その40 〜凶器特定〜
「……もしかしてあなたは、気が触れているのですか?」
王妃の声が、凄惨な場となった第三庭園跡地にむなしく響く。
それは、ここにいる大多数の皆の代弁でも会った。
「異世界……とか、いわれてもな」
「あれかな。魔王という存在は、そもそも別の世界──”獄界”? から召喚されるものというが、それのことか」
「昔話にあったな、そういえば。勇者に退治された魔王アルガスヴェルドは、獄界に堕ち戻り、そこで再起の時を待っている、的な。”悪いことばかりする子は、獄界の魔王が浚いにやって来ますよ”……幼少の頃、よく乳母にそう言われたものだ」
「しかしそうなると、この少年は”魔族”ということになる、のか?」
「二重三重に、意味不明だな」
「はい、定番リアクションいただきました──ところで、こちらを御覧ください」
甘太郎がふところから、小さな板状のものを取り出した。
それを見て、正作は目を丸くする。
(スマホ!? 持ってきてたのか、甘太郎くん)
指紋ロックを解除すると、液晶ディスプレイにホーム画面が表示される。
電波はもちろん来ていないが、バッテリは満充電の状態だ。
その様子を、一同はうさんくさそうに見つめていた。
「──照明具? 何やら光っているようだが」
「何かを、反射しておるのかな」
「演劇で使われる、光影投射具の一種か。原理が今ひとつ分からぬが」
画面を皆に見せながら、甘太郎は器用にアプリを立ち上げ、中に入っていた動画の一つを再生させる。アニメでも映画、ドラマでもない、他愛のない個人撮影の動画だった。
映っているのは、見たこともない奇妙な服を着た、若い男女。
(ブレザーの制服。私立の、高校生っぽい。甘太郎くんの同級生かな?)
正作は、どうも甘太郎の行動の意図を掴みかねていた。
そもそも、異世界人と露見するといろいろな厄介ごとに巻き込まれるという懸念から、今の今まで伏せてきたのではなかったのか。それをどうして今、しかも、よりによってこんな混乱の只中で、いきなり暴露するのか。
スマホで動画を見せられてもなお、貴族たちの反応は朧だった。
「幻影か? おかしな服を着た、若い男女が映っている」
「……魔術師だったとは意外だが、まぁ『だからなんだ』という話だな」
「いや、呪文を唱えた様子はなかったぞ。”文無し”でもあるまいし、無詠唱で幻影は使えぬだろう。となるとこれは、魔導品?」
「魔法が込められた品は、古代の遺物。今や、世界でも数えるほどしかないと聞くぞ。なぜ、こんな小僧が持っておるのだ」
「否、魔導品にあらず」
老司祭パルテオンが重々しく言った。
「ええ。それからは、何の魔力も感じられない。なるほど、それが異世界人の証明……”異世界の品”というわけねぇ」
ミューラも頷き──
それに伴い、徐々に混迷の輪が広がっていく。
「その通り。これは魔力とは関係ない、機械仕掛けの道具です。時計も、複雑な歯車の連動で機能しているでしょう。あれを、さらにもう少し複雑化したものと考えていただければ結構です。たぶん、あと何百年かしたら、こちらの世界でも普通の道具になるでしょう。さて」
甘太郎はおもむろにスマホを裏向け、それを横たわるハラニーチ四世の遺体に向ける。
カシャッ
不気味な音と閃光。
近くにいたリアンとクルクルが、反射的に腰を落とす。
「おっと! ごめんごめん、自動フラッシュ忘れてた。先に言っておくべきだったね。今のは、王様の情報をこの道具に記録するためのものです。このように」
再び画面を皆に見せると、そこには──
ハラニーチ四世の遺骸が映っていた。
「情報を、記録?」
「確かに、その道具には陛下のお姿が写し込まれたようだが──」
「陛下のお姿を記録するなど、無礼ではないのか」
「うむぅ。無礼な気もするが、なにしろ前例のないこと」
「そもそも、今の行動にどういう意味が」
「……凶器の特定に、死体の情報が必要だったと?」
サリオン王子の言葉に、甘太郎が仰々しく一礼する。
「さすが王子様、ご賢察です」
「長々と、いつまで茶番が続くのです」
苛立たしげにルベルベラ王妃が毒づいた。
「もう少しです王妃様」
悪びれず、にっこり笑って甘太郎。
皆が注視する中、マイペースにスマホをいじっている。
「では、今取得したこの情報をもとに、凶器の特定をしてみましょう。えーっと……ここを、こうして……おっ」
突然、けたたましい音が、皆の耳をつんざいた。
多くの者が、反射的に己の耳を塞ぐ。
音の発信源は、甘太郎の”異世界の道具”。
「──分かりました。ここですね、凶器」
甘太郎が、スマホの先端を向けた先には、
はたしてレオライド王子が立っていた。
「……すまない。陛下が直々に賞された人物ということもあり、とりあえず話を聴いてもみたが、残念ながら母様と同じ結論に至りそうだ。何を言っているのか、サッパリ分からないのだが?」
少々困惑気味に、レオライドは肩を竦める。
「あ、誤解なさらないでください。俺は、何もあなたが犯人と言っているわけではないので。あくまでも”王様を殺害した銀の凶器”を、現在あなたが所持している──そう言っているだけです」
「誰か! その無礼者を──」
「兄様、なにか理由があるのではなくて?」
王妃が怒りの指令を飛ばすより先に、サーララ姫の言葉が皆に届く。
「サーララ、お前まで何を」
「わたし”も”、兄様が陛下を手に掛けるとは思わない。でも、何らかの理由で今、その凶器を持っているとすれば、その疑惑は早めに解消しておいた方が後々のためにも良いことのはずよ」
(え? え? どういうこと。今、話、どうなってるの?)
正作は、完全についていけなくなっていた。
だいたい、スマホで写真を撮っただけで、”情報を取得した”というのが意味不明だ。撮影しただけで凶器特定までできたら、現実世界の警察大歓喜ではないか。
あのブザーもそうだ。
たぶん本体内蔵の目覚ましアラームか何かだろうけれど、単にレオライド王子に向けたタイミングで、ボリューム大きめのアラームを響かせただけ。それに、いったいどんな意味があるのか。
「あっ、リアン。駄目だ、待っ」
サリオンの声。
次の瞬間、レオライドの上衣が、前ボタンから左右に裂けて千切れた。
引き裂いたのは、リアン・スーン。
誰の目にもとまらぬ早業である。
地面に、硬質の何かが落ちる音がした。
「……あれは」
「王家の紋章の入った」
「銀の短刀」
「王子の?」
「いや、紋が違う。あれは」
「陛下のものだ」
「あれは陛下の短刀だ」
口々に、貴族たち。
「あなたが──殺したのですか、陛下を」
リアンの声に、よくないものが篭もる。
「違う。勇者よ、わたしは陛下を殺していない」
レオライドは、眼前の死にも怯えず、きっぱりとそう言い返した。
事実はさておき、その胆力はなかなかと評価できる。
「待って、リアン! そこのカンタローも言ったはず、”犯人と言っているわけではない”──と。あくまで殺害に使用された凶器が、その”異世界の道具”とやらで判じただけだ。ここで兄上から事情を聞けないことで、真犯人が逃げおおす一因となってしまったら、それこそが一番の最悪!」
サリオンが叫ぶ。
レオライドの首を掴み、
右手の小剣を振り上げるところまでいったリアンが、
辛うじて止まった。
***
甘太郎は、内心、レオライドの精神力に感嘆していた。
勇者リアン・スーンの、目に見えるほど明快な殺意を前にしても、あのどこかのヒゲ伯爵のように無様に取り乱したりはしない。生まれながらの貴人とはああいうものか、と妙な納得をする。
(とはいえ、マヌケはマヌケだけどねー。なんで後生大事に凶器、持ってんだよ。捨てたり隠したりする時間的余裕、まったくなかった訳でもないでしょ。敬愛する父王の短刀だから、捨てられなかったとか?)
その点、妹と弟は目端がきく。
序盤にサリオンが、甘太郎の意図を先取りして言ったのは、暗に──おそらく自分の兄に──展開を知らせ、警戒させるため。
サーララがすぐさま”乗った”のは、その母親に握りつぶされる前にある程度”流れ”を確定させ、周囲の貴族たちに疑惑の印象を強く残すため。
事前にちらほら耳にした噂話と、今の各人の反応から、甘太郎はだいたいの王国後継者世代、その全体像を掌握していた。
レオライドは真っ正直。
器もそれなり。三兄弟の中では、一番人望がありそう。
ただし、頭の回転は今ひとつ。
馬鹿ではないが、利口でもない。
サーララは野心家。
小手先対応の感が否めないが、それなり以上に利発。
野心達成のため、たぶんレオライド、サリオンの順番で排除していきたい筈。
サリオンは、一番、甘太郎に近い。
その本質は、快楽主義者。自分が良ければそれでよし。
様々な意味で頭が良い。
情報戦で常に先手を取り続けないと、しっぺ返しを食らいそう。
(……当初はサリオン王子に取り入ろうと思っていたけど、どうも──予想以上に油断できない子だ。勇者にも近いし、ちょっとバランス悪いかな。といってレオライド王子も駄目。一番善良だけど、一番バカ正直の相だ。こういう手合とは、ちょっと組めない。あの、古代ローマの暴君ネロ──の母親感丸出しの王妃も気になる。マザコンぐらいならいいけど、まさか、アグリッピーナコンプレックスとか、そういうアレな展開も?)
となると、王女サーララ。
ゾークヴツォール王家は、基本、男系継承らしい。兄より賢いという自覚があり、弟より”席順”に勝るという自覚もある。それでいて女として生まれ、それだけの理由で最初から王位継承が”考慮”さえされない立ち位置。
それは、大いなるコンプレックスだろう。
また、”王の母”という形で権力を掴もうとする母親に対する、若い娘らしい生理的嫌悪感も多少はあるか知れない。
(そう分析すると、意外に、さほどの邪悪さはないよな。いや邪悪なんだけど、それは状況を覆すため、仕方なくといった側面があることも無視できない。……いや違うか、単純に俺が無視したくないだけだ。己の力を信じて、逆境を跳ね除けようとか、熱いじゃない。まさに少年マンガの世界だ。燃えるね)
このままだと、サーララに勝ち目はないだろう。
──甘太郎が、味方しない限り。
(どうせ、銀の短刀で王様の死体に細工したのはサーララ姫、あんたなんだろう? ”過去視の呪文”だったっけ、あれのフリ方があまりにも唐突で、不自然だった。”銀の法則”が、過去視の呪文を無効化することも、あらかじめ知っていたな。つか、あんたからも微かに血の匂いするからね……)
甘太郎は異世界にやってきた際、己の肉体能力が強化されていた。
それに伴い、感覚もそれ相応に強まっている。
視力、聴力。
そして──嗅覚も。
(一番血の匂いが濃いのは、レオライド。拭いたぐらいじゃ、血の匂いは落ちない。スマホの撮影からアラームまでのハッタリで、異世界人の有用性アピールもまず成功。あれだけの貴族の見ている中……勇者パーティも含め……やった以上、もう闇から闇に葬ることも、隠れて独占することも不可能。箝口令は敷くかも知れないが──どうだろうね。マスコミの人間っぽいのも混じってるしなぁ)
甘太郎は、期待していた。
ここからの、更なる”ちゃぶ台返し”を。
”魔王”なんだから、ここは動いとく場面じゃない? 正作さん。
あるいは、魔王の部下が動くのだろうか。
ビビアンはどうだろう。
(ともあれ、俺はサーララ王女と組むことに決めた。──良かったな、お姫様。そういう流れだから、この後に予定していた指紋検出の下りは、ショートカットしてあげるよ)




