その41 〜王城激震〜
甘太郎は、咄嗟に右へ三mほど移動した。
一瞬後、たまたまその軌道上にいた警備兵三名が、身体に複数の穴を穿たれ、血肉を散らせた。おそらく即死。
夜で、何にやられたかは、よく分からない。
「パルテオン」
「承知」
ミューラの声に即応し、老司祭は呪文を唱える。
王族・貴族たちの周囲が、ドーム状の障壁で覆われた。
「リアン、魔族きた!」
クルクルの言葉に、リアンは、掴んでいたレオライドの首を離した。
「ッと」
五十七撃目が躱しきれず、甘太郎は”肉紐”の一つに右足首を捕らえられる。
見る間に絡まる”紐”の本数は増え、少年は、地面から生えのびた”巨大な手”に掴まれたような格好となった。肉紐の、集合体だ。
”声”が響き渡る。
『いい加減にしろってハナシだぁっ、このクソガキ! 寛大なオレの忍耐も、無限じゃぁないってことを教えてやろうか? 好き放題やらかしやがって、計画が台無しだ』
「い、意外と……短気です、ね。まさか、今、即、出てくる、とは……」
締めつけられ、苦痛に顔を歪める甘太郎。
「甘太郎くん!」
正作は、無意識に駆け出していた。
『どうせ君は単なる世界渡航者──余裕があればキープしたいが、という程度の存在ってハナシ。不確定要素という理由でマッシュマロンを除いておいて、君を放置する理由はない。ここで──おい、邪魔をするな”まがいもの”』
鳩尾に一撃。
(っ──ぐふ)
正作はその場で膝をつき、続いて地面に手をついた。
致命傷ではない。血も出ていない。
しかし、呼吸ができない。
高校の時、不良に絡まれて腹を殴られた時よりも痛い。熱い。
意思と関係なく、指が震える。
訳も分からず、涙が出てきた。
「──お、り、リアンさん?」
涙で霞む視界の向こうで正作は、甘太郎を掴む巨大な手が、勇者の剣によって粉々に切り刻まれているさまを見た。
『ちっ、勇者か』
「お前が、陛下を」
リアン・スーンを中心に、数百数千の”肉紐”が繁茂する。
──も数秒後、その一角が一文字に切り裂かれた。
ミューラの放った雷撃がほとばしり、さらにその一部を焦がす。ゴンドラゴンドは、近衛兵から借りたらしい剣を振るっている
「おおお、王都に魔族が……」
「な、なんなんだこの化け物」
「肉の蔦──これこそ、史書にある古の魔族ビビアン」
「こやつが、陛下を!」
「おのれ!」
「……いや、”魔族”が銀の武器を使って?」
「何か、おかしくないか」
「おーい、カンタロー。生きてるかー!」
弓がないクルクルは待機要員。リアンの剣で助けられた少年を、素早く担いでパルテオンの障壁内へと連れ入った。
「や……ば。これ、肋にヒビ、入ってるかも」
青い顔で、甘太郎が苦笑する。
わりと余裕があるようだ。
「しかし、あいつ──ビビアン、想像以上に強い」
「うーん、それはあたしも思ったー。前にワフルでちょっとやった時は、もっともっと弱かったんだけどなぁ」
腕組みして、クルクルも同意する。
「実力を隠しておったのか。あるいは、短期間で”何か”したのか──予測、困難、予断、混乱」
障壁を維持しつつ、パルテオン。
片腕となって結界の質は多少下がったという事だったが、今のところ膨大な数の肉紐の攻撃は、すべて問題なく防がれていた。
「とはいえ、リアン・スーンの敵ではない」
***
一方、その様子を水晶球を通して見守る三人。
エクステリア、ナンギシュリシュマ、ガブリエラ組。
魔王軍の城内潜伏隊だ、
「ビビアン! あやつも王都に来ておったのかヒヒヒヒヒ」
「ナンギシュリシュマ、奴が国王を始末したと思いますか?」
エクステリアが訊ねる。
「いや、思わん。魔族が”銀の法則”によって弱体化するリスクを冒してまでして、銀の武器にこだわるなど、よっぽどだぞい。どこまで関与しておるかは不明だが、少なくともビビアンの奴は、王の殺害には関わっておらんだろうの。……むしろ、それを怒っているようにさえ見えたがヒヒヒヒヒ」
「あの、ヤマシタさん、大丈夫なの?」
ガブリエラが、心配そうに言った。
水晶球ごしの映像は、ビビアンのものとおぼしき無数の”肉紐”が巻き起こす粉塵で、視界が不鮮明となっている。正作の姿は、確認できない。
エクステリアとナンギシュリシュマは、少し虚を衝かれたといった具合で、互いの顔を見た。
「──おそらく、あなたは純粋に心配しているのでしょうが、さすがにそれは、陛下に対して失礼というものでしょう」
「然り、ガブリエラ。おぬしも幾度となる”視て”おるであろう。あの、いっそ破壊的とさえいえる、陛下の莫大な魔力をヒヒヒヒヒ」
魔力。
ナンギシュリシュマ直々のトレーニングにより、ガブリエラもまた”魔力”を視えるようになっていた。正作は「紫色の湯気」と表現していたが、まさにそんな感じである。なお魔力を隠蔽する方は、彼女の場合、まだ完全ではない。
ガブリエラ自身は、体表から十インチほどの幅の魔力が出る。
エクステリアら”四天王”は、それのおよそ倍。
そして(魔力隠蔽モードを解除した)正作は、四天王らの更に十倍──実に、五ヤード強もの魔力が出ているのが確認された。確かに、桁違いだ。
──それが本当に”強さ”をあらわすならば。
(魔族の中でも、かなり強い部類の”四天王”、その半分もの魔力を持っている自分だけど……正直、そこまで強くなっているとはどうしても思えない。ヤマシタさんだって、その辺は同じことなんじゃないのかな)
そうだとすれば、ほぼ普通の”人間”が、あんな修羅場の只中にいる事になる。それは、明らかに大丈夫ではない。
(もしかしてヤマシタさんは、ずっとネガティブな意味で、その真の実力を”魔王軍”の魔族達に伏せ、ギリギリの綱渡りで魔王を演じ続けていた、なんてことは──)
そう考えると、状況がおおむね整理できてしまう。
いや、さすがにそれは、ないか。
いや、もしそうだとすれば……
「皆さん、ここはヤマシタさんと合流すべきです」
ガブリエラがきっぱりと言った。
「……陛下が心配、という以外の理由でですか?」
先とは違う気配を感じた様子で、エクステリアが問う。
「ええ。あのビビアンの、登場、乱入── 一見、貴族たちやリアンちゃ……勇者らを標的としているように見えますが、でもどうしてあのタイミングでわざわざ? という疑問はありませんか。それも、魔王であるヤマシタさんがいる状態で、わざわざです」
「む……」
ナンギシュリシュマが、触腕を片眼鏡にあてて、少し唸る。
「──ビビアンは酔狂な遊びを好む者だが、あれは遊びではないな。明らかに怒っておった。計画がどうのと……その要因があの場にある、もしくは”いる”ということかヒヒヒヒヒ」
「陛下がいる場であえて突撃したのは、勇者対策? どさくさで陛下の戦力を利用しようと?」
重ねて、エクステリアが問うた。
「それに乗る陛下ではあるまい。こちらは”四天王”が、待機している拙僧とエクステリアの二名。向こうは、勇者ならびにその仲間フルキャスト。よほど有利な戦局ならさておき、今、決戦に挑むのは明らかな愚策。それはビビアンも分かっていようヒヒヒヒヒ」
「ビビアンは、その”彼女の怒りの要因となった何か”を消す──という目的のほか、ヤマシタさんの目から隠す目的で、あえて派手な大立ち回りをしているのかも。そこにわたし達が行くことで、その”何か”が見つけられるかも。今なら、間に合うかも」
──我ながら「何じゃそりゃ?」とガブリエラは思った。
いったい何個『かも』をつける気だ。
しかし、多少無理やりにでも、この二人に”静観”以外のオプションを選択させなければ始まらない。なんとか近くに行ければ、自分の”小部屋”に入れて救える目も出てくる。
「行く理由としては、弱いですね。推論に推論を重ね過ぎです」
あっさり、痛いところをつかれた。
「……ですが、まぁ、いいでしょう。これだけの大混乱、何かつけ入る隙ができるやも知れません。ビビアン達と戦っている以上、勇者パーティのミューラ、パルテオンがわたくし達に気づく率も普段よりは低い」
「それに、穴熊を決め込むばかりでは芸がないしのヒヒヒヒヒ」
緑のタコがひゅっと飛び上がり、見る間に縮小してガブリエラの口にスポンと入った。すっかり慣れっことなり、さして抵抗感もなくなった自分が少し怖い、と彼女は思った。
『ガブリエラの容姿は勇者どもに割れておるでの、彼女も幻影で別人にしておこう。では皆の衆、遅れ馳せ、陛下のもとへヒヒヒヒヒ』
(──うん。まぁ、うん、結果オーライ。すぐ助けるからね、ヤマシタさん)
”小部屋”の扉に手をかけ、ガブリエラが薄暗い王城内の扉から廊下に出た。
と同時に、建物全体が大きく揺れた。




