ねた。
「それでビビアン様。勇者を倒したわけですが、今後はどういった方針で──?」
「──え?」
「え」
ビビアンとアイゼンバーグが、互いに「え」という顔をする。
しばらく間があった後、
「ピクロコル。もしかして、教えていないのか。アイゼンバーグ君に」
「えっと、教えておいた方がよろしかったでしょうか? こういう野心勝ちなクソ雑魚ナメクジが変に知識を持つと、碌なことをしでかしませんので、情報は基本、伏せる方針でやっているのですが──」
女の子のように、もじもじするピクロコル。
実際、外からはそのようにしか見えない。
「いや。基本、それでいい。さすがピクロコル。その調子で頼むってハナシ」
ビビアンが、ピクロコルの頭をナデナデした。
少年は「んふー」と息をもらし、満足そうに目を瞑った。
アイゼンバーグは一人、暮れなずむ体で立ち残されている。
「それでだなアイゼンバーグ君。今後の方針だが、それを立てる前に、まず前提の共有を正しくするところから始めるべきだろうな」
「と、申されますと?」
魔族の青年は、不審そうに。
「勇者という化け物について、君はまだ過小評価しているってハナシだよ」
***
ゲゾス・ベンベン伯爵は走っていた。
夜の王城敷地内。
王が何者かに殺害され、その遺骸の第一発見者となり、勇者に殺されかけ、涙と涎と尿にまみれ、魔族が襲来して王城建物が半壊し、そして勇者がやられたあたりで、彼は奇声をあげて走り出していた。
(やったゾー! 勇者は死んだ! これで俺は、勇者に殺されなくていいんだ助かったんだ万事オーライ、ライラ・ライラ・ライ!)
パルテオンが張った障壁から離れ、貴族たちからも王族たちからも離れ、ただ薄闇の中を疾走するゲゾス。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
ここはどこなのか。これからどこへ行くのか。
そんなことは分からない。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
何か聴こえるが、関係ない。
ただ彼の身体を構成する全細胞が、”走れ”、”走れ”と激しく主張していた。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
「うるッせぇええ、助けて欲しいのは俺のほうなんだよぉおお、助かったけどぉおおおおお? うっひょッひょッひょッひょ! 助かったから、助かったから、助かり祭りじゃあああぁああひゃッふぅううぅうううううえおうぼぉげぇッ」
興奮し過ぎて、盛大に地面へ吐瀉するゲゾス伯。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
「あ、あのぉー、大丈夫ですか」
四つん這いのまま、涙目のゲゾスが振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
山下正作がいた。
***
(これは、ナンギシュリシュマさんの、声だ──肉声)
ビビアンに殴られたダメージから、ようやく立ち直った正作は、周囲の混乱、錯乱、衝撃音の行き交う中、その声を拾うことに成功した。
倒れていて偶然、耳を地面につけていたのが功を奏したのだろう。
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
(二人は、ナンギシュリシュマさんとエクステリアさん。一人はガブリエラさん。誰が聴いているかも知れないから、わざとぼかした言い回しをしているんだな。で、土の中にいて──銀の枷? なんだろう。でも魔族は”銀の法則”で弱体化するって話があったから、これは弱ってるって比喩かな? 土の中だから窒息の危険が……た、大変だ)
魔族が窒息するとは初耳だが、よく考えたら、魔族の一員たる正作も今、普通に息をしている。何らかの理由で動けないらしいが、掘り返すだけの時間的余裕はあるだろうか。
(いや、やるだけやるしかない!)
正作は、痛みの残る身体を懸命に引き起こし、ナンギシュリシュマの声のする方角へ歩を急がせた。
近づいてみると、見知らぬ貴族らしき中年男性がゲロを吐いていた。
「あ、あのぉー、大丈夫ですか」
「っ、誰だ誰だ。貴様! その服装ぉおおう、平民だなぁあ? 平民はすべからくぅ、貴族に這いつくばるベシ! ベシ! ベッシッシィィイーィッ!」
「痛、いたたっ」
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
口に残った残留吐瀉物をまき散らしながら、正作に理不尽な平手打ちの連打を敢行するゲゾス伯。
(もぅ、なんなの、このヒト?)
なんとなく見覚えがあると思ったら、さっき祝宴会場内で、盗み聞きをやっていた貴族だ。
「だがちょうど良い、下民! ただいま俺が吐いたゲロ、貴様、掃除せい!」
「は?」
「二人と一人、土の中、銀の枷、窒息、救援乞」
「は? じゃないだろう、ここは畏れ多くもゾークヴツォール国王陛下サマの王城敷地内サマであるぞぉおおう? 俺サマのゲロサマがそこにあっては風情悪しも甚だし! ほらぁっ、掃除! 掃除! クリン・クリン・クリィイイーィンッ!」
自分が吐き戻した汚い池を、足でビチャビチャ踏みしめながら伯爵。
今更だが、かなり正気がどこかへお出かけしているようだ。
そのゲロ池から、とつぜん手が飛び出てゲゾスの足首を掴んだとき、彼の正気はいよいよ本腰を入れてランデブーした。
「ゆぅうううううううううううううしゃああああああああああっ」
崩壊する顔面、決壊する膀胱。
「あの手は」
小さな、女性的な手。
ナンギシュリシュマは男性という以前にタコなので、となるとこれはエクステリアか、ガブリエラのもの。
正作は、精神的に崩れ行く伯爵を押しのけ、吐瀉物まみれになったその手を掴み、力いっぱい引っ張った。──あがらない。
(くそっ、しっかり埋まってる。まわりの土を掘ってから──いや、間に合わない)
正作は、力を振り絞った。
もし自分に”内なる力”なんてものがあるなら、今こそ見せ時だ。
”紫の湯気”が、全身から迸るのを感じる。
もう隠している場合じゃない。
「んぎぃいいいいいいいぃいっ」
奥歯のほうで、何かが割れる音がした。
食いしばりすぎて、虫歯の治療跡が砕けたのか。
腹部に鈍痛。
さっき殴られたところが──
いや違う。
正作の腹から、血濡れた手が生えていた。
確認すると同時に、彼は口と鼻から血がこみあげるのを感じる。
地面の手を掴んだまま、両膝をついた正作は、後ろを見た。
「え、──なん──リ──ア──……」
「--”勇者の法則発動"--
--”セーフティ・ビット正常稼働”--
--”勇者リアン再起動”--
--”魔王確認”--
--”自動抹殺モードに移行”--」
全身穴だらけになった少女が、
虚ろな片目を正作に向け、
虚ろな調子でなにかを呟いていた。




