その42 〜魔王の領域〜
(この勇者、能力は覚醒していても、精神面がまだ未熟。四手で詰むってハナシ)
ビビアンは、肉紐の津波でリアンを翻弄しつつ、残りの分身で城の一部をこそげ削り、高々と持ち上げた。
意識を取り戻し、時計台の「九」の文字盤があった穴から顔を出した近衛兵長は、その光景を目の当たりにし──
おとなしく気絶したフリを再開する。
「一手」
ぶん投げた。
それは、そこにいるすべての貴族、王族らを全員押しつぶすに十分の大きさ、質量、硬度を持つ石材塊。月や星々が、その物体の影に隠れる。
(死んだ)
多くの貴族が、口からひゅっと変な音を出した。
「もたん。破壊せよ」
短く、パルテオン。
単純な物理力でも、極まれば彼の障壁だろうと破壊は可能。
「リアン、いくよぉッ」
ミューラが叫び、膨大な輝きの束を、勇者に思い切り浴びせる。
「うん」
その味方魔術師の”攻撃”を、手に持つ小剣で受け止め──増幅させ、パルテオンの障壁を押しつぶさんとした巨大石塊を、一撃で粉微塵とした。
「二手」
タイミングを合わせるように、幾らかの肉紐が、ミューラめがけて殺到する。すぐさま障壁を張り、それを防御。
「三手。必至」
「うっ、そ」
もう一回。
同じサイズの”モノ”が、同じ場所に墜ちてきた。ゴンドラゴンドが、外部からミューラにたかる肉紐を切り裂いていくが、間に合わない。
「ぅ、おおおぉおおおおッ」
今度はミューラの支援抜きに、自力で巨石塊を破壊しようと、
リアンは一撃、
二撃、
三撃、
四撃、
五撃──
「詰み」
肉紐の一つが、リアンの脇腹を貫通した。
左上腕。
右太腿。
右手首。
右目。
左胸部。
左首筋。
すべてに直径五センチ強の穴が空き、呻く間さえなく、勇者リアン・スーンだった肉体は、血しぶきをあげて夜空に散った。
***
「く、……ビビアンめ。まさか、わたくし達が”小部屋”から出た城の建物区画を、まるごとくり抜いて勇者に投げつけるとは──」
辛くもリアン・スーンの”一撃目”の閃光から間逃れたエクステリアは、頭から血を流しつつ、散乱した瓦礫の中からよろよろと起き上がった。
「無事ですか、ナンギシュリシュマ、ガブリエラ」
『心配は無用。長生きと、しぶといだけが取り柄だからのヒヒヒヒヒ』
”声”とともに、瓦礫山の一部が破裂。中から、直径三mほどの緑色の球体──よく見ると”触腕”の集合体──がニョコンと顔を出した。
触腕の集いがほぐれると、中から三角座りのガブリエラ。
こちらも無事のようだ。
「あ、す、すみません。助けて貰っちゃって……」
「なに。おぬしについては、陛下から直々に保護を命ぜられておるでな。何かあっては拙僧の面目に関わるわヒヒヒヒヒ」
触腕の塊は人間サイズまで縮まり、そこでいつもの緑タコの姿に戻った。
「それにしても、ビビアンの、あの魔力量──」
「うむ。我ら四天王のものを、大きく超えておる。それどころか……本当に、何をやったのじゃ……明らかに、平常時の陛下のそれをも上回るぞヒヒヒヒヒ」
城の一部を抉って投げつける。
こんな巫山戯た力技に出た時点でかなりおかしいが、エクステリアとナンギシュリシュマが今、体感しているビビアンの”魔力量”は、もっと異常であった。
(わたくし──エクステリアの魔力量を百と仮定した場合、ナンギシュリシュマは百二十。ヤマトは百三十。ドグは百八十。在野では最強の、マッシュマロンで百四十。その中でビビアンは、せいぜい九十そこそこ程度だった筈。それが今、明らかに千を超えている……!)
魔力を強さの源とする魔族にとって、相手の魔力量を推し量る技術は、時に生死を分かつほどに重要なものだった。
もちろん、魔力の量だけで単純に勝敗は決まらない。
ヤマトの持つレアギフト、変身能力。
エクステリアでいえば生来備わった飛行能力。
ナンギシュリシュマの『法則改変前』世代特有の能力。
ドグの強めの再生能力と、六本の腕。
それに加えて戦闘経験、あまたの知識、戦術・戦略眼、周辺環境──”ゆらぎ”を生む要素は枚挙に暇がない。それでも、百の力を持つものが、百人束になってかかっても、千の力を持つ者にはまず絶対かなわないだろう。
それは、すなわち魔王の領域。
「──そうさな、エクステリアよ。ビビアンの今の力は、在りし日に拙僧が仕えた主君、魔王アルガスヴェルド陛下に限りなく迫っておるわ。当時から、なのか? それとも今となって突然? 第一、それだけの力を持ちながら、なぜ北方の辺境なんぞで領土を構えるに甘んじる? 肥沃なるクーコロ平野を制する我ら魔王軍に、この七百年なんの介入もせなんだ訳とはなんだ? ううううむ、分からん分からん、ビビアンの狙いが分からんヒヒヒヒヒ」
「分からんなら、考えなきゃいいのにさ。そういうのを年寄りの冷や水って言うんでしょ?」
声のした方角へ、三人が同時に視線を送る。
そこには少なめの布地で構成された奇妙な衣服を着た少女──
いや少年が、ふわふわと微笑んでいた。
一本角。
長めの犬歯。
あきらかに人間ではない。
「……えっと、いわゆる、男の娘?」
ガブリエラが、良くわからないことを言う。
「ビビアンの手の者かのヒヒヒヒヒ」
「あのさぁ」
まだ幼さの残る顔から、笑みが消えた。
「昔からの知り合いだかなんだか知らないけどさ、わたしのビビアン様を呼び捨てとか、不敬過ぎでしょ。ねぇアイゼンバーグ、お前もそう思うよね?」
少女──少年のすぐ背後に、着衣の整った青年魔族が佇んでいた。
「はい、ピクロコル様」
あきらかに子供を相手に、恭しく一礼するさまは、甚だ奇異である。
(この子供、強い)
エクステリアは今すぐ戦闘に入ることも想定し、行動の手順を整理した。
後ろの青年魔族は雑魚だが、子供の方は、少なく見積もってもヤマト級に強い。
先の出来事で、エクステリアやナンギシュリシュマは、少なからず手傷を負っている。それに加えて、相手の能力・戦術は完全未知。おまけにガブリエラつき。
(──撤退を視野にいれるべきか)
「なんかさ、そこの赤い女、王国に陰からちょっかい出しまくってるでしょ。今までは大したことないから黙認してたけどさ、状況が変わったから」
『ガブリエラ。陛下を探し、見つけ次第、ともに”小部屋”へ身を隠しなさい』
エクステリアが、ひそかに”声”を飛ばす。
ガブリエラは黙って頷き、少女っぽい少年ピクロコルが喋っている間に、すぅっとその場から離れていった。
「以後の介入、禁止するよ? 破ったら、たぶんわたしが直々に殺しに行くと思うから──だから、できれば破ってほしいな」
「久しいの、アイゼンバーグ。ヒヒヒヒヒ」
会話の流れを遮る形で、ナンギシュリシュマが青年魔族を見る。
「……どうも、ナンギシュリシュマ」
「聞いておるぞ、ワフルの街でヤマトに再会したという話は。一応これでも拙僧は、おぬしの魔術の師ということになっておるでの、それなりに気を揉んでおった。ビビアンのところで、良くしてもらっておるかの? ──今の待遇を見る限り、あまり前向きなコメントは期待できんかな。ともあれ今は別陣営ではあるが、おぬしさえ良ければいつでも魔王軍の門戸は……」
「無視すんな、ジジィ!」
ピクロコルが一喝するのと、エクステリア、ナンギシュリシュマ、そして少し離れた場所に移動していたガブリエラの三人が、突然地面に沈んだ。
あたかも、硬い地面がいきなり泥沼になったかのようだ。
「っ!」
咄嗟にエクステリアが火炎を放つが、ピクロコル達に届く前に、地面から突き立った泥土の柱により遮られる。
三人が、完全に沼泥の中に沈み込んだ。
「アイゼンバーグ!」
青年は懐から革袋を出し、その中身を、エクステリア達が沈んだ沼の表面にふりまいた。
粉。
砂。
闇中にあって、やけにキラキラするその粉塵の正体は──
ドロドロの沼地が、即座に元の地面に戻ったことで判明する。
必然、三人は固い大地に生き埋めにされた形となった。
「これがさぁ、”銀の法則”嵌めコンボって奴でしょ。何のために、クソ弱のアイゼンバーグを連れてると思ったのさ?」
憤怒から一点して、上機嫌になるピクロコル。
「こんな便利な”法則”、人間どもにだけ使わせておくなんて、もったいない。虚を突いての地面泥土化、からの”銀粉”。銀の法則によって泥土化も即解除されるけど、沈んだ身体も閉じ込められる。プラス魔族は銀で弱体化。普段なら楽勝で脱出できる土中から、さ、どうやって脱出するのぉ?」




