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魔王おじさん50  作者: クリントン大西
--山下正作 魔王になる編--
4/93

その3 〜翔んで正作〜

 二mほどもある姿見(スタンドミラー)に、くたびれたジャージ姿のおっさんが映っている。


「こんにちは、山下正作です」


 自分の姿に向け、なんとなく挨拶してみた。

 どう見ても、普通のさえないオッサンで、つまり人間だ。


(わざわざ魔王として召喚したのだから、魔族に決まっているって考えなんだろうか。それはちょっと軽率……というか、さすがに一目瞭然じゃないのかな)


 彼らは一体何を基準に、自分を魔王と認識しているのだろう、と正作は首を傾げた。


(もしかして、知らぬ間に異世界チート(・・・・・・)みたいな能力が?)


 それは、ありえない話でもないように思われた。

 異世界に転生なり転移した人間が、降って湧いたような超絶パワーを身につける──定番、鉄板のお約束だ。普通に考えて、そんな都合の良い話あるわけはないのだが、それを言い出せば、今のこの状況が十分ありえない。


 四天王の皆だって、なんの根拠もなく魔王として受け入れているとは考えにくい。きっと、何かあるに違いない。


 そうであってくれないと困る。


 何しろ彼らは、正作に『最終兵器としての魔王』を期待しているのだから。

 是が非でも、覚醒とか、なんかそんな感じのアレになってくれなければ。


 正作は、右手を鏡に向けて唸った。

「はぁあああ……!」

 手のひらから、エネルギーが迸るイメージ。


 時にはかめはめ波ふうに、時には魔貫光殺砲ふうに、色々試してみる。

 はたから見れば、絶賛気狂い中といった風情だろうが、一人なのだから気にしない。もとより正作に、そんなことを気遣う余裕はなかった。


 できないと、たぶん死ぬ。

 文字通り、必死である。


「炎よ、いでよ!」

 出ない。

「ファイヤーボール!」

 出ない。

「マキシマイズマジック・グレーターテレポーテーション!」

 微動だにしない。

「スキトキメキトキス!」

 相手もいないのに恋の呪文とか。

「北斗神拳究極奥義、無想転生!」

 もはや魔法じゃない(悲しみは伝わってきた)。

 

 そんな調子で二時間あれこれやったものの、全てが無駄に終わった。


 息切れしてきたので、少しベッドで休むことにする。

 必死になり過ぎて、汗だくだ。


(着替え、どうしようかな)


 ジャージの上だけ脱いで、ゴロンと寝台に転がった。

 天蓋にレースのかかった、映画などでよく見る王侯貴族のベッドだ。

 広くてふかふか。こんな豪奢なシーツに、加齢臭をこすりつけるのはなんだか申し訳ない。


「あれ?」

 背中に、違和感。

 ナニか、ある。


 正作は急いでシャツを脱いで上半身をさらし、そのまま姿見に向かった。

 鏡に背を向けた状態で、首だけ振り返ってみる。

「うわ、はえてる」


 それは、まごうかたなき羽だった。


 コウモリのような──ごく小さな──羽が、彼の背中、肩甲骨のやや下ぐらいの位置で異彩を放っている。恐ろしいことに、その手のひら半分ほどの羽、正作の意思をうけてパタパタ動く。


「人間、卒業ォ〜宣言ッ!」

 思わず、叫んでいた。

「すごく、ちいさいです!」


 おかしなテンションになってきたのを、正作は自覚する。

 ほんのり半笑いである。

 頭の中で、オフコース・小田和正の『さよなら』が流れた。


 どういうはずみで”そう”なったのかは知れないが、とにかく自分は魔族になった、らしい。なったはいいが──


「こんなサイズじゃ、ねぇ」


 試しに、全力で羽ばたいてみた。

 思いのほか高速でパタパタさせることが可能であり、それは小さな発見だったものの、やはり宙に浮かぶ気配はなかった。当たり前だ。飛べないおっさんは、ただのおっさんだ。


(いかん、くさっている場合じゃない)

 ポジティブシンキング。


 これで、とりあえず……


 本当にとりあえずだが、人間とみなされ、四天王の皆さんに虐殺されるという方向のBADENDは、なくなったと見てよいだろう。


 どちらかといえば良い流れだ。

 それに、そうと意識してよくよく観察すると──


(つの)も、あるな」


 白髪まじりの髪の毛にほとんど埋もれてしまってはいるが、手で触れてみると、確かに角が生えている。ごく小さい突起が、計七つ。


(数だけは、立派だ)


 彼は、無理やり自分を慰めた。


 チート能力はどうやらまったくないようだが、ギリギリ魔族ではある模様。

 もしかしたら、『正しい呪文』とか『修行』が必要なのかも分からない。

 修行編──

 これもまた、ある種のお約束である。


 ただし、肉体的に五十歳の男に、どれだけの伸びしろがあるのかについては、いささか心もとない。呪文やらがあるとして、それを自分程度のアタマで理解できるのか。不安材料ばかりが山積みだ。


(あ、チート能力といえば……どうしてぼくは、異世界の魔物の言葉が日本語として(・・・・・・)聞こえているんだろうか)


 同時に、正作の日本語もまた、過不足なく相手に伝わっているようだ。

 姿見、鏡面本体の縁に、何か文字が書いてある。


 日本語でもアルファベットでも、ギリシア文字でもない不思議な文様だったが──それも、なぜか日本語(・・・)として理解できた。


「えっと、『四重に偉大なる魔の王、気高きアーマーメイドの名のもとに、魔族の栄光栄華を約束す』──でいいのかな。後で確認してみよう」


 羽や角とはまた別な、それもかなりすごい能力だった。どういう仕組みになっているかは不明だけれど、これで希望が出てきたと正作は思う。


(呪文書があるとすれば、たぶんそれも『翻訳』できる。それが使えれば、少しは魔王っぽく振る舞えるかも知れないぞ)


 希望的観測であったが、後ろを向いていたらすぐ死ぬような気がしてならない。

 無理にでも、前を向いておかなくては。


「そうだ、角だ」


 今まで手の先にパワーを集めるように頑張ってきたが、もしかしたら角かも知れない。角に力を集中するような感じにすれば、あるいは──


 手を頭にやって、角のあたりをいじくってみる。

 なにやら、マッサージに使えそうな程よい丸みがあった。


「エレクトリック・サンダー稲妻!」


 牛の牛肉、豚の豚肉のようなフレーズを叫んでもみたが、やはり出ない。


「ウィンド・タイフーン!」

「アース・ノーマッド!」

「アイス・カキ氷!」


 そろそろ本格的に病んできそうなので、やめることにした。


「──お疲れ様でした」

 鏡の向こうの自分に、せめてもの労いの言葉をかける。


「陛下も、『収納する派』でしたのね」


 正作は驚きすぎて、ちょっと浮かんだ。

 いつの間にか、部屋の中央に赤ドレスの彼女、エクステリアが佇んでいる。


「え、そ、いつ……」

「つい今しがた。夕餉の支度ができましたので、お迎えに上がりました」

 す、と音もなく部屋を進み、正作の前に来るエクステリア。


「陛下も普段、翼を小さくしておく派(・・・・・・・・・・)のようで、わたくし、嬉しい限りでございます」


 目を糸のように細め、緩やかに微笑んだ。


 彼はポカンとした面持ちで、続く彼女の言葉を待つ。


「──いえ、四天王のほかの面々を見てもお分かりでしょうが、魔族の中にはがさつな奴儕(やつばら)も少なくないのです。翼など、用いる時に広げれば十分でしょうに。飛行能力持ちはそれなりに希少ですので、自慢したい気持ちも分からなくはないですけれど」


 バサッ

 羽音とともに、彼女の背後に巨大な真紅の翼が広がった。


 それは、部屋の壁面、天井に迫るほど大きい。

 いくらかの羽毛が、室内をひらひらと舞う。

 正作のコウモリタイプとは違い、エクステリアは鳥類タイプのようだ。


(すごく、おおきいです)


 服の背中の部分はどうなっているのだろう、と正作は場違いな疑問を抱く。


「邪魔でございましょう? これを、これみよがしに出しっぱなしにする連中がいるのですよね。まったく、もう少し──」


 巨大な翼は、広げた時同様、バサッと一瞬で引っ込んだ。

 彼は、奇術師のやる鳩のマジックを思い出していた。


「失礼。では夕餉の席へご案内いたします。ご着衣のほうを──」

「あ、はい」


 正作は自分が上半身ハダカの状態であることを思い出し、少しく赤面した。


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